最初の5つ
「じゃあ次は――スキルを決めよう!」
妖精のナビAIが指を鳴らすと、白い空間に大きなパネルが浮かび上がった。
文字は読みやすい。項目も見やすい。……でも、情報量は容赦がない。
パネルの上部に、いちばん大事そうな一文が鎮座している。
『初期スキル選択:最大5つ』
その少し下、隅っこに小さな注意書きも見えた。
『※初期スキルはチュートリアル特典として付与されます』
「五つ……」
多いようで少ない。
“最初の選択”という響きが、やけに重く聞こえる。
ヒヨが固まっていると、ナビAIはにこっと笑った。
「スキルの説明、いる?」
「……お願いします。」
「おっけー! じゃあ簡単にね」
ナビAIはパネルの横に立ち、先生みたいな口調になる。
「スキルは行動に応じて入手できるんだけど、使うには“メインスロット”にセットしないといけない。メインスロットに入ってないスキルは、使おうと思っても使えないよ」
「メインスロット……?」
「うん。最初にセットできる数は10個まで。でもスロット自体を増やす方法もあるから、探してみてね」
ナビAIは指で空中をなぞり、パネルの端に新しい項目を表示した。
「それと、スキルにはLvとランクがある」
『ランク:初級 → 下級 → 中級 → 上級』
「Lvは、そのスキルに関係する行動で上がる。上がるほど効果が少しずつ伸びて、扱いが上手くなる。技が増えるっていうより、同じことが綺麗にできるようになる感じだね」
ヒヨは画面を見つめたまま頷く。
「じゃあ、ランクは?」
「ランクアップは、スキルポイント(SP)を使う」
小さな表示が開く。
『所持SP:0』
「SPは、いろんな行動やスキルのLvを上げると手に入る。
そして、Lvを一定まで育てたスキルにSPを払うと、初級→下級みたいにランクが上がる」
「育てて、払って、上げる……」
「そう。だから何にSPを使うかが、その人の色になる。全部を上げるのは大変だから、好きなものに注ぎ込むと強みが出るよ」
ナビAIはぱっと表情を戻して、軽く手を叩いた。
「あと、スロットの付け替えは街の中なら自由にできるよ。試したり、組み替えたり、いろいろやってみて」
「街の中なら……」
「うん。だから冒険に出る前に、今日はこれで行こうって決める感じ」
ヒヨの顔が少しだけ明るくなる。
一度選んだら取り返しがつかない、みたいな恐怖が薄れた。
「ここで選んだスキルは、最初から使えるようにセットされるよ。まず、決めてるのある?」
「……テイムは取りたいです」
言った瞬間、胸が少し軽くなった。目的があると、選択は怖くなくなる。
ナビAIはぱっと表情を明るくする。
「いいね! テイムは、魔物や動物と契約して仲間にできるスキルだよ」
ヒヨは全力で頷いた。
「はい。もふもふしたいので」
「理由がまっすぐ!」
テイムにチェックが入る。
『習得済み:1/5』
ナビAIが指先でパネルをつつく。
「次、僕のおすすめを言ってもいい?」
「お願いします!」
「鑑定。これは便利だよ。相手の名前とか、アイテムの情報とか、見える範囲で分かる」
「それ、絶対いるやつですね」
「でしょ?」
鑑定にもチェックが入る。
『習得済み:2/5』
残り三枠。
ヒヨの視線は戦闘系のスキル名にも一瞬触れる。派手で強そうで、なんとなく“正解”っぽい。
でも、胸がわくわくしない。
ヒヨが欲しいのは戦闘じゃない。
もふもふだ。
「……あの、農業ってありますか?」
その瞬間、ナビAIが完全に止まった。
妖精の姿が固まったまま、まばたきだけが一回、遅れて落ちる。
「……ある、よ」
「それ、取りたいです」
「えっ」
ナビAIは空中で一歩、後ずさった。
「ま、待って。初期で農業って……本気?」
ヒヨはきょとんとして頷く。
「はい」
ナビAIは頭を抱えるような仕草をして、半笑いで言った。
「このゲーム、今日が正式サービス初日だよね? みんな、討伐!攻略!レア装備!ってテンションなんだ。だから農業は……その……」
言葉を選んでいるのが分かる。
そして選びきれなかったらしく、正直に言った。
「予約者アンケの初期で取りたいスキルランキング、農業は最下位付近。先行体験会でも、選んだ人はほとんど見なかった」
「そんなに……?」
「うん。だから、初期で取る人がいたら変わり者って言われるレベル」
ヒヨは少し考えて、それから真顔で言った。
「でも、私には必要です。もふもふにごはんあげたいので」
ナビAIは一拍、黙った。
次の瞬間、ふっと笑って肩の力を抜いた。
「……なるほど。君、ブレないね」
農業にチェックが入る。
『習得済み:3/5』
残り二枠。
ヒヨは画面をスクロールしながら尋ねた。
「えっと……採集って何ができますか?」
「採集は、草や木の実、キノコ、薬草みたいな素材を見つけやすくなる。あと、良いものを見分けやすくなるね」
森。木の実。
近づいてくる小動物。
そして、撫でられる。
「採集、取ります」
採集にチェック。
『習得済み:4/5』
最後の一枠。
ヒヨは少しだけ迷って、でもすぐに決めた。
「……料理って、ありますか?」
ナビAIはぱっと表情を明るくした。
「あるよ。食材を加工して料理にできるスキル。趣味で取る人もいるし、取らない人もいる。今は空腹ゲージもないから、必須ではないかな」
ヒヨは少し考えて、すぐ頷いた。
「じゃあ料理にします。もふもふに美味しいの作りたいです」
「いいね。そういう遊び方、好きだよ」
料理にチェック。
『習得済み:5/5』
ナビAIがぱちん、と指を鳴らした。
「決定だね! テイム、鑑定、農業、採集、料理。うん、すごく君らしいセットだと思う」
「……そうですか?」
「うん。生活を楽しむ準備ができてる。君、絶対迷子になっても楽しめるタイプ」
迷子は嫌だ。
でも、楽しめると言われると少し安心する。ヒヨは小さく笑った。
ナビAIはくるりと宙で一回転して、楽しそうに言った。
「じゃあ、これで初期設定は完了! 次はいよいよ最初の街に送るよ」
「えっ、もうですか?」
「もうだよ。設定は終わり。あとは君が歩く番」
ナビAIはそこで一拍置き、ぱん、と手を叩いた。
ヒヨの視界に、小さなチェックリストが浮かぶ。
「転送前に、注意事項だけ!」
『・街の中は安全区域(戦闘不可)
・街の外は危険区域(自己責任)
・スキルの付け替えは街の中で可能
・NPCへの迷惑行為はペナルティ対象』
ナビAIは最後の一行を、わざとゆっくり読み上げた。
「それと、ここはいちばん大事」
妖精の笑顔が、ほんの少しだけ真面目になる。
「NPCを、道具みたいに扱わないで。彼らはただの飾りじゃない。ちゃんと一人の人間として接してね」
ヒヨは思わず背筋を伸ばした。
「……はい」
ナビAIは満足そうに頷いた。
「ミスリア・オンラインへ、ようこそ。ヒヨ」
その瞬間。
白い空間が、さらに白くなった。
光が足元から湧き上がる。
まるで泡みたいに、体の輪郭をさらっていく。
ふわり、と重力が薄くなって、心臓だけがはっきり鳴る。
「わ、わ……っ」
言葉にならない声が漏れた。
光に包まれる直前、ナビAIの声が、耳元で囁く。
「よい旅を」
そして。
ヒヨの視界は、真っ白に溶けた。




