第二章 28 『異変①』
時は流れ、貴族の挙式の開催と影の鼓動の作戦決行時間まであと5時間に差し掛かった頃、サウジストの各地で事件が起きていた。
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「おい、本当にこの作戦で大丈夫なのか?」
「あぁ。僕達の考えた作戦ならぜってぇ大丈夫だ。今までだってそうだったろ?」
クロとモモは行動に移すためアジトから移動をしていた。2人の行き先は自分達の集めた人員がいるであろう集合場所だ。
クロ達が最初に行動に移したのは、この作戦に関わる人間の確保だった。
こちらから攻撃を始めれば即座に組織から狙われる事が分かっている以上、使える人員を全て先に集めておく必要があったからだ。
『マスターから直接黒の指輪を受け継いだ』と下位部隊の同士に言えば予想以上に使える人が集まったので、使える手駒は当初の予定にあった5倍は集まっている。
これだけ集まればいくら強い上位部隊であろうとも少しは減らす事が出来るし、いつこちらに合流するのかは分からないがマスターもクロ達に加勢すると聞いているので失敗する事は限りなく0に近いはずだ。
「だとしても、外から入ってくる部隊を潰してから内部の部隊を潰すだなんて作戦、そんなに上手く通じると思うか?奴らは割と身内でも警戒心が高いし、あれだけやってもまだ失敗する可能性もある。もう少し作戦を練り直さないか?」
「バカ言え!今の作戦でもめちゃくちゃ時間かかってんだ!作戦会議に時間をかけ過ぎたら実行する側に影響が出るだろうが!慎重なのはクロの良い所だがこれ以上考えても良い結果は出てこないし、なんだかんだこれが1番勝率高い作戦になっただろ?」
クロ達は、ただ上位部隊に殴り込む訳ではなくちゃんと動きを考えていた。
①まずは街の外から追加で合流する手筈になっている上位部隊を潰し、相手の追加戦力を抑える。
②今回動く部隊の配置位置自体は既に共有されているので、時間になり次第そこに突撃して潰す。
③話を聞いた追加の援軍が来ると思われるので、外の警備に人を割いて援軍をまとめて潰す。
作戦に使う手駒が多い以上、混乱を出さないようにするためにも単純で分かりやすい手を取ることにしている。
この予告状で使用される部隊の数は過去最大規模であり、作戦に関わる人間は合計200人を超えるのだが、作戦に関係ない者も含めて組織に所属する下位部隊の殆どがクロ達の元に集まっているので、総勢500人弱で叩けば何とかなると判断したのである。
「それもそうだが…。」
「お前の不安になる気持ちも分かるぜクロ。マスターに君臨してから初めての仕事が自分の組織の壊滅だなんて言う重い仕事だし、僕だって不安だ。でもよ、組織のトップは常にこう言う判断もしなきゃならねぇんだ。だから僕達はやれるだけやって残りはマスターに任せればいい。そもそも指示を出してきたのはマスターなんだから俺達が失敗した時の事くらい考えてくれってるっつーの。」
「お、おう…」
クロの中にはかなりの不安が多く残っているが、仲間の下位部隊に作戦を共有するべく前へ進み始めた。あの何も考えていなさそうなマスターの顔を思い浮かべるが、何度考えてもリカバリーの事など考えているようには見えなかったし、色々と心配でしかない。
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「ねーねー。ロジェちゃん。挙式前だしなんか良い感じの準備運動になる相手って居ない?また虚術が使えるあの腹立つ男に戦うんだったら体動かしておきたいんだけどぉ。」
「そんなの聞いても無駄よ?大体、私がそんな都合良く敵を出せるわけないし、いくら魔法を使ったとしてもそんな事出来るわけがないじゃない。貴方が命名した『空想の具現化』も既に無くしちゃったんだから。」
挙式が始まる約5時間前、ロジェとあーるんは軽い街の見回りも兼ねて二人で街中を歩いていた。
何故外に出ていたのかと言うと、偽物の『祝福の鬼嫁』をサンドホーク愛護団体に渡した時に使った『空想の具現化』のペナルティによって街の近くに何かがやばい魔物引き寄せられていてもおかしくないからである。
流石に二度目の精霊クラスの魔物の襲撃はロジェ達が怪しまれてもおかしくないので、化物が引き寄せられているのならば誰にも知られず止める必要がある。
特に理由を説明しなくても一緒に着いてきてくれたあーるんには感謝でしかない。
「あの指輪を付けてないな〜って思ってたけど、やっぱり無くしちゃったんだ。あれ便利だったからまだまだ使い倒したかったのにぃ…。」
――いや、あの魔道具を街中で起動させたから言えるんだけど、結構やばかったわよ?
ただのコウモリみたいな弱くて小さな魔物でも速度がめちゃくちゃ強化されてるせいで、影のボスと戦ってる時、奴らから逃げるの大変だったんだから!!
「無くしちゃった物は言っても仕方ないわよ。てか精霊を呼び寄せるかもしれない危険な魔道具なんて無い方がいいじゃない。」
「ロジェちゃんがそういうなら僕は何も言わないけどさぁ――僕だってもうちょっと魔道具で遊びたかったよ…」
少し可哀想な事をしてしまっただろうか?あんな危険な魔道具なんて無い方がいいと思うけど…
「ま、まぁそろそろ敵と戦うことになるんだし、今は大人しくしておくべきよ。」
「ほんと!?いつ!いつその敵とやらに戦えるの!今すぐ戦えたりする!?てかそれってどんな敵なの!?」
―――話聞いてた?今、私は大人しくしておけって言ったわよね?何をどう聞いたらそんな野蛮な考えになるの?頭の中は魔物の血で埋め尽くされてるの?
まぁでもこの街に向かって魔物が引き寄せられてる可能性もあるし、戦う必要もあるかもしれないよね。とりあえずそれっぽい事言ってこの場を切り抜けよう…。あーるんの宝石みたいにキラキラした綺麗な瞳は出来る限り曇らせたくないし…
「うーん…大体5時間後くらいに精霊とかやばい魔物がやってくるとかかしら?まぁ気にしなくてもそのうち戦えるわよ―――あははは…」
そもそも5時間も外を出歩く気なんてないしその頃には挙式が始まってるけど、こう言っとけば納得出来るでしょ。多分!
てか挙式でもやばい奴と戦うかもしれないんだから今は大人しくしてればいいのに。そんな目を輝かせても私は無力なんだから魔物も精霊も来ないよ....。
「分かった!じゃあ僕それまで大人しく――ってあれ?前に見せてくれたあのチップが光ってるよ?」
そう言われたので確認するとロジェが身につけていた連絡用のチップが光っていた。サンドホーク愛護団体からメッセージを受け取った印である。
受けとったメッセージをロジェとあーるんは読み始めた。
「えーとなになに…。影の鼓動壊滅作戦は以下の場所で行います。マスターも参加する場合は、そちらから合流してください――え?」
「あれ?ロジェちゃん、いつの間にこんな依頼してたの?てかそんな戦いに参加するなんて聞いてないし、ちょっと面白そうだから僕も行っていい?」
これ、多分サンドホーク愛護団体の人達だよね。私は冗談のつもりで言ってたし、私が参加するってのも式場に敵が来たら戦うって意味だったんだけど今から壊滅させるのか..。.同業者のはずなのに君達だけ仕事早くない?あとこんな情報どこで手に入れたのかな。
けど、あーるんが参加したがってるし行かせようかな…良い感じの準備運動になるかもしれないし、この前迷惑かけたお詫びになるかもしれないし…この子に団体行動が出来るとは思えないんだけど。
「うーん…私は式場が始まるまで参加する気無かったんだけどなぁ。てかそもそもあーるんは団体行動なんて出来ないでしょ?これは現場にいる人と協力してやる作戦だし一人でやっちゃダメなの。」
「えー!あんな雑魚の群れなんて僕が1人でやった方が早いし、効率良いでしょ?あの虚術を使う腹立つ男がいるなら別だけど、どうせ居ないんだからこんなの簡単じゃん。僕あと5時間もやる事ないから暇だし参加しても良いでしょ?ねーねー!」
――うん、これはダメな奴だ。この子を現場に向かわせたらそこにいる味方まで殺しかねないし、絶対向かわせられないわコレ。いくら私の事を揺らしても絶対許可なんて出さないからねっ!
「現場に行くのはダメよ。あーるんは私と一緒にこのまま散歩よ。散歩。」
「えーーー!じゃあロジェちゃんも着いてきていいから行かせてくれない?」
え、更に嫌なんだけど…。運が悪い私がそんな現場に行けばどうなるかなんて予想したくない。確かにあーるんを上手く制御できるかもしれないけど、攻撃魔法や剣が私に向かって全て飛んでくるかもしれないし、近くにいた魔物に真っ先にやられるかもしれないじゃん!
でもダメって言いたいけど、宝石のように輝いてるあーるんの顔をこれ以上曇らせたくないんだよなぁ…私はこの子の輝くこの瞳に弱すぎるのだ。この顔をされるとあまりにも可愛すぎてNoと言えなくなってしまう。だが、これ以上厄介事に首を突っ込みたくないロジェは心を鬼にして口を開いた。
「絶対だめよ。こんなのは愛護団体の人に任せておけばいいんだ――ってちょっとあーるん!?」
断ろうとした瞬間、ロジェはあーるんに引っ張られ目の前の平衡感覚が無くなった。恐らく我慢できなくなった彼女に体を引っ張られてるのだろう。視界に入ってくる景色が全力で走らせた箒の何倍も早く動くので酔いそうだ。
「どうせ誰かがやるなら同じでしょ?だったら僕が一人でやれば解決じゃん!だからいこ!」
――――あーるん、それは何も解決になってないよ..
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「吾輩の考える最高のステージまであと5時間か…そろそろ吾輩も全てを終わらせる終焉の槍を準備するとしようか!」
「そんなものないじゃないですか…。とりあえず今のところ、特に何も変わった情報は入ってきてないですね。貴族もあれ以上の大きな動きはありませんでしたし、新たに組んだ作戦を大きく変える必要はなさそうです。」
シャドーは、自分の作ったアジトの中でドロシアと雑談しながら作戦に向けて最終的な見直しをしていた。結局作戦自体は大きく変えなかったのだが、1つだけ大きく変わったことがある。
「吾輩に忠誠を誓――」
「私はドロシアです。」
「吾は――」
「ド!ロ!シ!ア!です!」
――――どうやら今日のドロシアはどうしても正式名称で呼んでもらいたいようだな。結構可愛い所があるじゃないか!たがこれ以上言えば本気で怒るかもしれない以上一旦やめておこう。
「……ドロシア。この作戦の保険にしていたスペアの様子はどうだ?スペアは貴族に怪しまれてるか?」
「スペアさんの様子ですか?あの男ならば何ヶ月も前からこの街に潜入しているので、疑われている様子はありません。むしろ好かれているとの情報が入っております。」
「そうかそうか…。いくらあの頭の回る貴族でも吾輩が何ヶ月も前から忍ばせているスペアの存在には気付けて居ないだろう!あいつはこの作戦の為の保険だったが、これは世界が決めた理だ。それがある以上、吾輩は世界の決めた運命に逆らうつもりはない!」
今回の作戦で唯一変えた点、それはスペアの役割だ。今回の作戦が万が一失敗する可能性を考え、シャドーはスペアと呼ぶ男を何ヶ月も前からこの街に潜入させている。その男は完璧に侵入を行い、今ではサウジストの貴族からは好印象を抱いているので相当信頼を得ているらしい。
スペアはこのまま作戦に参加してもらわずに情報だけを貰う予定だったのだが、『幸福の花束』が表に出ると分かった以上協力してもらう必要がある。
「となれば、あとはあの不穏因子の女2人だけか。奴らと本気で手合わせするのは待ち遠しいが、何か策を考えねばならないな。」
「一応部隊に暗殺の依頼を出しましたが、ピンク髪の女の警戒心と食べ物への観察力が高すぎて全員失敗に終わったと報告が来ています。その者達は例の女によって全員消されてしまったらしく――力になれなくて申し訳ありません。」
「それに関しては別に構わん。吾輩が本気を出すに値するレベルの相手なのだ。そこらのマウス如きが処分出来る相手だとは元々思っていない。」
「……ならもう少し部隊の人間を労うべきだと思いますよ。シャドー様の無茶な発言に振り回されて皆さん大変そうですし。」
吾輩はマウスを振り回した記憶なんぞないのだが、何を勘違いしているのだ?確かに無茶な要望を出す事はあるが、それに関しては一般マウスが高級マウスに昇格する時にしか出していないし、苦戦することなど基本無い。吾輩が無茶な指示を出すのは暇そうにしている部隊に対してのみだぞ。
「少なくともこの作戦が終われば暫く動く必要は無くなるはずだ。今回が山場だしこれが終わればマウス共には長期の休暇を与える手筈になっているだから問題ないだろ?」
「……なら良いんですが――ってちょっと待ってください。シャドー様…大変です!この組織に所属する殆どの下位部隊の者が上位部隊を潰す為に動いて内部抗争になっているらしいです!その中には、シャドー様と屋敷で戦った2人の女もいるとの情報が。」
「…………………え?」
この3日間、やたら想定外のことばかり起きるのだがこの街は呪われてるのか?今まで無かったマウスの裏切りといい、精霊の襲撃といい、あの2人の女の参戦といい、今回の作戦は異常事態が多すぎる!一体どうなっているんだ!!
「……どうしましょうか。シャドー様。一刻も早く手をつけなければ大変な事になりかねません。」
「………………とりあえず茶菓子でも摘みながら、一度茶でも飲もうではないか。」
シャドーは、限界を超える想定外の数々により、全てを諦めて1度考えることを放棄した。
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ドロシアは、シャドーが想定外の事態に弱い事を知っている。
そのため彼は事前に考えうる最悪の手を潰すように予備の作戦をいくつも立てるし、資源も予定の5倍は用意するのが基本だ。
だから彼がこのように意味不明な事を言っている時は本当に想定外な事に直面して困っている証拠なのだが、腐っても組織のトップなのでこういった緊急事態ではしっかりして貰わなければならない。
「あの、シャドー様?今はふざけてる場合ではありません。なんでこんな緊急事態に貴方は茶菓子なんて貰おうとしてるんですか。」
「あまりにも不可解な事が起きすぎて脳が助けを求めているのだ。少し落ち着く時間が欲しい。」
「……そんな事してたら作戦で使う上位部隊が作戦前に全滅して無くなってしまいます!そうすれば作戦前に撤退するなんていう選択肢を取る事になりますけど良いんですか?」
今回の作戦は過去最大級なので今から緊急の要請を出せば上位部隊を追加で集められなくはないが、追加でこの街に来れる人員など限られているので、本来使える人間の数よりも戦力が大きく減ってしまう。その手を使うのであれば最終手段として使いたい。
「……ドロシアは、何故急に下位マウスがそんな事を起こしたと思う?吾輩に選ばれた素晴らしい右腕として、意見を少し貰いたい。」
「普通に厨二病発言に嫌気が差したからだと思いますが?無駄にかっこよさを求めてるからヘイトを買ったくらいしか思いつきませんけど。」
「……別に吾輩を褒めろとは言ってないのだが――」
この男は本当に『厨二病』という単語を理解しているのでしょうか?
戦闘センスやリーダーシップは完璧なのだが、この男は少し抜けている所があり、言葉の響きがカッコ良ければなんでも良いと思っている所があるので、色々と心配させられます。頼むのでしっかりしてください...
「いや私は全く褒めてないですよ?――まぁ真面目に考えるなら、第三者が間違いなく何か手を出してると思います。それが洗脳なのか後押しされたのかまでは分かりませんが確認が必要でしょう。」
「…………やはりそう思うか。わ、吾輩もそう思っていた所だ。」
――別に私にまでカッコつけなくても付き合い長いので、何も分かってなかった事くらいバレてますよシャドー様。
しかし、ここまでシャドーが焦るのを見るのは初めてなのだが、本当に大丈夫なのだろうか?今回の作戦は裏社会の人間がかなり注目しているイベントなのだけれど…
「あのシャドー様。本当に大丈夫ですか?シャドー様が予想外の出来事に弱いことは知っていますが、一旦深呼吸でもして心を落ち着かせましょう。組織のトップがこうも腑抜けでは纏まるものも上手く行きません。」
そう言うとシャドーは深く深呼吸をし、手元に置いた少し熱めの茶を咳込みながら一気に飲み干して口を開いた。
「……とりあえずドロシアはこれを行った主犯格を炙り出せ。吾輩がそいつの元へ直接話を聞く。それまでは吾輩は現場の鎮圧に向かうとしよう。場所の特定と部隊が分かったら即座に例のチップで連絡しろ!」
「分かりました。ちなみにですが、私は行かなくても大丈夫でしょうか?」
「ドロシアはアジトに残れ。あの2人の女が絡んでいるとなれば2:1になるから守り切れない可能性がある。だからお前はここでお前の仕事をしろ。吾輩の右腕として最高の仕事を頼んだぞ。」
「お任せ下さい。シャドー様もお気を付けて。」
そう言ってシャドーは指を鳴らしてゲートを作り、デスクから大量のポーションを持ち出しながら外で起きている混乱を止めるべき動き出す。
ドロシアには彼の背中が今までで一番頼もしい背中をしているように見えた。
その姿を見て彼なら必ずしも上位部隊に大きな被害を出さずに成功させて戻ってくるだろう。ドロシアは彼の背中を見てそう確信し、自分の任された仕事に全力で取り掛かり始めた。




