第二章 37 『人喰いケーキ①』
「シャドー様。どうやら式場に結婚祝いとして送った例の魔法生物が動き始めたようです。何故かは知りませんが巨大化して大騒ぎになっているだとか。」
「随分と予定よりも早い御披露目だな。スペアの奴一体何考えてるんだ?」
シャドーとドロシアは空中にて最終準備を行っていた。当初の予定ならば式場のケーキ入刀に合わせて、シャドーが合図を出して一斉に動き始める予定だったのだが、20分以上も早く動くとなれば作戦が大きく変わってしまう。
「というか騒ぎになるほどの巨大化とはなんだ?吾輩の作った絶望の権化にそこまで巨大化するような仕様を入れた覚えはないぞ。」
吾輩が土魔法と虚術の技術を中心に組み合わせて作った自信作のスライムなのだが、騒ぎになるほど巨大化するオプションは付けた覚えがない。巨大化と言っても設定したのは成人男性くらいのサイズだ。初めて攻撃を受けたレベルの魔法を受けたりすると突然変異で巨大化するかもしれないが、簡単に思いつくような考えられる可能性はこちらで全部潰しているはず。一体式場内部で何が起こっているのだ…?
「私にもよく分からないのですが、式場内部にいる従業員や参加者を捕食して想像以上に巨大化しているかも知れません。シャドー様がそんな初歩的なミスをするとは思いませんが。」
「全くだ。あれは捕食はするが、内部にいる人間は一時的に昏睡状態になるようにしたはずだ。そんな魔物が人を食っただけで騒ぎになるほど巨大化なんてするはずがなかろう。…ったく。今回の予告状は本当に想定外の事ばかり起こるものだ。これも吾輩に眠る秘められし力を解放する為の儀式であるなら甘んじて受け入れるがな!」
「しかし大丈夫ですか?スペアさんもここまで早いアレの起動は想定外だと思いますよ。まだ祝福の鬼嫁を相手に渡せていないかもしれません。」
「吾輩に忠――」
「ド!ロ!シ!ア!何度も言いますが私はドロシアです!で、なんですか?」
「………ドロシアよ。スペアの事を信じてないのか?あいつは吾輩よりも腕のある優秀な潜入部隊だぞ?あいつは気配の隠し方も臨機応変に動ける力も吾輩よりも圧倒的に高いのだ。あの自信家のサイコパスがその程度で動じると思うか?その事はあいつと同じくらい組織に長くいるドロシアが1番分かってることだろう。」
スペアは潜入の技術において超一流である。恐らく裏社会に置いてもトップクラスだろう。奴は自信家な事もあって保険を用意しないのが唯一のダメな所だが、あの男はやる時はやる男だ。今回もあの男は放置していてもきっと大丈夫だろう。
毎回予告状イベントが終わる度に試練がどうだとか情報を出し渋る癖がどうだとか色々と文句を言われるが、吾輩はそんな物を与えた心当たりはないし、心配しなくても奴は強い。
「……確かにそうですが、式場にはあの番狂わせの女が居るので少し心配になっただけです。シャドー様の言うことが本当ならもしかすればあの者が何かを企んで巨大化させた可能性もありますし。」
「組織に自ら潜入して吾輩に喧嘩を売り、下位部隊を引き連れて内部分裂を狙ってきたあのアホ毛の女か。今までの行動を考えれば確かにその可能性もあるな。」
シャドーから見てあの女はこの作戦において最も危険だ。精霊や魔物をこの場所へと導ける奇妙な術を持っているだけでも厄介極まりないのに、吾輩以上の魔力量とカリスマ性を持つのだ。そのせいで下位部隊の馬鹿共は騙されたのだろう。
オマケにこんな街中に堂々と高位精霊を呼び出して組織諸共全てを消し炭にしようとするあの思考回路は敵に回すと危険すぎる。何を考えているのか分からないあの表情の裏に隠れた危険な思考回路が今はとにかく恐ろしい。
「にしても、シャドー様は下位部隊を昏睡させるだけでトドメを刺さないなんて甘いと思いますよ。裏切った人間は始末するルールを作ったのはシャドー様なのに。」
「………今回は特別だ。奴らはあの女に良いように利用されて騙されていただけにすぎないし、今あれだけの人員を減らすと組織としてダメージが大きすぎる。それに今回は組織の穴を突かれてここまでの痛手を負ったのだから、奴らには吾輩が自ら更生させるとしようではないか。」
「……いつもそう言ってシャドー様は何もしていませんよね?なんだかんだ部下には優しいのは分かっていますが、たまには処罰も与えないと同じような事が起きてしまいます。なのでやるのであればそう言った部分はしっかりしてください、ね!」
分かってる…分かってはいるが、吾輩が出たところで何も変わらない事を悟るから実行に移せてないだけなんだ!
指を指してないでそこら辺も分かってくれ…ドロシア!
「それでどうしますか?今から動きの合図を出しても上位部隊なら作戦に移す事くらいは出来そうですけど。」
確かに上位部隊なら動けそうだが…あいつらはまだ最終確認とか装備品の確認をしているだろう。それに式場にはここまで波乱を起こし続けた女が絡んでいるのだ。
――もしこの巨大化も奴の作戦の1つだとしたら?
その策に乗った瞬間、相手は何か起こすつもりかもしれない。いや、今までの事を考えればその可能性が高いだろう。少なくとも吾輩がその立場に居るのなら、ここは相手のペースを乱してそこに不意打ちを仕掛ける選択肢を取る。
「…………いや、少し様子を見よう。この想定外はあの女が我々のペースを乱すために自ら引き起こした可能性がある。ここで策に乗れば奴の思う壺だ。吾輩はもう二度と奴の挑発には乗らんぞ。」
「分かりました。それとスペアさんに何か伝えておく事とかってありますか?」
吾輩は別に伝えることは無いが、何も言わなかったら後で文句言われそうだし、ここは1つ適当に言っておくか…
「そうだな…吾輩の起こす風がこの街の大地を切り裂く時、精霊共が吾輩を崇拝するだろう!とでも言っておけ。吾輩から言えるスペアへの助言は以上だ。」
「……分かりました。スペアさんには先程シャドー様が式場に送った『親精霊を敢えて怒らせて帝都から来た実力者に差し向けろと言っていた』と伝えておきます。」
「吾輩はそんな事は言ってないぞドロシア。深読みするのは別に構わないが吾輩だってただカッコつけたい時もある。」
「!? そうだったんですか!?いつもの病気と意味深発言すら区別出来ていなかったとは……以後気をつけます。」
いつもの病気ってなんだ。吾輩は健康体そのものだぞ。深読みするのは勝手だが、吾輩を病気扱いとは酷いではないか全く。
「……今回の完璧な作戦がもうすぐ始まるのだから吾輩の中に眠る力が解放されそうだ。今か今かと解放の時を待つ我が右手の震えが止まらない…!」
「それ、多分シャドー様の体の体温が下がって寒いとSOSを出してるだけだと思いますよ。」
――吾輩はそんな現実的な意見は求めてないぞ。こういう時だけ普通に深読みしないのはおかしいではないかッ!
そんな事を考えていると、シャドーの真後ろから高速で飛んできた何かに頭をぶつけ、シャドーは大ダメージを受けて地面へと垂直落下し始めた。何とか気合いで体制を整えようとするが、木への直撃は免れないだろう。
「!? シャドー様ああああああああ!!!」
「だ、大丈夫だ…問題な――」
空から落下するシャドーが最後に目に捉えたのは、見惚れる程に美しい黒い髪と花嫁の衣装姿だった。
――まさか、あれはアホ毛の女か…?
△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼
「さっき何かにぶつかったみたいな鈍い音がしたけど――ホントに大丈夫なのよね?ロジェ。」
「……分からないけど私にある呪いが発動してないから多分大丈夫。そもそもこんな上空を飛んでる人なんているわけないし、ぶつかったとしても魔物か鳥か何かなので気にする必要ありません。この速度でぶつかったならどうせ生きてないですし。」
「呪いって……何なのか知らないけど言葉の響き的になんか物騒ねそれ。まぁロジェが大丈夫って言うなら良いんだけど。それより、さっき言ってた話は本当なの?」
「それは…分からない。けど1番信用してる私の仲間がそう言うなら多分本当だと思います。あの子はこんな場面でそんな嘘をつく子じゃないですから!」
ロジェとガーベラは現在アルロの屋敷から脱出し、箒を使って全速力で式場に向かっていた。全てはさっき聞いた人喰いお化けの情報の為だ。何やらそのお化けがかなりの大きさになって式場で暴れているらしい。現在あーるんや帝都からきた騎士団が全力で抑えているらしいけど静まる気配がないようだ。
そしてロジェにはその現象に少なくとも覚えがある。
それは式場が始まるまでに『ケーキを一時的に小さくして欲しい』という頼みを聞いたことだった。多分そのケーキはロジェが魔法を使って一時期的に小さくしていた物が魔法の効果切れにより普段以上の大きさに戻った可能性が高いのである。
となれば、この騒ぎの原因はロジェにあるのだからこのまま放置する訳にはいかないのだ。これを放置すれば恐らく影の鼓動関係なく街が崩壊してしまう。なんでケーキが暴れてるのかは知らないけど!
「とりあえずもうすぐ式場の入口付近に着くので今から急降下します!一気に重力が掛かるので軽く舌噛みながら意識を保ってください!」
「かしこまりっ!」
そう言っていつも通りロジェは地面に綺麗に着地――――せず頭から落ち、それを見ていたガーベラが持ち前の高い身体能力を使って即座に箒から飛び降り、腕を地面につけ、そこを支点に回転しながら着地する。
「やっば2人乗りばむずかじい…」
「大丈夫?今頭から思いっきり落ちてたけど顔が潰れるほどの受けたりしてないわよね?」
「――大丈夫でず。高い所がらばおぢなれでるので…」
「高い所から落下に慣れてる…?な、慣れで何とかなるものなの?これ。」
やっぱり2人乗りの精度はまだまだ練習しないとダメだわ。というかそもそも1人用の箒で無茶するなって話だけど毎度毎度巻き込まれる事件がやばすぎて2人乗りせざるを得ない状況がおかしいのよ!全くっ!あとガーベラさんはそんな化け物を見る目で私の事を見ないでくださいっ!
「とりあえずガーベラさんはどうしますか?私に着いてきても構いませんけど現場に行くので危険です。このまま私と離れて避難しておくのも悪くないかと思います。」
「嫌よ!この式をやるって決めた私にも責任があるんだから最後まで事態を見届けなきゃならないもの。参加者を式場に残して私だけ逃げるなんて事出来ないわ!」
この責任感の強さといい、度胸といい、やっぱりアルロさんに似た所かあるなぁ…。1人で抱えすぎる所と破天荒な部分を除けば素晴らしい子よこの子は!
「それに、ロジェの情報が本当ならこの仮面は強化アイテムなんでしょ?完全な事は分かってないし、使うリスクは高いけど上手く制御出来たら私だってかなり戦力になるわ!吾は…私に任せて!」
「それはそうですけど、いくら身体能力の高いあなたでも私は少し心配ですよ…情報無しに魔道具を使うことはオススメしません。」
仮に使ったとして彼女が殺人鬼となればアルロさんに顔向け出来なくなるし、そもそもそのアイテムはどこまで制御できてるのか本に書いてなかったから分からないのよ!戦力になるのは非常に有難いけど、リスクが高すぎる!
「それに、きっとロジェなら何とかできるでしょ?このアイテムに詳しいなら解除方法の1つくらい分かってるはずだもん!」
……………はい?
「しかもロジェは私に言ったでしょ?ロジェは私の望むことを全部叶えてくれる天才の魔法使いだー!って。だから私はそれを信じるわ。」
いや確かに言った。言ったけどもっ!私にだって出来ることと出来ない事があるの!それを良いことに何でもかんでも無茶ぶりしすぎじゃない?私の実力を買い被るのもいい加減にしろーーー!
「……私にだって出来ないことの1つや2つはあります。それにこのケーキだって敵の仕掛けって考えれば仮面を付ける事まで想定している可能性もあるんですから勝手な事はやめてください。」
「分かった!けどいざって時は私も加勢するし、ちゃんと頼ってよ!ライトが渡してきたアイテムだから信用は出来ないけど暴走した時は私の事を頼む!」
――彼女に本物の仮面渡したの不味かったかな。解除方法とか隠れた効果があるか分からない以上、人格が乗っ取られる可能性もあるし、やっぱり適正者じゃなさそうな私が管理した方が良かったかしら。
あと敵前提で話が進んでるけど、何故か偽物の仮面を持ってたんだしライトさんは別に敵じゃないと思います…多分。
「とりあえず危険になったら私が言うので、それまでは絶対に勝手なことはしないでください。」
ロジェがそう言い残して式場の建物の中へと入ろうとしたその時、式場の外会場から巨大化したケーキの姿が確認できた。
「え?なにあれ!?巨大化したって聞いてたけど、まだ式場に入ってないのにここから姿を確認出来るなんてどうなってるの!?」
――ここまで巨大化するのは想定外ね。もしかしてだけど、元々は何か吸収して巨大化する個体だったけど、私の魔法のせいで想像以上に巨大化してる…?
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――おい…シャドー。ここまで巨大化するなんて聞いてねぇぞ!あの馬鹿、何回この僕に想定外のシチュエーションを作って絶望させるつもりだ!情報の出し渋りによる試練もいい加減にしやがれ!
ライトは空から会場に向かって落ちてきた巨大なウエディングケーキが暴走し始めたので軽く焦っていた。
本来ならばガーベラと合流後に行う手筈になっていたケーキ入刀のイベントに合わせて、シャドーが作った魔法生物に寄生させたウエディングケーキを式場内部に放ち、ガーベラに仮面の着用を強要するつもりだった。
そもそもシャドーはあの魔法生物が式場を壊せるレベルにまで巨大化するなんて事は一言も言っていないので、いつものパターンで行くと間違いなくあの馬鹿が試練をぶつけてきたことになる。
――何度も言ってるのに情報を出し渋りやがって…俺はお前と違って何かと便利な虚術も土魔法も使えねぇんだぞ!
シャドーは昔からそうだった。奴は何故か身内に情報を出し渋り定期的にライトを地獄へと叩き落とす悪い癖がある。奴の課す試練は下位部隊だろうがなんだろうが組織に属するもの全員が対象なのだ。
彼に恨まれてるのか知らないが、シャドーは何故か自分にだけは毎回のように想定外の地獄に叩き落とすので迷惑極まりない。
――とりあえず今僕がやることはガーベラを何としてでも探し出して仮面を起動させることだ。仮面で強化されたガーベラならきっとあのケーキも完全に切断出来るはず。
「おいお前、影の鼓動なんだったらなんか知ってんだろ。今すぐあれについて教えろ!というかなんてもん仕込んでんだてめぇら。」
あーるんとかいう女が突然やってきて何か辛そうな顔をしながら鋭い声で質問をしてくるが、まだガーベラが戻ってきていない以上は、自分の立てた作戦を続けられないのでライト(偽物)の正体をばらす訳にはいかない。
「ぼ、僕は何も知りませんよ!何時まで僕の事を疑ってるんですか!こんな緊急事態の時こそ協力しましょうよ!」
「さてどうだかな。はぁ。今は構ってやれる余裕はねぇけど、後で全力で問い詰めるから覚悟しとけよ。」
「だから僕は知りませんって!」
――どうやらまだ僕への警戒は続いているらしい。というかこいつ、もしかしてだけど甘い匂いが苦手なのか?こいつを始末する際にスイーツを持ち込んで動きを鈍らせるのもありかもしれないな。ケーキは想定外だが、良い収穫が手に入ったし面白くなってきた。




