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第1話 宅急便で届いた産業革命

 午前二時四十五分。首都高沿いの古いマンションの一室で、重たい鉄の扉が閉まる音が響いた。


「……ただいま」


 誰もいない暗い玄関に、工藤創一(くどう そういち)の声が虚しく吸い込まれる。

 靴を脱ぐ気力さえ湧かず、彼はそのまま上がり框に腰を下ろした。

 革靴のつま先は泥と油で薄汚れ、安物のスーツは満員電車の湿気を吸って重い。


 三十代半ば。職種はシステムエンジニア。

 より正確に言えば、誰が作ったかも分からない継ぎ接ぎだらけのレガシーシステムの「運用保守(メンテナンス)」が現在の彼の肩書きだった。

 創造性など欠片もない。来る日も来る日も、エラーログを追いかけ、メモリリークの穴を塞ぎ、理不尽な仕様変更に頭を下げる日々。


「……腹減ったな」


 コンビニのビニール袋には、温め損ねたパスタと発泡酒。

 ため息をつきながらネクタイを緩め、ようやく立ち上がろうとした時だった。

 視界の端に見慣れない箱が鎮座しているのに気づいたのは。


「ん? 何か頼んだか……?」


 記憶にない。Amazonの履歴を見ても何もない。

 それは一辺が三十センチほどの何の変哲もない段ボール箱だった。だが、妙に存在感がある。

 宛名は確かに『工藤 創一 様』。

 そして送り主の欄には、ふざけたフォントでこう印字されていた。


『From: 賢者・猫とKAMI』


「なんだこれ。新手の詐欺か? それとも同期の悪戯か……?」


 不審に思いつつも、カッターナイフでテープを切り裂く。

 箱の中には緩衝材すら入っていなかった。

 ただ一つ。鈍い銀色の光を放つ金属製の立方体(キューブ)が、空間を切り取ったかのように収まっていた。


 サイズは手のひらに乗る程度。だが、その表面には見たこともない微細な幾何学模様――まるで回路図のような溝――がびっしりと刻まれている。


「オブジェ……か? にしては継ぎ目がないな」


 工芸品のような美しさに惹かれ、創一は無意識に手を伸ばしていた。

 指先が冷たい金属の表面に触れた、その瞬間。


『——生体電位検出』


 頭の中に無機質な女性の声が響いた。

 耳からではない。脳髄に直接データを流し込まれるような強烈な違和感。


「うわっ!?」


 反射的に手を引っ込めようとしたが遅かった。

 キューブが水銀のように融解し、生き物のように創一の右手へと這い上がってきたのだ。

 銀色の液体は皮膚の毛穴から侵入し、神経系へと潜り込む。痛みはない。

 ただ、熱い情報の奔流が血管を駆け巡る感覚だけがあった。


『ユーザー認証:工藤 創一(Engineer)』

『権限レベル:管理者(Admin)』

『システム同期率……100%。セットアップを開始します』


「ななんだこれ……! 目に文字が……!」


 創一はパニックになりながら自分の右手を握りしめた。

 だが現象は止まらない。

 彼の視界――網膜の上に鮮やかなオレンジ色のグリッドと半透明のウィンドウが次々と展開されていく。


 それは彼が仕事で見飽きたコンソール画面にも似ていたが、洗練の度合いが違った。


[SYSTEM READY]

[拡張現実(AR)インターフェース:オンライン]

[インベントリ空間:接続完了]


「AR……? いやコンタクトなんてしてないぞ」


 壁を見ても自分の手を見ても、そのUIユーザーインターフェースは追従してくる。

 右下の視界の隅には空っぽの四角いスロットが並んでいる。

 左上には現在の時刻とバイタルサイン。

 まるでFPSゲームの画面だ。


 混乱する創一の目の前に一際大きなウィンドウがポップアップした。

 警告音と共に表示されたのは最初の「命令」だった。


[MAIN QUEST: Hello, New World]


指令: ゲート・キューブを展開し、ポータルを開放せよ。

目標: 未知の領域への到達。

報酬: 携帯型惑星スキャナー、基礎採掘機セット


「クエスト……? ゲートを開けってどこに」


 創一の右手が勝手に動いた。

 意識したわけではない。脳が「こうすれば機能する」と理解させられたのだ。

 彼は震える手で何もない空間に向かって指を滑らせた。

 スマートフォンのロックを解除するような何気ない動作。


ブゥンッ……


 空気が悲鳴を上げた。

 狭いワンルームマンションのテレビとローテーブルの間の空間が縦に裂けた。

 そこにあるはずの壁紙もカレンダーも断ち切られ、漆黒の渦が口を開ける。


 次元の裂け目。事象の境界線。

 そこから吹き込んできたのはカビ臭い部屋の空気とは対照的な、鼻を突くような土の匂いと微かなオゾン臭だった。


「マジかよ……」


 創一は絶句した。

 これはVRでも夢でもない。

 頬を撫でる風の冷たさが圧倒的な現実感を伴って彼を打ちのめしていた。


 裂け目の向こうには夕暮れとも夜明けともつかない紫がかった空が見える。


『行け』と本能が囁いていた。

 今の生活に未練があるか?

 明日もまた満員電車に揺られ、終わらないバグ潰しと謝罪の巡回に戻るのか?


「……馬鹿げてる。本当に馬鹿げてるけどな」


 創一は苦笑し、コンビニ袋を放り投げた。

 ネクタイを乱暴に引き抜き、床に叩きつける。

 そして革靴のまま、その黒い渦へと足を踏み入れた。


 視界がホワイトアウトし、瞬きの間に世界が反転した。


「……!」


 足裏に伝わる感触がフローリングから柔らかい土へと変わる。

 目を開けると、そこは荒野だった。

 見渡す限りの荒野。空は淡い紫色に染まり、地平線の彼方には地球の植生とは明らかに異なる不気味に捻じれた木々、紫色の葉を茂らせた植物群が群生している。

 重力は地球とほぼ同じか、わずかに軽い。空気は澄んでいるが、どこか鉄錆のような味が混じっている。


『エリア移動を確認:惑星 [Terra Nova]』

『クエスト達成。報酬を受け取ります』


 システム音声と共に虚空からゴトッと重たい音が響いた。

 足元に転がったのは武骨な端末と、いくつかの工具。


「これが報酬……」


 創一は端末を拾い上げた。『携帯型惑星スキャナー』と表示されている。

 トリガーを引くと扇状のレーザーが前方の荒野を薙ぎ払った。


 その瞬間、彼の視界が「解析モード」に切り替わる。

 ただの風景だった荒野に無数のグリッド線と数値がオーバーレイされた。


[資源反応を検出]

鉄鉱石 (Iron Ore): 埋蔵量 4.8M - 純度 100%

石炭 (Coal): 埋蔵量 2.1M

銅鉱石 (Copper Ore): 埋蔵量 1.5M

石 (Stone): 埋蔵量 3.2M


「4.8メガ……480万トンだと?」


 創一は息を呑んだ。

 目の前に広がっている灰色の岩場。それがただの岩ではなく、すべて高純度の鉄鉱石の塊だというのか。

 地球ならこれだけの鉱脈が見つかれば国家間で戦争が起きるレベルだ。

 それがここでは足の踏み場もないほどに転がっている。


「宝の山なんてレベルじゃない。ここは……」


『新規クエスト発生』


[QUEST: Burner Age]


指令: 資源を採取し、最初の自動化設備を稼働させよ。

目標: 燃料式掘削機 (Burner Mining Drill) の設置。

ヒント: 手作業でのクラフト機能が有効化されています。


「クラフト機能……?」


 創一は足元の「石」を拾おうとした。

 拳大の石に触れた瞬間、それが光の粒子となって崩壊し、手のひらに吸い込まれた。

 驚いてUIの「インベントリ」タブを確認すると、そこに【石 x1】というアイコンが増えている。


「物質をデータ化して収納しているのか。……ならこれならどうだ」


 彼は近くの巨大な岩に向かい、掘ると意識したら出てきたつるはしを振り下ろした。

 カキンッ! という高い音と共に岩にひびが入る。二度三度。

 現実の肉体労働なら数分でバテるところだが、不思議と疲れを感じない。

 ツールが岩に当たるたび、プログレスバーのようなゲージが進み、岩が砕け散る。


 数分後には彼のインベントリには【石 x20】と【石炭 x15】が収まっていた。


「作れる……!」


 UIの「製作(Crafting)」タブを開く。

 そこには現在の素材で作れるアイテムの設計図が明るく表示されていた。『石の炉(Stone Furnace)』。

 彼は迷わずそれを選択する。


 脳内で「組み立てる」と念じた瞬間、インベントリ内の石が消費され、手元で光が収束する。

 数秒という信じられない短さで彼の両手にはずっしりと重い石造りの炉が抱えられていた。


「魔法かよ。いや超高度な3Dプリンタの極致か」


 地面に『石の炉』を設置する。

 続けてクエスト報酬で得ていた『燃料式掘削機』のカードを実体化させた。


 それは大人の背丈ほどもある巨大な鋼鉄のドリルだった。

 先端の螺旋構造は凶悪なほど鋭く、上部には黒い排気筒が突き出ている。

 洗練された未来ガジェットではない。油と煤の匂いがしそうな無骨で暴力的な「産業機械」だ。


 創一は鉄鉱脈の上にドリルを設置した。

 位置を微調整するとゴースト(設置予定図)が実体に変わる。

 ズシンと大地が沈むような重量感。


「あとは燃料か」


 採掘したばかりの『石炭』をドリルの燃料スロットに放り込む。

 一瞬の静寂。

 そして——。


ボッ!!


 排気筒から黒煙が噴き出した。

 内部の燃焼機関が唸りを上げ、巨大なドリルが回転を始める。


ガガガガガガガッ!!


 静寂だった荒野に暴力的な掘削音が轟いた。

 大地が悲鳴を上げ、硬い岩盤が豆腐のように削り取られていく。

 ドリルの排出口から砕かれた鉄鉱石がボロボロと吐き出され、目の前に積み上がっていく。


 創一は何もしなくていい。

 ただ見ているだけでドリルは永遠に動き続け、富を生み出し続ける。


「すごい……」


 運用保守の仕事で彼はいつも「システムに使われて」きた。

 エラーが出れば呼び出され、機械の機嫌を伺い、謝罪する。

 だが今は違う。

 この機械は俺の意思で動き、俺のために成果を上げている。


 心地よい振動が足裏から伝わってくる。

 黒煙すらも頼もしい狼煙に見えた。


 その時、UIのメニューアイコンが一際強く明滅した。『テクノロジー』というタブだ。


「そうだな。ドリル一台じゃ足りない。

 もっと効率よく、もっと大規模にするには……研究が必要だ」


 創一は軽い気持ちでそのタブを開いた。

 ゲームなら次は「ベルトコンベア」か「インサータ」あたりが解禁されるはずだ。

 だが。


 展開されたホログラム・ツリーを見た瞬間、彼の思考は凍りついた。


「……は?」


 視界を埋め尽くす膨大なアイコンの羅列。

 左端にある『基礎自動化』や『物流学』はいい。想定内だ。

 だがツリーを右へスクロールさせても、させても、終わりが見えない。


『鋼鉄加工』『流体処理』『プラスチック製造』。

『高度電子回路』『モジュール装甲』『核分裂エネルギー』。

さらにその先には見たこともない禍々しいアイコンが並んでいる。


『ロケットサイロ』——ここまでは知っている。

 だがその先があった。

『軌道エレベーター』

『惑星間航行』

『対バイター用生物兵器』

『反物質リアクター』

『深宇宙探査データ解析』

『時空歪曲ビーコン』


 スクロールバーは針の先ほどに小さくなっていた。

 これはただの技術ツリーではない。

 石器時代から恒星間文明に至るまでの人類の全科学史だ。


 それをたった一人で?

 この何もない荒野から石と木だけで宇宙へ飛び出し、銀河を征服するまで?


「……正気かよ」


 創一の口から乾いた笑いが漏れた。

 それはあまりの絶望的な作業量に対する恐怖だったかもしれない。

 だが彼の瞳は暗闇の中でディスプレイを見つめる子供のように輝いていた。


 運用保守(メンテナンス)は終わりだ。

 これからは開発(デベロップメント)の時間だ。


「上等じゃないか。全部アンロックしてやるよ」


 創一は震える指で、最初の一歩となる『自動化技術(Automation)』の研究ボタンを押した。

 夕闇に包まれる惑星テラ・ノヴァ。

 たった一台のドリルの轟音が、これから始まる惑星全土の工場化への号砲として高らかに響き渡っていた。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
日本語としておかしなところと、小説の文章として適切ではないところが結構あるなと思った。
鉄鉱石 (Iron Ore): 埋蔵量 4.8M - 純度 100% 石炭 (Coal): 埋蔵量 2.1M 銅鉱石 (Copper Ore): 埋蔵量 1.5M 石 (Stone): 埋蔵量 3.2…
新作に乗り込め〜!! ・・・ココでもクロネコか!! ヤマト運輸「風評被害に断固抗議するにゃ!!」 シムアースとかシムシビライゼーションとか・・・?
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