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第14話 ガラスの城と進化する悪意

 惑星テラ・ノヴァ。

 赤茶色の大地の上に築かれた前線基地(FOB)の一角で、工藤創一は腕組みをして、目の前の「空き地」を睨んでいた。

 彼の周囲には、警護任務中の防衛隊員たちと、物珍しそうに見学に来た日下部駐在員が集まっている。


「……さて、やりますか」


 創一が呟き、虚空にウィンドウを展開した。

 彼が見ているのは、イヴが管理する『クラフト(製作)』メニューだ。

 今回の目的は、日本政府も喉から手が出るほど欲しがっている「木材」の安定供給、そして電子基板の素材となる樹脂を確保するための施設——**『温室(Greenhouse)』**の建設である。


「工藤さん、何を作るんですか?」

「温室です。

 ただ、その材料として大量の『ガラス』が必要でしてね。

 まずはガラスの原料になる『砂』を作る機械……**『破砕機(Crusher)』**をクラフトします」


 創一はインベントリを確認した。

 材料は揃っている。


【クラフトレシピ:破砕機】


鉄の歯車(Iron Gear Wheel) x 20

鉄梁材(Iron Beam) x 10

自動化コア(Automation Core) x 2

銅線(Copper Cable) x 6


「よし、製作開始」


 創一が指先でアイコンをタップする。

 その瞬間、彼の手元——正確には、作業用グローブの周囲の空間が青白い光に包まれた。


 バチバチバチッ!

 ギュイィィィン……!


 電気溶接のような激しいスパークと、金属が高速で組み上がる音が響く。

 ナノマシンによる高速アセンブルだ。

 何もない空間に鉄のフレームが現れ、歯車が噛み合い、配線が走る。

 まるで早回しの映像を見ているかのような速度で、巨大な機械が実体化していく。


「うおっ……!?」

「いつ見てもすげえな……」

「魔法かよ……」


 見物していた隊員たちが、眩しさに目を細めながらどよめく。

 彼らは最新鋭の装備を持つ特殊部隊員だが、この光景ばかりはSF映画の特撮にしか見えないらしい。


 数秒後。

 光が収まると、創一の手元にはミニチュアサイズに圧縮されたアイコンが浮かんでいた。

 彼はそれを掴み、地面の設置予定ポイントに投げた。


 ズドォォォン!!


 重量感のある着地音と共に、高さ三メートルほどの無骨な鉄の塊が鎮座した。

 上部に巨大な投入口ホッパーがあり、内部には鋭利な回転刃と破砕ローラーが内蔵されている。

 まさに石を噛み砕くための顎だ。


「これが『破砕機』です。

 こいつに石を放り込めば、粉々に砕いて『砂』にしてくれます」


 創一は手際よく配線を行い、近くの電柱から電力を供給した。

 ブゥン……と低い唸り声を上げて、破砕機が起動する。


「さあ、試運転だ。

 インサータ、稼働!」


 彼が合図を送ると、ベルトコンベアに乗って運ばれてきた「石(Stone)」を、ロボットアーム(インサータ)が正確に掴み、破砕機のホッパーへと放り込み始めた。


 ガガガガッ!

 ゴリゴリゴリ……!


 凄まじい騒音が響き渡る。

 硬い岩石が巨大なローラーによって、容赦なく粉砕されていく。

 そして下部の排出口からは、サラサラとした灰色の粉末——「砂(Sand)」が吐き出され、別のベルトコンベアへと流れていく。


「おお……。本当に砂になった」

「これ、建設現場にあったら便利だろうなぁ」


 日下部が感心したように眼鏡を直す。


「この砂を、次は隣の『石の炉』に投入します」


 創一が指差す先では、すでに炉が赤々と燃えていた。

 コンベアで運ばれた砂が、次々と炉の中に消えていく。

 数秒後。

 反対側から出てきたのは、透明に透き通った板状の物体。


「ガラス板(Glass)完成です」


 日光を反射してキラキラと輝くガラスが、コンベアの上を流れていく。

 砂漠の真ん中に現れた、クリスタルの川のようだ。


「綺麗ですね……。不純物がほとんどない」

「ナノマシンで精製してますからね。

 光学レンズにも使えるレベルですよ」


 創一は流れてくるガラスをインベントリに回収しつつ、数量を確認した。

 十分な量が溜まった。


「よし。

 では本命の『温室』を作ります」


 再びウィンドウを開く。


【クラフトレシピ:温室】


鉄梁材(Iron Beam) x 10

自動化コア(Automation Core) x 2

木材(Wood) x 20

ガラス(Glass) x 20


「木材は……基地を作る時に伐採した紫色の木が余ってましたね。

 それを使いましょう」


 創一は基地の隅に積まれていた丸太の山から、材料を確保した。

 本来なら、これも貴重な資源だが、温室さえできれば無限に手に入る。投資だ。


「とりあえず、6台ほど作成します」


 バチバチバチッ!


 再び光と音が炸裂する。

 今度は鉄のフレームだけでなく、大量のガラスパネルが複雑に組み合わさっていく。

 六つの巨大なドーム状の施設が、次々と創一の「手の中」で完成していく。


「設置します。場所は……水源に近い、あそこで」


 創一は基地の北側、湖からパイプを引いたエリアへと移動した。

 等間隔にスペースを空け、六つの温室を一列に並べて設置する。


 ドスン、ドスン、ドスン……!


 直径五メートルほどのガラスドームが、六基、荒野に出現した。

 異星の強烈な日光を反射し、白く輝くその姿は、まるで無機質な前線基地を守る「クリスタルの城壁」のようだ。

 今はまだ中身は空っぽだ。

 無機質なガラスと鉄の檻にしか見えない。


「配管接続。

 水と、さっき作った砂を供給します。

 そして制御パネルで『木材生成』のレシピを選択……スイッチオン!」


 ブシュッ!

 パイプから微細なミストが噴射される音がした。

 それはただの水ではない。

 植物の構成要素を再構築するためのナノマシン溶液だ。


「見ていてください。

 種も苗木も要りません。

 砂と水が、そのまま『木』に変わります」


 その言葉と共に、温室の床に敷き詰められた砂が、波打つように変質を始めた。


 ボコッ、ボコッ……!


 砂の中から緑色の結晶のような芽が顔を出す。

 それは瞬きする間に茎を伸ばし、葉を広げ、枝分かれしていく。


 メリメリ、ミシミシ……。


 植物の成長音とは思えない、急速な細胞分裂の音がガラス越しに聞こえてくる。

 数秒前まで空っぽだったドームの中が、あっという間に鬱蒼とした「森」で満たされたのだ。

 鮮やかな緑色の葉。

 太い幹。

 地球の植物とは少し違うが、生命力に溢れた立派な樹木だ。


「うわぁ……」

「すげぇ……早送りを見てるみたいだ」


 隊員たちがポカンと口を開けて見上げている。

 日下部も言葉を失って、ガラスに張り付いていた。


「これが……温室……。

 たった数十秒で成木にまで育つとは……」


「初回起動時は、内部ストックを満タンにするために、ブーストがかかるんです。

 一度満杯になれば、あとは安定稼働モードに入ります。

 一台あたり一日30本のペースで、コンスタントに丸太を排出し続けますよ」


 説明している間に温室の排出ハッチが開き、伐採された丸太がゴロンとベルトコンベアに転がり出てきた。

 自動化された林業。

 チェーンソーも重機も、森林伐採によるハゲ山も必要ない。

 ただ水と砂と電気がある限り、無限に木材が生産され続けるのだ。


「6台あるので、日産180本。

 しばらくは燃料にも建材にも困りませんよ」


 創一は満足げに頷いた。

 輝くガラスドーム群と、そこから伸びるコンベアのライン。

 それは荒野に出現した「ガラスの城」であり、人類の科学力の結晶だった。


「凄いですね……。本当に魔法だ」

「科学ですよ、日下部さん。

 ……で、そっちはどうでした?

 日本政府への報告は」


 創一は話題を変え、作業の手を止めずに日下部に尋ねた。

 日下部はハッとして、ビジネスマンの顔に戻った。


「ええ、報告は済ませました。

 木材プラントの件は、官邸も諸手を挙げて賛成です。

 すぐにでも新木場での建設準備に入るとのことでした。

 ただ……」


 日下部は少し声を潜めた。


「懸念していた『バイターの巣への大規模派兵』については、なんとか『待った』をかけました。

 防衛大臣などは即時制圧を主張していましたが、総理と官房長官が抑えてくれました。

 『現場の判断を尊重する』と」


「なるほど。賢明な判断ですね」


 創一は安堵のため息をついた。

 いきなり一個師団なんて送り込まれたら、現地の補給線がパンクするし、バイターを過剰に刺激してしまう。


「とりあえず、工藤さんの提案通り『遠征による削り作業(Whittling)』を継続することで承認されました。

 少しずつ敵の勢力圏を削ぎ落とし、安全地帯を広げていく。

 油田開発は、その後だと」


「よし、じゃあそれで行きましょうか。

 俺たちも装備を整えつつ、週末あたりに、また一回、巣の周辺を叩きに行きましょう」


 創一が軽く言った時だった。


『——警告。マスター、楽観的すぎる予測は禁物です』


 懐のスマートフォン——イヴの端末から冷ややかな声が響いた。

 その場の空気が少し凍る。


「……イヴ? どうした、急に」


『前回の戦闘で回収したサンプルの解析が完了しました。

 これを見てください』


 イヴが空中にホログラム映像を投影した。

 映し出されたのは、バイターの甲殻の断片だ。

 その断面図が拡大表示される。


「これは……」


 覗き込んだ権田隊長の表情が険しくなる。


「以前回収したものより、明らかに分厚いな。

 それに、組織の密度が上がっている」


『その通りです。

 さらに昨日の哨戒任務で隊員が持ち帰った薬莢と着弾痕のデータとも照合しました。

 一部の個体において、5.56mm弾が貫通せず、跳弾リコシェしている痕跡が確認されています』


「跳弾だと……?」


 隊員たちの顔色がサッと変わった。

 自分たちの持つ最強の武器が通じなくなり始めている。

 それは死刑宣告にも等しい情報だった。


『敵性生物バイターは、単なる野生動物ではありません。

 彼らは環境の変化や外部からの脅威に対して、極めて高い適応能力——すなわち『進化(Evolution)』のメカニズムを有しています』


 イヴが淡々と告げる。


『我々が基地を拡張し、汚染(Pollution)を広げ、彼らの巣を破壊するたびに、バイターという種の「生存本能」が刺激されます。

 具体的には、DNAレベルでの変異が加速し、より強靭な個体が産み出されます』


「生存本能か。

 俺たちが殺せば殺すほど、あいつらは『生き残るため』に強くなるってわけか」

『肯定します。

 現在は「小型(Small)」が主体ですが、時間の経過とともに、より強靭な「中型(Medium)」、さらに「大型(Big)」へとシフトしていきます』


「……どのくらいの猶予があるんだ?」


 日下部が震える声で尋ねた。


『現地の繁殖サイクルと巣の代謝速度からシミュレーションを行いました。

 中型個体が群れの主力となり、現在の小銃火力が無効化されるまで……およそ一年(地球時間換算)です。

 ただし、油田開発のために巣を刺激すれば、その時計は早まります』


「一年か……」


 権田が腕を組み、基地の外——荒野の彼方を睨んだ。


「長いようで短いな。

 油田だ、木材だと浮かれていたが、敵もまた学習し、強くなるということか。

 ……我々がここで安穏としていられる時間は、そう長くはないぞ」


 隊員たちの間にも緊張が走る。

 さっきまでの「温室すげえ」という浮かれムードが消え失せ、底知れぬ自然への畏怖が戻ってきた。


「うわ、マジかよー……」


 創一は顔をしかめた。

 ゲームなら「敵が強くなる」のは当たり前の仕様だが、現実で言われると笑えない。

 自分の命がかかっているのだ。


「まあ、逆に言えば、一年はあるってことです」


 創一はパンと手を叩き、強引に空気を切り替えた。


「その間に、こっちも進化すればいいんです。

 タレットを強化し、弾薬を強力にし、壁を厚くする。

 イタチごっこなら、科学力のある俺たちが勝ちますよ」


「……頼もしい言葉だ」

「ええ。そう信じましょう」


 日下部も頷いたが、その表情には新たな懸念が刻まれていた。

 敵は進化する。

 それはつまり、このテラ・ノヴァでの事業が、永遠に終わらない軍拡競争になることを意味していた。


 創一は完成したばかりの温室を見上げた。

 ガラスの中で急速に育つ木々。

 その生命力の輝きは、人類の希望であると同時に、この星の生物たちが持つ底知れぬポテンシャルの証明でもあった。

 輝くガラスの城壁の向こうで、見えない悪意が静かに牙を研いでいる。


 風が吹き抜け、FOBの旗を揺らす。

 人類とバイター。

 二つの種の生存競争は、まだ始まったばかりだ。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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