第13話 霞が関の憂鬱と黄金の果実
永田町、内閣総理大臣官邸。
その地下にある危機管理センターの一室は、地上とは隔絶された独特の熱気に包まれていた。
大型モニターには、惑星テラ・ノヴァの前線基地(FOB)にいる日下部駐在員の顔が映し出されている。
円卓を囲むのは、内閣総理大臣、内閣官房長官、外務大臣、防衛大臣、経済産業大臣、厚生労働大臣、そして警察庁の堂島警備局長といった、国家の中枢を担う面々だ。
彼らの表情には、疲労と、それを上回る強烈な興奮が混在していた。
手元に配られた極秘資料。
そこに記されているのは、工藤創一からもたらされた最新の成果報告である。
「……では、日下部くん。報告を続けてくれたまえ」
総理大臣が重々しく口を開いた。
日下部が画面の向こうで一礼し、眼鏡の位置を直す。
『はい。まずは内政面……資源確保に関する報告です。
特務開拓官・工藤氏より、新たな技術供与の提案がありました。
資料の3ページ目をご覧ください。『温室(Greenhouse)』による木材生成プラントの建設についてです』
経済産業大臣が身を乗り出すようにして、資料を睨んだ。
『工藤氏の提供した設計データによれば、この施設は、水と現地の砂、あるいは水のみを触媒として、ナノマシン技術により植物を急速成長させます。
日産30単位。これは従来の林業における伐採効率を、数千倍上回る数値です。
しかも、遺伝子データを書き換えることで、地球上のあらゆる樹種を再現可能です』
「……水と砂だけで、木材ができるというのは本当かね?」
経産大臣の声が震えていた。
無理もない。日本は国土の三分の二が森林だが、林業の衰退により木材自給率は低い。
安価な輸入材に頼りきりなのが現状だ。
それがタダ同然のコストで、しかも工場で量産できるとなれば、産業構造がひっくり返る。
『事実です。
工藤氏は、この技術の実証実験として、日本国内へのプラント設置を提案しています』
「場所は?」
『東京都江東区、新木場の貯木場跡地を予定しています。
そこなら海水淡水化プラントと直結でき、物流の拠点としても最適です。
テラ・ノヴァへのゲートもここに移して拠点とします。
建設資材は、すべてテラ・ノヴァから逆輸入します』
「素晴らしい……!」
経産大臣が拳を握りしめた。
「建設用資材の高騰、ウッドショック……これらすべてが、一挙に解決するぞ。
いや、それだけじゃない。バイオマス発電の燃料としても使える。
CO2削減目標の達成も容易になる。
これは……産業革命だ」
会議室に、どよめきが走る。
たかが木材、されど木材。
国家の基盤を支える資源が「無限」になるという意味を、彼らは骨の髄まで理解していた。
「進めたまえ。予算は予備費から全額捻出する。
ただし、市場への影響が大きすぎる。関連業界への根回しが終わるまでは、情報は『最高機密』だ。
表向きは……そうだな。『次世代植物工場の研究施設』とでもしておけ」
総理の裁定が下った。
日下部が頷き、次の議題へと移る。
ここからが本番だ。空気の温度が一段階上がった。
『次に遠征調査の結果についてです。
工藤氏と防衛隊の混成チームは、基地から数キロ地点にある敵性生物の巣の近辺まで進出。
その過程で、高純度のレアメタルを含む隕石と……ある重要な資源を発見しました』
日下部が一拍置き、告げた。
『原油(Crude Oil)です』
シン……と会議室が静まり返った。
直後、防衛大臣がテーブルを叩いて立ち上がった。
「石油だと!? 本当か!?」
『はい。イヴ——工藤氏の随伴AI——のスキャン結果によれば、巣の直下に大規模な油田が確認されています。
埋蔵量は測定不能。ですが、地表に滲み出ている量から見て、中東の巨大油田に匹敵する可能性があります』
「おお……神よ……」
誰かが呻くように呟いた。
資源小国、日本。
エネルギー安全保障のアキレス腱。
先の大戦の敗因であり、現代においても日本の首輪となっている「石油」。
それが自国民の管理下にある(異世界の)土地から湧き出たのだ。
「中東の顔色を伺う必要がなくなる……。
ホルムズ海峡のリスクも、原油価格の乱高下も、過去のものになるのか」
「円安対策の切り札どころの話じゃない。日本が産油国になるんだぞ!」
興奮が理性を上書きしていく。
防衛大臣が紅潮した顔で叫んだ。
「総理! 直ちに自衛隊の本隊を派遣すべきです!
一個師団……いや、中央即応集団を投入し、あの巣を制圧しましょう!
バイターなどという害虫に、我々の石油を占拠させておく理由はありません!」
「そうです! 直ちにリグを建設し、パイプラインを敷設するんだ!」
強硬派の意見が噴出する。
欲望が加速している。
だが、ここで警察庁の堂島警備局長が、低く、しかしよく通る声で割って入った。
「……お待ちください、大臣」
現場を知る男の言葉に、場の熱狂がわずかに冷める。
「私は実際にゲートをくぐり、バイターと交戦しました。
彼らは、ただの害虫ではありません。集団で連携し、死を恐れずに突っ込んでくる戦闘種族です。
小銃弾を弾く装甲を持つ個体もいます。
工藤氏のタレットと的確な指揮があったから撃退できましたが、本格的な『戦争』になれば、こちらの被害も甚大になります」
堂島は防衛大臣を真っ直ぐに見据えた。
「自衛隊員を何百人も死なせて、石油を得る覚悟はおありですか?」
「ぐっ……」
防衛大臣が言葉に詰まる。
官房長官が冷ややかな視線で引き取った。
「それに大規模な部隊展開は目立ちます。
アメリカや中国に勘付かれるリスクもある。
ここは、工藤氏の推奨する『各個撃破と段階的な前線構築』プランに従うべきでしょう」
「……ふむ。妥当だな」
総理が頷いた。
「防衛大臣。気持ちは分かるが、勇み足はいかん。
我々は侵略者ではない……いや、実質的にはそうかもしれんが、自衛隊員を無駄死にさせるわけにはいかんのだ。
工藤氏のプランに従い、1つ1つ進めよう。
まずは木材プラント。次に周辺の安全確保。
そして油田開発だ」
「……承知しました」
防衛大臣が不満げながらも着席する。
続いて、厚生労働大臣が手を挙げた。
彼の顔色は、他の大臣たちよりも悪かった。
「あの総理。忘れてはならない案件があります。
『医療用キット』です」
場の空気が、熱狂から湿った緊張感へと変わる。
石油が国家の血液なら、こちらは個人の寿命に関わる禁断の果実だ。
「日下部くん。今回の遠征で、原料となる『バイオマター』は確保できたのかね?」
『はい。20個の確保に成功しました。
工藤氏との契約に基づき、半分の10個が完成品(医療用キット)として日本政府へ納品されます。
現在、FOBから極秘輸送便で、こちらへ向かっています』
「10個……!」
厚労大臣がゴクリと唾を飲み込んだ。
「前回のサンプルは成分分析で使い切ってしまった。
今回は、いよいよ実用化に向けた試験を行わねばならん」
「試験とは?」
「人体実……失礼。臨床試験です」
厚労大臣が言い淀んだ言葉に、全員が顔をしかめたが、誰も咎めなかった。
「成分上は無害ですが、実際に人間に投与した場合の長期的な影響、特にDNAへの作用を確認する必要があります。
末期癌の患者や重度の外傷を負った自衛官……ボランティアを募り、極秘裏に投与を行います」
「……誰に投与するつもりだね?」
「そこが問題です。
一般人を使えば情報が漏れます。『奇跡の薬』の噂が広まれば、暴動が起きかねない。
かといって身寄りのない人間を実験台にすれば、人権問題になる。
……誰が、その責任を取るのですか?」
厚労大臣の悲痛な問いかけに、誰も答えなかった。
総理が重い口を開いた。
「……責任は私が取る。
対象者は、極秘任務で負傷し再起不能となった自衛官、および公安関係者を優先しろ。
彼らなら守秘義務がある。
そして何より、国家のために傷ついた者たちだ。
まずは彼らを救うという名目で、データを取る」
「……分かりました。
『愛国者への恩赦』というわけですね」
厚労大臣は皮肉っぽく呟き、メモを取った。
それは救済ではない。モルモットとしての利用だ。
だが、背に腹は代えられない。
「さて、最後の議題だ」
官房長官が最も重い懸案事項を切り出した。
彼は視線を天井に向けた——まるで空の彼方にある軍事衛星を睨むように。
「アメリカ合衆国だ。
彼らを、どうする?」
重苦しい沈黙。
外務大臣が青ざめた顔で口を開いた。
「……今のところ、表立った動きはありません。
ですが、CIAやNSAが嗅ぎつけるのは時間の問題です。
新宿での大規模な資材搬入、自衛隊退役者の不自然な再雇用、新木場のプラント建設。
隠し通すには、規模が大きくなりすぎました」
「もしバレたら、どうなる?」
「『日米同盟』という名の圧力がかかります。
『共同研究』や『安全保障上の懸念共有』という名目で、技術の全面開示とテラ・ノヴァへのアクセス権を要求してくるでしょう。
断れば……経済制裁、あるいは物理的な介入もあり得ます」
最悪のシナリオだ。
せっかく手に入れた「日本独自の資源」が、同盟国の名の下に没収される。
戦後、幾度となく繰り返されてきた敗北の歴史。
「……断固として拒否すべきだ」
防衛大臣が唸るように言った。
「これは日本の領土(正確には異星だが)で起きた事象だ。
アメリカにとやかく言われる筋合いはない。
今回は日本政府としての意地を張るべきです。
日本国民のために、この利益は死守せねばならん!」
「理想論ですね」
官房長官が冷たく切り捨てた。
「意地で国が守れるなら苦労はない。
現実を見たまえ。米軍と事を構えて勝てるわけがない。
それに、工藤氏を守りきれる保証もない」
「では、言いなりになれと?」
「いいや。そうは言っていない」
官房長官は手元の資料にある『医療用キット』の項目を指で叩いた。
「外交は駆け引きだ。
彼らが欲しいのは『利益』だ。
もし嗅ぎつけられたら……実利で黙らせるしかない」
「実利?」
「医療用キットを2個、ホワイトハウスへ贈るんだ」
全員が息を呑んだ。
「賄賂……かね?」
総理が尋ねる。
外務大臣が慌てて口を挟んだ。
「待ってください、官房長官!
それは薬事法以前の問題です。国家間の贈収賄になりかねない!
もし表沙汰になれば、政権が吹き飛びますよ!
それに、後で必ず『もっと寄越せ』と足元を見られます!」
「その時は、その時だ」
官房長官は平然と言い放った。
「『友好の印』ですよ、大臣。
アメリカ大統領も高齢だ。健康不安説も流れている。
『我が国で開発された新薬です。極めて希少ですが、同盟国のよしみで特別に提供しましょう』と言って渡す。
その効果を実感すれば、彼らも無茶な介入はできなくなる。
……説明書き(能書)は、私が作りますよ。いかにもな美辞麗句を並べてね」
「……『供給を絶たれたくなければ、日本政府の管理権を認めろ』という脅しか」
「人聞きが悪い。相互理解のための調整ですよ」
官房長官は薄く笑った。
その笑顔は、霞が関の魔物そのものだった。
「もちろん、あくまで『バレた場合』の最終手段です。
基本は秘密保持。
ですが、万が一の時は、この虎の子の薬を切る覚悟をしておいてください。
……たった2個で国家の主権が買えるなら、安いものです」
総理は目を閉じ、深く考え込んだ。
日本独自の資源と技術。
それを守るための、アメリカとの腹の探り合い。
そしてその中心にいる、一人の中年、工藤創一。
「……致し方あるまい」
総理は目を開けた。
その瞳には、一国の長としての覚悟と、決して消えない泥を被る決意が宿っていた。
「日本国民のために、私は倫理を棚上げする。
説明責任も政治的なリスクも、すべて私が飲み込もう。
方針は決定だ。
1.木材プラントの建設と実用化。
2.医療用キットの臨床試験と対米交渉用備蓄。
3.バイターの段階的殲滅と油田開発の準備。
……総員、抜かりなく頼むぞ。
これは日本が『戦後レジーム』から脱却し、真の独立国家となるための戦いなのだから」
「「「はっ!」」」
閣僚たちが一斉に頭を下げる。
会議は終わった。
だが、彼らの仕事は、これからだ。
木材、石油、そして不老不死の薬。
テラ・ノヴァからもたらされた果実は、あまりにも甘美で、そして毒を含んでいる。
霞が関の地下で、国家という巨大な怪物が、新たな餌を求めて唸り声を上げていた。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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