第三章 09 『酒場③』
グレイによる甘やかしタイムが終了し、次から次へと波のように押しかける料理を三人と一匹のペットがすぐに平らげていく。
あのよく分からない甘やかしイベントが終了した後も四人は色々な話題で盛り上がり、酒場の端の卓で行われていた小さな宴は更なる熱を帯びている。ロジェ達の卓の上には、既に異常としか言いようのない量のジョッキが積み上がっていた。
「――っはー! よっしゃあ、これで25杯目ぇ! グレイちゃん、まっだまだいけんでしぉ? 負けた方がこの酒場の金を払うルールだし、もっと楽しませてよ! 」
「おれを舐めんじゃねぇぞ! なんだかんだ毎回飲み比べは負けてっけど、今日こそは俺が買ってお前に全部払わせっから! 覚悟しどよ! 」
そう。現在天狗と吸血鬼による『黄昏時のエール』というこの店で最も度数の高いアルコールを使った飲み比べ対決が大盛り上がりしているのであった。
二人とも極度の負けず嫌いなので、酒場に行くとこれをやってどっちが金を払うのか競っている傾向にある。(そしてお金はロジェが立て替えて後日二人から『等分』で回収するまでがお約束)
ルールは簡単で先にギブアップした方が負けである。これはいつもの恒例行事なのでもはや突っ込む気力も止める気もない。
「二人ともほんっと豪快に飲むわねぇ.....遠くからでも感じる酒気の匂いもすごいし、私ならそれ3杯くらいでギブアップしそうなんだけど、お酒に強すぎない? 」
「いやいや。この程度なら僕達はよゆーだから! こんなんでへばってちゃぁ、ロジェちゃんの事を完璧に守ってられないもん! だよねー! グレイちゃん! 」
「この勝負とその件は関係ねえけど、勝負に負けるのは俺の中にあるプライドが許さねぇんだ。喧嘩を売られたら全力で買うのが男だし、このまま負け続ける訳にはいかれぇ! 」
そう言いながらグレイがジョッキ一杯を一気飲みする。これで二人ともこの勝負だけで合計で50杯は飲んだ事になる。立ち会う度に思うが、勝負をするにしてもこれはやりすぎだ。
これが異常過ぎるのか知らないが、周りにいる冒険者のほとんどがこっちに注目しているし、中には勝手に賭けをしている者もいるように見える。オマケに物を持ってくる度に店員さんが「飲み比べ頑張ってくださいね。ファイトー! 」とニコニコしながら二人に火をつけてくる始末である。ここにいる人達、みんなノリが良すぎない?
全員認識阻害アイテムは起動しているので多少暴れても余計な事はバレないと思うが、ここまで来れば勝負がどうなるのかロジェも気になる。なんせ今まで行われてきた300戦のうち199回はあーるんが勝ってるので、これで勝てば200勝目になる注目試合でもあるからだ。(ちなみにグレイが勝った回数は101回)
「ほらほらぁ。勢いが落ちてきてるよグレイちゃぁん! ちなみに、僕に酔いが回る薬を盛って負けさせようとしてるのはバレてっから無駄だよ。それは自分でちゃんと処理してね! 僕は絶対飲まないから! 」
そう言って薬を盛られているであろうジョッキをグレイに無理やり押し付け、あーるんは何も盛られていない方のジョッキを飲み干した。
「はぁ......どうしても勝ちたいからって薬盛るのはどうなのよ......。あーるんの観察力は異常ってあなたも分かってるでしょ? 」
「そんな事は分かってるつーの。だが、今回はいつも通りとはいかねぇぞ。俺だって学ばないわけじゃねえんだからな。こうなることも分かった上でやってんだよこっちは! 」
そう言ってグレイが一つのポーションを見せてくる。ラベルを見ると酔い醒ましと書いてあるように見える。名前通りの薬だとしたら完全に不正だし、大人げない.....。
「はぁぁぁ!? グレイちゃんそれズルくない! そんなのガチ不正じゃんっ!!! 酔い醒ましは反則だってぇ! ロジェちゃんもそう思うでしょ? こんなの無条件で僕の勝ちだよね! ねーねー! 」
「いやいや俺はわざわざ飲む選択肢を与えてやったろ? 確かにこの飲み比べはルールは無いから薬盛っても咎められねぇけど、酔い醒ましを使っちゃいけないってルールは無いはずだ。だから断ったお前が悪い! ざまぁみやがれ! 」
――流石にそれは暴論なのでは....?確かにルールはないけどやりすぎだし、大人げない....。
けど、そこまでやってもなんかあーるんが勝ちそうな雰囲気だったので、ロジェはこう言ってやった。
「んー....まぁいいんじゃない? 勝率だってあーるんが圧勝してるんだからたまには勝たせてあげなさいよ。どうせグレイはそんな事しても勝てないんだし、結果は変わんないわよ」
それを聞きながら酔い醒ましの入ったジョッキを飲み干し、グレイは空のジョッキを机に叩きつけながら言う。
「はぁ!? おいロジェ、俺を舐めんなよ? 今日こそは俺が勝つんだからちゃんと見とけ! 301戦目は俺が勝ってぜってぇ見返してやるからなッ"! 」
「もー.....ロジェちゃんはグレイちゃんに惚れてるからってぇ――判断が甘い! そんなにあからさまな態度取っても気付いてくれないグレイちゃんは論外だけど、流石にこれはダメだもん。僕もグレイちゃんと同じくらい優しくしてくれなきゃ嫉妬しちゃうよ? 駄々こねちゃうぞっ! 」
――じゃあどうしろって言うのよこれ.....。君達はどっちの味方しても怒るでしょ。
そんな二人の熱戦を主食にロジェは飛龍の焼き串を一つずつ食べていく。隣にいるキルメに関してはこの中で誰よりも食べているので、姿が見えなくなるほど空いた皿が積み上がっていた。本当に猫なのに異常な食べっぷりである。
「お待たせいたしましたー。黄昏時のエール追加の30杯です! そろそろ2人とも限界ですか? 結構飲みましたけどまだまだ行けるでしょ? 行けますよね! 」
ジョッキを運ぶ女の店員さんの圧がすごい。この店員さんには体も細くて弱そうな見た目をしているというのに怖いと言う感情はないのだろうか? 私なら反撃されるのが怖くて絶対出来ないよ.....。
「お、きたきたぁ! 店員さんサンキュー! 僕達は余裕だから店員さんも見ててね? グレイちゃんもそう言ってるし。ちなみに酔い醒まし使っといて負けるとか論外だから! 絶対負けないでよ? 」
「あったりまえだ。今日こそは俺が勝つんだからな! 」
「ふふふっ。私もこっそり2人の戦いには注目していますから! 頑張ってくださいね。」
――なんかこの店員さん、怖い者知らずっぽいし、この戦いに巻き込んでやろうかな。というか私一人でこの酔っ払い共を捌き切れる気がしないし、助けて欲しい。
「すみません店員さん。この勝負ってどっちが勝つと思います? 勢いはどちらもありますけど、お姉さんの予想を聞いておきたいなー......と思いまして」
「...........え? 私の予想...? 」
私の質問を聞いた酔っ払い二人がグイグイ前に出始めた。相変わらずジョッキを片手にグビグビ飲み干しているが、期待されている方が知りたくなったらしい。
「ロジェちゃんナイス質問だね。僕もどっちが期待されてるか知りたかったんだー! 店員さんの予想も聞かせて欲しいな! 」
「俺もそれは聞きてぇな。まぁ俺は絶対負けねぇけど期待値を知った方が相手に圧を掛けれるから損はしねぇ。むしろお得だ」
「え? えーっと....」
店員さんがとても困っている。さっきまで余裕の笑みを浮かべていたのだが、その時の顔はどこに行ったのでしょうか? この困り顔だけでも可愛すぎるので食がよく進みそうだ。てかこのやたら味の濃いポテトと新鮮な野菜のコラボレーションが最高だし、意外と良い組み合わせを見つけちゃったかも。
「うーーーん.....私的にはそこのイケメンのお兄さんが勝ちそうかなー....と思いますよ。お兄さんとツテ取りた――何となく勝ちそうだなーと思ったので! 」
もしかしてこのお姉さん、グレイの事狙ってる?そんなとこで点数稼いでも無駄だよ。この男は恐らく女というのに全く興味無いし、生きてる女性よりも魔法生物とか見てる方が興奮してる変人だからね.....。
「よっしゃぁ! ほら見ろあーるん、やっぱり俺の方が掛けられてる倍率は高ぇんだよ! 」
「あ、あー...でもそちらの美人さんも負けないと思うので頑張ってくださいね!私は他の仕事もあるのでこの辺で......」
「もうグレイちゃんたらぁ。店員のお姉さんがそんな賭けに乗るわけないじゃん。ほら続きやるよ。ほら飲んだ飲んだ! 」
いや、グレイが勝つって言った瞬間にあーるんが強い覇気を感じさせるほど強く睨み付けてたせいで、店員さんが怖がってたよ。余計な小細工はやめてください.....。
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そして時は流れ、飲んだエールの数が合計150杯を超えた頃、ようやく試合に決着が着いた。
「はいー! ギブアップ宣言聞いたし、今日も僕の勝ちね! という事で今日の酒代はグレイちゃんって事で、対ありぃ! 」
「ちくしょう....お前さぁ、無駄にアルコールの耐性が高すぎんだよ。なんであれから追加で50杯飲んでそんなにピンピンしてんだ? 」
二人の終戦宣言を見て周りの卓から大きな拍手が巻き起こっている。どうやらこのお店の中にいる冒険者はほぼ全員がこの醜い戦いを見届けていたらしい。酒場の中でも端の方に居たはずなのに周りに人が集まってるのは不思議だね....
「ふふん。僕はさいきょーだからね! グレイちゃん如きが飲み比べで勝てるわけないもん! まぁ.....久しぶりにここまで飲んだから多少はフラフラするけどぉ、まだまだ飲めるよ僕は」
「相変わらずホント化け物みたいな会話ねあなた達は。完全に潰れる所も見て見たくなるくらいだわ。とりあえず200勝目おめでとうあーるん! 」
「きゃは! やったよロジェちゃんー! ようやく200勝目だし、ここまで長かったよー! 」
「!? ちょ! その場所から私の元に飛びかかってこないで! 」
何故か一番遠い位置に座っているあーるんがロジェの顔面に向かってジャンプし、抱きついてきた。嬉しかったのは分かるが、わざわざ机の上を飛び越えてまでこっちに飛んでくる必要、あった? 料理に被害がないからいいけど、そんな事したら危ないよ。
「やったよぉ、ここまで長かったけどようやく200回目の勝利だし僕嬉しぃー! 今なら高ランク冒険者も一瞬でぶっ殺せる気分! ロジェちゃんもやるでしょぉ? 」
「うーん...? そうだねぇ.......」
発言からして相当酔っ払っていることを確信したロジェは考える事を放棄し、脳死でうんうん頷きながら彼女の頭を撫でることにした。というか近くにいるだけで感じる酒気の匂いがヤバすぎる。そのせいで思考回路が乱されちゃうんだけど私はどうすれば良いのでしょうか。
「んゃぁ.......もっと褒めてロジェちゃぁん。褒めてくれれば褒めてくれるほど、ここにいる雑魚全員ぶっ殺しやすくなるからぁ....酔いが覚めたら周りの奴らも殺っても良いよねぇ? 」
「そっかそっかぁ....えらいえらい」
猫なのか? この子は猫なのか!? 私の真っ正面に座って胸元に顔を擦り付けてくるとか行動が完全にキルメと同じなんだけど.....
――まぁ実際問題、この子は猫みたいな可愛げがあるから、それで良いか。
そんなこんなで軽く現実逃避しながら猫みたいになっているあーるんを脳死で撫でていると、酒場の入口から軽い戦闘用の防具を着ている六人の団体客が入ってきた。
冒険者用の酒場とはいえ、基本的に武器や防具を揃えて入ってくるのは珍しい。なので軽いとはいえ防具を装備している彼らは珍しい部類の冒険者にカウントされるし、よく見ると誰かを探しているようにも見える。――誰だよあの人達に一体喧嘩売った奴は!
「ねぇあれって《氷嵐》のパーティじゃない?ここ初心者用の酒場なのになんで居るの? 」
「知らねぇよ。こんな場所にわざわざ来るとか、誰かがあいつらに喧嘩を売ったとかだろ。どこかの国を救ったって噂の英雄のパーティだし帝都に来てからも長い奴らが、こんな場所に来るなんて理由はそれしかないじゃないか」
近くの卓で話していた冒険者の会話を何とか耳で捉える。どうやら初心者向けの酒場に来るような弱い冒険者では無いらしい。英雄と噂されるくらいだし、相当強いのだろう。
――となれば、グレイ達が手を出さないか心配だなぁ。この酔っ払いは、強い奴らを見かけたらすぐ手が出るし、酔っ払ってるなら尚更騒ぎになるかもしれないし......。
そんなこんなでニコニコしながら現実逃避をしていると、その英雄様のパーティがこちらに向かって歩いてくる。隣の冒険者か? さっき英雄様の話をしていたこの冒険者達が喧嘩を売ったのか!?
すると、その英雄様のパーティのリーダーと思われる青髪で、大きな斧のような武器を背中に担いだ男がまっすぐロジェ達の方向へ向かって歩いてくる。自分達に絡んで来ない事を願いながらロジェはお茶を啜った。
見た目は巨漢でかなりの筋肉質な体だし、目つきも悪ければ、顔も怒った熊ような怖い顔をしていてとても怖い。昼間に見た鬼の形相をしているロッキーさんもかなり怖かったが、目の前の男も同じくらいの怖さがあるし、なにより目が合っただけで軽い寒気がする。
そしてそのリーダーと思わしき男がロジェ達の隣の卓に座っている冒険者達に対して口を開いた。
「おいそこの卓の者達。宴で盛り上がっている所悪いが五分でいい。一瞬で良いから席を貸してくれないか?すぐに終わらせる」
「へぇ...? おおおお俺達に何の用ですか?接点なんてありましたっけ.....? 」
その言葉を聞いて如何にも狙撃手と言わんばかりの弓や銃と言った大量の武器を細身の体に備えている男が口を開いた。
「いいから退け! 大丈夫だ。俺達はこの雰囲気や卓を荒らすつもりはねえよ。そもそもそう言った乱暴な行動はロリイーネさんが許さねぇから安心しやがれ! 」
へー。なんか酔っ払って動けない奴を雑に退かしてるけどこの人達って温厚な人なんだなぁ....。
で、なんでそんな温厚な人が私達の隣に来るのかな? というか私も接点無いけど――もしかしてあーるんがこっそり喧嘩売ってるのかもしれない。もうやだ現実逃避したい......。
そして卓を奪い取った英雄様のパーティが怖い顔で私を睨み付けてくる。もしかしたらあーるんが喧嘩を売っているのであれば穏便に済ませる必要があるので、挨拶がてらにロジェは質問する事にした。
「.....えーっと。何の用ですか? 」
「貴様らの宴を邪魔して悪いな。俺達はそこの猫に用がある。飼い主である貴様に一つ聞かせてもらいたい」
この人達、実は猫好きでキルメに興味を持ったから欲しいと思ってる系の人なのかな.....? キルメは確かに可愛い子けど絶対に渡さないよ? この子は私の自慢のペットだし、私以外には絶対懐かない自信がある。
「.........先に言っておきますが私の愛猫が欲しいと言うならお断りです。いくら猫好きのあなたでもこの子は私の大事なペットなので、幾らお金を積まれようが絶対に渡しません。なのでお引き取りください。それにここでは人目もありますし、穏便に済ませるべきですよ」
「愛猫....だと? 一体なんのつもりだ? お前」
「別に悪企みなんて一つもありませんよ。幾ら強い英雄様のパーティだとしても他人の猫を奪い取るなんて許される事じゃありませんし、力づくで奪い取るってんならこの私も、この酔っ払いを含めたペット三匹も黙ってません。そんな怒った熊みたいに怖い目つきをしようが、背中にある武器で攻撃してこようが、私は絶対にこの子を譲りません。猫の取引に関して私は話す気ないのでお帰りください」
その言葉を言い切り、ロジェが手元にあるお茶を啜った瞬間、リーダーと思われる青髪の男が机にあった空のジョッキを片手で握り潰した。恐らく何か地雷を踏んで怒らせてしまったらしい。
――なんでそんなに怒ってるの......?




