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自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~  作者: パラレル・ゲーマー
第九部 空の街ヤタガラスと、次の奇跡を探す世界編開始

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第129話 三分後に立ち上がる兵士

 イラン内陸部、ザグロス山脈の険しい稜線が砂漠へと溶け込む境界領域。

 昼間の刺すような灼熱から一転、深夜の荒野は氷点下に近い冷気に支配され、乾いた風が砂埃を巻き上げて岩肌を容赦なく叩きつけている。

 正規の地図には一切記載されていない、峡谷の奥深くに隠された革命防衛隊(IRGC)の非公表施設。ロシアへの輸出用と目される自爆型無人機ドローンの重要部材集積所であり、中東全域の対外工作を裏で支援するための秘密通信ノードが置かれたその拠点は、今まさに静かなる壊滅の時を迎えていた。


「……アルファ、ブラボー、各ポイントの処理完了。データリンクの完全破壊を確認した」


 暗視ゴーグル(NVG)越しに緑色の視界を保ちながら、英国陸軍特殊空挺部隊(SAS)の特務小隊を率いるハリス大尉が、骨伝導マイクで短く囁いた。

 彼らの背後にある施設の一部からは、熱感知センサーにしか映らない特殊な指向性爆薬による白煙が立ち上っている。派手な爆発音や火柱を一切上げることなく、通信サーバーのラックとドローンの制御基板の保管庫だけが、ピンポイントで完全に炭化し、無力化されていた。


 アメリカが直接手を下せば全面戦争に発展しかねない、極めてデリケートな地政学的火薬庫。だからこそ、ワシントンのディープステートは同盟国であるイギリスの「影の部隊」を動かした。アメリカは後方からの衛星支援と情報提供に徹し、実行はSASに担わせるという、非公然ブラック・オプスの典型的なフォーメーションである。


「よし。これより離脱ポイント・チャーリーへ向かう。……気を抜くなよ。ここからが一番死にやすい時間だ」


 ハリス大尉の警告に、小隊のメンバー6名が、無言のハンドサインで応じる。

 作戦の最も危険なフェーズ——敵陣地への潜入と破壊工作——は、すでに完璧に完了していた。敵の歩哨はサイレンサー付きの小銃と近接格闘で音もなく排除済みであり、上空の警戒網も、同行している電子戦要員によって完全にジャミングされている。

 あとは、闇に紛れて数キロ先の山肌を越え、待機しているステルスヘリに乗り込むだけだ。


(……終わったな。今回は、比較的楽な仕事だった)


 小隊の最後尾を務めるベテラン隊員、スミス曹長は、張り詰めていた神経の糸がほんの少しだけ緩むのを感じていた。

 数え切れないほどの修羅場をくぐり抜けてきた彼だからこそ分かる、「作戦成功後の、あの独特の静けさ」が、確かにそこにあった。

 彼の斜め前を歩くのは、今回の作戦に「共同運用監視役」としてアメリカから特例で随伴している、米軍特殊作戦軍(SOCOM)所属の軍医であった。

 イギリス兵たちは、このアメリカ人の同行をあまり快く思っていなかった。出撃前のブリーフィングで、「日本の極秘医療技術のテスト運用」という名目で、灰色のシリンダーに入った得体の知れない薬品を持たされていることは知っている。

 『数分で傷が塞がり、痛みが消える魔法の薬だ』。

 そんなアメリカ側の説明を、歴戦のSAS隊員たちは「ハリウッド映画の見すぎだ」「強力なモルヒネか止血剤の誇大広告だろう」「使う場面が来ない方がいいに決まってる」と、半ば鼻で笑って聞いていたのだ。


 風が凪ぎ、月明かりが雲間から一瞬だけ岩肌を照らした。

「……ん?」


 スミスの視界の端——崩れかけた古い通信塔の残骸の陰で、わずかに不自然な熱源が揺らぐのが見えた。

 完全に排除したはずの敵の残存兵か、あるいは交代で配置に着こうとしていた歩哨が偶然出くわしたのか。


「コンタクト——」


 スミスが警告を発しようと口を開き、アサルトライフルを向けたのと。

 暗闇の中から、AK−103のマズルフラッシュがオレンジ色に閃いたのは、全くの同時であった。


 ダダダダダッ!!


 深夜の峡谷の静寂を切り裂く、乾いた発砲音。


「ぐっ……!!」


 スミスの体が、見えない巨大なハンマーで殴られたように大きく弾け飛び、荒い砂利の上へと無様に転がった。

 7.62ミリ弾。それも、近距離からのフルオート掃射。

 正面からの英雄的な撃ち合いではない。終わったと安堵しかけた瞬間に襲いかかった、ただの不運な「事故」のような被弾。

 最新型のセラミック製防弾プレートは数発を辛うじて止めたが、その下——防弾面積のカバー外である腹部側面を、無慈悲な鉛玉が深々と食い破っていた。


「スミス!!」


 ハリス大尉が叫び、即座に小隊の全員が伏せて応射を開始する。

 サプレッサーの装着された小銃から正確無比な制圧射撃が放たれ、通信塔の陰にいた数名のイラン兵は、一瞬にしてハチの巣にされて崩れ落ちた。

 反撃の脅威は消えた。だが、そんな戦果などどうでもよかった。

 問題は、倒れ込んだスミスの状態だ。


「おい、スミス! しっかりしろ! 目を開けろ!」


 ハリス大尉が駆け寄り、スミスの状態を確認して息を呑んだ。

 腹部からの出血量が、尋常ではない。コンバットシャツをめくり上げると、脇腹から下腹部にかけて、大きな裂傷と穿孔が複数確認できた。暗視ゴーグル越しでも分かるほど、ドス黒い血が止めどなく溢れ出し、乾いた砂漠の土を黒く濡らしている。


「……大尉……。やっちまいました……」


 スミスが、血の混じった咳を吐き出しながら、極限の苦悶に顔を歪めた。

 その呼吸はすでに浅く、早く、不規則になっている。


(……まずい。腸管だけじゃない、大血管もいってるかもしれない)

 ハリス大尉の脳裏で、最悪のシナリオが猛烈な勢いでシミュレートされる。

 止血帯ターニケットが使えない腹部の損傷。この出血量では、数分以内に間違いなく出血性ショックに陥る。後送メディバックのヘリを呼んだとしても、現在地から回収ポイントまではまだ距離がある。到着まで最低でも三十分。

 ……間に合わない。

 経験豊富な大尉の目が、部下の「死」を確信し、絶望に染まった。


「メディック(衛生兵)!! 早く来い!!」


 大尉が怒鳴ると、隊列の中ほどから一人の男が滑り込んできた。

 随伴していたアメリカ軍の軍医だ。


 ここで、英国側とアメリカ側の決定的な「認識の差」が露わになる。

 ハリス大尉たちイギリス兵は、血の海に沈みゆく死にかけの仲間を見て、絶望とパニックの一歩手前にいた。

 だが、米軍医だけは、その先の「プロトコル」を知っていた。彼にとって、この状況はもはや絶望するようなものではない。ただの『手順の開始条件』に過ぎなかった。


「……どけ。見せてみろ」


 米軍医は、血相を変えているイギリス兵たちを押しのけ、極めて冷静にスミスの患部を観察した。


「腹部多発穿孔。内出血および重度の臓器損傷を確認。ショック状態一歩手前。後送では間に合う保証なし」


 軍医は、まるで訓練用のダミー人形を評価するかのような、事務的で冷徹なトーンで状況を言い当てた。

 そして、タクティカルベストの専用ポーチから、一切の迷いなく、あの『灰色のインジェクター』を抜き出した。


「一名負傷。

 これより、『バンドエイドMK3』投与状況と判断する」


 その言葉は、目の前で命が消えようとしている戦場の狂騒の中にあって、あまりにもマニュアル通りで、無機質だった。

 イギリス兵たちからすれば、まだ「会議室の書類に書かれていた専門用語」にしか聞こえない。


「おい、何を打つ気だ!? まずは止血剤クイッククロットを詰め込んで圧迫するのが先だろ!」

「腹を開けられてるんだぞ! そんな怪しげな薬で……!」


 ハリス大尉たちが反発しようとしたが、軍医はそれを冷たく制した。

 手にしたインジェクターは、書類に書かれていた通りの外観。ミリタリーグレーの塗装が施された、無機質で、妙に軽いシリンダーだ。


「押さえておけ」


 軍医は、投与前に短く警告だけを発した。


「最初の数秒で、動くかもしれないからな」


「は……?」


 イギリス兵たちがその言葉の意味を理解する前に、軍医はスミスの腹部の血だらけの傷口に、灰色のインジェクターの先端を無造作に押し当て、トリガーを引いた。


 プシュッ。


 圧縮空気の解放音と共に、灰色の液体がスミスの体内へと注入される。


「タイムスタンプ。投与開始」


 軍医は手元のスマートウォッチのタイマーを作動させ、一切の医療処置を行うことなく、ただスミスの体を観察し始めた。


 投与直後。

「ぐぅぅぅっ……!!」

 スミスの体が、弓なりに激しく反り返った。呼吸が一瞬だけ荒くなり、白目を剥きそうになる。イギリス兵たちが慌てて彼の四肢を押さえつける。

 だが、その痙攣は数秒でピタリと収まった。

 それと同時に、スミスの顔から、あれほど彼を苦しめていた「激痛」の色が、まるで電源を切られたようにスッと抜け落ちた。


「……え?」


 スミスが、信じられないといった顔でゆっくりと目を開いた。


「痛く……ない?

 いや、なんだこれ。感覚がないぞ……?」


 彼は自分でも何が起きているのか分からず、呆然と呟いた。

 イギリス兵たちは、止血や圧迫固定の準備をしていた手を止め、気味悪そうに顔を見合わせた。


「おい、スミス……お前、大丈夫か?」

「強力なモルヒネが効いたのか? でも、こんなに一瞬で……?」


 30秒経過。

 ハリス大尉は、スミスの腹部からドクドクと溢れ出していた血の勢いが、目に見えて鈍くなっていることに気づいた。

 コンバットシャツの下で、何かが蠢いているような、不気味な膨らみ方をしている。


「……血が、止まってきてるぞ。どうなってる?」


 1分経過。

 スミスの呼吸は完全に安定し、先ほどまでの土気色の顔に、急速に赤みが戻り始めていた。

 血の匂いは周囲に色濃く残っているというのに、彼が纏っていた「死の気配」だけが、強烈な消臭剤でもかけられたかのように、急速に薄れていく。


「……おい、冗談だろ……?」


 イギリス兵の一人が、後ずさりしながら呻くように漏らした。

 軍医は、相変わらず時計を見つめながら、淡々とスミスの腹部のシャツをめくり上げた。


 2分経過。

 そこに広がっていた光景に、SASの精鋭たちは全員、言葉を失った。


 破れていた肉が、まるで意思を持った粘土のように盛り上がり、互いに結びつきながら、傷口を自動的に閉じ始めている。

 縫合の糸もない。外科医の手もない。

 ただ、灰色の泡のようなナノマシンの群れが、内部の臓器から表皮に至るまで、超高速で物理的な修復作業を行っているのだ。


「……すげえ。俺の腹が、勝手に……」


 スミス本人が、全く痛みを感じないまま、自分の肉体が再生していく様を他人事のように眺めている。

 意識は完全に清明だ。人工赤血球がフル稼働しているおかげで、脳への酸素供給は負傷前よりもむしろ効率的に行われている。


「大尉……。俺、撃たれたんですよね?

 なんか、ちょっと腹を殴られたくらいにしか感じないんですけど」


 スミスのその言葉に、ハリス大尉は背筋が凍るような恐怖を感じた。

 内臓が飛び出しかけていた男が、ニコニコしながら「撃たれたっけ?」と聞いているのだ。

 狂気だ。

 これが、あの仕様書に書かれていた『痛覚の完全遮断』と『人工赤血球による酸素供給の代替』の結果なのか。


 3分経過。

 軍医は、傷が完全に塞がり、皮膚の色まで元通りになったことを確認すると、タイマーを止めた。

 そして、止血材を取り出すでもなく、搬送用の担架を呼ぶでもなく。

 ただ、スミスのヘルメットを軽くポンと小突いて、こう言った。


「……ほら、起きろ。

 もうピンピンしてるんだから、自分で歩け」


 大袈裟に感動することもない。

「神の奇跡が起きた!」と叫ぶこともない。

 ただ、「車のエンジンがかかったぞ」とでも言うような、あまりにも日常的で、これが『普通』であるかのような扱い。

 そのアメリカ人軍医の「冷めた態度」こそが、イギリス兵たちにとって、傷が治ったこと以上に恐ろしい事実であった。

 彼らはすでに、この異常な奇跡を「戦場の当たり前のツール」として使いこなしているのだ。


「……え? は?

 ……何が……?」


 スミスは、本気で状況が理解できないまま、仲間に手を貸されることもなく、自力でスクッと立ち上がった。

 腹を撃たれ、臓器が壊れ、大量出血していたはずの男が。

 重い装備を背負ったまま、全くふらつくこともなく、しっかりと大地を踏みしめている。


 ここで初めて、大英帝国の誇る特殊部隊の現場の兵士たちが、ロンドンの会議室で回覧されていたあの『仕様書』の記述に、本当の意味で追いついた。


 ◇


 数十分後。

 無事に離脱ポイントに到着し、ステルスヘリに乗り込んだ小隊は、ようやく安全圏へと抜け出した。

 だが、機内の空気は、作戦成功の安堵感とは程遠い、異様な静けさと困惑に包まれていた。


 隊員たちは、スミスの無傷の腹部を何度もチラチラと盗み見ては、ヒソヒソと囁き合っている。


「……お前、本当に大丈夫なのか?」

「さっき、絶対腸がこぼれかけてたよな……?」

「ああ、見たよ。……だが、あいつ、今は普通に歩いてる」


 スミス自身もまた、混乱の中で自らの体をさすり続けていた。

 (……聞いてはいた。仕様書も概要も、上から説明された。

 でも、所詮は机上の空論、アメリカの誇大広告だと思っていた。

 ……だが今、自分のこの腹で、ようやく理解した。

 これは『強い治療』なんかじゃない。戦争のルールそのものを根底から壊すものだ)


 作戦後の簡易デブリーフ(事後報告)。

 薄暗いヘリの機内で、米軍医がタブレットにデータを打ち込みながら、淡々とスミスの状態を確認する。


「腹部損傷、修復完了。

 歩行可能。出血性ショックの兆候なし。

 自己修復フィールドの展開時間、終了確認。

 ……基地に戻った後、念のため精密検査と後送は行うが、緊急性はない」


 その報告を聞くイギリス兵たちの目は、もはや米軍医を「同席している面倒な監視役」としては見ていなかった。

 自分たちとは全く違う次元の、恐ろしい未来の技術を平然と扱う「上位の存在」を見るような、畏怖と嫉妬の混じった視線。


 ハリス大尉が、深く息を吐き出し、ぽつりと呟いた。


「……なるほど。

 これが、本物か」


 その言葉には、世界最強の特殊部隊としてのプライドが完全にへし折られた、強烈な無力感が滲んでいた。


 軍医は、タブレットから目を離すことなく、極めてドライに返した。


「だから、言っただろ」


 その温度差が、大英帝国の兵士たちに、アメリカ(そしてその背後にいる日本)との間に存在する「絶望的な格差」を、骨の髄まで思い知らせたのである。


 ◇


 場面は変わり、イギリス、ロンドン。

 ダウニング街10番地、首相官邸地下の内閣府ブリーフィングルーム(COBRA)。


 深夜の静寂に包まれたこの極秘会議室に、再び国家の中枢を担うトップたちが集結していた。

 首相、MI6長官「C」、国防大臣、軍医総監、そして特殊部隊司令官(DSF)。

 彼らの表情は、先日アメリカから突きつけられた「仕様書」を読んでいた時よりも、さらに数段深く、重く沈み込んでいる。


 情報将校が、最重要報告として、静かに口を開いた。


「……報告します。

 イラン領内における極秘作戦において、『バンドエイドMK3』が、英国特殊部隊の隊員に対して初めて実戦使用されました」


 その一言に、全員がハッと身を乗り出した。

 ついに、使われた。


「結果は?」


 首相が、短い、しかし極度の緊張を孕んだ声で問う。

 情報将校は、あえて余計な言葉による説明を挟まなかった。


「……映像を見ていただきます」


 メインモニターに、中東の闇夜を映し出した暗視カメラの映像が投影される。

 それは、ハリス小隊の隊員が装着していたボディカメラからの、生々しい記録映像であった。


 離脱中の静寂。

 突如として閃くマズルフラッシュ。

 スミスが腹部を押さえて倒れ込み、周囲の隊員たちがパニック気味に叫ぶ声。

 そこへ、冷静に割り込んでくるアメリカの軍医。

 取り出される、あの無機質な「灰色のインジェクター」。


 投与。

 そして、短い時間経過タイムラプスののち。

 ピタリと止まる出血。

 修復されていく肉体。

 そして……三分後。

 軍医にヘルメットを小突かれ、自力で立ち上がり、何事もなかったかのように歩き出す兵士の姿。


 映像が終了し、モニターが暗転する。


 ……COBRAの会議室は、完全な無音状態に陥った。

 誰も、すぐには言葉を発することができなかった。

 あまりの衝撃。あまりの現実離れした光景に、彼らの優秀な頭脳が、一時的に処理を拒否していたのだ。


 この沈黙は、数十秒間続いた。

 やがて、その重苦しい空気を破って、常に冷静沈着であるはずの国防大臣が、信じられないものを見たというように、かなり小さく、しかしはっきりとした声で呟いた。


「……やっべー……」


 それは、大英帝国の国防トップが発する言葉としては、あまりにも俗っぽく、そして品のない一言であった。

 だが、その上品な英国紳士がそこまで語彙力を崩壊させるほどに、その映像が持つインパクトは絶大であったのだ。誰も彼を咎める者はいなかった。


「……やっと、追いついた気がする」


 首相が、両手で顔を覆うようにして、低く呻いた。


「何にです?」


 MI6長官が問う。


「現実にだ」


 首相は、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には、政治家としての野心よりも、一人の人間としての純粋な恐怖が色濃く浮かんでいた。


「我々は今まで、あの日本から送られてきた『仕様書』の文字と、会議室での理屈だけを相手にしていた。……だが、今見たのはそれではない。

 あれは、実際に腹を撃たれて内臓をぶちまけそうになっていた兵士が、たった三分後に自力で立って歩き出すという、『現実の映像』だ」


 首相の言葉に、軍医総監も青ざめた顔で頷く。


「ええ。……もはや、噂でも、大げさな誇張でもありません。

 我々は、魔法ではなく、この恐るべきテクノロジーが実在する世界に生きているのだと、骨の髄まで理解させられました」


 会議室の空気が、ここから一気に実務的で、そして底知れぬ悪夢のようなシミュレーションへとシフトしていく。

 彼らはイギリス人だ。奇跡の便利さに浸って喜ぶような単細胞ではない。

 常に最悪の事態を想定し、リスクを管理する。それが彼らの本能である。


「最悪のシナリオを考えましょう」


 国防参謀が、冷酷なトーンで口火を切った。


「……これがもし、中国やロシアに流れたら、どうなりますか?」


 その問いかけだけで、部屋の温度が再び急激に下がった。


 不死身に近い特殊部隊。

 前線での医療後送が不要になり、ロジスティクスの負担が激減する。

 負傷を前提とした、自爆テロに近い狂気の突撃戦術が可能になる。

 暗殺、拠点浸透、要人襲撃能力が異常なレベルにまで引き上げられる。

 現代の軍事ドクトリンにおける「損耗率」の計算式そのものが、完全に崩壊する。

 そして何より、「俺たちは死なない」という兵士の絶対的な精神的優位が、敵を蹂躙する。


「……不死身の兵士」


 誰かが、絶望的な声で呟いた。


「正確には違う」


 軍医総監が即座に訂正する。

「四肢再生や即死の蘇生はできない。完全な不死身ではない」と。


「だが、戦場で見れば、そう呼ぶしかない」


 参謀が、重く付け加えた。

 その通りだ。腹を撃たれても数分で治って立ち上がってくる敵を前にして、「あいつは不死身じゃないぞ、頭を吹き飛ばせば死ぬぞ!」と冷静に狙撃できる兵士が、果たしてどれだけいるだろうか。


「悪夢だ」


 首相が、吐き捨てるように言った。

 もしこんな技術が敵対国家に渡れば、西側諸国の軍事的優位は完全に消滅する。


「まあ……中国もロシアも、まだ手に入れてはいない」


 国防大臣が、少しだけ希望的観測を交えて言った。


「少なくとも今は、我々日米英の陣営がこの技術を独占している。それで十分ではないか?」


「いいえ」


 MI6長官「C」が、氷のように冷たく、その楽観論を切り捨てた。


「技術というものは、高いところから低いところへ、必ず水のように流れるものです。

 ……漏れるのは、時間の問題です」


 その断言は、諜報のプロフェッショナルとしての絶対的な経験則に基づいていた。いかに厳重に管理しようとも、人間が扱う以上、必ずどこかで綻びが生じる。


「問題は……もしその漏洩が、『英国経由』だと見なされたらどうなるか、です」


「C」の指摘に、全員の顔色が変わった。

 これこそが、イギリスにとっての最大の恐怖である。


「日本とアメリカは、数ある同盟国の中から、我々英国を『最初の欧州試験参加国』に選んだ。

 それは、我々に信頼を置いたということだ。

 ……だが、もしこの技術が我々の管理の甘さから中露に漏れたら、英国は日米から『秘密を管理できなかった無能な国』という烙印を押されることになる」


 首相が、重々しく続ける。


「その時、アメリカと日本がどのような報復的措置に出るか、想像もつかん。

 単に技術の共有が停止されるだけでは済まない。経済制裁、情報網からの完全な締め出し、最悪の場合は国家としての存在意義すらも否定されかねない……」


 自分たちは、素晴らしい特権を与えられたのではない。

 失敗すれば即座に国家の命運が絶たれる、最悪の「責任線上」に立たされてしまったのだ。


「……バンドエイドMK3」


 国防大臣が、本音を漏らすように、ぽつりと呟いた。


「我々には、まだ早すぎたのではないか?」


 その言葉が、COBRAの会議室に深く突き刺さった。

 英国の防諜能力でも、この技術を抱え込むにはリスクが重すぎる。

 一度でも漏れれば終わり。日米との関係も吹き飛ぶ。

「こんな危険なもの、知らない方が平和だったのではないか」という、逃避の感情が彼らの心を揺さぶる。


 だが、その弱気を、MI6長官「C」が鋭い声で一刀両断にした。


「いや。それは違います」


「C」は、一拍置いて、はっきりと宣言した。


「『知らなかった方がよかった』は、ただの逃げです」


 その強い言葉に、国防大臣がハッと顔を上げる。


「今、この技術に関わるリスクを恐れて手を引けば、英国はどうなりますか?

 ただの『観察者』に成り下がるのです。

 覇権を握る世界の先頭集団(列)から、自ら進んで外れることになる。

 将来、この技術が完全に世界の軍事と政治のルールを書き換える時、英国はテーブルの外で指を咥えて見ていることしかできなくなります」


「……危険だから触れない、では、国家は生き残れないということか」


 首相が、深く頷いた。


「ええ。たとえ屈辱的な首輪付きであっても、席に着いている方が、まだマシなのです」


 首相は、円卓の全員を力強く見渡した。


「関わらなければ、安全かもしれない。

 だが、安全なまま、歴史の外へ置かれるだけだ」


 その一言で、会議の結論は出た。

 イギリスはもう、この技術の恐怖と責任の重さを完全に理解した。

 だが、だからといって降りる選択肢はない。

 降りれば、フランスや他国が喜んでその席に座るだろう。そしてイギリスは、覇権と情報と運用の中心から永遠に離される。それは、技術漏洩のリスクよりもさらに悪い、大英帝国の『死』を意味するのだ。


「この技術は危険だ。我々には重すぎる」


 首相が、最終的な決意を込めて宣言した。


「……それでも、ここで降りる選択はない。

 我々は、この恐怖を抱えたまま、この狂ったゲームに関与し続けるしかないのだ」


 MI6長官も、静かに頷く。


「ええ。怖いからこそ、中にいる必要があります」


 会議は終わった。

 閣僚や軍人たちが、それぞれに重い重圧を背負いながら、一人、また一人と席を立ち、退室していく。

 彼らの頭の中には、もはや技術供与を受けた喜びも、フランスを出し抜いた優越感も残っていない。

 あるのは、自分たちが足を踏み入れてしまった世界の深淵に対する、純粋な恐怖だけだ。


 首相は、席を立つ前に、モニターに映し出されたままになっていた作戦記録映像の最後の一コマ——三分で立ち上がり、何事もなかったかのように歩き出す兵士の姿を、じっと見つめていた。


「……我々は今日、未来を見たわけではない」


 首相が小さく呟くと、退室しかけていた軍医総監が立ち止まり、振り返った。


「では、何を見たというのですか?」


 首相は、深い絶望と、それを飲み込む覚悟を込めて答えた。


「……三分で立ち上がる兵士を見た。

 それだけで、十分すぎる」


 理屈ではない。

 その映像が示す絶対的な「暴力の現実」こそが、大英帝国を縛り付ける新たな鎖となったのだ。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
イギリスですらこの反応なのを考えると、中東は腹が据わっているなあ。
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