第三章 03 『説教と質問②』
「......私はサウジストでやったことを言えと言ったはずだぞ。もう一度だけ確認するが、ふざけてるわけではないな?ケーキを街中に落としたというのはふざけているようにしか聞こえないのだが」
その言葉を聞き、ロジェがとても深刻そうな顔をしながらこう答えた。
「はい。これは私の墓まで持っていくつもりだったんですけど噓発見器があるので素直に自首します。私はサウジストで豆腐ケーキをサウジストの上空から街に向かって落としてしまって...。その時はたまたま被害が出ませんでしたが、被害者がいなかったとはいえ本来なら許されることではありません。この件はとても反省しています。なので許してくれませんか?」
ロッキーは目の前の事実を前に頭を抱えていた。それは『偽りの結晶』の鑑定結果についてだ。
影の鼓動と繋がりがあるのか?とか、どうやって組織が完全壊滅するほど追い込んで倒したのか?とか色々と質問しても全て『何も知らないし、何もやってない』というのが事実として返ってくるのだから意味がわからない。
この依頼に向かわせた《紅焔轟者》や依頼主のアルロからは『ロジェが一人で暗躍して街を守り切った』と聞いているのに、手腕どころか自分がやったことすら本人が理解していないのだ。一瞬魔道具が壊れた可能性を考えて自ら試したが正常に働いたのでこれは全て『本当』ということになる。こんな事は普通ならあり得ない。
一応分かったこともあったが、彼女がやった事は『豆腐のケーキを街中に落としたこと』と『高位精霊を弱体化させたこと』だけだが、これらの出来事は影の鼓動とはあまり関係ない。
後者はこの街を襲っていたネオリス残党が使っていた契約精霊の事だろう。ネオリスの残党に火の高位精霊を使える者がおり、使役していた精霊が弱体化されていなければ戦争だってほぼ100%負けていた。
サウジストと帝都までの距離ならギリギリ精霊の召喚が可能になる距離なので、この国の事を守るために精霊を弱体化させてくれたと踏んでいる。サウジストにいた者からもあの街に精霊が襲ってきており、ロジェと《紅焔轟者》と《水冥》の力で鎮圧したとの確認は取れているので間違いはないだろう。精霊違いの可能性もあるが、そもそも高位精霊なんて人気のある場所にそう何度も現れる者ものではないので深く考えなくていいはずだ。
それと比べて前者はどうだ。豆腐のケーキを空から街中に落としたところで何になる。たかがスイーツを街の一角で落とした事で死人が出るわけもないし、大体そんなことを現場でやったと自白する奴がどこにいる。そんな深刻そうな表情まで作って私を馬鹿にしているのかッ!
「あのロッキーさん。これって普通なら罰ゲーム案件ですよね...?被害者がいなかったとはいえ許される行為じゃありませんし私もある程度は覚悟しています......」
「ロジェ殿を馬鹿にしているとかではなく確認のつもりで聞くが、それは『食用』のケーキの事を指しているんだな?ケーキを隠語とした薬物や凶器の類ではないだろうな?」
「........?なに馬鹿なことを言ってるんですか?ケーキなんて『食用』以外の選択肢ないですか。この甘党の私が言うケーキなんて1つしかありません。今回は豆腐だから変わってますけどアレもれっきとしたケーキですよ。食用以外の選択肢なんて逆にあるんでしょうか?」
――なおさら言っている事が分からない。
凶器でも隠語でもないとすれば、ケーキとは何なのかロッキーの中でも分からなくなっていた。ロジェが報告会を始める前に渡してきた自分の近くに置いてあるスイーツのショートケーキを指すのか、それとも別の何かを指すのか考えていると頭がおかしくなりそうだった。
ただでさえこの後予言の事も対処しなければならないのに、こんな馬鹿な事を考えさせられるだなんて思ってもみなかったので頭が痛い。
「ロジェ殿の言っている罰ゲームが何を指しているかは知らんが、ケーキを落としただけなら他の依頼をやれと回すつもりはない。被害が出ていないのならば....だがな」
もう何を言っているのか分からないのでロッキーも無理やり話を終わらせる方向に持っていこうとしていた。影の鼓動をどう追い込んだのかを具体的に知りたいのに本人は『何も知らない』の1点張りだし、やった事を言えと言ったらケーキを街中に落としたとふざけたことを言い出すのだから話にならない。これ以上続ければ悪夢でも見ている気分になってくる。
だが、この者をどこかの国へ放流するのはあまりにも危険だ。外に出せば彼女達が他の国や組織に目をつけられ、その強力な力を帝都に向けられれば即座に崩壊する可能性がある。巨大な犯罪組織を潰した手口すら自分で理解していないまま壊滅させた彼女は、力の制御ができてない『厄災』に等しい。とはいえ、現段階では少なくとも彼女達は我々の敵とは限らない。
だからこそ――今は、この国から完全に遠ざけるわけにはいかない。
そんな事を考えていると、目の前に座っているロジェは辛そうな表情から満面の笑みに変わった。今はその何も考えずに心の底から笑っているように見える笑顔は計算してやっているのか、素なのかは分からない。そして満面の笑みを浮かべた彼女はこう言った。
「..........!本当にいいんですか!?ありがとうございます!私てっきりまた厄介事の依頼を回されるのかと思って心配で....深く感謝しますよ!」
影の鼓動の仕業で式場に人喰いケーキが出たと聞いたが、あれは確か普通のケーキのはずだし、ウエディングケーキに豆腐を混ぜれば少し入刀がし辛くなるので、式場の人間が豆腐を使う事に許可を出す訳がない。
彼女の言うケーキがその人喰いケーキとやらを指しているなら話は変わるが、嘘の概念を判定する『偽りの結晶』を使って確認した際に彼女は『食用』のケーキだと否定したし、魔道具によって確認も取れている。
事件の事を何も分かってないので本当に気付いていないだけの線もあるが、魔道具が『本当』と示している以上、鑑定結果を疑うのはこの魔道具の存在価値を疑う事になるので信じるしかない。この魔道具の性能を疑うという事は、その魔道具の力で罪人と判定した犯罪者達全員を一から疑い直さねばならない事を意味する。
「最後にもう一度だけ聞くが、2つの出来事以外は本当に何もしていないんだな?他の関係者は全員口を揃えて『ロジェ殿が暗躍して終わらせた』と言ってたが」
「はい。私は何もしていませんし、今回頑張ったのはグレイとサンドホーク愛護団体の皆さんですから。あと今回の事件も私が関わっている事を公にしないで貰えると嬉しいです!」
「それは無理だ。事件から1週間以上経っているので既に文屋が動いている。今回は力になれなくて申し訳ないな。諦めてくれ」
――ところでさっきから結構な頻度で話題に出してくるサンドホーク愛護団体ってなんだ.....?そんな変な名前の団体は聞いた事がない。
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「結局あの尋問会なんだったんだろうねー。そもそも私は嘘発見器なんて使わなくても全部教えるのに」
「あれは疑われても仕方ねえよ。犯罪組織のボスとして潜入して壊滅させるなんて傍から見たら内通者としか思えねえからな。お前の自業自得だ」
ロジェとグレイは報告会が終わったので外に向かって廊下を歩いていた。一応精霊の件は聞かれた事を答えたが、多分影の鼓動のボスが対処したと思われる火の契約精霊の件も何故か私の実績にされてるし、色々と質問されたので全部素直に答えただけなのに挙句の果てに「嘘をつくな!」と怒られたのだから堪ったもんじゃない。何のための噓発見器なのよまったくもー...。
しょんぼりしながら重い足を動かしつつロジェは口を開く。
「結局何もやってないのに勝手に私の名前売れちゃったし最悪だよもぉ。ただでさえ目立ちたくないって言うのにさぁ......サンドホーク愛護団体も言ってたけど裏社会で私に懸賞金かけられてんでしょ?恐怖ポーションの件は解決したけど、こうなるだなんてもうやだよ....村に帰って引き籠りたい.....」
「だったら何も知らない相手にホイホイついていくのやめろよな?今回の件だってそれが原因でそうなってんだからちゃんと付き合い相手くらい選ばないといつか死ぬぞお前」
「私だって付き合う相手くらいちゃんと選んでるもん......グレイは知らないかもしれないけどあの愛護団体は良い人ばっかりだったし、私の代わりに組織を撲滅してくれたある意味MVPなんだよ?なのに私が手柄を奪っちゃって申し訳ないじゃない。てかあの人達じゃなくてなんで私なんかを称えるのよもぉ....」
だって彼らの仲間にあーるんが脅したり攻撃したでしょ?影の鼓動の壊滅も頼んだし、結構危険な『空想の具現化』の後処理も押し付けたでしょ?多分だけど私が式場で眠らされてた時にあの二人に助けて貰ってたでしょ?
――軽く考えただけでこれだけの返しきれない恩のあるMVPなのに、なんで何もやってない私を称えるのよッ!彼らを称えなさい彼らを!なんか相手と連絡取れないけど!!!
「まぁとにかく落ち込んでないで元気出せって。俺の件で結局帝都の残留は決まっちまったけど、前より規制が楽になったからいいじゃねえか。行き先を検問に言う必要があるけど外に出られるだけマシだろ。何が仕掛けられてるかもしれねえし、場所を伝えちゃいけない以上村には戻れねえけど元気出せって」
そう言って軽く肩を叩いて元気づけてくれるが全く元気が出ない。だって村に帰れないならロジェにとって危険な事は何も変わらないのと同じだし、むしろ知名度が上がったせいでこれまで以上に『魔女』である事を隠さなければならない。だから結局厄介事が増えた以外の何者でもないのだ。
「グレイが余計な事しなきゃもう帰れてたはずなんだけどねぇ...。またやばい依頼押し付けられるかもしれないからもう少しだけここに残るけどやっぱりやだよぉ」
「ちなみにだけど、どうせ俺がやんなくともおっさん達は解放する気はなかったと思うぞ?だってロジェは攻撃出来ない癖に何故かこの国の英雄になってて強い魔導師って思われてんだろ?国としては一人でも多くの強い奴を確保したいだろうしどうせ難癖をつけて残される。だから諦めろ」
「.......全部勘違いよ。その3つの事件は全部余計な事しかしてないわっ!」
そうだとしたら最悪だ。もうこれ以上誰かに目を付けられないようにする為に家の中に引き籠り続けるのもやぶさかじゃないかもしれないわね。早くこの地獄から私を解放してください.......。
そんな事を考えていると、薄い青色の髪をした小さな女の子が柱の陰に隠れてロジェの事を観察している事に気づいた。見た目的には10代前半といった所だろうか?どこからどう見ても小さな子供だ。試しに近くに行くと離れようとするので思わず声をかけてしまった。
「あ......そこのお嬢さん。後ろの人はともかく私は怖くないからだから逃げないで!」
「はぁ!?俺は何も怖くねえだろ!もう手遅れかもしれねえけどこの国の奴らに変な印象を与えんじゃねえ!」
2人の声を聞いてさっき隠れてみていた子供がゆっくりとこっちに向かって歩いてくる。どうやら警戒心は解けたようだ。せっかくなのでロジェは少ししゃがんで頭を撫でながら同じ目線で話しかけてあげる。
「初めまして小さなお嬢さん。私はロジェっていうの。こんな王城で君は何してるのかな?」
「え、えっと...その、私は...」
もじもじしながら話してるし恥ずかしがり屋さんかな?子供はこれくらいの方が愛嬌があって可愛いし、私服も王城の中にしては目立つような衣装ではなく、地味過ぎず派手すぎない良い感じのカジュアルな服装でとても良い。
「俺はグレイだ。ところでそこのチビは俺達の事を観察してたけど、なんか用か?」
「その....女性の方が持ってるその....太くて長いそれって中に何が入ってるのですか...?私、ちょっと気になるので見せてほしい.....です」
その女の子が指を指したのはロールケーキの入った箱だった。
ちなみにこれの味はチョコレートをたっぷりと使った生地と甘すぎないクリームで包み込んだ『のの字型』ロールケーキと呼ばれる一品である。
---甘党な私の中にある美味しいロールケーキランキングの中でもかなり評価の高いスイーツを一目見て選ぶなんてこの子、センスあるわね。自称スイーツマスターの私の弟子にしてあげようかしら。
「もしかしてお嬢さんはこれが欲しいのかしら?欲しいって言うならあげるけど......どうする?」
その質問をすると、目の前の子供は目を輝かせながら大きく頷いていた。どうやら相当このスイーツが気になっていたようだ。家に戻ればまだ少しストックがあるので一つ無くなろうが気にしない。ロジェは迷わずにロールケーキの入った箱をあげた。
「はいどうぞ。それとこれはお姉ちゃんのアドバイスだけど、ロールケーキはしっかり冷やしてから少し温めたフォークを使って食べるのがオススメよ!低すぎない温度でケーキを冷やしてから10分くらいかけて常温で解凍すれば、クリームにコクが出るしスポンジも柔らかくなるからいつも以上に美味しくなるの。だからお嬢ちゃんも是非お家に帰ったら試してみてね!」
「......!! うん!ありがとうスイーツのお姉ちゃん!私もこれ食べる時に試してみるね!」
ニコニコ笑顔を浮かべてながら去っていく少女にロジェは手を振りながら見送った。
「ちびっ子も行っちまったな....。さっきは目立ちたくないとか言ってた癖にあんな事して大丈夫なのか?」
「別にいいわよ。そもそも両手に幾つもスイーツ持ってる2人組なんて傍から見たら不審者なんだし子供が気になるのも無理はないしね。それにね、グレイ。私、さっきのあなたの言葉を聞いて思った事があるんだ」
「.......ん?なんだ?」
「こういう誰もが笑顔になれる小さな事をコツコツ続けていれば、いつかきっと私の想像する『誰であろうとも皆平等に笑顔に出来る立派な魔女』になれるんじゃないかなって思ったの。それが餌付けだろうとなんだろうと相手を笑顔にできたって事実は変わらないし、こういう経験値が自分を大きく成長させるんじゃないかって」
「......つまり何が言いたいんだ?」
「要約するとね。今の私は人としての経験値が圧倒的に足りてないから、これからは積極的に自分の出来る範囲で人助けをしつつ、自分の成長の糧にしようって事。それを続けてれば人としても、魔女としても、大きな成長に繋がるしきっと理想の魔女に近づけると思うのよね。だからこれからも厄介事に巻き込むかもしれないけど、その時は協力してほしいの」
どうせ帝都から出る事は暫くは出来ない。だったらもう村に帰ることを半ば諦めて、人を笑顔にする為に、魔法の実力を今よりも上げたり、自分の人生の経験値を貯めながら身分を隠せばいいと思ったのだ。........もちろん『魔女』というのがバレるリスクはあるが、今までもなんだかんだ上手くいってたし、頑張ればミスしないはずだ。
もう既に『凄腕の魔導師』として変に名前が売れてしまったし、怪我した人を治癒魔法で助ける程度なら名が目立つことは無い。自分の夢を叶える為には魔法技術.........は余裕で足りているので、今は圧倒的に人としての経験値の方が足りてないと言える。だからもっともっと頑張らなくてはならない。
「目立ちたくない事と夢の話が矛盾してるせいで最後まで何が言いたいがよく分かんなかったが.....要はいつも通りめちゃくちゃしながら頑張るって事だろ?そういう事なら俺達も上手くサポートしてやるから、いつもみたいに1人で突っ走るんじゃなくてちゃんと頼ってくれよな。俺達3人はみんな仲良く協力するのがモットーなんだから」
「うん、もちろんよ!あとであーるん達にもこの事は言うけど、私のサポート、しっかりとこなしてよね! 私もウルトラスーパー頑張るから!!! 」
そう言いながらロジェ達は王城を後にする。真剣な話をしていたロジェの顔は、今まで過ごしてきた中でも特に眩しく輝いていたとグレイは後に語るのだった。
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「さっきのお姉ちゃん、とても優しかったなぁ。あの人に無理言ったけどホントにスイーツが貰えるなんて思ってもなかった」
先程王城で見かけた女性からスイーツを貰った少女、『メロール・フォード・イリステリア』皇女は機嫌よく鼻歌を歌いながら自分の部屋に戻っていた。
メロールは昔から好奇心旺盛でスイーツが大好きな女の子である。さっきも本当なら監視の目を掻い潜って街中にスイーツを買いに行くつもりだった。
スイーツは現場に赴き、お店の雰囲気と共に風味や味を食す事で100%楽しめる。それが彼女にとっての拘りであり、スイーツに対する考え方だった。だから外に出るためいつものように周りの監視がないか確認していたその時だった。
――あの数のスイーツを持ち歩いてる人....一体何者なんだろう。
ロジェと名乗る女の後ろにいた男はこの前王城を破壊してきた主犯格であり、メロールと初めて会った時にも知らない青色の液体を飲まそうとしてきたので少し怖かったが、それが気にならなくなる程の沢山の種類のスイーツを持っていた彼女達に興味が湧いた。
だから気付いた時には体や口が勝手に動いていたし、最初話した時は緊張したがスイーツを譲ってくれた時はとても嬉しかった。メロールはどのスイーツも同じくらい好きだが、特に『ロールケーキ』が大好きなのだ。
「あのスイーツのお姉ちゃん、また会えたりしないかな。それなりにスイーツの知識を知ってるなら恐らく私と同じくらいスイーツが好きな人だもんね。軽く見た感じ、あの人達と一緒にいれば毎日がめちゃくちゃ楽しくなりそうだし、欲を言えば彼女を私が外に出られる口実に使えたら最高だけど誘い出すの怖いよぉ....」
メロールはずる賢いし計算高い。今まで王城の警備なんて何百回と欺いて外に出たことだってあるし、いくら警備が厳しくなろうと脱出出来る知恵と身体能力を持つこの私が建物から抜け出せないはずがない。そういった自信があった。
「考えても分からないしまぁいいわ。あの時のお姉ちゃんの事を調べながら今はスイーツを楽しむべきだよね!」
そう言ってメロールは部屋の中に置いてある冷凍庫に貰ったロールケーキを保存した。
「そういえばもうすぐオークションだったかしら。今年同時に行われるイベントは行われるのは『料理大会』か....お姉ちゃん、誘ったら大会に出てくれたりしないかな」
確証はないけど、なんとなくお姉ちゃんとは近いうちにまた会えそうな気がする。なんたってあの常に冷静で落ち着きしかないロッキーを本気で怒らせるほど親睦を深めている間柄なのだ。それだけ親しければ近いうちにまた王城に来るだろうし、その時には自分から勇気を振り絞って話しかけてみよう。
そんな事を考えながら、メロールは自室のベッドに倒れ込んだ。




