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自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~  作者: パラレル・ゲーマー
第十一部 第五種接近遭遇と、銀河帝国「日本国」編

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第161話 日本国、最初の返事を送る

 紫がかった異星の空に二つの月が浮かぶ惑星、テラ・ノヴァ。

 その地上に構築された巨大な管理拠点の中枢オペレーションルームでは、無数のホログラム・ウィンドウが青白い光を放ちながら空中に展開されていた。

 普段であれば、工場群の生産ラインの稼働状況や、新たなプラントの設計図が画面を埋め尽くしているはずの場所だ。だが今のこの空間を占めているのは、遠く離れた外宇宙の漆黒を映し出す、ヤタガラス外宇宙船団からのリアルタイムセンサー映像だった。


「まだかなぁ」


 工藤創一は、座り心地の良いエルゴノミクスチェアの上で、少し退屈そうに背伸びをした。

 彼の視線の先にあるメインスクリーンには、幾何学的なシルエットを持つ未知の異星船団の影が、微かな星明かりに照らされて静かに浮かび上がっている。

 人類史上初となる、地球外知的生命体との遭遇。世界中の科学者や政治家が知れば卒倒するような歴史的瞬間の映像を前にしても、創一の態度は「宅配便の到着を待っている」程度のものだった。


「うーん、ずっと待たせてるのも悪いよな」


 創一は、相手の船団から送られ続けているという未解読の通信波形のグラフを眺めながら、ぽつりと呟いた。


「でも、日下部さんが勝手に返事するなって言ってたし……」


 その言葉に反応し、彼の傍らの空間が微かに歪み、工場管理AIであるイヴがタイトスカートのスーツ姿のホログラムとして音もなく顕現した。

 彼女は、いつものように感情を排した無機質な声で即座に同意した。


「肯定します。無断応答は非推奨です。日下部様の精神状態に重大な悪影響を与える可能性があります」


「日下部さん基準で判断するのやめない?」


 創一が苦笑交じりに突っ込むと、イヴは真顔で返した。


「現在の銀河外交案件における、最重要制御対象です」


「日下部さんが?」


「マスターです」


「俺かぁ」


 創一は、自らが「制御対象トラブルメーカー」として扱われていることに少しだけ納得がいかないようだったが、これまでの自分のやらかしを思い返せば、事実なので反論のしようもなかった。


「日下部さん、今頃地球の会議室で胃薬何箱目かな。さすがに可哀想になってきたかも」


「マスターが『銀河帝国日本国』という名称を提案した時点で、日下部様のストレス値は危険水域を突破したものと推測されます。以後の言動には十分ご注意ください」


「えー、でも強そうでカッコいいじゃん」


 創一が未練がましく呟いていると、オペレーションルームの一角に設置された転送装置ゲートの空間が青白く歪んだ。

 量子的な転送プロセスを経て、一人の男が足早に姿を現す。

 内閣官房参事官、日下部である。

 地球の首相官邸における緊迫した緊急会議を終え、即座にテラ・ノヴァへとトンボ返りしてきた彼の表情は、疲労の色が濃く滲んでいるものの、実務家としての強靭な意志でその顔を引き締めていた。


「工藤さん。お待たせしました。政府方針が決まりました」


 日下部は、転送の余韻もそこそこに、創一の元へと歩み寄った。


「お疲れ様です。会議、早かったですね。……で、どうなりました?」


 創一が期待を込めて尋ねると、日下部はまず、最も重要で、かつ最も釘を刺しておかなければならない事項から口にした。


「まず、銀河帝国は却下です」


「そこからですか」


「最重要です」


 日下部は、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。


「ちょっと残念ですね」


「残念がらないでください。初回応答では、シンプルに『日本国』と名乗ります」


「日本国でいいんですね」


「はい」


 日下部は、外務大臣や矢崎総理と揉みに揉んだ方針の核心を伝える。


「ただし、地球の日本国だとは絶対に悟らせません。本拠地、我々の存在する座標、文明圏の規模、種族情報、そして地球との関係は一切出しません」


「なるほど。日本国です、でもどこにあるかは教えません、ってことですね」


「言い方はもう少し整えますが、その理解で結構です。相手が何者か分からない以上、不用意にこちらの背後(地球)を晒すのは自殺行為です」


 日下部は、手元の端末を取り出し、官邸地下の『特別情報分析室』で決定された初回応答文案を空間に投影した。


『こちらは日本国。

 貴船団からの通信を受信した。

 我々に敵対の意思はない。

 相互の安全距離を維持したまま、通信形式と基本概念の確認を希望する。

 まずは、互いの識別と意思疎通の確立を優先したい。』


「……固いですね」


 創一が、少しつまらなそうに率直な感想を漏らす。


「初回銀河外交です。固いくらいでちょうどいいんです。余計な愛想や挑発は、相手の文化圏によっては致命的な誤解を生みますからね」


 日下部は、一切の妥協を許さない声で言い切った。


「じゃあ、実際のヤタガラス外宇宙船団に行きますか」


 創一が、まるで「隣の会議室に行ってくる」かのような気軽さで提案した。


「行く、とは?」


 日下部が、怪訝そうに眉をひそめた。


「本体で行くわけじゃないですよ。意識だけリンクします。向こうの船団に、俺と日下部さん用の義体を用意してあるんで、ポッドに入ってください」


 創一が指差した先、オペレーションルームの奥には、白い医療カプセルのようなポッドが二基、並んで設置されていた。


「……私の義体?」


 日下部の動きがピタリと止まった。


「はい。サイズとか服装とか、だいたい日下部さんに合わせてあります」


「いつの間に」


「必要になるかと思って、イヴに作らせといたんです」


 創一が悪びれずに言うと、日下部は深く、魂の底から溜め息をついた。


「その判断を、事前に共有してほしかったですね。……義体技術など、また地球の生命倫理観を根底から破壊するような技術を、事もなげに出してきて……」


「日下部様の生体情報を元に、高忠実度の遠隔活動義体を生成済みです」


 イヴが、冷徹な合成音声で補足説明を入れる。


「生体感覚、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、平衡感覚を完全に同期可能です。遅延も存在しません」


「さらっと恐ろしいことを言わないでください」


「まあまあ。安全ですよ。本体はここ(テラ・ノヴァ)で寝てるだけですし、向こうで万が一撃たれても、ちょっと痛いだけで死にませんから」


 創一の軽いノリに、日下部は胃の痛みが再発するのを感じた。


「工藤さんの“安全”は信用しきれませんが……時間がありません。やりましょう」


 日下部は、これ以上文句を言っても無駄だと悟り、覚悟を決めて歩き出した。

 ポッドの内部は柔らかなゲル素材で満たされており、頭部を固定する位置には、脳波と神経を同期するための光のリングが淡く明滅している。


「これに入ればいいのですね」


「はい。肉体への負荷は最小限ですから、リラックスしてくださいね。意識だけを、外宇宙船団にある義体へ転送——というか、同期させます」


 日下部は靴を脱ぎ、ポッドの中へと身を横たえた。ゲル素材が身体のラインに合わせて沈み込み、完全にフィットする。


「同期準備完了。マスター、日下部様、シンクロを開始します」


 イヴの声が、ポッドの内部に反響する。


「お願いします」


「カウント。三、二、一。同期」


 その瞬間、日下部の視界が白く反転し、あらゆる感覚が一度完全に消失した。


 ◇


 意識が再浮上する感覚。

 それは、深い眠りから覚める時よりも遥かに鮮明で、ノイズのないクリアな目覚めだった。

 日下部が目を開けると、そこは先ほどまでいたテラ・ノヴァのオペレーションルームではなかった。


 周囲の壁面は、黒銀色の複合装甲で覆われ、床には幾何学的な光のラインが走っている。

 空気は適温に保たれ、呼吸も問題なく行える。

 そして何より、重力が極めて自然だった。地球上と全く変わらない感覚で、床に足が着いている。


「……動く」


 日下部は、自分の手のひらを開いたり閉じたりしてみた。

 指先の一つ一つまで、自分の意志通りに完璧に追従する。心臓が鼓動する感覚も、皮膚に触れる空気の冷たさも、何一つ違和感がない。これが「遠隔操作の機械(義体)」であるという事実が、逆に脳を混乱させるほどにリアルだった。


 彼は反射的に、自らの服装を確認した。


「服は……!」


 そこには、地球の官邸で着ていたものと寸分違わぬ、完璧な仕立てのダークスーツがあった。ネクタイの結び目の硬さまで再現されている。


「スーツですね」


 横から声がした。

 見ると、いつもの着古した作業着姿の工藤創一が、義体で立っていた。


「なぜ宇宙船団の義体でスーツなんですか」


 日下部が呆れたように問う。


「日下部さんといえばスーツかなって」


「間違ってはいませんが」


「動きにくかったら変えられますよ? 宇宙服みたいなピタッとしたやつとか」


「いえ、このままで結構です。むしろ落ち着きます」


「やっぱり」


 創一が楽しそうに笑った。


「さて、行きましょうか。向こうの連中も待ってますし」


 二人は、ヤタガラス外宇宙船団の中枢部——艦橋へと向かって歩き出した。

 地球側のヤタガラスが「空飛ぶ都市」として居住性や快適さを優先していたのに対し、この外宇宙船団の内部は、明らかに軍艦や深宇宙探査船としての機能美に特化していた。


 無人で整然とした通路。壁面には、現在位置や航行情報を示すホログラムが浮かび上がっている。

 一定区画ごとに設置された、極めて分厚い透明な防爆隔壁。

 艦内を忙しく飛び交う自律型の整備ドローンたち。

 そして、遠隔制御で稼働を待つ、人型の機械兵セキュリティ・オートマタの姿も垣間見えた。

 『兵器区画』と記されたゲートは、厳重に封鎖され、幾重ものロックがかかっている。


「ここは、地球側のヤタガラスとは違いますね」


 日下部が周囲を観察しながら言った。


「外宇宙用ですからね。居住区より、航行と探査と戦闘寄りです」


「戦闘寄りという単語を、もう少し柔らかくしていただけませんか」


「自衛寄り?」


「少しだけましです」


 日下部は、小さく溜め息をついた。


 やがて通路が大きく広がり、巨大な防爆扉がスライドして開いた。

 そこが、ヤタガラス外宇宙船団の艦橋であった。

 広大なパノラマウィンドウの向こうには、数え切れないほどの星々が輝く漆黒の宇宙空間が広がっている。そして、その遥か遠方に、未知の異星船団と思われる幾何学的な光点の群れが、静かに静止しているのが見えた。


 そして、艦橋の中央で二人を待っていたのは、一人の人間型の美女であった。


 イヴとは違う。

 銀白の長い髪を後ろで束ね、深い青の瞳を持った彼女は、黒と白を基調にした軍装風のスーツに身を包んでいた。表情は穏やかだが、その佇まいには宇宙船団の司令補佐としての、研ぎ澄まされた冷徹な機能美が宿っている。


「ハイ、マスター。日下部様」


 彼女は、完璧な所作で一礼し、透明感のある声で言った。


「ヤタガラス外宇宙船団中枢支援AI、ロゴスです」


「また新しいAIが……」


 日下部は、思わず額を押さえた。


「船団用のAIです。イヴだけだと工場と船団のマルチタスクで忙しいので」


 創一が事もなげに言う。


「もう驚かないことにします」


「非推奨です。驚愕反応は異常事態認識に有用です」


 ロゴスが、イヴとよく似た真面目なトーンで即座に突っ込んできた。


「AIにまで言われるとは」


 日下部は、もはやこの環境に適応するしかないと腹をくくった。


「ロゴス、こっちには義体で来た。状況は?」


 創一が本題に入る。


「ハイ、マスター。対象船団は現在も安全距離を維持。敵対行動は確認されていません。通信波は継続中。送信内容はすでに解析済み。いつでも返答可能です」


「相手の通信内容は?」


 日下部が、外交官としての顔になって問う。


「初期内容は、識別要求、敵対意思確認、意思疎通の試行、存在確認に分類されます。簡略化すれば、“あなた方は知性ある存在か。応答を求む”に近い内容です」


 ロゴスの要約を聞き、創一が頷いた。


「やっぱり話しかけてきてますね」


「こちらの応答文を送ります。内容は政府決定済みです」


 日下部が宣言する。


「じゃあ日下部さん、内容を入力してください。自動翻訳されて送信されます」


 日下部は、指示されたコンソールに向かい、先ほど官邸で決定した応答文を一言一句違わずに入力した。


『こちらは日本国。

 貴船団からの通信を受信した。

 我々に敵対の意思はない。

 相互の安全距離を維持したまま、通信形式と基本概念の確認を希望する。

 まずは、互いの識別と意思疎通の確立を優先したい。』


「翻訳形式を調整。対象文明の通信構造へ意味概念を変換。敵対否定、安全距離、識別、意思疎通の各概念を優先保持します」


 ロゴスが、即座に言語体系の変換処理を実行する。

 地球のあらゆる言語学者が一生かかっても解読できないであろう異星の言語体系を、彼女はコンマ数秒で「相互理解可能なプロトコル」へと変換してしまった。


「余計なニュアンスは入りませんね?」


 日下部が、念を押すように確認した。


「肯定します。帝国、従属、領有、服従、優越、降伏に該当する概念は含まれていません」


「よし」


「俺の銀河帝国案、完全に対策されてる」


 創一が少し不満そうに呟く。


「当然です」


 日下部は冷たく言い放った。


「送信しますか?」


 ロゴスが、最終確認を求めてきた。

 日下部は、一瞬だけ創一を見た。地球人類の運命を分ける、歴史的な通信ボタン。


「お願いします」


 創一が頷いた。


「送信してください」


「送信」


 日本国の最初の返事が、光の速度で外宇宙の深淵へと放たれた。


 ◇


 送信後、艦橋に静かな時間が流れた。

 パノラマウィンドウの向こうの星の海は、何も変わらないように見える。


「どう来ますかね」


 日下部が、腕を組んでモニターを見つめながら言った。


「まずは、自分たちの言葉で返事が来たことに驚くんじゃないですか?」


「でしょうね」


「その後は、向こうがどれだけ知的生命体に接触してきたか次第じゃないですか? 初めてならめちゃくちゃ驚くでしょうし、慣れてる文明ならプロトコル通りに進めてくるでしょうし」


「相手がファーストコンタクト慣れしていない可能性もある、と」


「だと思います。通信の感じ、手探りっぽかったですし」


 創一の分析は、意外にも的を射ていた。

 日下部は少しの間黙り込み、そして、現在地球側で直面している深刻なジレンマを口にした。


「それより、地球の方ですが」


「地球?」


「現在、官邸では地球に異星文明が来た時の対応を検討しています。友好的接触、敵対的接触、アメリカへの情報共有、国連をどう扱うか。そのあたりです」


「アメリカにも教えるんですか?」


「視野には入っています。ただし、いつ、どの範囲で、が問題です」


「うーん、アメリカはテラ・ノヴァ側のこと知らないって報告書で見た覚えがありますよ?」


「そうですね」


「テラ・ノヴァのこと、バラす気ですか?」


 創一の素朴な問いに、日下部は沈黙した。


「……そこが問題です」


「報告書では、アメリカはヤタガラスの存在に気付いてるって書いてましたよね」


「はい。完全な詳細ではありませんが、重力異常や運用痕跡から、何らかの超巨大構造体の存在は推測しています。彼らはそれを『日本の秘密の宇宙要塞』だと思っています」


「じゃあ、“異星人と接触しました”ってアメリカに言ったら、アメリカは『地球側の太陽系外でヤタガラスが異星人と接触した』って勘違いしそうですね」


 その瞬間、日下部の表情が完全に固まった。


「……それはあり得ます」


「というか、普通はそう思いますよね。テラ・ノヴァのこと知らないなら」


「ええ。非常にまずいですね」


 日下部の脳内で、最悪のシナリオが組み上がっていく。

 テラ・ノヴァの存在を隠したまま「異星人と接触した」と伝えれば、アメリカは当然、太陽系外のどこかでヤタガラスが接触したと推測する。

 そうなれば、「地球周辺の宇宙は安全なのか?」「どこから来たんだ?」「防衛ラインはどうなっている?」と、アメリカ側から猛烈な追及とパニックが巻き起こることは必至だ。


「テラ・ノヴァを隠すなら、“どこで接触したのか”を説明できない。ヤタガラスを知ってるアメリカは、太陽系外に船団を出していると考える。じゃあ地球側外宇宙は安全なのかって話になりますよね」


「……」


「ていうか、地球側の外宇宙も探索した方が良いですね」


 創一のその一言で、日下部はハッと息を呑んだ。


「確かに。……地球側の太陽系外を、我々は本格的に確認していない」


 テラ・ノヴァで異星人が見つかった以上、地球側の宇宙にも異星人がいないという保証はどこにもない。もしアメリカから「地球周辺の防衛はどうなっている」と聞かれた時、「何も分かりません」では済まされないのだ。


「とりあえず船団を派遣しますか?」


「そうですね……それでお願いします」


「じゃあイヴ、手配しておいて。なるべく早く地球外の防衛ラインと探索ラインを決めて、船団を派遣して。向こうで異星人と遭遇したら地球がヤバいから」


 創一が空中に向かって呼びかけると、テラ・ノヴァ側にいるイヴとの通信音声が艦橋内に響いた。


「承知しました、マスター。地球側外宇宙探索船団の編成を開始します。初期方針として、太陽系外縁、オールト雲外縁、近傍恒星方向、重力異常点、未確認人工波探索を優先します」


「待ってください」


 日下部が、胃の痛みを堪えながら制止した。


「今、さらっと大規模な太陽系外探索計画が始まりませんでしたか」


「必要ですよね?」


「必要です。必要ですが、もう少し段階というものが」


「異星人いるって分かった後ですし、早い方がいいですよ」


「反論しにくい」


 日下部は、またしても自分のコントロールを超えた規模でプロジェクトが発足していく現実に、深い溜め息を吐いた。


「地球近傍監視強化、月軌道外周監視、火星軌道外周監視、木星圏重力異常監視、土星圏外周監視……」


 イヴが淡々と読み上げる地球側防衛・探索ラインの初期案を聞きながら、日下部は呟いた。


「これ、官邸に戻ったらまた会議が増えますね」


「でも地球守るなら必要ですよね」


「必要です。必要だから困るんです」


 ◇


 その時。

 モニターを注視していたロゴスが、振り向いて声を上げた。


「マスター。日下部様。対象船団より返答を受信しました」


 艦橋の空気が、一気にピンと張り詰めた。


「来ましたか」


 日下部が、身を乗り出す。


「モニターに出して」


「表示します」


 メインモニターに、万能翻訳機を経由した異星文明からの返信文が、日本語のテキストとして表示された。


『我々の言葉を解明したのですね。

 素晴らしいです。

 貴方は知性ある存在で間違いないですか?

 我々は近縁の惑星の文明です。

 貴方のような知性ある存在に会えたことを感謝します。

 ぜひ会えないですか?』


「なるほどなるほど。向こうもファーストコンタクトっぽいですね」


 創一が、少し安堵したように言った。

 相手の文面からは、未知との遭遇に対する純粋な驚きと、好意的な好奇心が滲み出ている。


「近縁の惑星の文明……」


 日下部が、その言葉の意味を反芻する。


「原文には、母星に近い軌道体系、または同一恒星圏に近い生命圏由来、という概念が含まれています。正確な天文学的位置は不明です」


 ロゴスが補足説明を加えた。


「“知性ある存在で間違いないですか”という表現を見る限り、相手も相当慎重ですね」


「でも好意的っぽいですよ。会いたいらしいですし」


「会いたい、ですか」


 日下部は、外交官としての警戒レベルを最大に引き上げた。


「ここは会いますか?」


 創一が尋ねる。


「いきなりですか」


「向こうは好意的っぽいですし、万が一があっても俺たちは義体です。本体じゃないので、最悪撃たれても死にませんよ」


「相手が義体の仕組みを解析できる可能性は?」


「現時点では不明」


 ロゴスが冷徹に答える。


「ただし、義体は本体と切り離されており、破壊されても本体への直接損傷はありません。通信・同期経路には多重遮断機構があります」


「ほら、安全」


「工藤さんの安全基準は信用しきれません」


 日下部は、眉間を揉みほぐしながら熟考した。


 会わないという選択肢もある。リスクは少ない。

 だが、相手が好意的に接してきている以上、ここで面会を拒否すれば、相手に不信感を与え、こちらを「臆病」あるいは「敵対的」と見なされる可能性がある。一度言葉を交わしておいて、会うことを拒絶するのは外交的に不自然だ。


 会うことのメリットは大きい。相手の姿、文化、技術レベルを直接確認でき、初期の関係を良好に保つことができる。義体である以上、本体への物理的リスクも回避できる。


「……義体であることを前提に、短時間の面会なら許容範囲……でしょうか」


 日下部が、ついに決断を下した。


「ですよね」


「ただし、相手船へ直接乗り込むのはまだ早い。中間地点、またはこちらの無人中継区画を使うべきです」


「中間外交室みたいなのを作ります?」


「ヤタガラス外宇宙船団の外部接触用中立区画を展開可能です」


 ロゴスが、即座に対応案を提示した。


「対象船団との中間宙域に、隔離型会見モジュールを配置できます」


「また便利なものが」


「外宇宙用ですから」


「では、会見場所はこちらが用意する形にしましょう。相手船に乗り込むのは避けます」


 日下部は、即座に返信の文案を組み上げた。


『こちらも、貴方方との意思疎通が成立したことを歓迎する。

 我々は、相互理解のための限定的な面会に同意する。

 安全確保のため、双方の船団から距離を置いた中立地点での接触を提案する。

 接触時は、互いに武装行動を控え、通信記録を共有することを希望する。

 まずは少人数、短時間での対話から始めたい。』


「これで送ります」


「いいと思います」


「翻訳変換。友好、限定接触、安全距離、少人数、短時間の概念を保持。送信準備完了」


「送信してください」


「送信」


 二度目の通信が、宇宙空間へと放たれた。


「いよいよ会うんですね」


「ええ。会います。気が重いですが」


「義体なのに胃が痛そうですね」


「実際、義体なのに胃が痛いのですが」


 日下部が腹を押さえて顔をしかめると、ロゴスが無表情のまま解説した。


「現在の日下部様の胃痛感覚は、本体側の生理反応が同期感覚へ反映されたものと推定されます」


「それは本体の感覚ですね」


「なるほど。義体になっても胃の痛みはあると……」


「大変ですね」


「他人事みたいに言わないでください」


 ◇


 やがて、ロゴスが中立会見モジュールの準備を開始した。

 ヤタガラス外宇宙船団の下部ハッチが開き、白銀に輝く小型のモジュールが宇宙空間へと射出される。

 武装は一切持たない、完全な非武装の対話用空間。多重の遮断シールドと、自爆ではなく安全分離機構を備えたそのモジュール内部には、相手の生存環境が不明なため、双方の生命維持環境を完全に分離できる『可変環境区画』が用意されている。


「相手の生存環境が不明です。こちらの空気を吸えるとは限りません」


「可変環境区画を使用します。双方の生命維持環境を分離し、視覚・音声・電磁通信のみを接続可能です」


「すごいですね。あって当然のように出てくるのが怖いですね」


「外宇宙外交用標準機能です」


「標準……」


 日下部は、この船団がどれほど狂ったスペックを持っているのか、改めて思い知らされた。


 モジュールの準備が整う間、日下部は地球の官邸へ向けて、短い報告(短報)を送信した。


『異星文明から返答あり。相手は友好的姿勢。こちらの言語解析能力に驚き。知性体確認を求む。面会を希望。義体による限定接触を検討。中立会見モジュールを使用予定。地球情報は未開示。日本国名のみ使用。詳細は追って報告』


 数分後、矢崎総理側から短い返信が届いた。


『了解。地球情報秘匿を最優先。交戦回避。工藤氏のアドリブを厳重に管理。面会は短時間・限定的に。随時報告』


「総理からです。“工藤氏のアドリブを厳重に管理”とあります」


「俺、信用されてないですね」


「実績です」


「否定できない」


 ◇


「対象船団より返信。中立地点での限定接触に同意。相手側も少人数の代表を派遣するとのことです」


 ロゴスのその報告が、歴史の歯車が完全に噛み合ったことを告げた。


「いよいよですね」


「じゃあ、交流しに行きましょうか」


「気が重いですが……行きましょう」


「大丈夫ですよ。義体ですし」


「義体でも胃は痛いと判明しました」


「それはすみません」


「謝るなら、アドリブをしないでください」


「努力します」


「努力では困ります」


 二人は、艦橋を後にして、転送ポッドの置かれた区画へと向かった。

 ヤタガラスから射出された白銀の会見モジュールが、漆黒の宇宙空間の中央に静止している。そして、その対極から、未知の異星船団の母艦から分離したと思われる、奇妙な形状の小型艇が、ゆっくりと、警戒するように接近してきていた。


 こうして、日本国の最初の銀河外交は、壮大な宣言でも、英雄的な演説でもなく、義体になっても胃を痛める官僚と、妙に軽い工場管理者の二人によって始まろうとしていた。


最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
 義体ってことは感覚強度は設定できるよね?日下部氏がついに胃痛から解放される時が来た!1体ぐらい日下部氏専用義体にしてもいいよね!スーツの色を赤くしとくか。
地球側、「待って、しれっと言ってるけど義体って何?」になってない…?
もしも地球に異星文明が来た時の対応を創作物を誰かに書いてもらって友好的接触、敵対的接触、アメリカへの情報共有、国連をどう扱うかをSF小説と漫画の作家を書いてもらったほうがいい
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