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自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~  作者: パラレル・ゲーマー
第十部 列に並ぶ列強と、配られる奇跡編

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第146話 科学者たちは、神の火の次を聞く

 首相官邸、地下五階。

 分厚い鉛とコンクリートに守られた、いかなる電磁波も通信も遮断される絶対的な密室。

 普段であれば、日本の命運を左右する極秘の安全保障会議や、日米間のインテリジェンス共有など、一部の限られた閣僚と政府高官のみが足を踏み入れることを許されるその空間に、今日は全く異質の空気が充満していた。


 円卓を囲んでいるのは、政治家でも官僚でもない。

 日本の科学界を牽引する、各分野のトップクラスの研究者たち——第一陣として選抜された十五名の頭脳であった。


 プラズマ物理学の重鎮。

 次世代材料工学の権威。

 量子情報通信の第一人者。

 宇宙航空システム工学のトップ。

 そして、再生医療やマイクロテクノロジーに精通する医学者たち。


 彼らは皆、自らの分野において世界的な業績を持ち、かつ政府の審議会等で一定の政治的プロセスにも理解のある、極めて優秀でバランス感覚に優れた知識人たちだ。

 だが、今の彼らの表情には、明らかな困惑と警戒の色が浮かんでいた。


 無理もない。

 官邸への入館時、スマートフォンやスマートウォッチといった一切の通信機器は没収された。

 エレベーターで地下へと降りる際、周囲を固めていたのはスーツ姿のSPではなく、明らかに実戦を想定した装備の公安警察官たち。

 そして案内されたこの部屋には、窓一つなく、机の上にはペットボトルの水と、白紙のメモ帳だけが置かれている。


「……これは、学術会議の類ではありませんね」


 核融合研究の重鎮である初老の教授が、隣に座る材料工学の第一人者へ向かって小声で呟いた。


「ええ。むしろ、安全保障会議……あるいは、軍の作戦ブリーフィングに近い」


 材料工学の教授が、眼鏡の位置を直しながら低く応じる。


 彼らの視線の先、会議室の後方には、内閣官房参事官である日下部が、腕を組んで壁際に静かに立っている。今日は彼が前に出る日ではない。彼はあくまで「観察者」として、日本の最高頭脳たちがこれから投げ込まれる情報にどう反応するかを、冷徹に見極めるためにそこにいた。


 やがて、正面の重厚な扉が開き、科学技術担当大臣と、進行役を務める内閣官房の若手説明官が入室してきた。

 大臣が中央の席に座り、説明官がスクリーンの傍らに立つ。


「本日は、急なお呼び立てにもかかわらずご足労いただき、誠にありがとうございます」


 説明官が、静かに口を開いた。


「本日は、現在政府が極秘裏に管理しております『アンノウン由来高度技術』の、国内展開の可能性と制度設計について……先生方から、率直なご意見を伺うためにお集まりいただきました」


 その言葉に、円卓の科学者たちが微かにざわついた。


「国内展開?」

「ようやく、ということですか」

「アメリカとフランスに先を越されたままでは、日本の科学界が干上がってしまいますからね」


 彼らは皆、政治の動きに敏感だ。

 アメリカが自国内で未知のエネルギー実証実験を始めたらしいこと、フランスのITER(国際熱核融合実験炉)が不自然な方向転換を見せていることなど、独自の学会ネットワークや漏れ聞こえる噂から、すでに察知している。

 だが、彼らは声を荒らげることはしなかった。ここは官邸の地下であり、政府が「意見を聞きたい」と歩み寄ってきた場である。まずは手札を見極めるのが、科学者としての理知的な態度だ。


 科学技術担当大臣が、立ち上がり、深く頭を下げた。


「先生方。率直に申し上げます。

 政府はこれまで、アンノウンと呼称される特異な技術群について、国内の科学界に対し、十分な説明と参加の機会を与えてきませんでした」


 大臣は顔を上げ、厳しい表情で言葉を継ぐ。


「しかし、その技術の破壊的な性質と、国際社会に与える影響範囲の異常性を鑑みれば、無制限に国内へ開示することは、国家の安全保障上、どうしても不可能だったのです。

 ……本日は、その『技術の秘匿』と『国内科学の発展』という致命的な矛盾を解くための、新たな制度案について、先生方のお知恵を拝借したい」


 その真摯な、そして切実な言葉に、科学者たちの警戒がほんの少しだけ解け、話を聞く姿勢へとシフトした。


 ◇


 説明官がコンソールを操作し、スクリーンに現状の国際的な技術配備の状況を投影した。


「現在の状況を整理します。

 現在、アメリカとフランスは、我が国から提供された『教育用13メートル級核融合炉』の実証準備に本格的に入っています」


 画面には、黒塗り(マスキング)の多い資料が並ぶ。


 ・アメリカ合衆国:砂漠地帯の隔離施設にて実証炉の受け入れ準備中

 ・フランス共和国:ITER関連施設を利用した教育用・実証プロジェクトの開始

 ・日本人研究者:上記二カ国へ、オブザーバーとしての限定的派遣を調整中

 ・日本国内:本格的な研究機構は未整備(一部民間企業への限定委託のみ)


 そのスライドを見て、宇宙工学の教授が鋭く指摘した。


「……つまり、日本の技術でありながら、日本国内の研究者は後回しにされているということですか」


 説明官は、その指摘を否定しなかった。


「現状だけを見れば、その通りです」


 会議室の空気が、少しだけトゲを帯びた。

 科学者たちのプライドが、その事実を静かに拒絶している。


「だからこそ、国内展開のための強固な制度を作る必要があるのです」


 説明官は、言葉に力を込めた。


「ですが、法的な制度なしに、あの核融合炉の設計図や教科書を、国内の大学や研究所に無防備に開示することは絶対にできません」


「なぜです」


 核融合研究の重鎮が、眉をひそめて問いただす。


「アメリカとフランスには、現に渡したのでしょう?」


「彼らには、国家機密を保護するための強制力を持った制度と、違反者に対する絶対的な管理体制(抑止力)が存在するからです」


 説明官は、日下部が以前の会議で懸念していた「日本の法制度の脆弱さ」を、科学者たちに噛み砕いて説明した。


「我が国には、現在、それに相当する制度が十分ではありません。もし技術が流出し、テロリストや敵対国家に渡れば、核融合炉の技術は一瞬にして世界を滅ぼす兵器へと転用されます。我々は、そのリスクを管理する『器』を、まだ持っていないのです」


 ◇


 説明官は、次のスライドを表示した。


『アンノウン由来高度技術保護特別措置法・検討骨子』


 そのいかにも強権的で重々しい法律名を見た瞬間、科学者たちの表情が一気に硬直した。


「政府は現在、これらアンノウン由来の高度技術を保護するための特別法を検討しています」


 即座に、医学系の研究者から鋭い質問が飛んだ。


「研究の自由は、どうなるのですか?」

「論文の発表は、すべて政府の事前審査になるのですか?」

「政府が、自分たちに不都合な科学的真理を隠蔽し、研究を止める口実にはなりませんか?」


 彼らは、歴史の教訓を知っている。国家権力が科学を都合よく統制しようとすることへの、本能的な恐怖と嫌悪感だ。


 説明官は、慌てることなく、極めて冷静に答えた。


「対象は、一般の学術研究ではありません。

 政府が明確に指定する『アンノウン由来高度技術』のみに限定されます」


 スクリーンに、法案が対象とする具体的な技術の例がリストアップされた。


 ・教育用核融合炉の完全設計図および教科書

 ・慣性ダンパー(重力制御)関連理論

 ・『がんしぼり君』等の高度医療ナノマシンの制御中核アルゴリズム

 ・『バンドエイドMK3』の製造プロセス

 ・自律建設ロボット群の群制御系ネットワーク

 ・次世代宇宙輸送基盤パッケージの核心部分


「これら人類の文明を根本から書き換え、既存の軍事・経済バランスを崩壊させかねない技術だけが、保護の対象となります」


 説明官は、誠実に語りかける。


「通常の核融合研究や、材料工学、医学研究、宇宙工学の基礎研究を、一律に縛るものではありません。

 この法律は、科学者の自由を奪うためではなく……科学者の皆様が、安全に『アンノウンの深淵』へと近づくための、絶対に必要な防護服(前提)なのです」


 科学者たちは、完全に納得したわけではなかった。国家に研究を縛られることへの警戒は根強い。

 だが、リストアップされた技術群の「異常さ」を見れば、それが通常のオープンソースで扱える代物ではないことくらい、彼らにも容易に想像がついた。

 彼らは、反発の言葉を飲み込み、とりあえず話の続きを聞く姿勢へと戻った。


 ◇


「では、次のスライドをご覧ください」


 説明官が端末を操作すると、スクリーンに全く新しい組織図が展開された。


『高度アンノウン技術翻訳機構・設立構想』


 そのタイトルが表示された瞬間、会議室の空気が、これまでの警戒と疑心暗鬼から、明確な「知的好奇心」へと一気に反転した。


「政府は、先ほどの保護法と並行して、この『高度アンノウン技術翻訳機構』の設立を検討しています」


 科学者たちの姿勢が、無意識のうちに前のめりになる。


「機構の目的は、アンノウン技術をただブラックボックスとして使うことではありません」


 説明官は、日下部が組み上げた「アメ」の構想を丁寧に語り始めた。


「彼らの圧倒的なテクノロジーを、地球の科学の言葉、数式、理論へと『翻訳』することです。

 ブラックボックスを解体し、材料、制御、工程へと分解する。

 機構に所属する国内の科学者には、段階的にアンノウンの一次資料を開示します。さらに、アメリカやフランスの実証炉から送られてくる生データを分析し、将来的な日本国内での実証・産業化の基盤を作っていただきます」


 それは、科学者にとって「人類未踏の真理に最前線で触れられる」という、究極の招待状であった。


「参加条件は、日本国籍を持つ選抜科学者であること。

 最高度の守秘義務契約、定期的な心理評価、外国機関との接触制限を受け入れること。

 研究成果の公開は、政府の安全保障審査を経た後に行うこと。

 ……そして」


 説明官は、少しだけトーンを落とした。


「『所在地非公開』の、政府指定の閉域研究施設での勤務となること」


 その条件に、情報工学の研究者がすぐさま反応した。


「所在地非公開?

 ……それは、事実上の『隔離研究所』に軟禁されるということですか?」


「表現としては、否定しません」


 説明官は、そこは正直に認めた。


「ただし、皆様を閉じ込めて自由を奪うための施設ではありません。

 アンノウン技術を安全に扱うための、通信、出入り、データ保存を極めて厳格に制御できる特別な環境が必要なのです。

 ……その代わり、研究環境としては国内最高、いえ、世界最高水準のものをご用意する予定です」


 科学者たちは、隔離されるという不安と、世界最高の研究環境という強烈な魅力の間で、激しく揺れ動き始めた。


 ◇


 その時。

 量子物理学の権威である教授が、眼鏡の奥の鋭い目を光らせて、誰もが一番聞きたかった、そして最も本質的な質問を投げかけた。


「……その機構に参加した場合」


 教授の声は、少し震えていた。


「我々は、あの『アンノウン本人』に……会えるのですか?」


 会議室が、水を打ったように静まり返った。


 核融合炉を3メートルに収め、病を消し去るナノマシンをプログラミングし、重力を制御する。

 その技術を生み出した、神の如き知性を持つ存在。

 その人物に、直接会って、話を聞けるのか。

 それは、この部屋にいる全員が、喉から手が出るほど渇望していることであった。


 説明官は、少しだけ間を置き、慎重に答えた。


「アンノウン氏は、基本的に外出をされません。

 また、研究者の方々との、常時かつ直接的な接触も想定しておりません」


 その回答に、円卓から小さな、しかし明らかな落胆の溜め息が漏れた。

 だが、説明官はすぐに言葉を継いだ。


「ただし」


 全員の視線が、再び説明官に突き刺さる。


「機構の設立目的上、どうしても既存の地球科学では解明できない技術的障壁にぶつかった場合……。

 必要と認められたケースに限り、限定的なブリーフィング、あるいは専用のセキュア回線を用いた『遠隔質疑』の機会が設けられる可能性はあります」


 ざわっ……。

 会議室の空気が、一気に熱を帯びた。


「遠隔質疑……」

「我々から、直接質問できる可能性があるのか」

「あの、常識を破壊し続ける開発者に……!」


「確約はできません」


 説明官は冷静に釘を刺す。


「あくまで、翻訳機構の進捗と、アンノウン氏のスケジュールが許す範囲での、限定的な技術照会の窓口です」


 しかし、その「可能性」が示されただけで十分だった。


 核融合研究の重鎮が、無意識のうちに膝の上で拳を強く握りしめた。


「一問だけでもいい。……どうしても、彼に聞きたいことがある」


 材料工学の第一人者も、目を血走らせて呟く。


「こちらには、百問では足りないほどの疑問の山がある。……彼に直接聞けるなら、隔離施設だろうが何だろうが、行く価値はある」


 この瞬間、科学者たちの態度は決定的に変わった。

 法案による規制への警戒よりも、圧倒的な知の源泉に触れ、彼と対話できるかもしれないという「強烈な知的好奇心と欲望」が、完全に勝り始めたのだ。


 ◇


「では、機構の初期研究テーマについてご説明します」


 説明官は、場の空気を完全に掌握したことを確認し、本題へと入っていった。


「初期の主要なタスクは、アメリカおよびフランスに提供された『教育用13メートル級核融合炉』の理解と、それらの実証データを元にした、国内向け教材および運用プロトコルの作成です」


 科学者たちは、深く頷いた。


「当然でしょう」

「まずはそこからだ。13メートルでも、我々の常識からは数世紀は離れている」


 彼らは、それがどれほど困難な道であるかを理解した上で、やる気に満ちていた。

 だが、説明官は、ここで彼らの想定を粉々に打ち砕く、最大の「爆弾」を投下した。


「そして、その13メートル級核融合炉の理解が一定の段階まで進み次第、次のフェーズとして……」


 説明官は、スライドを切り替え、淡々とした声で告げた。


「『常温核融合炉』の解析と理解へ、移行する予定です」


 ——空気が、止まった。


 数秒間、誰一人として喋らなかった。

 呼吸音すら消え、ただプロジェクターのファンの音だけが虚しく響いている。


 やがて、核融合研究の重鎮である老科学者が、顔面を蒼白にさせながら、掠れた声で聞き返した。


「……待て。今、何と言った?」


「常温核融合炉、です」


 説明官は、表情一つ変えずに答えた。


 会議室が一気に爆発し、阿鼻叫喚のざわめきに包まれた。


「常温核融合だと!?」

「馬鹿なことを言うな!!」

「過去に何度、実験のエラーとして学界から否定され、葬り去られてきたと思っている!」

「完全なエセ科学、サイエンスフィクションの類だぞ!」

「通常のプラズマ核融合ですら、人類はいまだに実用化できていないというのに、常温だと!?」


 科学者たちは、自分たちの信じてきた物理法則の根底を揺るがす単語に、半ばパニックに陥りながら怒号を上げた。


 老核融合研究者が、立ち上がり、震える指で説明官を指差して強い声で問いただす。


「それは……『理論上の可能性を、これから機構で検討する』という意味での発言ですか?」


 説明官は、首を横に振った。


「いいえ」


 科学者たちが、一斉に黙り込む。


「アンノウン氏は、常温核融合炉を……すでに『実用化』しています」


 沈黙。

 今度の沈黙は、最初よりも遥かに深く、絶望的で、そして重いものだった。


 材料工学者が、崩れ落ちるように椅子に背を預け、虚ろな目で天井を見上げた。


「……つまり、今アメリカとフランスが血眼になって必死に追っている13メートル級のプラズマ核融合炉は……。

 アンノウンにとっては、本当に、ただの『子供向けの練習問題』に過ぎなかったということか」


「政府としては、そのように理解しています」


 説明官の無慈悲な肯定。


 誰かが、小さく「馬鹿な……」と呟いた。

 別の科学者が、両手で顔を覆う。


「プラズマ核融合炉の、さらに先に……常温核融合炉が存在している。

 では、我々が今まで信じてきたエネルギー工学の歴史とは、一体何だったのだ。我々は、どこに向かって歩いていたのだ」


 真理の前に、己の無知と矮小さを突きつけられた科学者たちの、精神が軋む音が聞こえるようだった。


 ◇


 説明官は、彼らの心が完全に折れてしまう前に、あえて他の分野の技術の片鱗を「匂わせる」ことで、さらなる知的好奇心を刺激した。


「翻訳機構が将来的に扱う可能性のある領域は、エネルギー分野に留まりません」


 スクリーンに、いくつかのキーワードが表示される。


【研究候補領域】

 1.エネルギー系

 ・教育用13メートル級核融合炉

 ・常温核融合炉

 ・上位エネルギー系統


「上位エネルギー系統については、現段階では名称も含めて非開示です」



 2.慣性制御・重力制御系

 ・宇宙輸送基盤

 ・高速移動体推進器

 ・衝撃緩和および構造保護シールド


 量子物理学者が、息を呑んで尋ねる。

「……重力制御は、本当に存在するのですか?」


「はい。一部は既に実用化され、運用されています」


 再び、会議室がざわつく。


 3.医療ナノマシン系

 ・極限外傷修復(バンドエイドMK3)

 ・がん増殖持続抑制(がんしぼり君)

 ・局所免疫補助および組織修復


 再生医療の専門家が、青ざめた顔で問う。

「それらの薬品は……本当に、化学物質ではなく『ナノマシン』なのですか?」


「はい。分子レベルで物理的挙動を行う機械群です」


 医学者が、深く目を閉じた。

「……医学の教科書は、全部書き直しになる」


 4.自律施工・建設ロボット系

 ・超短期施工アルゴリズム

 ・高精度自律組立および極限環境下での建設

 ・核融合炉据え付け技術


 システム工学の教授が、信じられないというように言う。

「核融合炉を一日で施工するという話を聞きましたが……あれは、政治的な誇張ではないのですか」


「誇張ではありません。事実です」


「……建設工学という分野も、終わったな」


 別の工学者が、自嘲気味に笑う。

 しかし、その隣に座っていた若い情報工学の研究者が、目をギラギラと輝かせて言い返した。


「終わったのではない。……ここから、新しい工学が始まるのだろう」


 その対比が、今の日本の科学界が直面している「絶望」と「希望」を、見事に象徴していた。


 ◇


 説明が一通り終わり、科学者たちの態度は、会議の冒頭とは完全に別のものへと変容していた。


 法案への不安はある。国家の監視下に入ることへの警戒もある。

 だが、それ以上に、「見たい」「知りたい」という圧倒的な欲望が、彼らの理性を完全に飲み込んでいた。


「……政府の厳格な管理は、正直不快だ」


 現実派の老科学者が、腕を組んで重々しく言った。


「だが、常温核融合や重力制御……これらを野放しにすれば、確実に世界が物理的に壊れる。我々科学者の倫理だけでは止められないだろう。

 ……アンノウン技術に限定した保護法の必要性は、認めざるを得ない」


「しかし、監察委員会と公益通報制度は必須です」


 警戒を解かない大学教授が釘を刺す。


「政府がアンノウン技術を口実に、研究の自由を恣意的に縛ることは絶対に許されない」


「その点は、法案のセーフガードとして明確に組み込む予定です」

 説明官が約束する。


「アンノウン氏に、本当に質問できる可能性があるのなら……私は、隔離施設だろうと何だろうと応募します」

 興奮する若手科学者が、前のめりになって宣言した。


「まだ募集も始まっていないぞ」

 老科学者が窘める。


「それでもです! この機会を逃せば、私は一生後悔する!」


 医学者が、冷静な視点で提言する。

「医療ナノマシンを扱うなら、もはや医学・薬学・免疫学・材料工学といった既存の境界は完全に崩れます。単一分野の研究者だけでは絶対に解読できない。最初から、各分野のトップを集めた『学際的な合同編成』にするべきです」


「常温核融合炉が実用化済みなら、我々の学問体系は基礎から組み替えだ」


 核融合研究者が、震える手でメモ帳に何かを書き殴りながら、自らに言い聞かせるように呟いた。


「だが……だからこそ、参加しないという選択肢は、我々にはない」


 彼らは、もう完全に「翻訳機構」の魅力に絡め取られていた。


 ◇


 熱を帯びた議論が落ち着いた頃合いを見計らい、説明官が会議を締めくくった。


「本日は、先生方にこの場で参加の署名や賛同を求める場ではありません」


 科学者たちが、少し意外そうに顔を上げた。


「アンノウン技術保護法と、高度アンノウン技術翻訳機構。

 この二つの制度を、科学界の皆様から見て『受け入れ可能なもの』にするため、忌憚のないご意見をいただくための場です。本日のご意見は、法案の修正に必ず反映させます」


 政府が強権的に押し付けるのではなく、あくまで科学者の意見を尊重する姿勢を示す。


「ただし、技術の危険性については、深くご理解ください。

 これは、通常の学問の延長線上にある研究対象ではありません。人類文明の基盤を強制的に変える技術です」


 老科学者が、代表して答えた。


「法案には、厳格なセーフガードが必要です。監察委員会、公益通報制度、対象技術の明確な限定、時限条項。それらが担保されなければ、科学界は決して納得しません」


「承知いたしました。確実に持ち帰ります」


 説明官が深く頭を下げる。


「そして、翻訳機構についてですが……」


 別の科学者が、確信に満ちた声で言った。


「参加する価値がある。いや、価値があるどころの騒ぎではない。

 これは、日本の科学界が、世界の歴史の最前線に残れるかどうかの、最大の分岐点です。絶対に設立を急ぐべきです」


「正式な参加打診は、法案の骨子が固まり次第、改めて各機関を通じて行わせていただきます」


 説明官の言葉に、若手科学者が小さく、しかし力強く呟いた。


「その時、断る者は一人もいないでしょうね」


 ◇


 非公開説明会が終了し、科学者たちは官邸地下の長い廊下を歩いて出口へと向かっていた。


 誰も、大声では話さない。

 だが、全員の足取りと息遣いが、明らかに招集前とは違っていた。動揺と、興奮と、そして圧倒的な現実の前に立たされた恐怖。


 核融合研究の重鎮が、隣を歩く材料工学者にぽつりと言った。


「……我々は、核融合炉を追っていたはずだった」


 材料工学者が、苦笑しながら答える。


「今は、そのさらに次の『常温核融合炉』を追わされようとしている。階段を一段飛ばしにされた気分だ」


 医学者が、青ざめた顔で呟く。


「医療ナノマシンもだ。あれが本当に物理的に細胞を操作する機械なら、現代医学の教科書は、歴史の資料館行きになる」


 若い量子物理学者が、震える声で、まるで夢でも見ているかのように言った。


「……あの、アンノウンに。

 会えるかもしれない」


 老科学者が、優しく、しかし少しだけ呆れたように苦笑する。


「会って、どうするつもりだ」


「聞きたいことが、山ほどあります。

 彼が世界をどう見ているのか。どうやってその数式を導き出したのか。……いや、一目見るだけでもいい」


 若手の言葉に、老科学者は少し黙り、そして深く頷いた。


「……同感だ」


 その日、官邸地下に集められた科学者たちは、まだ何の設計図も、数式の一つも渡されてはいなかった。

 だが、彼らは知ってしまったのだ。


 神の火は一つではない。

 核融合炉の先には常温核融合炉があり、その隣には重力を制御する技術があり、医学を根底から変えるナノマシンがあり、建設という概念を消し飛ばす自律施工技術がある。

 そして、それらの深淵を理解するための「特等席」が、日本国内に作られようとしている。


 帰り道、東京の夜風に吹かれながら。

 誰一人として、招集前と同じ「普通の科学者」のままではいられなかった。

 彼らの心にはすでに、アンノウンがもたらした未知の真理への、抗いがたい熱狂の火が灯っていたのである。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
 常温核融合炉とか加工物になるがチョコを買って放置していたら溶けて、その溶ける過程で電力が得られますって言われたようなものだからな。まだ植物の種子から発芽する際の押し上げる力で動力を得ると言われた方が…
≫「……あの、アンノウンに。会えるかもしれない」 110話で数名の医師たちが会ってますよね。 噂にすらなっていないか、中々機密が守られてるw
ナノマシンで物理学自体が書き換わるな。
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