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自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~  作者: パラレル・ゲーマー
第十二部 奇跡の実証試験編

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263/264

第223話 ジャミングオン!!! アメリカ政府、覇権国初心者に待ったをかける

 アメリカ合衆国、ワシントンD.C.。

 ホワイトハウスの地下に存在する極秘会議室は、窓一つない閉鎖空間でありながら、そこから下される決定は地球上のあらゆる国の運命を左右する。


 円卓に座っているのは、タイタン・グループ総帥のノア・マクドウェルと、CIA長官のエレノア・バーンズの二人だけだった。

 アメリカ深部実務ラインの最前線を担う彼らの手元には、日本の内閣官房参事官・日下部から限定共有された、一通の極秘データファイルが開かれていた。


 資料名『日本国・国連安保理常任理事国入りに向けた床補強方針案』。


 ノアは、そのタイトルを見て、青白い瞳に皮肉な笑みを浮かべた。


「床補強。……相変わらず、日本政府は政治をどこかの保守工事みたいに扱いますね」


 エレノアは、氷のような無表情のまま画面のテキストを目で追う。


「比喩としては正確です。彼らは今、既存の国際秩序という古い床の上に、アンノウン技術という超重量物を乗せようとしているのですから」


「それは床も抜けますね」

 ノアは楽しそうに肩をすくめた。


 二人は、日本の官僚たちが血と胃液を吐きながら書き上げたであろう、膨大なリストをスクロールしていく。

 P5(五大国)の支持確認状況、国連総会における票読み、ドイツ・インド・ブラジルへの配慮と調整、そして国内世論向けの演説骨子。


「拒否権は抜かない刀。……悪くないですね」

 ノアが、日本独自の拒否権運用方針を評価する。


「抑制方針としては妥当です」

 エレノアも同意する。


「『中国声明・ハート禁止』。……ここだけ、妙に切実な文字の圧を感じますね」


「必要です」

 エレノアは、情報機関のトップとして一切笑わずに答えた。


「否定はしませんよ」

 ノアは、声に出して笑うのをごまかすように、コーヒーカップを口に運んだ。


 ここまでは良かった。

 日本の官僚機構の優秀さが遺憾なく発揮された、手堅い外交プランに見えた。


 だが。

 ノアが画面をスクロールし、『総会票獲得のための地域別支援カード』の欄へ進んだ瞬間。


「止めてください」

 エレノアの声が、絶対零度に凍りついた。


「どこで?」

 ノアが、わざとらしく問う。


「支援カードです」


 ノアは、あえてもう一度、そのリストを声に出して読み上げた。


「防災特化型グラス・アイの提供。医療用キットの限定提供枠。教育用フルダイブの導入。小型リクレーマーの将来導入枠。核融合技術の基礎協力。……ああ」


 ノアは、読み終えると同時に、深くソファーに背を預けた。

 彼の顔には、いつも浮かべているシニカルな余裕はなく、純粋な感嘆と呆れが混ざり合っていた。


「……これは、日下部氏が怒られるやつですね」


「怒る側ではありません。怒られる側です」

 エレノアが、冷たく訂正する。


「珍しい」


「総会票の近くに置く技術ではありません」

 エレノアは、そのリストが孕む致命的な構造的欠陥を、一瞬で見抜いていた。


「日本側は、ただ『常任理事国としての責任』を、投票前に先払いして見せるつもりなのでしょう。彼ららしい誠実さの表れです」

 ノアは、日本の意図を弁護するように言う。


「意図は関係ありません。構造として危険です」

 エレノアは一刀両断にした。


「善意のリストに国家機密が混じっていますからね。日本らしいと言えば日本らしいですが」


「笑い事ではありません」


「笑っていませんよ。口元だけです」

 ノアは、相変わらず口角を上げていたが、その瞳はエレノアと同じように、このリストが引き起こすであろう「破滅的な未来」を正確に幻視していた。


 ◇


「大統領へ上げます」

 エレノアが、即座に判断を下した。


「そのレベルですか」


「はい。日本政府は今、常任理事国入りのために、人類の命運を分けるアンノウン技術を『棚に並べかけて』います」


「言い方が悪いですね」


「正確です」

 エレノアは、そう言い残して端末のセキュリティ・ロックを解除した。


 数分後。

 執務の合間を縫って、キャサリン・ヘイズ大統領が足早に会議室へと入ってきた。

 その顔には、大統領選挙という泥沼の戦いと、火星ミッションの熱狂の処理に追われる疲労が濃く刻まれている。


「日本から?」

 ヘイズが、椅子に座るなり単刀直入に問う。


「ええ。床補強リストです」

 ノアが、問題のファイルを大統領の手元のモニターへ転送する。


「また、胃薬が必要になりそうな名前ね」

 ヘイズが顔をしかめる。


「今回は、日下部氏だけでは済まないかもしれません」


 大統領は、ノアの不穏な予告を背に受けながら、資料に目を通し始めた。

 最初は無言だった。

 拒否権の運用方針や、ドイツへの配慮の項目までは、彼女も静かに頷いていた。


「ここはいいわ。拒否権を抑制的に扱う。日本らしいし、国際社会にも説明しやすい」


 そして。

 彼女の視線が、『支援カード』の欄で止まった。


 大統領は、少しの間、完全に沈黙した。

 やがて、彼女はゆっくりと顔を上げ、冷たい声で言った。


「……これは、違うわね」


「大統領?」

 ノアが促す。


「私は、日本にもう少し前へ出てほしい、覇権国らしく振る舞ってほしいと言ったわ」

 ヘイズの瞳に、大国の指導者としての厳しい光が宿る。

「でも、これは違う」


「支援カードです」

 エレノアが、問題の箇所を冷たく指摘する。


「支援はいい。責任を示すのもいい。でも……基幹技術を『票の近く』に置いてはいけないわ」

 ヘイズは、資料の束をテーブルに弾いた。


「票の近くに置く、ですか」

 ノアが、その政治的な比喩を復唱する。


「ええ。総会票の直前にこんなオーパーツのカタログを並べれば、日本がどれだけ綺麗な言葉をつけて『国際公共財の提供です』と言い繕っても、他国からは『買収』にしか見えない。しかも、相手は一回で満足するわけがない。次はもっと要求してくるわ」


「支援ではなく、依存形成ですね」

 エレノアが、諜報の観点からその危険性を言語化する。


「本人たちは、責任の先払いだと思っているのよ。そこが一番危ないわね」

 ヘイズは、日本の官僚たちの生真面目さが引き起こした致命的なエラーに、深く息を吐いた。


 ◇


 そこからは、アメリカのトップ三人による、日本への「修正レビュー」が始まった。


「日本は、先にメニューを配りすぎています。欲しい国には、向こうから『欲しい』と言わせるべきです」

 ノアが、外交交渉の基本を説く。


「正式な要請、審査、そして条件の受諾。最低限、それが必要です」

 エレノアが、制度の壁を高く設定するよう求める。


「日本から、へりくだって配りに行ってはいけないわ」

 ヘイズ大統領が、覇権国の立ち振る舞いとして釘を刺す。


 さらに、既存の同盟国や協力国とのバランスの問題が浮上する。


「中国は身を切って日本へ近づいた。フランスは常任理事国としての支持を差し出した。サウジは巨額の投資をしたわ」

 ヘイズが、すでに日本と「取引」を終えている国々の顔を思い浮かべる。


「それなのに、まだ何もしていない国に対して、総会票の対価として似たような技術の棚を見せれば、既存の協力国は絶対に面白くないでしょうね」

 ノアが、国際政治における嫉妬と不満の炎を幻視する。


「外交上の優先順位が完全に崩れます」

 エレノアが、そのリスクを切り捨てる。


「技術を受け取った国は、日本に完全に依存します」

 エレノアは、さらに深い問題を指摘した。


「依存させるつもりなら、最初からそれを『覇権政策』として冷酷に設計するべきです。純粋な善意でやるのが一番危ない」

 ノアが、日本の無自覚な覇権主義を危惧する。


「日本は、自分たちが今何を握っているのか、まだ時々忘れるわね」

 ヘイズ大統領が、呆れたようにこめかみを揉んだ。


 そして、この会議に同席していた国務省の日本担当高官が、実務的な補足を入れた。

「P5の支持が揃っている以上、総会票は通常の外交努力、既存のODA、国連基金への拠出、そして地域別の政治調整で十分に狙えます。わざわざアンノウン技術を前面に押し出す必要は、全くありません」


「『我々の列に並べ』。……それで足りますね」

 ノアが、傲慢なほどの余裕を見せて言う。


「言い方は調整してください」

 エレノアが、冷たくたしなめる。


「日下部氏向けなら、もう少し柔らかくオブラートに包みますよ」

 ノアが微笑む。


 ◇


「日下部参事官に返して。これは、止めるべきだ、と」

 ヘイズ大統領は、迷いなく最終的な判断を下した。


「かなり厳しい返答になりますが」

 ノアが確認する。


「構わないわ」

 ヘイズは、日米の強固な信頼関係を信じて言った。

「アメリカの深部ラインに見せたということは、日本側も『もし間違っていたら止めてほしい』という意味を含んでいるはずよ。そして、それを躊躇なく言えるのが、同盟国というものよ」


「否定はしません」

 ノアが頷く。


「修正項目を整理します」

 エレノアが、即座に返信用のフォーマットを作成し始めた。


【米国側からの返信内容】

 ■評価する部分

 ・P5支持確認の完了。

 ・拒否権の抑制的運用方針。

 ・国内演説における「責任」の強調。

 ・ドイツ、インド、ブラジルを無視しない調整姿勢。

 ・中国声明のハートマーク禁止。


 ■即時修正を求める部分

 ・アンノウン技術を、総会票対策の直接的なカードとして使用しないこと。

 ・支援カードを「通常外交カード」と「技術審査カード」に明確に分離すること。

 ・医療用キットの海外現物提供は凍結。

 ・グラス・アイ本体の提供は凍結。

 ・小型リクレーマーの総会票対策への利用は凍結。

 ・教育用フルダイブの安易な海外展開は凍結。

 ・核融合技術の無差別な基礎協力は不可。

 ・既存の協力国(米、仏、英、中、サウジ等)の優先順位を明文化すること。

 ・技術を求める国には、自発的な「正式要請」を出させること。

 ・供与の前提として、「申請」「審査」「条件受諾」「監査の受け入れ」「日本の停止権限」を制度化すること。


「……見事なまでの赤ペンですね」

 ノアが、真っ赤に修正されたリストを見て笑う。


「私は、日本にもう少し前へ出てほしいと言ったわ。でも、これは前へ出ることではない。……日下部参事官なら、この意味が分かるはずよ」

 ヘイズ大統領が、信頼を込めて言う。


「胃薬を添えますか?」

 ノアが、冗談めかして提案する。


「外交文書に添えるものではないわ」

 ヘイズが呆れる。


「ただし、彼には間違いなく必要でしょう」

 エレノアが、事実として補足した。


 ◇


 場面は変わり、東京。

 首相官邸地下五階、『特別情報分析室』。


 静寂に包まれた会議室で、日下部はアメリカ側深部ラインから返信されてきた暗号化データを読み込み、数秒間、完全に無言になった。


「日下部さん?」

 矢崎総理が、日下部の硬直に気づいて声をかける。


「……アメリカから、かなり厳しいレビューが入りました」

 日下部が、胃のあたりを軽く押さえながら答えた。


「怒られましたね!」

 隣で画面を覗き込んだ工藤が、なぜか嬉しそうに声を上げた。


「工藤さん。嬉しそうに言わないでください」

 日下部が、氷点下の視線で射抜く。


「いや、レビューでツッコミが入るのは、開発の現場じゃ普通のことでは?」

 工藤が、システムエンジニアの感覚で反論する。


「これは国家運営なんですが……」


「でも、アメリカに聞いてよかったじゃないですか。これで意地になって強行する方が、絶対に後で炎上して駄目になるパターンですし」

 工藤の全く悪気のない正論に、日下部は一拍置いた。


「……それは、その通りです」

 日下部は、悔しいが認めざるを得なかった。


「本番投入前に設計レビューで止まったなら、むしろ健全ですよ」

 工藤が、明るく励ます。


「国家の安保理改革を、本番投入と言わないでください」


「でも似てません? 要件定義が甘いまま本番に出すと燃えますよね」


「似ていますが、似ていると言いたくありません」

 日下部は、深い溜め息を吐き出した。工藤を落ち込ませず、彼なりのSE視点で事態を受け止めさせるには、この程度の会話で流すしかない。


 ◇


 矢崎総理が、日下部の手元から転送されたアメリカの返信内容に目を通した。


「……厳しいですが、正しいですね」

 総理は、一つ一つ指摘事項を確認しながら静かに言った。


「はい。正しいです」

 日下部も、全面的に非を認めた。


「我々は、技術を配りすぎようとしていた」

 霧島防衛大臣が、自国の安全保障上の失態を恥じるように言う。


「まだ配る前でしたが、配る方向へと完全に思考が傾いていました」

 日下部が、冷徹に自己批判を行う。


「見返りに技術を提供するという、これまでの成功体験が染み付いてしまった癖ですね」

 御堂経産大臣が、産業政策の視点から分析する。


「はい。アンノウン技術を『外交カード』として扱いすぎた結果、我々の中で『支援』と『取引』、そして『依存形成』の境界が完全に曖昧になっていました」

 日下部が、アメリカに指摘された構造的欠陥を言語化した。


「我々は、純粋な善意のつもりでした」

 矢崎総理が、苦渋に満ちた表情で言う。


「善意だからこそ、危険なのです。アメリカの指摘通りです」

 日下部が応じる。


 総理は、少しの間黙り込み、やがて深く息を吐き出した。

「……確かに、アメリカの存在がなければ、我々はここで取り返しのつかない間違いを起こすところでした」


「同盟国に、事前にレビューを求めた意味はありました」

 日下部が、日米同盟の真の価値を噛み締める。


「ほら、レビュー大事じゃないですか」

 工藤が、再びドヤ顔で言う。


「だから嬉しそうにしないでください」

 日下部が、本日二度目のツッコミを入れた。


 ◇


「では、アンノウン技術の安売りリストを焼却します」

 日下部が、前回の会議で作り上げた『床補強リスト』の支援カード欄をスクリーンに大写しにした。


 そして、その上に容赦なく赤線を引いていく。


【焼却対象】

 ・医療用キットの海外現物提供。

 ・グラス・アイ本体の提供。

 ・小型リクレーマーの総会票対策利用。

 ・教育用フルダイブの安易な海外展開。

 ・核融合技術の無差別な基礎協力。

 ・アンノウン技術を『地域支援パッケージ』の目玉にする発想すべて。


「……焼却、という表現は、行政文書として適切でしょうか」

 財務省代表が、言葉の強さに顔を引きつらせて問う。


「我々の記憶に、強く刻み込むためです」

 日下部が冷酷に答える。


「削除じゃなくて、焼却なんですね」

 工藤が、物騒な表現に驚く。


「削除だと、また誰かが後で都合よく復元しようとするからです」


「バックアップも消します?」


「工藤さん」


「はい」


「……この部屋の空気の重さを、少しは読んでください」


「アンノウン技術は、国連総会票の対策には一切使いません」

 矢崎総理が、力強く宣言した。


「はい。常任理事国入りの票を取るために、我が国の中核技術を棚に並べることは、今後一切禁止します」

 日下部が、政府としての絶対的な方針を確定させた。


 ◇


 日下部が、ホワイトボードのホログラムを消去し、真っ新な画面に新たなリストを書き直していく。


【修正版・新しい床補強リスト】

 一、P5の支持確認は維持。

 二、国連総会票対策は、通常外交、既存のODA、国連基金への拠出、各種研修、人材育成などの『既存の枠組み』を中心に行う。

 三、アンノウン技術は、総会票対策には絶対に使わない。

 四、防災支援は、日本側が解析済みの警報情報の共有、避難訓練の指導、および通常の防災技術の提供に限定する。

 五、医療支援は、日本国内での管理された治療枠の提供、海外の医療人材の育成、および通常の医療支援に限定する。

 六、リクレーマー、グラス・アイ、フルダイブ、核融合等の基幹技術は、すべて『個別審査制』とする。

 七、アメリカ、フランスなどの既存協力国の優先順位を明文化し、外交バランスを維持する。

 八、アンノウン技術を求める国には、自国からの『正式な要請』、日本の条件受諾、および監査の受け入れを義務づける。

 九、ドイツ、インド、ブラジル等のG4に対しては、技術の提供ではなく、制度的支持、産業連携、および通常協力のみを提示する。

 十、中国声明のハートマーク検閲は、引き続き厳重に継続する。


「……最後の一行は、やはり残るのですね」

 財務省代表が、疲れた顔で突っ込む。


「当然です」

 日下部が、一片の迷いもなく即答した。


 ◇


 書き直されたリストを見つめていた工藤が、顎に手を当てて思考を巡らせた。


「じゃあ……支援パッケージじゃなくて、『審査パッケージ』にすればいいんですかね」


「審査パッケージ?」

 日下部が、工藤の言葉の意図を図りかねて聞き返す。


「はい」

 工藤は、システム開発の要件定義の顔になって説明を始めた。

「技術が欲しいっていう国向けに、統一の『申請フォーム』『審査フロー』『運用条件』『監査ログの提出義務』『停止条件』、そして『違反時のペナルティ』を標準化してパッケージにするんです。……導入支援じゃなくて、導入審査の標準化ですね」


 日下部が、一瞬だけ動きを止めた。


「……それは、採用します」


「レビュー通りました?」

 工藤が嬉しそうに言う。


「部分採用です」

 日下部が冷たく返す。


「やった」


「嬉しそうにしないでください」


 だが、日下部の内心では、工藤のこの提案は極めて高く評価されていた。

 ばら撒き(支援)の発想を、管理(審査)の設計へと見事に転換したのだ。元SEとしてのプロセス構築のセンスが、外交の場でも生きることを証明していた。


 ◇


「……さて」

 矢崎総理が、声のトーンを落とし、円卓の全員を静かに見回した。

「そもそも、我々はなぜ、国連の常任理事国入りを目指すのでしょうか」


 会議室が、水を打ったように静まり返る。

 ここが、今回の見直しにおける最も重要な、本筋の再確認であった。


「椅子が欲しいからではありません」

 日下部が、真っ直ぐに答える。


「名誉でもありません」

 総理が続く。


「はい。……ヤタガラス、アンノウン技術、そしてテラ・ノヴァ。我々はいつか、それらの存在を、必ず世界へ説明しなければならない時が来ます。その時、日本が国際秩序の外側にいるわけにはいかないのです」

 日下部の言葉には、逃れられない未来への覚悟が込められていた。


「我々が、技術の独占者として世界から糾弾されるのではなく、『責任を持って管理する国家』として認めさせる必要がある」

 霧島防衛大臣が、安全保障の要を口にする。


「そのための、制度的な防壁。……それが、常任理事国の席なのです」

 日下部が結論づけた。


「常任理事国入りは、決してトロフィーではありません」

 矢崎総理が、力強く頷く。


「はい。アンノウン技術を世界に奪われず、破壊されず、管理し続けるための、分厚い防壁です」


 工藤が、少しだけ口を挟む。

「ヤタガラスを、災害避難施設として世界のみんなに使うためにも、ですか?」


「はい」

 日下部は、工藤の理想を否定しなかった。

「いつかその話を世界に出すなら、日本は“怪しい技術を独占する危険な国”ではなく、“世界の安全を責任を持って管理する国”でなければなりません」


「じゃあ、床補強って、本当に物理的な意味じゃなくて、制度的な『床補強』なんですね」

 工藤が、すとんと腑に落ちたように言う。


「そうです。ようやく分かりましたか」


「はい。レビューで要件が明確になりました」


「だから、国家運営をレビューと言わないでください」

 日下部が、本日何度目かの溜め息をついた。


 ◇


 会議が終了に近づき、日下部がアメリカ深部ラインのノアとエレノア宛てに、暗号化された返信を作成する。


『貴国の指摘を重く受け止めます。

 日本政府は、アンノウン由来技術の支援カード化を再検討し、常任理事国入りに向けた支援方針を、通常外交および制度設計中心へと完全に修正します。

 技術の申請・審査制度を確立し、アンノウン技術を国際政治の取引材料としては扱いません。

 常任理事国入りの目的は、あくまでアンノウン技術管理の“制度的防壁”の構築にあります。今後も米国側深部実務ラインと緊密に連携し、実務調整を行います』


 工藤が、日下部の背後から画面をひょっこりと覗き込む。


「……あれ? 『レビューありがとうございました』って書かないんですか?」


「書きません」

 日下部が即答する。


「書いてもよくないですか? 助けてもらったんだし」


「これは外交文書です」

 日下部が、冷たい声で切り捨てる。


「じゃあ、私信で」


「送りません」

 日下部は、頑なに拒否して送信ボタンを押した。


 ◇


 こうして、日本政府の床補強リストは、一度大きく焼き直されることになった。


 それは失敗ではない。

 少なくとも、工藤創一はそう判断した。

 本番投入前に、厳しいレビューで止まった。危険な設計思想が見つかった。仕様が根本から修正され、運用条件が明確になった。

 元・運用保守のエンジニアである男にとって、それはむしろ極めて健全で、正しいプロジェクトの進行過程だった。


 だが、日下部参事官にとっては違う。

 これはシステムの改修ではない。国家の運営であり、国際秩序の再編であり、覇権という名の重すぎる運用の真っ只中なのだ。


 アメリカは、日本に「もう少し前へ出ろ」と言った。

 しかし今度は、「技術の棚を軽々しく開けるな」と鋭く釘を刺してきた。

 その期待と制限の狭間で、日本は自分たちの足で立つ方法を模索しなければならない。


 日下部は、修正されたホワイトボードの文字を見上げた。


『技術供与。申請制』

『既存協力国優先』

『アンノウン技術。総会票対策使用禁止』

『ヤタガラス。将来公開に向けた制度的防壁』

『中国声明。ハート禁止継続』


 最後の一行だけは、やはりどう見ても異物だった。

 だが、それを消すわけにはいかなかった。


 工藤創一は、どこか晴れやかな顔で言った。


「いやあ、レビューで怒られてよかったですね」


 日下部は、深く、長く、国家運営のすべての重圧を背負ったような息を吐き出した。


「工藤さん。……これは、国家運営なんです」


「でも、本番で燃えるよりマシですよね?」


「……それは、そうです」


 日下部は、認めたくはなかったが、認めざるを得なかった。

 アメリカの存在がいなければ、日本政府は危うく、取り返しのつかない間違いを起こすところだった。


 椅子は、もう見えている。

 だが、その床を補強するには、まず『床材を間違えないこと』から始めなければならなかったのだ。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
更新まだですか(泣) 心待ちにしてます!
国内でアンノウン技術の全部が浸透仕切ってねぇのに 外交ばっかに使ってきたツケだわな緩いねぇ
常任理事国入りは明治期における列強入りと同義なのでヘコヘコしてては叶うわけがないですね。 他の国特にドイツが文句を言うにしても じゃあ、お前らはこの日本のように世界の発展に著しく影響のある技術を生みだ…
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