第三章 06 『真実③』
――それはあーるんがリンを外へと連れて行った時まで遡る。
グレイは一人でどう彼女に話しかけるか悩んでいた。悪い事をしようとしたのはあいつだし、結局色々と厳しい言葉をぶつけてしまったが、流石に少し言い過ぎた。
そのせいで彼女は何時間も泣き続けていたし、突然スイッチが切れたかのように眠った。あそこまで本気で泣いた彼女を見るのは、彼女が300年前に村の外で『魔女』だと公言した時以来だろう。本当に悲しそうだっただけに流石のグレイでも罪悪感を感じてしまう。
「......まったく。さっきまで大泣きしてたくせに今は何事もなかったかのように気持ちよさそうに寝やがって。そんな事されたらお前が起きた時に俺はなんて言葉をかけてやればいいのか分かんなくなるだろ」
グレイは寝息を立てて深い眠りについている彼女に1枚の毛布をかけてやった。彼女の寝顔なんて昔から腐るほど見てきたが、ここまで安心してぐっすり眠っている姿を見るのは実に久しぶりだ。その顔を見てグレイは無意識に小さく息を吐き、無意識に肩に入っていた力がゆっくりと抜けていき、少し安心する。
——泣き続けた事で今まで押し殺していた不安や緊張を全て外に出して楽になったならいいが......。
「えへへぇ....もうこれ以上食べれないよぉ....」
「どんなベタな寝言だよ....まさかとは思うけど起きてんじゃねえだろうな?」
ロジェはいつだって何考えているのか分からない奴だが、いつも結果的に最適解を引き当てる妙に運の良い魔女だ。何時だって奇想天外な方法で未来に起こる事を予言するんだから、もしかしたらリンが『迫害種族』である事を察している事にも既に気付いていて、わざとそういう行動を起こした可能性だってある。
たまに相手を挑発するかのようにふざけた事を言ったり、起こる出来事と全然違う事を言うので本当に未来が見えてるのか疑わしいが、そういう狙いがあったと今は信じるしかない。
「相変わらずどこまでも世話のかかるやつだ。このままだと起きた時辛いだろうし、ちゃんとした場所に寝かせてやらねえとな」
ロジェは現在、ベットの上に頭を乗せて座ったまま眠りについている。たまに寝言を発しているしあと数時間は起きないと思うので、このまま眠り続ければきっと起きた時に首を痛めてしまう。そうなればあとで帰ってきたあーるんに何を言われるか分からない。
とりあえずグレイはロジェの事を慎重に抱きかかえてベットの上に移動させてやる。昔からこうやって世話をしてきたので分かるが、こいつはまた一段と重くなった気がする。一度本人の前でその事を口にした時があるけど、その時はあーるんにボコボコにされたのでそれ以降体重の事は一度も口にしてないが、彼女の為を思うなら一度言ってやるべきかもしれない。
ベッドの上に彼女を移動させ、布団をかけてやったその時だった。グレイの腕が突然眠っていたはずの彼女に強く掴まれて身動きがとれなくなった。
「——っ!?」
指が食い込み、掴まれた部分の腕の感覚が一気に薄れていく。ロジェの握力は昔から異常な程ある。俺達三人で腕相撲をしても余裕で勝ち抜くほどの怪力を誇るし、このまま本気で掴まれ続けたら体内に流れてる血が止まりかねない。
——まずい。
なんとかしてこのゴリラじみた異常な握力を剥がさなければ……てかなんでこいつは寝起きのくせにこんな力が出るんだよ!おかしいだろ!
「....ねぇあーるん。どこ行くのぉ?私、寂しいよぉ...」
「寝ぼけてんのか?どうやら俺の事をあーるんとして認識してるみたいだけど、見た目も性別も何もかもが違うのに何言ってんだよ。今はゆっくり休んでろ」
「ねぇねぇ。なんで私を一人にしようとするの?グレイと初めて会うよりも前みたいに一人になるのはもうやだからもっと近くに居てよぉ......私を一人にしないでぇ......」
「.......」
彼女の声は驚くほど穏やかだったが、彼女の指が離れる気配がない。発言と行動のギャップが凄いが、グレイは彼女の重すぎる言葉に対する回答をすぐには返せない。
「.......」
掴まれた腕の熱が離れなかった。時間が経てば経つほど彼女の掴む手の強さが強くなっている。
「......そんな心配しなくとも誰もお前の事は置いていかねえよ。てか寝ぼけてないでさっさと目を覚ませ。俺は俺だ。お前の目の前にいるのはグレイなんだよ!」
「.....うそつき。うそつきぃ!わたし知ってるだもん!またそうやってわたしをおちょくってるんでしょーぉ?いつまでもこどもだと思ってるなら大間違いなんだからぁ!ひとりにするっていうならぁ......こうするぞーーー!」
「——っ!?」
そう言ってロジェはグレイの腕を自分の元へと引き寄せたのでその勢いでグレイは倒れ、ベッドの上に体が落ちた。隣を見れば彼女の顔が目の前にあるので軽く添い寝状態になっている事を察する。
「この異常なまでの知能の低下といい、頭についてる小さな花の飾りと子供っぽい人格といい----これってもしかして『ろじぇもーど』かよ。クソッ!なんでこんな時に!」
ロジェは、感情が限界まで爆発したまま眠りに落ちると極めて低い確率で別の状態になる事がある。(自称だが『ろじぇもーど』というらしい)
体は大人のままなのに考え方だけが噛み合わなくなる。話が通じないわけじゃない。ただ、こいつの中での判断の順番がおかしくなって何を優先して何を捨てるのか――その基準がぐちゃぐちゃになるのだ。
村の連中は「見た目的にもロジェが幼い子供に見えた」なんて言っていたが、俺にはそう見えた事は一度もない。ただ感情が前に出すぎてブレーキの壊れた魔女になってるだけだ。
本人は多分子供のように甘えてるつもりなんだろう。「守ってほしい」とか、「離れないでほしい」とか、そういった気持ちがそのまま行動になっている。
だからこそ危険な魔法を悪気なく使うこの状態のロジェだけは気安く他人の前に出せない。可愛いだけで済ませられたらどれだけ楽だったか.....
「おいロジェ、いい加減目を覚ませ!なんで俺はお前なんかと添い寝しなきゃダメなんだよ!ろじぇもーどから元に戻れ!」
「だってだってぇ......。そうしなきゃわたしだけのけものにするんでしょー?そうやってまた、どこか遠い所にいっちゃうでしょぉ?だからろじぇもーどちゃんになった私のそばにいれば、たがいに安心でしょ?」
そう言ってろじぇは迷いなく魔法を使ったその瞬間、布団の縁が音もなく赤茶色に変色する。少しするとグレイの着ている服にも魔法の影響が出てきた。
一度だけ使っているところを見た事があるがこれは『サビサウン』と呼ばれる魔法だろう。基本は物を固定して運ぶ為の魔法だし、確か人に使うと関節まで錆びて体が上手く動かなくなるかもしれない危険な魔法だって聞いたが....
「ちょ.....おま!なんてことしてくれてんだ!これって確か後遺症が出るかもしれないやばい魔法だろ!早く解除しろ!」
「かってに逃げようとするのがわるいんだもぉん♪これでもう逃げられないね♡」
――悪意は恐らくない。それだけは今までの経験からしても分かる。
それは分かるのに行動と使う魔法が噛み合っていない。早く何とかしないと何されるか分からねえから被害規模も予想できないし、命がいくつあっても足りねえぞこりゃ....
「ふふふ。ちょっとだけかわいそうだから、わたしを彼女にしてくれるって宣言するならとくべつにゆるしてあげます。どうしますか?」
―――ロジェには申し訳ないが、それだけは御免だ。
そもそもグレイはロジェとあーるんを昔から当たり前のようにいる同居人としてしか見ていない。なので互いにダメな部分は腐るほど知っている。たまに可愛いと思う事があったり、ロジェを守りたいと思う事はあっても、そこに異性としての感情を向けるつもりはない。
恋心といった友達以上の強い感情や思いはいつか後悔する結果を招きかねないし、何が起こるか分からない以上は気軽に向けて良いものではない。ロジェを守護する者としてそれは最も優先して封じるべきものだ。
――まぁどうせこの状態が解除されたら記憶が残らないだろうし、言うだけなら問題はない。正直最悪だけど生き残る為だからこれは仕方の無い事だ。
「分かった分かった。俺はお前の彼女になってやるから今すぐこの魔法を解除しろ」
その言葉を聞いて目の前のろじぇは顔を真っ赤にして顔を隠していた。何を勘違いしているか知らないがどうやら本当に嬉しかったらしい。自分で言い出しといて何照れてんだこいつ。
「―――。もうっ!こっちまで恥ずかしくなってきたじゃなぁい!」
そもそも容姿だけはめちゃくちゃ良くて、可愛い年頃の『魔女』と添い寝してんのに俺が一切動じてない時点で脈がないって分かるだろ。なのになんで自分から仕掛けておいて自爆してるんだよこいつは。本当に分からん.....。
「そ、そんな罪な男にはこうよ!エモクランブルー!」
命令をこなしただけなのに魔法を当ててくるのはあまりにも理不尽すぎて理解が追い付かない。その魔法を受けた瞬間、グレイの意識は一瞬にして遠のいた。魔法を受けた瞬間に察した。これは自分の今一番強い欲を強制的に開放する魔法であると。この時、グレイの一番強い欲は『睡眠欲』だったので、グレイは深い眠りについた。
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そして時は流れ、周りが暗くなってきた頃。ロジェはなんとかあーるんの誤解を解く事に成功し、彼女がリンから聞いてきたらしいおすすめの酒場『白鯨の霧』に入って席についていた。
周りを見れば冒険者パーティと思われる団体が沢山いたし、それぞれの卓でジョッキ片手に盛り上がっていたが、強そうな気配を持っている人達は誰も居なかったのでおそらくここは初心者向けの酒場なのだろう。ここなら厄介事に巻き込まれる可能性もグンと減るし、ロジェがわざわざ心配する事はあまりないはずだ。
だが、その事とは別でロジェには一つ悩み事がある。それはさっきの添い寝事件の事だ。目が覚めた時には何があったのか分からなかったが、自分の字で書いてあった置手紙が近くにあったのでロジェはそれを読んで何があったかを全てを察した。
――ろじぇもーどによって暴走し、何かとんでもない事をしてしまったという事実を。
置手紙には「グレイの彼女になりました」と書かれているし、起きたら隣でその男は眠らされてるしで意味が分からなかったが、どうせまた何か凄い事をやらかしたのだろう。
今までも限りなく素に近いアホな人格が何回か表に無理やり出てきた経験があるのでなんとなく分かる。そもそもろじぇが表に出てくる事はほとんどないし、アレが出ると基本碌な事にならないのは確定事項だ。下手したら本当に一線を超えた可能性だってある。
そんな事を考えればグレイと顔を合わせる事すらも恥ずかしくなるので、穴があったら今すぐにでも入って現実逃避したいよぉ....。
ロジェが顔を真っ赤にしているのを見て何か確信しているのかあーるんがニヤニヤしながら話しかけてくる。
「ついにロジェちゃんもあそこまで距離縮めてたなんて僕知らなかったよ。いつの間に二人はそんな関係になってたの?」
「........だから何度も言うけど違うって。あれはろじぇもーどのせいだから」
「そうだぞあーるん。お前も何回か見てきたからアレの厄介さは知ってるだろ?あれは何してくるか分からないし嵐みたいな災害的な自然現象なんだから完全に誤解だ。その証拠にこいつと添い寝しても俺はなんもしてないし、行動を起こす気すら起きなかった。つまりそういう事だ」
――それはそれで魅力がないって言われてる気がして凹むんだけど.....。事実だとしても本人の前で言う事じゃないでしょうがっ!
「ほんっとさぁ.....グレイちゃんったらデリカシーないよねぇ~。僕達の事本当に女として見てくれてるの?ロジェちゃんはいくらあの可愛いちびっ子状態になってたとは言え、そんな言い方されたら傷ついちゃうよ?」
「ほんとそうよ!あれは事故とは言えそんな言い方されたらか弱い私も涙が出ちゃうんだから!」
「はぁ?大体そこの自称か弱い女のロジェが勝手な事するからこうなったわけだし、そもそも俺はお前らを同居人だとしか思ってない。そんなくだらん雑談してないでさっさとメニュー決めるぞ。なんで酒場に連れてきたのか知らないけど、行くって言い出したのはあーるんだろ?」
「ほんとこの男は罪深い男だなぁ....。僕だって色々考えて連れてきたんだよ?そもそも落ち込んでる2人を元気付ける為にわざわざ酒場まで見つけてきたってのに、気付いたらなんか二人はあんな関係になってるしでびっくりしちゃった。とりあえず僕はこの『黄昏時のエール』でいいや。なんかこの店で度数が一番高いらしいし飲みごたえありそうだもん。グレイちゃんもどうせ同じの飲むでしょ?」
「俺は逆に『白霧のエール』にする。そもそもこうやって酒飲むのも久しぶりなんだし最初は度数の低い物で体を慣らすべきだろ」
「うーん...じゃあ私はお茶でいいかな。せっかく酒場に来てるけど変な体質があるし...」
正確に言えばロジェはアルコール自体は飲めなくはない。だがロジェの体がアルコールを完全に拒否している。味自体は嫌いではないが、少しでもアルコールを摂取すると体内にある魔力の巡りがほぼ完全に止まってしまうので、しばらくの間自分の体が思うように動かなくなるのだ。
だからロジェを背負って連れて帰ってくれる保護者的な人が居ない限り自分から飲まないようにしている。――あと今回はグレイ達が酔った時のストッパーが1人くらい居ないと、彼らは他の卓に手を出す可能性もあるから仕方ないね...。
そして注文してから暫くすると、ロジェ達の卓に3つの飲み物と1つの水桶が運ばれてきた。特大サイズの木のジョッキに朝霧を思わせる真っ白で濁りのない液体が注がれているのがグレイの物、その隣にあった夕陽を思わせる深い黄金色の液体が注がれているジョッキがあーるんの物だろう。
どちらのジョッキにも表面を覆い隠す程のきめ細かい泡が厚く立っており、卓に並べられただけで液体が大きく揺れているので、さぞ飲みごたえのあるはずだ。2つのジョッキから感じるアルコールの香りは、近くにいるだけで鼻をつくほど強烈な物を放っている。
そしてロジェは少し小さめの木のジョッキに入った特に語る事のない普通のお茶を手に取り、隣に座っているキルメに小さな水桶を渡してあげる。
そして誰が口上を上げるかいつも決めてないので、今回は誰がするのか聞くために対面している二人を見るが、何故か知らないけど乾杯の口上をやれと言わんばかりに2人がロジェの事を見てくる。このままだと話が進まなさそうなので仕方なくロジェが引き受ける事にした。その光景を見て二人が茶化して場を盛り上げ始める。
――何回やってもこういうのは苦手なんだけどなんで毎回2人は私に任せてくるんだろ......。
「......まぁ色々と大きな問題は残ってるけど、全員がこの街に幽閉が確定したのと、サウジストの依頼を無事に乗り越えたということで――ってあれ?この話題ってあんま良いことじゃないし、口上にしてはなんか違ったかな.......」
「もうロジェちゃんったら真面目だなぁ。そういうのは適当でいいんだよ適当で!どうせ誰も気にしてないから!決めちゃえ決めちゃえ!」
「そうだぞ。ここはバシッと決めろ!バシッと!お前なら出来るだろ?」
「―――。あーもうっ!よく分かんないけど私達の幽閉宣告を祝って――乾杯!」
『乾杯!』「夜明けの時だ!」
こうして綺麗に纏まらないぐだぐだな口上をロジェが決めると同時に、3つのジョッキと1つの小さなジョッキがぶつかり合った事で綺麗で大きな音を立てる。
――こうして問題児3人組と1匹のペットによる派手で小さな宴が幕をあけた。
前話からの温度差が少々激しいですが、ここから少しだけ4人の平和な日常回が続きます。
サビサウン....10分間だけ魔法を当てた箇所を錆び付かせて、対象をその場から完全に動かなくする魔法。
デメリットとしては、元々物を固定して運ぶために生み出された魔法な関係上、人に向けて使うといくら服越しでも関節などに錆びつき影響が出る可能性があり、暫くは脳の指令が上手く効かなくなる危険性を秘めている事。




