第一章 06 『襲撃②』
「誰かあああああああああああああ!!!!!私を止めてええええええええええええ!!!!!!!」
1人の魔女は空中で暴れてながら叫んでいた。箒になんとかしがみついているが、もはやどこに向かって飛んでいるのか誰にも分からない。
こうなった原因はロジェが使った魔法の1つである『フィールプレッション』という魔法に原因があった。
フィールプレッションとは、使用者の感情や考えを表に『全力』で表現する魔法だ。
感情表現が苦手な人間が使えば、内面の感情の感情が強制的に表に出てくる為、明るい気分であれば明るい性格になるよう行動が変化するし、不眠症の人間が使えば秒で眠ることが出来るようになる便利な魔法だが、かなり癖の強い魔法である。
デメリットは、感情を全力で表現した反動として使用した後は30分ほど虚無顔以外に変化しなくなること。そして少しの感情変化で、表現内容が著しく変わってしまうことにある。
要するに何が起きているのかというと、今ロジェが空中で暴走しているのは戦場に早く駆けつけたいという思いを全力で表現する為に高速で移動していたが、想像以上の移動速度によって感情が『混乱』に変わってしまったので、飛んでいく方向が固定されず高速で意味不明な方向に飛んでいるのである。
せめて…。せめて一瞬でも動きが止まれば魔法だって簡単に解除出来るのに!!!もう!どうして私の魔法はこうも絶妙に使いにくい魔法ばかりなのよ!!!
飛びながらとにかく『冷静』になろうと努力をするが、どんどん速度が加速していくため一向に止まる気配がない。
「もうこうなったらどうにでもなればいいわ!どこかに墜落するくらいなら自分で無理やりにでも止めてやるわよ!フィールプレッションー!」
この魔法は同じ魔法を唱えれば解除出来るのだ。ロジェは念の為に5分だけ浮遊することが出来る浮遊魔法と衝撃緩和魔法をかけて、魔法を解除する。
すると箒の動きは空中でピタりと暴走は収まった。
「な、なんとか止まったわよ…。どうしていつもいつも私の魔法はこうなっちゃうのかしら…。」
ぜぇぜぇ言いながら虚無顔のロジェは箒に掴まる。自分の使った魔法で死にかけたのは実に久しぶりだ。
変わった魔法で遊んでいるとトラブルに巻き込まれて死にかけたことはこれまでもよくあったが、空中で暴走して死ぬとかいうそんな恥ずかしい死に方だけはしたくない。
とりあえずどこまで飛んでいってしまったのか確認する為に箒に力を込めて移動しようとしたその時、1つの事実に気付いた。
…あれ?私の手元にあるはずの箒がない。
よく見ると、跨っていた箒が勝手に1人で自分の真っ直ぐ前に向かってゆっくり飛んでいく姿が見えた。
そうだわ!私今『安心』という感情に浸っているから、魔法を解除し忘れていた箒がその感情を表現するために行動しちゃってるんだわ!!!
『安心』の表現は、精神の落ち着くような動きの再現である。箒が一定の速度で移動し、箒の繊細な動きをみているだけで心が落ち着くような動きをしているので、その姿を見ていると何もかもがどうでも良くなりそうな気さえしてくる。
「あぁ〜。なんという美しい動きぃ…。私の箒ってこんな動き出来るんだぁ〜!魔法って凄いなぁ。」
あまりにも美しい箒の動きに見惚れていると、咄嗟に発動していた浮遊魔法の効果が切れ、高速で地面に向かって落下した。
「箒に見とれてたから魔法を解除するの忘れてたああああああぁぁぁぁ!」
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『おいヒュー!今すぐそこから離れろ!』
仲間の声を聞いた時にはもう手遅れだった。
油断をしていた訳では無いが、仲間からの声を聞くまで他の龍から狙われていることにヒューは気付けなかった。ヒューを目掛けて氷龍が氷のブレスを放つ準備をしていたのだ。
「まずいっ!この距離からのブレスは避けられない!」
現在ヒューは地面を既に蹴ってしまっている為、方向を変えようにも動きが間に合わない。
氷龍がヒューの真横にブレスを飛ばしてきた。
「ウォールアース!」
咄嗟に土属性の初級魔法で小さな壁を作ってブレスを凌ごうとする。
初級魔法なので、作った土壁の耐久値には期待出来ないだろう。案の定数秒も持たずに壁は崩れてしまった。
だか、地面を蹴り直すくらいの時間ならば稼ぐ事が出来る。
風魔法で機動力が大幅強化されているヒューならば数秒の時間があれば地面を蹴り直し、飛ぶ方向などいくらでも変更できるのだ。
着地した右足で地面強く蹴り直し、ヒューは氷のブレスを見事避けきった。
「やっぱり龍の群れ相手となれば、前方だけ警戒するだけだと危険すぎるな。もっと色んなとこ見ないとすぐに死にそうだ。」
即座にヒューは風魔法をかけ直し、自身の機動力を最大まで上げた。魔法を使い身体能力を最大まで上げると、後に大きな反動が来る。この世界ではそれが常識だ。風魔法を最大まで自身に付与すれば、丸1日はその場から動けなくなるだろう。
「勝手に無茶して魔法出力を最大にしたことは後でガッツとリンには怒られるだろうが、命には変えられない。僕は今全てを使って自分の出来ることを最大限やるべきだ!」
機動力を最大まで上げたヒューの動きは、地上最強生物である竜族の眼力を持ってしても捉えることは出来ないだろう。
雷竜が放つ雷撃と氷龍の飛ばす尖った氷柱を上手く捌くと同時に相手の弱点を探る。
龍の攻撃を捌きながら横目で別方向を見ると、リンが出したであろう特大サイズの大量の燃えた氷塊やランスの飛ばした神速の弓がこちらに向かって飛んできているのが見えた。よく見るとガッツも援護するためにこちらに向かって飛んできている。
恐らく彼らは氷龍の不意打ちに気付き、ヒューの援助をしようとしているのだろう。だが彼らの補助とは別に、気になるものが視界に入ってきた。
空からこちらへ向かって『何か』が高速で飛んできているのだ。
「あれは…人か?本当に人ならそんな高速でこの戦場に落ちてくるなんて相当狂ってるぞ。」
しかしヒューは落ちてくる『何か』に構っている余裕はなかった。少しでも油断すれば竜の攻撃が直撃してしまうからだ。
とりあえず1匹でも動ける敵の数を減らすために目の前にいる雷竜の脳天に向かってヒューが飛び、大きな一撃を与えるために火・土・氷の3属性を剣に纏わせる。目の前にいる雷竜に脳天に大きなダメージを与えれば、龍であろうと少しの間動けなくなるだろう。
自分の剣に属性を纏わせたその時だった。
ヒューの後ろに空から高速で落下していた『何か』が地上に落ちた時、大きな赤い雷が数本地面へと落ち、その場所を中心とした大爆発が起きた。
「!? なんなんだこれは!まさか高速で落ちてきたアレが何かやったのか!?」
咄嗟にヒューは属性を纏わせていた剣で小さな属性の魔力障壁を貼って爆発の余波を抑える。
だが、あまりの爆発の威力に咄嗟に貼った魔力障壁では長くは耐えられない。時間が経過する度に障壁に入るダメージが大きくなっている。
「こうなったら一時離脱だ。一旦避難しないと僕も致命傷を追ってしまう!」
ヒューは障壁が消えてしまう前に1度地面に着地し、過去1番強く地面を蹴って空中へと高く高く空へと飛んで現場から逃げていった。
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「あいたたたたた…。ここは一体どこなの…?」
高速で空から地面に向かって落ちたロジェは、その場から立ち上がった。
全身にかなりのダメージがあるが、魔法発動前にかけていた衝撃ダメージを軽減する魔法のおかげでなんとか私の命までは取られなかったらしい。
知らない間に何故か魔力がほとんど無くなっていたので、自分に治癒魔法をかける余裕はなかった。
本来の作戦ならばこうだった。
①「真実の追求」と呼ばれる魔法を使って、襲撃している龍の長を見つけてその龍の近くに着地。
②龍の近くまで行って、事前に『アクトピクチャ』という魔法を使った爆発ポーションを投げて一瞬龍達を怯ませてその隙に龍の長の目の前へとロジェが移動する。
③そこで『フィールプレッション』で『謝罪』の気持ちを表現するため、この世で最も美しい土下座をしてペンダントを返し、襲撃をやめてもらう。
という超絶計算された完璧な計画が見事決まる予定だったのだ。それがどうだろうか?
演出の設定は何故か1000倍に設定されているし、フィールプレッションは暴走するしで散々な結果だった。
真実の追求とは。
魔法使用者が1番願っている情報を1つだけ自分の脳内に送り出し、情報を得る事が出来るという超絶優秀な魔法である。
デメリットとしては、1度に使用する魔力量がとてつもなく高い事であり、魔力量が高すぎるロジェであっても1度使うと7割弱の魔力が一気に消費されてしまう。
アクトピクチャとは。
その名の通り、物の演出を自由に変更出来る本来隠し芸などで使用されるような初歩的な宴会用のネタ魔法である。デメリットは特にない。
周りをよく見ると、何匹か龍や人も倒れているし、何故か生き残った龍達が私の周りに集まり平伏していた。あまりにも状況が意味不明すぎる。
「どうしてこうなった…?」
あまりにもカオスな状況に困惑していると、空から茶髪で短髪の男が降りてくる。よく見ると緑色の服を着ていて、腰には1本の剣を装着している如何にも冒険者といったような体をしていた。体から溢れるマナの量的にこの男は確実に強い部類の人間だ。
そんな彼はどうやってこの大惨事?で倒れることなく生き延びたのだろうか?
すると降りてきた男は気安く話しかけてくる。
「あれ?君がやったのか?とんでもない威力だったがあんな魔法を僕は見た事ない!一体何者なんだ?」
あれ魔法じゃないんです!私がポンコツだっただけなんですぅぅううう!!!
そんな事が言えるわけが無いので、とりあえず返事をする。
「…あの魔法は確かに私が起こしました。ですが、あれは私でも予想外の威力でしたし、周りにも大きな被害を出してしまいました。なのでこれは褒められるような物ではありません。大失敗です。」
「なんだって!?君はあの大規模な爆発で大量の人や龍の命を取らず、見事に意識だけを一瞬で奪い取ったと言うのに、あの魔法ではまだ物足りないと言うのか!?」
…え?私の周りに倒れてる龍達ってまだ死んでないの?生きてるんだとしたらめちゃくちゃ怖いんだけど…
「それにあそこまでの大爆発を起こしたのに、君の爆発によって壊された門や壁などが1つも見当たらないんだ!それほど高度な魔法を操れているのに、これが失敗作だなんて何かの間違いだ!」
そりゃそうでしょうね!だってあれはただ演出を過剰にしただけの小規模な爆発ポーションなんだもん!!
そもそもあそこまで過剰な演出にした覚えないし、10km近く離れてる門や壁なんかに目立った被害があるわけないでしょ!!!
「いえ…。あれは間違いなく失敗です。本来ならば生物の意識を奪う事も無かったですし、そもそもそこまで大きな大爆発?も起こりませんでした。1度術式を見直さなくてはいけません。」
体はまだ痛むが良い感じのタイミングで私の元へと戻ってきた箒を掴み、解除し忘れていた魔法を解除してから箒でその場から立ち去ろうとするが、途中で自分の肩を目の前の男に掴まれた。
「待ってくれ!僕の名前はヒューだ。彗星の神子というパーティのリーダーをやっている。君の名前だけでも聞かせてもらっても大丈夫か?」
「ロジェ…」
「え?なんて?」
「私の名前はロジェ。旅を続けている通りすがりの魔導師です。私にはまだやるべきことが沢山ありますし、時間が無いので失礼します。」
「だから待ってくれ!1度でいいから話を聞いてくれないか?君さえ良ければなんだが、1度僕と一緒に帝都まで来てくれ!君のおかげでこの群れを抑えることが出来たんだ。それにまだ色々と聞きたいこともある。国も僕も君のような功労者を見逃す訳にはいかないんだ!」
いや普通に嫌なんだけど???そもそも私はこの事件を起こした犯罪者のような物だし、私はさっさと龍達にこのペンダント返して帝都から立ち去りたいだけど…
「それはお断りします。先程も言いましたが私の魔法は失敗作です。あんな事をした私は称えられるような資格はありません。それでは。」
箒に向かって私の中にある残りカスのような魔力を与えてなんとか空を飛ぼうとしたその時、ヒューとかいう男が雷魔法の「痺れ付与」と呼ばれる初級魔法を使い、私が絶対に逃げれない状況を作り出した。
「君だけは絶対に逃がさないよ…。仮にこの場から逃げられたとしても僕は絶対に君を見つけて同行してもらう。実力では僕は圧倒的に負けてると思うけど、君はあの速度で高い場所から落ちたんだ。今はかなりダメージを受けているだろうし、今の状態なら僕でもある程度は抗えるはずだ。僕なりの悪あがきはさせてもらうよ!」
どうやら彼は絶対に逃がしてくれないらしい。なんで帝都の人間ってみんなこんなにも諦めが悪いの?
この後「攻撃魔法を使ってでもあなたを振り払う」と言ったりして脅したりもしたが、彼は怖いもの知らずだったので全く効果はなかった。
しばらくすると北門の方向から大量の人間が出てきて逃げるにも逃げられなくなった為、私はそのまま大人しく帝都へと連行されてしまうのであった。




