第三章 08 『酒場②』
「まったく。まさか私の抜けた髪なんて集めてるなんて思わなかったわ。私は優しいからこれだけで済んでるけど、他の女性に似たような事したら速攻で死んでるレベルの事してるんだからちゃんと反省しなさいよね」
「.......はい、ばんぜいじでまず....」
結局あの後、あーるんにお願いしてボコボコになるまで殴ってもらった。グレイは自分で作った普通のポーションで直しているが、あーるんがここまで殴ると思ってなかったので少し心配だ。
「ホントそうだよグレイちゃん。女の子相手にそんな事してるなんて普通なら殺されててもおかしくないんだからこの程度で終わったのも感謝しなきゃ。はい。ポーション以外でも治るように色々食べて元気出して。ほら大きく口開ける! 」
あーるんが近くにあった大きな唐揚げやポテト、骨付き肉などを次から次へと時間を開けずに突っ込んで無理やり飲ませている――飲み込む隙も与えずに食べ物を与えるのは軽い拷問では無いでしょうか......もしかしてだけどあーるんも軽く怒ってる?
「あーるん。先に言っておくけど死なない程度に食べさせてあげてよ? そんなハイテンポだと喉に詰まらせて死ぬわよ」
「えー。大丈夫だって。グレイちゃんは僕と同じくらい強い子だし、僕が一方的に攻撃する事を自分から受け入れたんだからこうやって一刻も早く食べさせないと元気でないでしょ? ほらほら次行くよ」
「夜明けの時だ.....」
多分だがキルメも心配しているのだろう。鳴き声がいつもよりちょっと弱っている気がする。普通に考えたら心配しないわけがないんだけどね.....。
「はぁ......まぁいいや。グレイが無事なら私はなんでもいいしね。てかあーるんに1つ聞きたいんだけどさ、村の方からなんか伝言が来てたりする? あのやたら私の行動をストーカーレベルで的中させてくる占いの婆さんとか絶対うるさいでしょ」
私達の村には天才レベルで未来を見通せる占い師がいる。通称『先見の魔女』というのだが、これから先に起こる厄災や強力な力を持つ種族の誕生などをかなりの高確率で言い当てる事が出来るのだ。
全ての事を見通せるわけでは無く、彼女はいずれ来る厄災やら事件やらの厄介事だけを見通す事しか見通せない。
そのせいなのかは知らないが、その魔女が見通す事件に高確率で巻き込まれてる運の悪い私に隙あらば絡んで来るので、あの婆さんが私が居なくなった事で騒がなかった事が不思議だった。
「あー。自称未来を見通すババアか。確かに騒いでたし軽く怒ってたよ? 『厄介事ばかり引き起こすあの問題児はどこいったー!!! 』って。あのババアの占いって嘘くさいし、ロジェちゃんのが正確な未来予知出来るんだから実力も足りてないんだし、さっさと占いから手を引けば良いのにね」
確かに割と高齢だけどババアなんて言わないであげてよあーるん。あの婆さんは私の事をトラブルメーカーの魔女だとか、存在するだけで不幸をばら撒く疫病神だとか、色々と酷い呼び方してくるけど、なんだかんだ優しくしてくれる良い人なんだから......。
「俺もこの前村に寄った時に話したけどすげー怒ってたぞ。『いくら転送陣越しに手紙を送っても返信が1件も来ないし、疫病神がちゃんと元気にしてるのか教えろ! 』ってな。相当怒ってたから多分今村に帰ったらめちゃくちゃキレらるし、下手したら燃やされるぞお前」
「えー。あの婆さんなんだかんだ私には甘いから会ってもそんな簡単に怒らないわよ。それにあの婆さんはちょろいし、説教だって適当にうんうん頷いてたらすぐ終わるもん」
あの婆さんは説教はとにかく長いし、終始何言ってるか分からないけど、付き合いが長い以上正しい扱いは分かっている。相手も同じだと思うが、あの婆さんは基本ちょろいので味の良いお酒を一つ渡せばすぐに説教も終わるし問題はない。
――うんうん....。そうやって話を聞かずにずっと同じ事してるから婆さんがいつになっても私に口煩く怒ってくるんだよね...私が悪いね....
「はぁ....ホントそういうの良くないぞロジェ。ちなみにだけど、これから起こる予言も届いてるんだからしっかり聞いとけよ?どうせお前は何書いてるか分かってるから見るまでもないんだろうけど、あのババアは実力だけはあるんだから一応渡しとく」
そう言ってグレイが手紙を渡してくる。いつも通り宛名は書いてないが、手紙に書いてあるこの特徴的な字からしてあの婆さんのもので間違いないだろう。中身を確認していく。
えーっとなになに..、、、って説教が相変わらず長いわねこの人。手紙二枚分の説教とかそういう事は求めてないってのッ! とりあえず要件は....と。これかしら?
三枚ほど付属されていた手紙の中で2枚分の説教を軽く流し読みを終えた所で、ようやく予言と思われる内容が書かれていたページに辿り着く。どうやら予言だけ書いた部分と説教の部分は別々にしていてくれたようだ。あの婆さんは優しいのか優しくないのかよく分からない。
――近日中にお前のいる帝都に1つの魔道具が持ち込まれる事になるだろう。その魔道具とは料理に関する魔道具だ。それを使った料理は大勢の民間人の命に大きな影響を及ぼす事になるだろう。
帝都のイベントで死人が出る程の大事件が起きるから、その事件で目立ちたくなけりゃその類の魔道具を見つけても絶対にスルーしろ。.........か。
へー。確かにそろそろオークションの時期だからそういうものも持ち込まれるかもしれないけど、私には全く関係ないじゃない。
「ねーロジェちゃん。何が書いてあったの?もしかして人を殺せって伝言? あのババアの事だし僕は信じないけど、そういう事なら喜んでやるよ! 」
「あの婆さんがそんな野蛮な事書くわけないでしょ。ちなみに内容は私達に関係なかったわ。そろそろオークションの時期だし、いつもの厄介事に巻き込まれたくなければ手当り次第魔道具に手を出すなだってさ。」
そう言ってロジェは予言が書かれた手紙を丸めて、先に入れていた説教の手紙と共にローブについてある内ポケットに入れた。
「そういえばそろそろオークションだったな。なんか面白そうなゴーレムとか魔物の死体とかこっそり売ってくれねえかな。だったら俺もガッツリ楽しめるんだけど帝都の連中が売るわけねえからつまらん。どうせどうやっても金を大量に持ってる有名貴族が勝つようになってるイカサマの競りほど見てられないものはねえからな」
「それは僕もどうかーん。それならまだその時に同時開催してるサブイベントの大会とか見てる方がまだ面白いし、露店回ってる方が僕達はいいよねー。今年のサブイベントは料理大会みたいだし、競りより楽しめそう。なんか美味しいものが出るといいねぇ」
オークションは何故か国全体を上げて行われている大型イベントだ。オークションに出る商品の為に大物貴族や大きな商会が動いていたりするのは当たり前である。このイベントの為だけに冒険者なんかも金を貯めて強くなるための魔道具を落とそうとしているらしい。
ロジェ達もおつかいの帰りに何度かイベントに寄った事があったが、競り会場にいるよりも大会などのサブイベントを見たり露店を回ったりしている方が面白いというのが3人の共通認識である。
「まぁ....あの婆さんの事だし、当たらない時は本当に当たらないからね。今回のは私達に関係ない事だし気にする必要なんてないわ。私達はあんなの気にせずにいつもみたいに露店でも回ってたら良いじゃない」
露店は有名な量産型魔道具からA級やB級料理、スイーツや服まで幅広い物が売られており、街全体が軽いお祭りみたいになるので、帝都にある店はほぼ全てお休みしてしまうのがこの時期の唯一のダメな所だが、観光として回る分には最高なのである。
「でもロジェ、お前は家に帰ったらちゃんと手紙を送ってやれよ? あのババアって手段を選ばない所があるからほっといたらお前の為だけに転移魔法を取得してこっち来るかもしれねえぞ」
「そんなわけない......って言いたいけど否定しきれないのが怖いとこよねぇ。あの婆さんはグレイ達よりも頭おかしい所あるから術式が最難関レベルの距離無制限の転移魔法を覚えてくるかもしれないし、帰ったらちゃんとやんなきゃなぁ.....。あー。あの婆さん、手紙送っても文法やら色々と口煩く言ってくるから書きたくないよぉ.....」
先見の魔女は郡をぬけて頭がおかしい。それは村の中では有名な話だ。
厄災やら大事件を予言した時には全力で阻止しようとしてくるので、予言の中心人物の人間を炎魔法で焼き殺したり、村が燃え切ると噂になった時には街全体を洪水にしたなんて話も出るほどだ。
本当か知らないし、それが本当なら何故村の中で罪に問われず普通に出歩いているのか不思議だけど、このようにあの婆さんはやりすぎな所があるので、返事を放置すれば魔法の中で最難関と噂されている転移魔法も覚えて殴り込まれてもおかしくない。
次直接会えばほぼ確実に殺されかねないので、何とかご機嫌取りする方法を考えなくては......。
――というか、魔女の人達を今まで色々見てきたけど全員こんな感じで野蛮な奴か変わり者しか見たことないのはなんで?私以外にまともな魔女って存在しないのでしょうか.....?
「あのババアでしょぉ? どうせ何書いても難癖つけてくるんだから変わらないって。だったら敢えてかかってこいよって挑発すりゃいいじゃん。殺しに来ても僕が返り討ちにするから大丈夫! 」
「そうだぞ。あのババアは確かに強いけど、あーるんと俺が同時に戦えば互角ぐらいにはなるかもだし、そんな心配する事じゃないだろ。とりあえずそんな事にならないようにちゃんとやれよな。俺達も帰ったら手伝ってやるから」
「ぐすん......うわあああああん。みんななああああー!ありがとうおおおおおお」
何故かアルコールを一滴も取り込んでいないのにロジェは泣き上戸のように大泣きを始め、自分の位置から1番遠い席にいるあーるんの場所まで移動して抱きついた。嬉しさのあまり感情が爆発している。
わざわざ対面しているグレイに抱きつかないのは、そんな事をした瞬間ドキドキし過ぎて心臓が潰れそうになるからだ。こういう時にロジェが甘えるのは大体あーるんなのだ。
「もうロジェちゃんったら甘えん坊なんだからぁ......。よーしよしよし。やっぱりこの子はかわいいなぁ。ほら、グレイちゃんも僕みたいに手を拭いてから撫でてあげて! きっと喜ぶから! 」
「はぁ!? なんで俺がそんな事しなきゃダメなんだよ。わざわざそんな事する必要なんてねえじゃねえか! 」
「わーん! あーーるーん! グレイが私の事撫でたくないくらい嫌いって言ってくるー! ひーどーいーよー! 」
「ほらグレイちゃん! ロジェちゃんが泣き始めてるでしょ? 早くやってあげて! 」
この発言はもちろん演技である。多分2人も気付いているだろう。これはいつものように調子に乗って流れを作って撫でてもらおうという作戦だ。
撫でられた瞬間に髪の毛を引きちぎられる可能性もあるが、それに関してはあーるんというボディガードがいるので心配する必要はない。ここで調子に乗らなきゃいつ乗るというのだ!
相手は何も思ってないかもしれないけど、ロジェ的には好きな人に頭を撫でて貰うのは最高のご褒美だ。彼が居ない時にもちゃんと頑張って----いたかもしれないのでたまには甘えても良いだろう。
「はぁ.....全く。どうせ演技だろうけど仕方ねえな。てか俺にこんな事されて何が嬉しいんだよ」
そう言ってグレイが恥ずかしそうに頭を撫でてきた。ここにいる3人は腐っても同年代でお年頃の者ばかりだ。そう言った行動をするのに躊躇するのは当たり前である。
――私は何もしてないはずなのに胸がドキドキする。グレイの手って意外と大きいし、私を気遣ってとにかく優しく撫でてくれるしで最高なんだなぁこれが。最高すぎるしあと五時間くらいこのまま撫でられたい。私は悪い事しかしてないけど最高のご褒美すぎるわよこれは.....!!
「しあわせえ....もっと撫でてぇグレイ.....」
「お前酒でも飲んだのかってぐらい腑抜けてるけど何食ったんだよ....毒盛られたりしてるんじゃねえだろうな。あとこれいつまで続けるんだ?俺的にはもうやめたいんだけど....」
なんか凄い心配されてるが私が気にする事ではない。グレイ的には周りの目が気になるとかあるのだろうが、そんなものはロジェには関係ないのだ。撫でる頭を退かそうとするがロジェは相手の手を掴んでいるのでそう簡単には逃がさない。
「私の気が済むまで続けてね。私はそう簡単にグレイの事を逃がしてあげないんだから! 」
「はぁ.....人目も気になるし限界五分な?というかこれ傍から見たら変なプレイにしか見えないし、やってる身にもなってくれ。その時間が来たら無理やりにでも掴んでる手を退かすから覚悟しとけよ」
多分本気で嫌になったら虚術なりポーションなり使って退かしてくるだろうが、彼は優しいので基本そんな乱暴な事をしないのは知っている。だからこそロジェはタイミングを見計らい、今日も全力でグレイに甘え尽くすのであった。




