第106話 天空の箱舟と見えざる大空
空の街ヤタガラスと、次の奇跡を探す世界編開始
惑星テラ・ノヴァ。
紫がかった大気に包まれ、二つの月が冷ややかな光を投げかけるこの異星において、工藤創一が構築した前線基地(FOB)は、今や一つの巨大な機械生命体と化していた。
地平線の彼方まで伸びるコンクリートの防壁。無数に林立する電気炉と化学プラントから吐き出される白煙と炎。そして、天を衝くようにそびえ立つ複数のロケットサイロからは、昼夜を問わず莫大な物資を積載したロケットが暗黒の宇宙へと打ち上げられ、軌道上のプラットフォームを拡張し続けている。
だが、この星の地表における最大の威容は、それらの固定施設ではなかった。
超弩級・空中都市『ヤタガラス』。
全長3000メートル、全幅800メートルという、地球のいかなる航空機や艦船をも過去の遺物とする規格外の超巨大浮遊要塞。その「1号艦」が産声を上げ、未開の大陸へと資源採掘の旅に出てから、およそ3ヶ月の月日が流れていた。
そして今日、基地のさらに奥地に造成された巨大な空中ドックにおいて、青白いプラズマの光と共に、新たな巨体が大地からゆっくりと浮かび上がろうとしていた。
「よしよし。反物質リアクターの出力安定。重力制御フィールド、均一に展開中。……イヴ、各セクターの接続エラーはないな?」
メイン司令室のパノラマモニターの前で、工藤創一は仮想キーボードを叩きながら確認の声を上げた。彼の瞳はMK2ナノマシンの影響で微かに青く発光し、超高速で流れ込む膨大なテレメトリ・データを瞬時に処理している。
『肯定します、マスター。ヤタガラス2号艦、全てのロールアウト手順を正常にパスしました。推進系、生産プラント、居住区画、そして各種ステルス機能、いずれも設計値通りの100パーセントの性能を発揮可能です』
「いやー、長かった! といっても3ヶ月だけどさ!」
創一は大きく伸びをして、レザーソファにドカッと腰を下ろした。
建設ロボット数万機を24時間フル稼働させても、全長3キロの質量を組み上げるには物理的な時間がかかる。ロケットの打ち上げと並行して進めていたとはいえ、彼にとっては「待ち時間」の長いプロジェクトであった。
「1号艦がガンガン資源を吸い上げて送ってきてくれてるおかげで、こっちの2号艦にはさらに最新のモジュールをこれでもかと詰め込めたな。……さあて、それじゃあ早速、地球の担当者にお披露目と行きますか」
創一は通信コンソールを操作し、次元の彼方、東京の首相官邸地下とのホットラインを開いた。
数秒のコールの後、画面に内閣官房参事官・日下部の、いつものように疲労を貼り付けた顔が映し出される。
『……お疲れ様です、工藤さん。今度は一体、何が完成したんですか?』
「お疲れ様です日下部さん! 聞いてくださいよ、ついに『ヤタガラス2号艦』が完成しました! 出来立てのピッカピカですよ!」
画面越しの創一の無邪気な報告に、日下部は露骨に顔をしかめ、手元にあった胃薬のパッケージを無意識に強く握りしめた。
『……ヤタガラスの、2号艦。ああ、前に10隻作るとか言っていた、あの全長3キロの空飛ぶ都市ですか』
「ええ! 1号艦は今テラ・ノヴァの別大陸で採掘やってますけど、この2号艦は特に予定が空いてるんですよね。なので、前に言っていた通り、地球側に持っていって、日本近辺に滞在させることにしようと思うんです!」
『……来ますか、ついに』
日下部は深い溜め息を吐いた。
以前の会議で「いざという時の避難場所」あるいは「究極の抑止力」として、ヤタガラスの地球配備を条件付きで容認したのは彼ら日本政府自身である。だが、いざ本当に全長3キロの反物質リアクター搭載浮遊都市が地球の空にやって来るとなれば、そのプレッシャーは尋常ではない。
「安心してください、日下部さん! 前に約束した通り、地球の空では『光学迷彩』と『全帯域電波妨害』を常時最大出力で展開しておきますから。目視でもレーダーでも、絶対にバレませんよ!」
『……ええ、それだけが頼りです。絶対に、絶対にステルスを解除しないでくださいよ。もしあんなものが東京の上空に姿を現したら、世界中がパニック映画の始まりだと勘違いして、第三次世界大戦の引き金を引きかねませんからね』
「分かってますって。じゃあ、まずは日本近海の上空でウロウロして、ステルス性能のテストをやってみますね。……イヴ、地球の日本近海、太平洋上の座標を指定。位相空間ジャンプ、起動!」
『了解しました。位相空間フィールド展開。座標固定……ジャンプします』
司令室の窓の外の景色が、一瞬にして歪んだ。
紫色の空と二つの月が万華鏡のようにねじ曲がり、光の束となって後方へ飛び去っていく。そして次の瞬間、窓の向こうに広がったのは、抜けるように青い空と、見渡す限りの群青色の海原であった。
重力異常も衝撃波も一切なく、全長3キロの超巨大構造物は、地球の太平洋上空、高度一万メートルに音もなく「出現」したのである。
「おおー、青い海だ! 久しぶりに見る地球の景色は綺麗ですね!」
創一は窓に張り付くようにして下界を見下ろした。
すぐさま、機体の外壁に張り巡らされた無数のナノマシン・プロジェクターが稼働を開始する。船体の周囲の風景——空の青さや雲の形をリアルタイムで読み取り、それを船体の表面に寸分の狂いもなく投影していく。同時に、電波吸収メタマテリアルが稼働し、重力制御による音響キャンセラーがエンジンの駆動音を完全に打ち消した。
地球の衛星や、周辺を飛ぶ航空機のレーダーから見れば、そこにはただの「空」があるだけだ。
「どうです日下部さん!? 今、房総半島の沖合数百キロの上空に浮かんでるんですけど。そっちの監視システムで捕捉できますか?」
『……少々お待ちください』
東京の地下で、日下部が自衛隊の防空レーダー網と、テラ・ノヴァ由来の『グラス・アイ』のデータを照合する。
『……自衛隊の防空レーダー、および早期警戒管制機(AWACS)のデータには、一切の影すら映っていません。見事なまでのステルス性です。……ですが、我々の「グラス・アイ」の位相空間スキャンには、その巨大な質量がはっきりと表示されていますよ』
「まあ、グラス・アイは空間そのものを透視するチート・レーダーですからね! あれから隠れるのは無理です。でも、地球の軍隊が持ってる程度の電波レーダーや赤外線センサーなら、完全にスルーできてるってことですね!」
創一は満足げに頷いた。
自分の作った完璧な迷彩に、エンジニアとしての喜びを感じている。
「良い感じじゃないですか? これなら全然バレないですね!」
『ええ。これなら、太平洋上に滞空させておく分には問題ないでしょう。いざという時は、そこから日本本土へ数秒で駆けつけられますし』
「ですよね! ……あ、じゃあ日下部さん。せっかくだから、東京に行っていいですか?」
『……はい?』
日下部の声が、ワントーン裏返った。
「いや、せっかく地球に来たんだし、上空から東京の夜景とか見下ろしてみたいなーって。光学迷彩がどれくらい都市部で通用するかのテストにもなりますし! 首都の真上を飛んでみてもいいですか?」
『流石にバレるんじゃないんですか!?』
日下部は、モニターに向かって悲鳴のような声を上げた。
『全長3キロですよ!? 海の上ならともかく、人口数千万人が密集する世界最大のメガロポリスの真上です! 万が一、迷彩の処理落ち(ラグ)が発生したり、太陽の光の反射角がおかしくなったりしたら、下から見上げている何万人もの人間に目撃されますよ!』
「大丈夫ですって! 俺の組んだアルゴリズムは完璧です。環境光の補正はコンマ数ミリ秒で完了しますから、下から見上げても絶対に青空か星空にしか見えません!」
『……』
「それに、もしバレそうになったら、秒速250キロでパッと別の所に移動するんで。そしたら誰も追いつけませんし、写真に撮られる暇もありませんよ。ね、いいでしょ?」
日下部は、胃の腑が握り潰されるような痛みに耐えながら、目を閉じて深く考え込んだ。
この男は「テスト」と言い出したら聞かない。それに、都市部での完全ステルス運用が可能かどうかを実証しておくことは、今後の安全保障上、有益なデータになるのも事実だ。
『……分かりました。バレそうになったら、即座に別の場所……人のいない太平洋の真ん中へ移動する。それを絶対条件とするなら、許可します。良いですね?』
「やった! ありがとうございます! じゃあ東京に出発!」
創一がコンソールを弾く。
音もなく、そして一切の空気抵抗を生むことなく、ヤタガラス2号艦は房総半島沖から東京の中心部へと滑るように移動を開始した。
◇
東京都心部。新宿の上空およそ5000メートル。
ヤタガラス2号艦は、圧倒的な巨体を横たえながら、ピタリと空中に静止していた。
艦の底面には、上空の青空と雲が完璧に投影されており、地上から見上げる人々にとっては、普段と変わらない見慣れた東京の空が広がっているだけである。
「うおおお! 絶景ですね! 新宿のビル群がミニチュアみたいだ!」
司令室の窓に張り付き、創一は下界の景色を堪能していた。
大都会の喧騒は重力制御シールドによって完全に遮断され、司令室の中は静まり返っている。眼下には、毛細血管のように走る道路と、そこを流れる無数の車のライト。そして林立する摩天楼の灯りが、まるで宝石箱をひっくり返したように輝いている。
ヤタガラスは、そのまま数日間、東京上空や関東平野の周辺をウロウロと滞空し続けた。
光学迷彩の性能は、創一の豪語した通り見事なものであった。太陽の角度が変わろうが、夜のネオンの光が下から照らし出そうが、船体の表面は周囲の景色と完全に同化し、肉眼でその輪郭を捉えることは不可能だった。
自衛隊のレーダーも、羽田空港の航空管制レーダーも、上空に鎮座する全長3キロの異物に全く気づかず、旅客機はヤタガラスの遥か下方を呑気に飛び交っていた。
「ほら、言った通りでしょう? ギリギリまで下げてみても、全然バレないですよ!」
創一は、ホットラインを繋ぎっぱなしにしている日下部に向かって、得意げに笑いかけた。
『……確かに、目視や電波での探知は完璧に防げているようですが。……工藤さん。やはり、物理法則の全てを誤魔化すことは不可能なようです』
日下部の声は、どこか疲労の色を濃くしていた。
彼はタブレットを操作し、地球側のインターネット、特に日本のSNS『X(Twitter)』やオカルト掲示板のタイムラインを、創一のモニターに転送した。
『カモフラージュ自体は完璧ですが……その巨大な「質量」が及ぼす副次的な影響によって、違和感に気付き始める者が出始めています』
転送された画面には、ここ数日、関東圏のユーザーたちによって書き込まれた、奇妙な「ネタ投稿」の数々が並んでいた。
@Sky_Watcher_Tokyo
なんか、今日の新宿上空の雲、おかしくない?
風が結構強いのに、あのぽっかり空いた空間だけ、雲が全然入っていかないというか、見えない壁にぶつかって避けてるみたいに見えるんだけど。
@Weather_Nerd_99
それ俺も思った! 昨日から関東の上空だけ、局地的な気圧配置がおかしいんだよ。
高層ビルのビル風とは違う、上空何千メートルかで巨大な障害物があるような空気の乱れ(タービュランス)が発生してる。気象庁の雨雲レーダーのドップラーエコーにも、謎の空白地帯ができてるし。
@Bird_Lover_Club
今日、皇居周辺でバードウォッチングしてたんだけど。
渡り鳥の群れが、何もない空の途中で急にパニックになったみたいに進路を変えて迂回していった。
まるで空中に『透明な巨大な山』でもあるみたいに。……気味が悪い。
@Toshi_Densetsu_Bot
【噂】東京の上空に、政府が隠している巨大な透明のUFOが浮いている説。
最近、都心で急に太陽の光が遮られて日陰になる瞬間があるらしい(雲の形とは違う直線の影)。
俺たちは見えない壁の下で飼われているのか?
次々とスクロールされていく書き込み。
中には、スマートフォンのカメラで空を撮影し、「画像のコントラストを極限まで上げると、空のピクセルが不自然に歪んでいる(迷彩の処理遅延による微細なノイズ)」と指摘する特定班まで現れ始めていた。
「うーん……すごいですね、地球のネット民の観察眼は」
創一は、感心したように腕を組んだ。
「光学迷彩で光を曲げて見えなくしてはいますけど、船体が存在することで風の流れが変わったり、気圧が変化したりする『物理的な影響』までは消しきれませんからね。
3キロの鉄の塊が空にあれば、そりゃあ空気の流れも鳥の飛ぶルートも変わりますよ」
『感心している場合ですか』
日下部が、頭を抱えながら言った。
『今はまだ「なーんか近辺の空に何かあるんじゃない?」という都市伝説やネタ投稿のレベルで収まっていますが、これ以上長居すれば、いずれ気象学者や航空力学の専門家たちが本気で検証を始めますよ。
そうなれば、見えなくても「そこに質量が存在する」ことは科学的に証明されてしまいます』
「まだバレてませんよ! 決定的証拠はないんですから!」
創一はなおも食い下がったが、日下部の声は冷徹だった。
『でも、そろそろ危なそうですね。これ以上、東京上空で目立つ行動を続けるのはリスクが高すぎます。
……移動しますか?』
日下部の言葉は提案の形をとっていたが、実質的には「早くどっかに行け」という懇願に近い命令であった。
「……そうですね。せっかくのステルス機能も、物理現象の矛盾でバレちゃあ元も子もない。さっさと移動させて下さいってことですね。了解です!」
創一も、これ以上の滞在は面白くない騒ぎを引き起こすと判断し、あっさりと引き下がった。
「イヴ、座標変更。とりあえず、日本列島の東の海上、太平洋のど真ん中へジャンプだ。あそこなら誰も空なんて見上げてないだろうし、風がどうなろうと気にする奴はいない」
『了解しました。位相空間ジャンプ、実行します』
新宿の上空に浮かんでいた不可視の巨体は、誰の目にも触れることなく、再び音もなく空間を跳躍し、絶海の太平洋上空へと姿を消した。
後に残されたのは、不自然に乱れた雲の形と、ネット上の「見えないUFO」という新たな都市伝説の種だけであった。
◇
数時間後。
東京都千代田区永田町。首相官邸地下5階、『特別情報分析室』。
日下部参事官は、いつものように手元のコンソールで『位相干渉装置』をオンにし、部屋を完全な密室空間へと移行させた。
円卓を囲む副島総理、防衛大臣、そして各情報機関のトップたちの顔には、安堵と、それを上回る底知れぬ疲労感が張り付いていた。
「……というわけで、工藤氏の『ヤタガラス2号艦』は、無事に東京上空から退避し、現在は太平洋の洋上にて待機・テスト航行を継続しております」
日下部の報告に、会議室全体から深く長い溜め息が漏れた。
「正直、バレるかと思いましたよ……」
防衛大臣が、額の冷や汗をハンカチで拭いながら呻いた。
「全長3キロの空飛ぶ都市だぞ? それが数日間も首都の真上に浮いていたというのに、自衛隊の防空網もアメリカの監視衛星も、全く何の警報も発さなかった。
……恐ろしいステルス性能だ。光学迷彩とジャミングが完璧に機能している証拠とはいえ、生きた心地がしなかった」
「ええ。まあ、誰も空に全長3キロの戦艦が浮いているだなんて、常識的に考えませんからね。人間の脳は、あり得ないものを認識から除外する傾向にあります」
日下部は、手元のタブレットでネットの反応をスクロールさせながら応じた。
「一応、目撃情報として『雲の形が同じ場所でずっと固定されている』とか、『空が歪んで見えた』といった投稿が出てはいますが……。
せいぜいその程度ですね。今のところは、熱心な陰謀論者たちが『気象兵器の実験だ』とか『UFOだ』と騒いでいるだけで、主要メディアが取り上げるような事態には至っていません。
我々が適当な気象現象——例えば『上空の特殊な温度逆転層による蜃気楼現象』とでも公式発表して火消しをしておけば、すぐに忘れ去られるでしょう」
「……見えないからといって、油断はできんな」
副島総理が、腕を組みながら重々しく言った。
「まあ、日本近辺の洋上にいる分には良いんじゃないか?
有事の際には、一瞬で日本を守るための『見えない盾』として機能させることができる。いざという時の避難用としても、あれ以上の箱舟はない。
だが……あのオーバーテクノロジーが、地球の環境下でどこまで通用するのか、我々としても正確に把握しておく必要があるな」
「ええ。工藤氏も同じ意見です。
『とりあえず地球で色々試してみますか』と、彼は非常に前向きにテストを続ける意向を示しています」
日下部の言葉に、情報官が眉をひそめた。
「色々試す、ですか。
例えば、他国の領海や領空に侵入しても、本当にバレないのかどうか……とかですか?」
「そうです。それを検証してみるか、と。
……もちろん、日本政府の所有物として行えば明確な国際法違反であり、万が一バレた時に取り返しがつきませんが。
『あれは日本政府の所有物じゃない(工藤氏の私物である)から、そこら辺の法律は無視しても大丈夫ですね!』と、彼は独自の理論で勝手に他国の上空へお散歩に行く気満々です」
「……恐ろしい男だ」
防衛大臣が呆れ果てたように天を仰いだ。
全長3キロの質量兵器が、所有者不明の「私物」として、アメリカや中国、ロシアの上空を勝手に飛び回る。
それがどれほど異常な事態であるか、開発者本人は全く理解していないのだ。
「どこまでオーバーテクノロジーが通じるか調べる必要があります、と彼は言っていますが……。
しかし、懸念もあります」
日下部は、再びタブレットの画面を切り替え、地球の重力分布図と気象衛星のデータをスクリーンに投影した。
「流石に、光学迷彩で姿を消せたとしても、3キロの質量が上空を移動すれば、微細な『重力異常』が発生します。
アメリカや中国の最新鋭の軍事衛星が、地表の重力分布図を詳細に解析した場合、空中に『見えない巨大な質量』が存在することに気づき、バレるんでしょうか?」
「……可能性はゼロではないな」
情報官が慎重に答える。
「さらに、彼自身も言っていましたが、天候次第でバレますね。
例えば、大雨や雪が降っている中を移動すれば、ヤタガラスの船体に雨や雪がぶつかり、その巨大なシルエットが『水しぶきや雪の積もった見えない壁』として空中に浮かび上がってしまいます。
濃霧の中を通れば、霧が不自然に切り裂かれる軌跡が残る。
……物理的な干渉を完全に消すことは、光学迷彩では不可能です」
「まあ、天気が良い日に運用することにしますか……」
副島総理が、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
全天候型の無敵の要塞かと思いきや、「雨が降ったらバレるからお休み」という、なんともマヌケな弱点を抱えているのだ。
だが、それでもその戦略的価値は計り知れない。
「では、ヤタガラス2号艦は、引き続き地球で運用し、様々な環境下でのテストを継続するということで……」
日下部が、会議の結論をまとめる。
「工藤氏には、『絶対に姿を見せないこと』『悪天候時は高度を上げるか宇宙空間へ退避すること』を厳命しておきます。
……我々は、あの見えない巨人が地球の空で暴走しないよう、首の皮一枚で手綱を握り続けるしかありません」
会議室の重い扉が閉ざされた後も、官僚たちの心には、見えない巨大な剣が頭上にぶら下がっているような薄ら寒い感覚が残っていた。
極東の島国の地下で、世界の権力者たちが血眼になって情報戦を繰り広げているその遥か上空で。
一人の工場長が作り上げた天空の箱舟は、悠然と、そして無邪気に、地球という青い星の空を漂い続けているのだった。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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