第二章 45 『影の暗躍者②』
『アルロさん。僕と一緒に、ここに紛れ込んでいる影の鼓動を潰す為に協力してくれませんか?』
あーるんがこの作戦を提案してきたのは、ケーキ騒動が終了して式が再開する少し前の事だ。
彼女の提案した作戦は無駄が無かった。尾行がバレている事を逆手にとって、相手を追い詰めるなんてリスクの高い作戦だが、彼女の目や発言した言葉からは成功させる事が出来ると言う絶対的な自信が感じられた。だからこそアルロは協力したのだ。
どこでこんな強力な認識阻害の効果のある赤いローブや仮面を手に入れたのかは気になるが、彼女曰くロジェの魔法のおかげで姿を消せるらしい。それが本当ならどこの国も黙っていないだろう。
――それが本当なら悪用して暗躍し放題だからだ。
「……ったく。ここまで吐かせるのに苦労したってのに、てめぇがこんなんで終わりなわけないだろ?さっさと立ち上がれよ。何時までもそんなとこで寝てんじゃねえぞ。」
あーるんがそう言いながら蹴り飛ばした影の鼓動の幹部、スペアに近付いて行く。彼女なら影の鼓動最高幹部であろうときっと負けないだろう。そうでなければ1:1で戦うなんて発言を自分からするとは思えない。
「彼女の事が心配ですか?アルロさん。彼女達は僕の何千倍も強いので心配する必要はありません。」
すると、自分の近くに控えていた護衛、セージが話しかけてくる。
「私も特に心配はしていませんよ。何せあーるん様はロジェ様が最も信頼しているお方ですから。」
あのロジェが信頼する女なら、アルロ自ら心配する必要はない。
それにガーベラから聞いた話だが、ロジェはこの街全てを守ってくれると断言したらしいし、この街の事もあまり心配はしていなかった。彼女なら屋敷で起きた影の襲撃を最小限の被害で抑えたり、氷魔法を使ってケーキを消滅させた時と同じように奇想天外な方法でこの事件を解決してくれるだろう。
だとすればアルロは今自分にやれる事をするだけだ。スペアと名乗る男が言った発言が本当ならこの空間にも何かしら仕掛けがあるはずだし、それを見つけ出して処理するのが自分の仕事だ。
「セージさん。我々は我々に出来る事をこなしましょう。」
「はい。そう言うと思ってました。とりあえず彼女達の邪魔にならないよう、会場出入口の周りから探しましょう。」
そう言いながらアルロは、二人の戦闘を邪魔しない程度に式場会場を見渡しながら異変がないかを探し始めた。
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占拠し終えたサウジスト警備塔の一室、合図を出したシャドーは一度そこに戻ってドロシアと会話をしていた。
「シャドー様。どうやらこの街の者達が占拠された事に気付き、街中に戦力が回され始めたようです。どうしましょうか?」
「ほっとけ。来るとしてもどうせ騎士団と《紅焔轟者》の連れてきた中級の魔導師程度だ。それにこの場所にいる上位部隊は他の占拠場所と違って多めに人員を割いてるし、その程度ならなんとかなる。」
シャドーは警備塔を相手が取り返しに来る事まで既に想定済である。
だからこの場所に上位部隊を一番多く割いているし、ロジェとかいう女に利用された下位部隊も虚術で作った糸を体に縛り付ける事で恐怖で支配し、そいつらも警備としてこの場所に何人か残して戦わせている。
だからこそ《紅焔轟者》か帝都からきた実力者がここに派遣されない限りは基本問題ないのである。
仮に奴らが出てきたとしても花束が回収し終わる前ならばシャドーが相手をすればいいのだ。
「そうですか。まぁ確かにこの場所には今はシャドー様もいますし問題なさそうですね。式場の警備もあるので多くは人員を割けないと思いますし。」
「……1つ吾輩の心配事をあげるとすればスペアくらいだな。」
「え?スペアさんですか?」
「スペアは潜伏が誰よりも上手いし、ちゃんと強い剣士だ。だけどあいつはリカバリー案を立てないから想定外の事に弱い。式場にあの想定外の塊みたいな女がいる限り何が起こるか分からないし、下手したら既にスペアの正体がバレてる可能性がある。」
それはシャドーがこの予告状で最も警戒し、最も怒りを感じている女、『ロジェ』の事だ。
どこから情報を仕入れているのか分からないが、奴は常に影の鼓動の想定を超えた動きをして計画をぶち壊す化物だ。きっと今も何か想定外の事を起こそうと動いているに違いない。
「確かにそうですね…後で私が直接連絡を取って確認しておきます。」
スペアは大丈夫だろうか。吾輩も今すぐそちらに殴り込みにいきたいが、『幸福の花束』が外に出回っている以上動く事は出来ん。
「そういえばドロシア。街の占拠に回した部隊の方はどうなってる?そっちが完了すればその人員も式場に回せるのだが。」
「どうやら派遣されてきた魔導師が想像以上に多いようでどこも時間がかかっているらしいです。話によれば《紅焔轟者》のクランに所属してる《水冥》も参戦しているようなので苦戦してもおかしくないかと。」
「《水冥》か。《紅焔轟者》の他に誰かしら居ると思っていたが、あいつが来るのか。あの老人も《紅焔轟者》と同じ実力者の割に魔法の気配が静かだし、何よりこの雨もあるしで少々厄介だな。」
《水冥》は《紅焔轟者》の片腕として有名な強力な水魔法の使い手だ。2人の実力は未だに互角とされている。
奴には街の警備もあるのでこの警備塔には戦力として回されないと思うが、一流の水魔法使いな以上は少し厄介だ。
シャドーが事前に作った『作戦に絡んできそうな冒険者リスト』にこの男の名前も入っているし、無効化方法もある程度は組んでいるので相手にするには問題はないが...。
「とりあえず《水冥》の動きは警戒しておけ。一応上位部隊全員に無効化方法を伝えてあるが、奴は腐ってもトップクラスの実力者だ。この雨も利用できる以上用意した対策が通じない可能性だってあるし、強い奴は想像を超える幾つもの策を持つから何が起きるか分からん。」
「分かりました。あとシャドー様、1つお伝えしたい事が。」
「…………なんだ。今すぐ話せ。」
ものすごく嫌な予感がする。
今回の予告状イベントでドロシアがこう話す時は基本『ロジェ』とかいう女が戦況を掻き乱している場合が多い。
凄く不穏だが、今度はどんな連絡をするつもりなんだ。ドロシア。
「はい。シャドー様が式場に差し向けたあの精霊が先程暴走を始めました。そのおかげで雨が非常に強くなっております。」
――あれ?別に何も悪いことじゃないじゃないか。
またあの女に何か掻き乱されたかと思ったが、普通だ。ついにあの女も万策が尽きたのか?
「………ほう。今度は何が起きたかと思って身構えたが、特に悪い話ではないじゃないか。むしろこの報告は良い流れが作れている証拠だろ。」
「――この話にはまだ続きがあります。暴走した精霊が街中を動き回っておりまして、嵐が強すぎて動きが上手く取れない以上、部隊の動きを止めざるを得ない状況になっていると報告が上がりました。強すぎる雨も相まって《水冥》の実力が時間が経つにつれて強化されているのでやりたい放題していると。」
――ん?吾輩が思っていた報告と違うな…
確かに式場に差し向けたが、あの精霊は何故かはぐれてしまった子精霊を探しに来ていたはずだ。
そんな精霊の力によって部隊の動きが止まるほど暴走するなんてありえない。子精霊に手を出す馬鹿なんて相当な死にたがりくらいだし、何をしたらそこまで怒るというのだ…?
「………あの精霊は吾輩と接触した時は種族の中でもかなり温厚だったはずだ。それなのに暴走するとは何があった?」
精霊の力が暴走するほど怒るなんて条件は限られている。色々あるが基本的に子精霊が殺された時か同士の仇討ちくらいだ。精霊とは奴らの地雷を踏み抜かなければ基本的に手を出さない温厚な生き物である。
「何があったのかは分かりませんが、精霊はどうやら誰かを全力で殺そうと怒り狂っているようです。追っているのはピンクの箒に乗った2人組という報告があったので、例の女の可能性が高いかと。」
その報告を聞いてシャドーは思わず警備塔にあった机を殴った。シャドーが殴った場所に少し凹んだ穴が出来る。
――クソッ!またあの女かッ!
確かに嫌な予感はしていた。していたのだが、またあの女が何処かから情報を仕入れ、街の制圧作戦を止められた可能性が高い。
いくら《水冥》が実力ある水魔法の使い手だとしても、水を操作出来る範囲には限界がある。街を1つ壊滅させてもおかしくない精霊を怒らせて我々の作戦を止めるなんてバレたらテロ行為と見なされてもおかしくないぞ!
「シャドー様、どうしましょうか?このまま街を封鎖すればいずれ浸水しかねませんので、3つの出入口は何処かで開く必要があります。開くにしてもタイミングを間違えれば更なる援軍が入ってくる可能性がありますが...」
サウジストは空中から幾らでも侵入出来るが、いくらマナで強化されていようと簡単には侵入出来ない程度の高い壁が作られている。現在3箇所しかない街の出入口を全て封鎖しているので、怒った精霊の水を貯め続ければそのうち内部の街が水に沈む事になるだろう。
――つまりあの女は街にいる吾輩の部隊の襲撃を止める事とシャドー達が警備塔を乗っ取った意味を完全に無くす為に動いていたという事になる。
「……あの女。わざと精霊を怒らせて我々が警備塔を乗っ取った事を完全に無意味にするとは完全に想定外だ。ここまでされれば何も出来ない以上、今回の作戦は失敗だ。今回は仕方なく我々は撤退するが、この街はいずれまた乗っ取るし、門を解放する。」
「え!?本気ですか!?せっかくこの街を何ヶ月も掛けて乗っ取ったというのに意味が無くなってしまいますが…」
「吾輩の発言は全て本当だし、悔しいが今回の作戦は中止だ。今の状態であの女を相手にするのは危険すぎる。階級が低いとはいえあの一般マウスが完璧に利用されたのだ。あの部隊の他に奴に情報を流している内通者がいる可能性もある。今回は撤退するだけで我々はいずれこの街を完全に占拠するから心配する必要はない。裏社会の人間には恥を晒すことになるが、存在が危険すぎるロジェとかいう女をこの界隈に晒せるだけでも十分は収穫がある。奴には高額の懸賞金もかかるはずだ。」
「……分かりました。部隊の人間には撤退命令を出しておきます。シャドー様はこれからどうするのですか?」
「吾輩だけはあの女の首をこの手で絶対に取る。ここまで組織をコケにされて黙って撤退などすればそれこそ影の鼓動の名折れだ。それに奴はどうせ式場に戻ってくるのだからその瞬間を狙うぞ。吾輩は今すぐ式場に向かう。」
「了解です。部隊に撤退命令を出しますが、全員が撤退し終えるまでに必要な時間は約1時間です。私もシャドー様に同行しますが、必ず生きて帰って再び暗躍の時を待ちましょう。」
「……ドロシア。お前は戦えないのだからくれぐれも無茶だけはするな。無理ならお前だけでもこの魔道具を起動して生き延びろ。吾輩の誇る最高の右腕がこんなところで見捨てる訳にはいかん。」
「シャドー様だけ置いて私が逃げるなんて以ての外です。私は地獄であろうと貴方に着いていきます。」
そう言ってシャドーは、下位部隊から回収した『混沌の次元』をドロシアに授けて、1つの部屋から出ていき、式場へと足を運び始めた。
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――全然連絡が繋がらないし、あーるんが私のローブを持っていったせいで姿を隠せない。本当にどうしよう。
ロジェ達は空中で全力で精霊から逃げている。何度も何度も精霊が叫んでくるが、しばらくするとそのプレッシャーにもある程度慣れてきた。恐らくこれは恐怖心が限界を超えた証拠だろう。感情が限界を超えると、目の前の事象に対して何も感じなくなるというのが生命体の本能である。
「ロジェ!これどこに向かってるの?街の中で逃げ回ってるけど、これなんの意味があるわけ!」
――そんなの聞かれても私にも分からない。
精霊から逃げ回っていればいつかあーるんが気付いてこっちにやってきてくれると思っていたが、全然来てくれないのだ。こっち来ないという事は恐らく彼女は屋内で何かやっているのだろう。そうなればもう詰みである。
「ガーベラさん、この街に強い魔導師とか戦闘員って誰か居ないんですか?」
「確かグロリオサが色々連れてきてるって言ってたから、街の方にも何人か強い魔導師は居ると思うけど、何処にいるかまでは私も聞いてないわよ?」
そのグロリオサが誰か知らないが、知っていて欲しかったな…。てかそんな実力者が来てるなら私に最初から教えておいてよ!!!
「とりあえずその強い魔導師に気付いてもらうまで何とか逃げるしかないかも…あそこまで怒ってると、ガーベラさんの鬼化と私の魔法だけじゃ火力が全く足りてない。」
――そもそも私の魔法は戦闘力0みたいなものなんだけど…
すると後ろから巨大な水の塊を精霊が飛ばしてきた。すぐさまロジェは警棒にスイスールを使って攻撃を吸収し、精霊に送り返す。
「この誤魔化しだっていつまで効くのか分からないし、誰か気付いてくれたりしないかな…」
そんな事を考えていると突然目の前に巨大な水の塊が現れた。恐らくあれに呑まれれば、タダでは済まないだろう。ロジェは急いでその場から離れる。攻撃魔法が発生した足元を見ると、そこには腕を空中に伸ばした1人の白髪の男の魔導師が立っていた。
――魔法の気配を完全に消した状態でこの広範囲高威力の魔法を使えるようなここまでの練度が高い水魔法の使い手、見た事ない。一体あの男は何者…?
「あの魔法はもしかして…《水冥》?グロリオサはそんな事言ってなかったけど、まさかこの街に連れてきてたの…?」
――ごめん、誰?すいめいさんって人の名前?
「とりあえず今はあの人に任せましょう。なんで私を狙ってくるのか分からないけど、この規模の攻撃ならなにか効果はあるかも!」
水魔法は水を操ったり、滝のような大規模な水を召喚したりするのが基本で、応用次第では最強になれると名高い魔法だ。
魔力の消費が最も激しかったり、1つ1つの取得難易度が魔法の中でもトップクラスに難しい分、極めれば人の体内にある水分を自在に操れたり、一瞬で呼吸が出来なくなる程の水責めに出来るので、どの魔法よりも殺意が高く、対人や対魔物においてはかなり重宝されている。
そしてその『すいめいさん』が召喚した水の塊が巨大な斧へと変換し、精霊に襲いかかった。
水で作った物理的な武器の質量は形の維持が難しい分、他の魔法の中でもかなり重い。これなら多少精霊も落ち着いてくれるはずだ。
「とりあえず精霊さん、この攻撃を受けて一度落ち着いてくれるといいんだけど…どうなるかしら。」
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――なんだこのちっぽけな魔法は。
母の怒りは更に増そうとしていた。自分は『水』を操る精霊だ。だからこそ人間程度が使う水魔法で自分の怒りが治まると思われた事に腹を立てているのだ。
奴らか逃げている時に聞こえた会話だが「私は相手を助けようとしていただけです!」だとかふざけた事を言っていたので、尚更腹立たしい。そんな事を思う奴が精霊語を駆使して話して来るわけが無いだろッ!
――この程度で精霊の怒りが治まると思うなよッ!
怒った母は水の斧を一撃で粉砕し、弾け飛ぶ水を圧縮して雨雲へと変換させた。その雲を丸型の棘の付いたボール状に変換し、自分を侮辱してきた女に向かって全弾放ってやった。水を圧縮しているので質量も相当あり、触れた瞬間その場で大爆発を起こすだろう。
――先程から私の精霊術を吸収して跳ね返すという事しかしてこないが、この攻撃は媒体が雲だ。何をしたかは知らないが、これは魔法攻撃ではない以上簡単には打ち返せないし、当たれば100%死ぬだろう。
そうして雲があの女の目の前で爆発し、箒が落ちていくと思ったその時だった。あの女も同じく小さな雲を召喚し、攻撃を回避したのだ。
――なん…だと…?私の精霊術を使った物体変化を無効化し、即座に精霊術を再現したというのか…?
そんな事を出来る者なんて聞いたことも無いし、今まで出来た人間も見た事がなかった。確かに魔力は異常だが、ここまでの実力を持っているとすれば明らかに化物だ。
精霊術は人間には理解出来ない程の複雑な術式を使う以上は、見様見真似で真似するのは有り得ない。精霊術は精霊の種族にとっての誇りな以上、真似出来る人間は存在してはならないのだ。
そんな化物について一種の恐怖を感じながら相手を観察していると、彼女が口を開いた。
『何に怒ってるのか知らないけどいい加減私だけを攻撃してくるのはやめて欲しいわね…あなたもそう思うでしょ?ガーベラさん。』
「怒っているのは貴様の態度だッ!」
『それはそうだけど……てか何言ってるかは分からないけど、精霊がきゅうきゅう言いながら更に怒ってるわよ!』
あの女が精霊を馬鹿にした事に気付いてないはずがない。そもそも、精霊語を知らない奴が精霊に向かって同じ言葉を話そうとかいう思考回路を持つ訳が無いのだ。そんな事をしなくても一方的な会話は出来るので、人間如きが精霊相手に精霊語を喋ること自体が侮辱に値する。
そうして目の前の女に向かって母は、巨大な水の塊を召喚し、それを何千もの槍に変えて落とした。精霊術で作った武器は、水を何万倍も繊細に圧縮しているので通常の水魔法で作った時の何倍も硬く、威力が強い。ただの人間風情にこの攻撃が突破出来るわけが無い。
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――なんだ。相手は色んな種類の魔法が使えるのかと思ってたど、水魔法しか使えないなら意外と何とかなるかも。
ロジェは即座に『永久変化の雲』で新しく飛んでくる水の槍を何事も無かったかのように吸収し始めた。これなら吸収量の上限さえ守ればなんとでもなりそうだ。
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「マスターからの撤退命令だ!とっととこんな場所からずらかるぞ!」
サウジストの街中で組織の男女二人は命令通り外へ出るために仲間と共に指示のあった1つの出入口に向かっていた。《水冥》の力は異常だった。この嵐のような雨ですらあの男が発生させたのかと錯覚するレベルで水を操るので恐ろしい。
自分が見ただけでも同士が少なくとも30人はやられていたし、攻撃手段も殺すのでなく大気中の水分の圧力を上げて重さを直接付与し、その場から動けなくするという聞いたこともない離業で捕えるのだ。その攻撃で血を吐く者も居たし、自分が逃げきれたのは奇跡だ。
「でもぉ、私達はあの《水冥》から上手く逃げれたしぃ?出口まであと少しじゃん。だからこの緊張感もあと少しってとこかしらね〜!」
「おい油断すんな。《水冥》は何とか巻いたが、奴の連れてきた魔導師だって全員が手馴れなんだから上手く避けねえと死ぬぞ。」
そう会話をしながらしばらく走っていると二人はようやく出口に辿りついた。生きて外に出られた事がこれほど嬉しいと思った事がない。
さっきまでの状況を例えるなら、何匹もいる猫の住処から脱出を試みる鼠のような感覚だったが、今は全ての重圧から解放され空さえも飛べる気分だ。ここから脱出出来ればなんでも出来るだろう。
「でぇ、ここからどうするの?あのマスターはぁ、ここから先の事は何も言ってこなかったけどぉ…」
「とりあえずいつものように組織の街に向かうしかないな。一番近場でもかなり離れてるから時間はかかるがやるしかない。運良く生き残れたんだから、組織の為にも生きて帰らねぇと。」
影の鼓動は大きな組織だ。外から国の戦力を派遣されても、影の鼓動のメンバーで追い返して完全に乗っ取った状態の国や街は探せばいくつかあるのだ。ここから先の指示はないが、今はマスターからの指示を待つ必要がある以上、まずはそこに向かうべきだろう。
そんな事を考えていると、突然目の前に赤い狐の仮面を被った男が現れた。さっきまで人のいた気配がしなかったのだが、突然現れた人の姿に恐怖が走る。
「お、おい!お前は何者だ。」
「....これで丁度101人目ってとこだな。どれだけ来るかわかんねーが、あと少しってところか?化物に戦う前に肩慣らしが出来るのはありがてぇけど、こいつらも軽く見た感じ大したことねえな。ロジェの奴、もっとやりごたえのあるつえぇのを俺にぶつけてこいってのッ!」
101人目。その言葉を聞いて男は即座に理解した。外に逃げ出した構成員は全員生きていないという事を。
「まっさかぁ、そこのお兄さん。私達の事を潰し回って――」
「とりあえず聞きてぇんだけどよお。お前らで終わりか?俺的には誰も反撃してこねえからつまんねえし、もうお前らのゴミ掃除の仕事は飽きてたから終わりにしてえんだ。まだいるならここに残らなきゃダメなんだけど、さっさと情報だけ吐いてくれ。どうせお前らじゃ勝てねえから反撃しようと思うなよ?そうすれば命までは取らないでやるからさ。」
――何を…言っている。俺達残党の処理に飽きた...だと?こいつは分かってて挑発しているのか、それとも興味がないのかわからねえ。
「へっ。まだまだ仲間は中にいると思うぜ兄ちゃん。だが俺達はそう簡単にやら――」
「そうか、だったら頑張って外に出てきてくれたところわりぃな!お前らみたいな反応する奴はもう見飽きたし、潔くやられてくれ!」
そう言って狐面の男が手元にある刀を抜く動作すら見せず、逃げていた男の両腕は一瞬で切り落とされた。そして相手は全く動いてないのに首元が軽く殴られた感覚が体に走り、意識がどんどん薄くなっていく。最後にこの男が耳で捉えた言葉は実に理解の出来ない言葉だった。
「にしても街の中すんげぇ事になってんじゃねえか。あいつらだけ強そうな獲物を独占するなんてずりいぞ!…ったくちゃんと俺の分まで残しとけよ...!無かったら承知しねえからな!」
――《水冥》の支配する街と親精霊の怒り狂う景色を見て、そんな感想が出てくるとかどんな化け物なんだこいつ....。思考回路が人間じゃねえ…狂ってる。
そんな事を考えながら男は意識を完全に失った。青白い火のような奇妙な物を操る一人の化物に恐怖を抱きながら.......。




