第127話 月を見せる国
アラビア半島を統べる強大な産油国。
その王宮の最深部にある、外部からのいかなる盗聴も許さない防音室で、国王とアブドゥル・アル・ラシード皇太子は、一枚の簡素な招待状を挟んで対峙していた。
それは、日本政府——正確には、内閣官房参事官・日下部から、最高レベルの暗号化通信を用いて直接届けられた「極秘のインビテーション」であった。
『中東と日本の、今後の真なるパートナーシップの深化について。
日本政府として、国王陛下および皇太子殿下に、ぜひ一度“直接”ご覧いただきたいものがございます。
これは通常の外交施設や研究施設で行える性質のものではありません。
国家の最高機密案件につき、随行員を伴わない、ごく少人数での極秘来日をお願い申し上げます』
文面は短く、そして極めて抽象的だ。
だが、その短いテキストの裏に潜む「圧倒的な自信」を、二人は敏感に感じ取っていた。
「……日本が、わざわざここまで言うとはな」
アブドゥル皇太子が、招待状のデータが表示されたタブレットを指先で弾きながら、面白そうに薄く笑った。
「彼らはこれまで、我々に対して『消しゴム君』や『オリジナル・キット』といった医療技術を小出しにすることで、我々のオイルマネーと国際的なロビー力を手懐けてきた。
だが、今回の招待は、明らかに毛色が違う。……『病院』や『研究所』では見せられない代物だと、自らハードルを上げている」
国王は、かつての死にかけの老体から、日本のナノマシンによって全盛期の屈強な肉体を取り戻したその分厚い胸を反らせ、鷹のように鋭い眼光で窓の外の砂漠を睨んだ。
「医療より上のもの、か。
彼らは、我々に『死の克服』という奇跡を与えた。それだけでも世界をひっくり返す力だというのに、まだその奥に、我々に見せつけるべき手札を隠し持っているというのだな」
「ええ。
もし日本が単なるハッタリで我々を呼び出すような愚かな国であれば、とっくにアメリカに食い潰されているでしょう。彼らが『見せたい』と言うからには、我々の想像を絶する何かが、確実にそこにあるはずです」
アブドゥルの言葉に、国王は低く喉を鳴らして同意した。
「ならば、我らも見る価値はある。
日本が、我々を単なる『金づる(ATM)』として見ているのか、それとも真の『パートナー』として迎え入れようとしているのか。……その底を測りに行こうではないか」
二人は、自らの命を救ってくれた「極東の魔法使い」たちが、次にどんな手品を見せてくれるのか、少年のように胸を躍らせながら、極秘渡航の準備を命じた。
◇
数日後。
日本のはるか南海上。太平洋に浮かぶ絶海の孤島——小笠原諸島の一角に位置する、地図上では無人島とされている小さな岩礁の島。
そこに、中東からの極秘フライトを終えた国王と皇太子を乗せた、防衛省手配の輸送ヘリコプターが音もなく着陸した。
強烈な海風が吹き荒れ、むき出しの黒々とした岩肌がどこまでも続いている。
ヘリポートとして辛うじて整地されたコンクリートの平地があるだけで、周囲には管制塔も、格納庫も、居住施設らしき建物も、一切見当たらない。
護衛も、日本側の特殊作戦群と思われる数名の隊員が、目立たないように周囲を警戒しているのみだ。
「……こんな場所に、何があるというのだ?」
アブドゥル皇太子が、吹き付ける潮風にトーブをはためかせながら、素直な疑問を口にした。
これほどの大国の元首を極秘に呼び出しておいて、出迎えるのがこの荒涼たる岩山だけというのは、あまりにも不自然すぎる。
「ええ。
ですから、ここにお呼びしたのです」
ヘリのローター音が止むのを待って、岩陰から進み出てきたのは、内閣官房参事官の日下部であった。
彼は海風に髪を乱されることもなく、いつものように感情の読めない穏やかな笑みを浮かべて、二人を恭しく出迎えた。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました、国王陛下、皇太子殿下」
「出迎えご苦労、ミスター・クサカベ。
しかし、ここは随分と殺風景だな。貴国が我々に見せたい『最高機密』とやらは、この岩の下にでも埋まっているのかね?」
国王が、周囲を油断なく見回しながら尋ねた。
「いえ、地下ではありません」
日下部は、海の方角を指差した。
そこには、ただ青い空と、地平線まで続く広大な太平洋が広がっているだけだ。
「我々がお見せしたいものは、常に皆様の『目の前』に存在しております。
……ただ、少々『見えにくく』なっているだけなのです」
日下部は手元の端末を操作し、何もない空間——海風が吹き抜ける中空の一点に向けて、認証コードを送信した。
その瞬間。
アブドゥルと国王の目の前で、現実の風景が「バグった」かのように歪んだ。
「なっ……!?」
空気が陽炎のように揺らぎ、光が不自然に滑り落ちていく。
そして、今まで完全に「何もない青空と海」だったはずの空間に、突如として巨大な黒い輪郭が、ジワジワと浮かび上がり始めたのだ。
まるで、見えない巨大なカンバスに、黒いインクがゆっくりと滲み出していくかのように。
最初に現れたのは、巨大な「壁」だった。
光を吸い込むような漆黒の装甲板。
次に見えてきたのは、その壁に開いた、旅客機が何機も並んで入れそうなほどの巨大な「ハッチ」。
しかし、光学迷彩が解除されたのは、その「入り口周辺のわずかな区画」だけであった。
ハッチの周囲には、途方もなく巨大な構造物の一部が露出しているが、その端は不自然に途切れ、再び見えない空へと溶け込んでいる。
一部しか見えない。
だが、その「見えている部分の巨大さ」と「見えていない部分への圧倒的な想像」が、人間の脳に処理不能な恐怖と畏敬を叩きつける。
「おお……なんだ、これは……!!」
アブドゥル皇太子が、思わず子供のような声を上げて、後ずさった。
百戦錬磨の国王でさえ、目を見開き、息を呑んで完全に硬直している。国家元首としての威厳を保とうとする理性が、本能的な畏怖の前に押し流されそうになっていた。
「『ヤタガラス・第四号機』です」
日下部が、あくまで事務的な、今日の天気を告げるようなトーンで静かに言った。
「どうぞ、中へお入りください」
日下部の先導で、中東の絶対君主たちは、まるで巨大な怪物の口の中へ飲み込まれるようにして、その見えない巨大構造物のハッチへと足を踏み入れた。
◇
ハッチを抜けた先は、巨大な搬入口のような空間だった。
だが、そこは軍事基地の格納庫という無機質なイメージからは程遠かった。
見上げるほど高い天井。
どこまでも続く、広大で清潔な空間。
足元には微かな振動すらなく、巨大なエンジンや機械が稼働しているはずなのに、耳障りな騒音は一切聞こえない。
照明は人工的なものとは思えないほど柔らかく、自然光に近い明るさで空間を満たしている。
それは兵器というより、最新鋭の巨大な国際空港のターミナルか、あるいは未来都市のセントラルホールを思わせるような、洗練された「居住空間」の匂いがした。
「ははは……!」
アブドゥル皇太子が、周囲を見回しながら、耐えきれないといった様子で笑い声を上げた。
「素晴らしい。素晴らしいな!
まるでSF映画の中に入り込んだようだ。さすがはアニメの国だな!」
それは最高級の賛辞であり、同時に、現実を受け入れきれない脳が導き出した、純粋な感動の吐露であった。
「……冗談ではないな」
国王は、息子とは対照的に、眉間に深いシワを寄せて天井を見上げていた。
「この静寂さ。この規模。……これは現実に、人間が作っていいレベルの代物ではない。
ミスター・クサカベ。これは……一体、どれほどの大きさなのだ?」
「全長三キロメートルです」
日下部が、即答した。
「全幅は約八百メートル以上。
……イメージしにくいかもしれませんが、要するに『街が丸ごと一つ入る』とお考えください」
街が入る。
その直感的な表現に、国王はゴクリと生唾を飲み込んだ。
戦艦ではない。空母でもない。
空飛ぶ「都市」なのだ。
「動力源は、反物質リアクター。
推進機構は、重力制御を用いた反重力エンジンです。
大気圏内での最高移動速度は、マッハ700以上……秒速250キロメートルに達します。
完全なステルス機能を搭載しており、現在のように『見せる』設定にしない限り、いかなるレーダーにも、光学観測にも捕捉されません。
そして、水上、海中、空中……さらには、宇宙空間まで、すべての環境での運用に対応しています」
日下部が淡々と読み上げるオーバースペックのカタログデータに、アブドゥルも国王も、もはや驚くことすら忘れて立ち尽くしていた。
「反物質……だと?」
国王が、信じられないものを見る目で日下部を見た。
「そんな夢物語のエネルギーを、すでに実用化しているというのか?
……しかも、これは『第四号機』だと言ったな。
このような化け物が、他にも三隻、すでに存在していると?」
「ええ。
長距離移動と、長期間の自己完結型運用を前提として設計されておりますので」
日下部の『自己完結型運用』という官僚的な言い換えが、逆に国王の背筋を凍らせた。
つまり、これは補給も基地も必要とせず、単艦でどこへでも行き、いつまでも空に留まり続けることができる「独立国家」そのものなのだ。
「……日下部参事官」
アブドゥルが、少しだけ声のトーンを落として、極めて慎重に尋ねた。
「この『ヤタガラス』の存在を……アメリカは、知っているのか?」
日本とアメリカの密月関係、そして軍事・諜報における緊密な連携を考えれば、当然アメリカもこの超兵器の存在を知り、共同で運用していると考えるのが普通だ。
だが、日下部は表情を変えずに、極めて静かに答えた。
「いいえ。
実はアメリカ政府には、このヤタガラスを正式には開示していません」
「……それなのに?」
アブドゥルが驚きで目を丸くする。
アメリカの最高機密レベルの情報網を、日本が完全に欺いているというのか。
「アメリカは、我々が意図的に残した『重力勾配の痕跡』から、自力でこの存在に近づきました」
日下部は、あえてアメリカの優秀さを認める言い方をした。
「彼らの解析能力は素晴らしいものです。我々が空に浮かべた『見えない巨大質量』の存在に、彼らは気づきました」
「なんと……! 流石はアメリカだな」
国王が、感心したように唸った。
中東の王族にとって、アメリカの軍事力と情報網は絶対的な脅威であり、基準だ。彼らがアメリカを高く評価しているからこそ、その次の日下部の言葉が、より強烈な楔となって彼らに突き刺さった。
「ええ。ですが、それは我々が『見せた』からです」
日下部は、薄く笑った。
「現在は、意図的に重力勾配のみが観測できる仕様にしています。アメリカに『我々はこういうものを運用しているぞ』と示唆するためです。
……ですが、本気で隠そうと思えば、重力異常すらも完全に相殺し、完全ステルス化することも可能です。
我々は、アメリカから隠せなかったのではなく……アメリカに『見せる情報を、こちらで選んでいる』のです」
その言葉の意味を理解し、国王と皇太子は完全に言葉を失った。
アメリカは、日本から「見せられている影」に怯え、それを追うことしかできない。
世界の覇権国家ですら、日本の掌の上で転がされている。
その絶対的な事実が、日本という国の底知れぬ「格」を、中東の王族たちの心に決定的に刻み込んだ。
◇
日下部の案内で、三人はヤタガラスの内部を移動し、艦首部分に設けられた巨大な半円形の展望区画——『観測室』へと案内された。
足元から天井までが継ぎ目のない透明な素材で覆われており、まるで空中に直接放り出されたかのような、圧倒的なパノラマビューが楽しめる空間だ。
そこには上質な革張りのソファが用意されており、三人はそこに深く腰を下ろした。
「水陸空宇宙すべてに対応……と言ったな」
アブドゥルが、半分冗談、半分本気のような口調で日下部に尋ねた。
「つまり、この船は本当に……宇宙へ行けるのか?」
「ええ」
日下部は、コーヒーを飲むかのようにごく自然に答えた。
「惑星間航海も可能です。
月までなら、三十分程度ですね」
「……」
アブドゥルと国王の動きが、ピタリと止まった。
冗談ではない。彼らは本気で言っているのだ。
「……行けるのか?
月に?」
国王が、低い、震える声で聞き返した。
日下部は少しだけ間を置き、そして、あまりにも自然に、まるで「ドライブに行きますか?」とでも言うように提案した。
「ええ。
行ってみますか?」
その一言が、二人の王族の脳内を完全にバグらせた。
月へ行く。
国家の威信を懸け、何兆円もの予算を投じ、何人もの宇宙飛行士の命を犠牲にして、ようやく到達できる人類の夢。
それを、「今から、ちょっと行ってみますか?」と。
「……ぜひ行きたい!」
アブドゥルは、もはや抑えきれない子供のような興奮を爆発させて叫んだ。
「……見たい」
国王もまた、国家元首としての威厳を取り繕う余裕すらなく、ただ純粋な本音を漏らした。
「承知いたしました」
日下部は手元の端末を操作し、ヤタガラスのメインAIへと通信を繋いだ。
「管制システム。
月まで、完全ステルスで」
『了解しました』
イヴの透き通った無機質な機械音声が、観測室のスピーカーから響き渡った。
『月までの推定所要時間は、二十五分三十八秒です』
「ははは……!」
アブドゥルが、思わず笑い声を上げた。
「まるで、空港の搭乗案内だな……!
これから月に行くというのに、あまりにも呆気なさすぎる!」
だが、その笑いはすぐに驚愕の沈黙へと変わった。
窓の外の景色が、音もなく、そして一切の揺れもG(重力加速度)も感じさせないまま、劇的に変化し始めたからだ。
先ほどまで見えていた小笠原諸島の岩礁が、一瞬にして点になり、消えた。
青い海が急速に遠ざかり、地球の丸みが視界に現れる。
白い雲の層を突き抜け、空の色が群青から、深い、完全な漆黒へとグラデーションを描いて変わっていく。
国王は、窓ガラスに張り付くようにして外を見つめていた。
重力制御によって機内は完全に1Gに保たれており、コーヒーの液面すら揺れていない。
だが、窓の外では、彼らが住む巨大な青い星が、みるみるうちに小さなビー玉のように縮んでいくのだ。
静かすぎる。
恐ろしいほどに滑らかで、圧倒的な暴力性を持った加速。
国王は、自分が今、一国の君主としてこの景色を見ているのか、それともちっぽけな一人の人間として神の乗り物に乗せられているのか、境界線が完全に分からなくなるような感覚に陥っていた。
「……着きました」
日下部の声で、二人は我に返った。
時間は、本当に二十五分しか経っていなかった。
窓の外に広がっていたのは、見渡す限りの灰色のクレーターと、荒涼とした無機質な地平。
そして、その漆黒の空の向こうには、青く輝く地球が、息を呑むような美しさで浮かんでいた。
「……ははは……」
アブドゥルが、乾いた笑いを漏らしながら、窓ガラスに手をついた。
「美しい月だ……!」
彼は、自国の砂漠とは全く異なる、完全な静寂と死の世界を前にして、圧倒的な感動に打ち震えていた。
「素晴らしい景色だ……」
国王もまた、深く静かに呟いた。
多くを語る必要はなかった。
ただ、目の前の絶対的な「現実」が、日本という国の次元の違いを、これ以上ないほど雄弁に物語っていたからだ。
月を見下ろす観測室の中で、しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。
だが、やがてその感動は、国家を導く者としての「強烈な欲望」へと形を変えていった。
「ミスター・クサカベ」
アブドゥルが、振り返り、熱を帯びた瞳で日下部を真っ直ぐに見据えた。
「ぜひ我が国にも、この宇宙船が欲しい」
それは、単なる子供の我儘ではない。
中東の未来を背負う皇太子としての、本気の国家欲求であった。
これさえあれば、独自の宇宙開発が可能になる。アメリカの軍事力にも対抗できる。そして何より、石油の時代が終わった後の、次世代の国家戦略の象徴となる。
いくら積んででも欲しい。それが彼らの本音だった。
だが、日下部は少しの躊躇いも見せず、きっぱりと答えた。
「残念ながら、まだ日本国専用です」
ピシャリと、明確な線引き。
この箱舟は、どれだけのオイルマネーを積まれようとも、決して譲ることはできない。日本という国家の最大の防盾なのだから。
「そうか……」
国王は、無理に食い下がることはしなかった。
むしろ、国家元首として、その線引きの重さを正しく理解し、粛々と受け入れた。
「ならば、将来を楽しみに待つとしよう」
それは、「今は無理でも、我々が日本にとってさらに価値のあるパートナーになれば、いつかは」という、大国としての格を持った、見事な切り返しであった。
日下部もまた、彼らのその態度を高く評価し、少しだけ微笑んで付け加えた。
「ええ。
……将来的には、解放できる可能性はあります」
確約はしない。だが、夢は残す。
それが、最も強固な同盟の鎖となるからだ。
「これさえあれば、宇宙開発にも本格的に参入できるな」
アブドゥルが、再び窓の外の月面を見つめながら、ワクワクとした声で言った。
「ええ。それも可能でしょう」
日下部は、ごく自然に、さらに一つ世界を壊すような数字を口にした。
「この艦の推進力なら、火星まで三日から四日程度ですからね」
「……なんだと?」
アブドゥルと国王が、再び同時に固まった。
火星まで三日。
それはもはや、太陽系そのものが「近所の庭」になることを意味している。
「ははは……!
火星コロニーでも何でも、やり放題じゃないか!」
アブドゥルは、もはや笑うしかなかった。
「技術的には、そうですね」
日下部も否定はしなかった。
「ただ、まだそこまでやる計画はありません。
……地球で、精一杯ですからね」
やれないのではない。やれるが、まだやらないだけ。
日本のその余裕のスタンスが、中東の王族たちに「日本との関係強化」の絶対的な必要性を、骨の髄まで刻み込んだ。
◇
帰路。
再び地球へと向かうヤタガラスの観測室内で、国王は静かに日下部に向き直った。
「……ミスター・クサカベ。
なぜ我々に、これを見せた?」
その問いは、単なる観光の感想を求めるものではない。
国家の最高機密を、なぜアメリカではなく、中東の自分たちにわざわざ見せつけたのか。その真意を問う、鋭い刃であった。
日下部は、姿勢を正し、真っ直ぐに国王の目を見つめ返した。
「我々は、中東の皆様との関係を、単なるエネルギー取引や、医療キットの売買だけで終わらせたくないのです。
……今後は、医療、技術、宇宙開発、そして国家安全保障まで含めた、長期的なパートナーシップを築いていきたいと考えています」
日下部は、言葉に強い力を込めた。
「だからこそ、こちらが『どこまで進んでいるか』を、先にお見せしておきたかったのです」
これが日本の文明段階だ。
その上で、我々と組むかどうか、考えてほしい。
それは極めて誠実でありながら、同時に圧倒的な力による「高圧的な開示」でもあった。
国王は、短く、深く頷いた。
「なるほど。
手札ではなく、前提条件を見せたわけだ」
これほどの力を持つ国と、どう付き合っていくべきか。
中東の生き残り戦略を、根本から練り直す必要がある。国王は、自らの内に新たな決意を固めていた。
「なら、我々はもっと仲良くなるしかないな」
アブドゥル皇太子が、軽く笑いながら、しかしその瞳には本気の野心を燃やして言った。
この船に乗るためには、日本にとって最も「役に立つ友人」になるしかないのだから。
◇
小笠原諸島、絶海の岩礁。
アブドゥルと国王を乗せたヘリコプターが飛び立った後、ヤタガラス4号機は、再び光学迷彩を作動させ、空間の中に音もなく溶け込んでいった。
さっきまで自分たちを月まで運んだ全長三キロの巨体が、何事もなかったかのように、ただの青空へと消えていく。
ヘリの窓からその光景を見下ろしながら、アブドゥルがぽつりと呟いた。
「……日本は、月を見せる国か」
その言葉に、国王は少しだけ目を細め、静かに首を横に振って返した。
「違う。
……月を見せたうえで、まだ『まだ自分の物ではない』と言い切れる国だ」
その圧倒的な格の違い。
日本という国がどれほど遥か高みにいるのかを、中東の支配者たちは完全に理解した。
彼らは今、歴史上最も強固で、そして最も非対称な同盟関係へと、自ら進んで足を踏み入れたのである。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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