第二章 27 『頼み事』
「あ、あのガーベラさん?せめてどこに行くかくらい話して貰えませんか?」
「それはお教えする事は出来ません。どこに聞き耳があるのか分かりませんので!」
今回の挙式のメイン人物であるガーベラに腕を引っ張られること数分、ロジェとガーベラは屋敷の中を駆け巡っていた。ずっと何処に行くのか聞いているが、彼女は待つ全く教えようとしなかった。
てかこの人、なんで片手で私を簡単に宙に浮かせながら引っ張って移動出来るの?
貴族の人だからある程度はマナで強化されてるとは思うけど、だとしても握力が異常すぎない?人の体ってそれなりに重いはずだから片手で人を宙に浮かせるだけでも相当大変なはずなんだけど…
「ガーベラさん。1つ質問なんですけど、もしかして貴方は何か魔道具でも起動させてるんですか?」
「え?なんの事かしら?私の指を見たら分かると思いますけど、ピンクダイヤの指輪以外何も付いていないでしょ?何かおかしな点でもあったかしら?」
「い、いえなんでもないです…。」
ということはこれ天然の握力なのか…。だとしたら化け物過ぎる。こんなゴリラみたいな筋力を持つ貴族令嬢なんて相手にしたくないわよ!!!
ガーベラさんって体に全然筋肉あるように見えないのに、人を浮かせるほどの力を持ってるだなんて凄いですね〜なんて言ったら解放してくれないかな?
――いやそんな言ったら私が殺されちゃうしやめとこ。うんうん…
そんな事を考えていると、ガーベラが口を開いた。
「ロジェさん。1度目を瞑って舌を噛んでもらえるかしら?一瞬だけで凄い事が起きるんだけど、痛みがあれば生気を保てるの!だから噛みちぎらない程度に頼むわ!」
「え?あ、はい!」
―――怖い!今めちゃくちゃ怖いよ!?この子本当に私に何するつもりなの!急に舌を噛んで生気を保てだなんて怖すぎるんだけど!?
そんな事言っていても宙に浮いているロジェには拒否権がないので、仕方なく舌を噛んだ。噛みちぎらない程度に噛んでいるがやはりとても痛い。
そしてその音と同時に壁を豪快に破壊する音が聞こえてくる。すると同時に凄い不快感の感じる不協和音が聞こえてきた。少しだけ目を開くと周りは何もない真っ暗な空間で少し不気味だ。
――なになになに!私本当にこれからどうなっちゃうの!?本当に怖いんだけど!
そこから5分間ほどは地獄を見たが、体が宙に浮く感覚がなくなり、聞こえてくる不快な音が収まってきたので少しだけ目を開く。すると、そこには様々な種類の花や木が大量に咲く綺麗な花畑が一面に広がった青空の空間が広がっていた。
「ごめんなさいロジェさん。勝手にこんなに場所まで連れてきて…悪気があった訳じゃないんだけど。」
「ここは一体どこですか…?それとさっきまで聞こえたあの不協和音と大きな破壊音は…」
「あれは私の部屋の中にある隠し部屋に入る為の入室検査みたいな仕掛けよ。見えない壁をぶっ壊して、あの耳栓を使っても貫通してくる精神がおかしくなる不協和音に耐えられないとこの部屋には入れない仕組みになってるのよ!だから仕組みを知ってる人以外はここに入ってこられないわ。凄いでしょ?」
――――そこまでする必要はあるのだろうか?別にそんなことしなくても私は情報をばらさないし、周りに聞かれても最悪私の薬品鞄に1本だけある〈記憶消去〉って書かれた違法薬物使って対処するから大丈夫なのに…。
「そこまでやる必要があるのか、とか色々気になることはありますけど、ガーベラさんの部屋ってこんな隠し部屋があるんですね。改めてアルロさんの屋敷って凄いと思いました。」
「え?ここは私が幼い頃に拾った魔道具を勝手に起動させた時に出来た別空間よ?ちなみにここに来るまでの仕掛けも全部私が作ったの!凄くない!?ここに誘った人は数人しか居ないけど、来た人みんな最初は驚くんだよ?貴方もその数人の中の1人ってこと。だからこのガーベラの花園へ招待された数少ない人だって誇って良いわ!」
?????
――さてはこの花嫁、私達と同じく異常者側の人(頭のネジが外れてるタイプ)だな?
何も大丈夫ではないが、幼少時代に子供が勝手に空間系魔道具を起動させたことは100歩くらい譲って良いとしよう。
この部屋に辿り着くまでのギミックを自分で作ったって何なの?どんな才能の持ち主なのよこの人!
「別空間に移動するなんて完全に想定外です…そもそも魔法で別空間なんて作れませんし、そんな事が出来る魔道具を体験すること自体初めてなので、例えるならカンガルボーの花言葉のようにビックリしすぎて理解が追いつきません…。」
「ふふっ。私も最近この空間を作った魔道具が凄いって事を知ってびっくりしちゃったの!それにね、私はこの辺り一面に花が咲き誇る花園がどの場所よりも大好きなんだぁ。」
そう言ってガーベラが花畑の近くにある秋を彷彿とさせる紅葉や銀杏の積もる地面に寝転がる。そこに寝転がる彼女の姿は絵にしたくなるほど美しい構図であり、彼女が近くに咲いていたオレンジ色のガーベラと共に並んだ姿は、まさに花言葉通りの『神秘的な女性』である。
「なんか…その気持ち分かります。様々な花がここには咲いていますし、私もこの空間にいるだけでとても落ち着きますよ。こんな空間が作れるなら私も作ってみたくなるくらい素晴らしい場所です。」
そう言ってロジェもガーベラの隣に寝っ転がった。転がった視界から入ってくる景色は近くの赤い紅葉の木や銀杏の木が揺れ、その隙間から見えてくる青空は雲ひとつない美しい景色が広がっていて、それを見るだけでロジェの中にあった人が怖いだとか、祝福の鬼嫁が手元にある事だとか、もうどうでも良くなりそうだ。
その綺麗な景色を見ていると、辛いこと全てを忘れてリフレッシュ出来そうな雰囲気まであった。
「貴方をここに連れてきて本当に良かった。私、初めて貴方を見た時思ったんです。貴方からは私と同じくポンコツ適正が高くて、諦めが悪くて、何より自分の大切な物の為なら命を平気で投げ出すような無茶をする人の気配がするってね。」
「………もしかして、私の事馬鹿にしていますか?まだ大して話していもいないのに。」
「いいや。そんな別に馬鹿にしてないしこれは私なりに褒めてるのよ?何より貴方はこの花園の魅力を私と同じくらい分かってくれる人だと思ったの。」
「この空間の素晴らしさを分かってくれない人って居るんですか?そんな人がいるなら逆に見てみたいんですけど…」
花園というこの場所はとても素晴らしい場所だ。この世界では数が少なく貴重とされている『桜』や『紅葉』と言った物がそれぞれ季節ごとに大量に配置されており、1つのエリアに入るだけで春夏秋冬に合わせた植物を楽しめる素晴らしい空間である。(ちなみにロジェ達がいるのは、『秋』エリア)
ロジェも割と魔物や過去に存在していた文明を調べる時に本などを読むと植物の情報も乗っていたりするので、花言葉なども一緒に知る事が多い。
だからこの空間は知らない植物の姿を実際に間近で観察出来る素晴らしい空間で、ロジェの中にある知識欲が掻き立てられるのだ。
「私は今まで花が好きそうな人を何人も招待したけど、誰も貴方ほど興味を持つ人は居なかったの。ふふっ。初対面でカンガルボーの花言葉を使って会話してくれたのは貴方ぐらいだわ。」
カンガルボーの花言葉は『驚き』を意味する花言葉である。見た目がカンガルーの足に似ているという理由から名付けられた花の事だ。
「………何となくガーベラさんは花が好きなのかなと思ったので言ってみただけです。まぁでも私は花や植物は好きですよ。滅びた文明とか歴史とか調べる時に必要になりますし、歴史と植物の話は切っても切れない関係にありますから。こうして癒される植物は幾らでも欲しいです。」
「やっぱり貴方は私と同類の匂いがするわね。ますます親近感湧いちゃうかも!」
「……私もなんかそんな気がしてきました。なんだか同じ波動を感じます。」
同じ波動を感じると言っても、ガーベラさんと違ってやばい人間って方の意味なんだけどねッ!!!勘違いしないでよ!
「そんな同類で友達になれそうな貴方にだからこそ相談したい事があるの!」
「…私なんかに相談ですか?」
何故初対面の私にそんな話をするのだろうか?やたらグイグイ来るなとは思ってたけど、そんな無闇矢鱈に人を信頼していい者じゃないと思うよ?碌な事をしない疫病神だよ?
「私、実はずっとお父様に言えてない事があるの。それはこの『花園』の事なんだけど――」
「え?アルロさんに黙ってるんですか?この部屋のこと。」
「はい。この花園は私の部屋からしか繋がらない秘密の部屋で、ずっと存在を隠してるの。花園は他の場所に移動も出来ないし、この家を離れれば気軽に使う事が出来なっちゃう。」
空間系魔道具は、効果が強い分起動した場所から移動させる事ができないというデメリットがある。
そもそも空間系の魔道具は出回っている数が少ないので分かっていないことも多いが、この花園も普通に考えれば恐らく場所を転移させる事は不可能だろう。オマケにあのような特殊な防犯対策があるなら100%無理である。
「だから花園を自分の手元から無くなるくらいなら今まで通り挙式も断りたかった。けどね、今回はどうしても断れなかったの。…………ライトは大都市の偉い人だし、いつものように断ればこの街が危なくなってしまうもの。」
「街が危なくなるとは?何かあるんですか?」
「街が無くなるとかではないけど、挙式を断って大都市なんかに目をつけられたら、この街がどうなるかわかんないでしょ?報復で消されるかもしれないし、変な噂を流されて街自体の立ち位置が怪しくなるじゃない。」
――今どきそんな小説のような話はあるのだろうか?
そう突っ込みたくなったが、ロジェは村の外の文化にあまり詳しい訳ではないので黙っておく。
「しかも今の彼は、花に全く興味のない人だから私にとって相性最悪なのよ。というか元々花に興味がある人だったんだけど、突然人が変わったかのように興味を無くしちゃって少し違和感を感じてる。だから天才魔法使いと噂になってるロジェさんにお願いしたい事があるの!」
話し方は今まで通り明るく話しているが、ガーベラの顔はどこか悲しそうな顔をしているような気がした。もしかしたら何かを大きな物を隠しているのかもしれない。この明るい性格も演技なのかな?隠さなくても本心で話してくれたらいいのに。
「えぇ?私にですか?」
「挙式当日に私と結婚相手の男の性別を反転させることって出来ないかな?性別反転しながら挙式をやるのは私の夢だったし、相手もそんな事を突然されたら挙式なんて放棄して逃げ出したくなるでしょ?」
――さっきまでの話と繋がりが見えてこないし、この人の考えてる事が分からない…。
「そんな事しても相手は逃げないと思いますよ。確かに困惑するとは思いますけど、仮にライトさんもそういう特殊な趣味があったらどうするんですか。」
「その時はもう諦めるしかないじゃない!今まで色々やってきたけどダメだったし、これでもダメならもう神が諦めろって言ってるようなものよ。だから諦めて受け入れるわ。まぁこの花園が手元から無くなっちゃうのだけは辛いけど我慢するしかないもの。」
なんかさっきまで真面目に聞いてた私が馬鹿みたいになってるじゃない。花園を守りたいとか言ってたガーベラさんはどこいった!どこにッ!!
―――類は友を呼ぶってこういう事なのかな...
ロジェは大きく溜息をつきながら答えた。
「はぁ…。まぁ一応宴会向けの魔法を使えば性別反転に近いことは出来ますけど、特定の言葉を聞くだけで解除されてしまいますし、この魔法は結婚式で使うべきものじゃありませんよ。それでもいいんですか?」
「え?出来ちゃうの!?そんな事まで出来ちゃうなんてやっぱりロジェさんって天才魔法使いなのね!やってくれるなら私は文句を言わないわ!」
――もしかしたら私は、とんでもないヤバい奴に目をつけられてしまったのでは無いだろうか?この人の頭の中って花で埋め尽くされてるの?頭の中にお花でも咲いてるのかしら。
「挙式を失敗させようだなんて事を聞かれたら何されるか分かんないし、もしロジェさんがこの事をバラすなら一生この空間に閉じ込めてやろうと思ってたけど無駄だったわね。変なことして本当にごめんなさいね。」
――うん、この人の思考回路が怖いし、間違いなくこの人は間違いなく私達よりもやばい人だわ。『祝福の鬼嫁』といい、これといい、今日だけやばい事起こりすぎて現実逃避したくなってきた…
「分かりました…。じゃあ魔法の注意事項について教えるので、しっかり覚えてくださいね。すぐ解除できるのでここで試してもいいですが、どうします?」
「解除出来るなら今すぐやってちょうだい!耳で聞くより体験した方が早いわ!ちなみに、この空間は外の世界より時間の流れが遅いからいくら時間使っても問題ないわよ!」
――やっぱりこの空間を作ったアイテムは危険な魔道具なのでは?
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スペアと呼ばれるとある男は会議室にいた。本来ならばここでシャドーから頼まれた例の女2人に本格的に接触するつもりだったのだが、片方は花嫁と共に何処かへと走ってしまったので両方の接触は諦めるか悩んでいた。
「……ガーベラさん走っていってしまいましたね。式場前だというのに元気そうで素晴らしいではないですか。」
この緑の男は何者なのだろうか?スペアは長い間潜入しているが、このような男は聞いた事も見た事も無い。シャドーは何も言わなかったが、こいつも警戒する必要はあるのか?
「私の娘は元気すぎて困ってしまいます。昔からあの子はわんぱくで元気過ぎる所が在りますが、それも彼女の良い所だと私は思ってるので止めはしませんよ。」
この貴族はスペアを特に警戒している事もない。このまま目立った行動を避ければ、僕の正体がバレずに済むだろう。
「でもちょっとロジェちゃんが何処に行ったのかは気になるかも〜。まぁあの子に何かあれば僕があの女の子をぶっ殺すけどぉ、そんな事する子じゃないんだよね?」
「おいおい姉ちゃん。ガーベラさんがそんな事する子な訳が無いだろ?乙女の2人だけの秘密って事でじゃないか。たまには自由にさせてやったらどうだい?」
「もう!僕も立派な乙女の1人だもん!セージちゃんは余計なこと言わないで!」
ほう…話には聞いていたが、やはりこの女は花嫁と一緒に出ていった女が弱点のようだな。こいつの実力は未知数だが、いざという時にはあの女を密室に閉じ込めて人質として使うのも悪くないかもしれない。
――まぁ、そんな事はさせて貰えないだろうが。
「ガーベラなら大丈夫ですよあーるんさん。あの子はそんな人を誘拐するような酷い事をするような子じゃないって僕が保証するし、帰ってこなかった僕が頼んで連れてきてもらうから安心してくれ。」
「ほんとぉ!?じゃあ最悪の時はお願いね?あの子、何かと変なことに巻き込まれやすいから!」
ほう…変な事に巻き込まれやすいか。もしかして他人に分かるほど運が悪いのだろうか?最悪の場合、殺したとしても運が悪かったで処理するのも悪くは無さそうだ。
「そうですよあーるん様。私の娘がそんなことをするとは思えません。この狭い屋敷でそんな誘拐事件なんてことは別空間にでも連れていかない限り出来ませんから。あの子にはそんな魔道具は与えてないし、能力も無い。だから大丈夫ですよ。」
「なら大丈夫かぁ。なんか心配して損しちゃった!」
与太話も終わったし、そろそろ攻めるべきか?こういう情報収集はタイミングが大事だ。タイミングを間違えれば警戒され、二度と情報を割らなくなるかもしれないし慎重にいかないと…
「ところであーるんさん、少し聞きたいことがあるので色々聞いても大丈夫かい?」
「え?僕に聞きたいこと?」
「そうだよ。彼女が戻ってくるまでに式場の事とか色々聞いておきたくてね。質問してもいいかい?」
「それなら別にいいけど…。そうだ!僕もちょうど聞きたいことあったし、2人きりで話したいからちょっと外まで来てくれない?」
「別にこの部屋でも僕は大丈夫なのに。一体外で何するつるんですか?まさか僕を口説くつもりで!?」
「いいからいいから!そんな馬鹿な事はするつもりないし、すぐ終わるからちょっと来て!」
そう言ってあーるんと名乗る女がニコニコしながらスペアを部屋の外へと連れていく。そして会議室から少し離れた場所に辿り着くと、目の前の女は突然壁にスペアを押し付け壁ドンのような構図を作り出す。そしてさっきまでの明るい性格からは考えられないくらい低い声でスペアに質問してきた。
「おいてめぇ。一体何処の回しもんだ?誰の指示でこの屋敷に潜入してやがる。」
「……いいい一体なんの事だ!?ぼぼぼ僕には全く分からないよ!」
「嘘つくんじゃねぇ!お前からは濃い血の匂いがしてて明らかにおかしいんだよ。さてはてめぇ、この短時間の間に誰か殺しただろ?じゃないとこれは説明がつかねぇ。」
そんな馬鹿な。スペアは血の跡が着いた服は処分し、匂いはいつも以上に入念に消したはずだ。
そもそもスペアの潜伏能力は組織の中でもトップクラスに高く、一流の盗賊職が持つ気配察知技術を持っていても本当の気配すら感じることが出来ないはずだ。
だから普通ならば、スペアは一般人にしか見えているはずである。これを見破るなんて観察力が異常としか言えない。
「僕は知りません!そもそも僕は冒険者でもないから人を殺した事なんて一度もないし、大体僕とアルロさんは長い付き合いなんだからこの屋敷にいる人を殺したりするわけないじゃないでしょ!」
「いいや。てめぇは絶対何か知ってるはずだ。認めたくないけどてめぇの擬態技術はすげぇし、明らかにこの匂いは上手く気付かれないように消した匂いだ。こんな技術を持つなんてやり慣れた人間以外居ないだろ?」
「ぼぼぼぼ僕は本当に知りません!絶対誰かと勘違いしてますって!」
元々シャドーからこの女は観察力が凄いと聞いていたが、予想以上のようだな――式まであと少しだってのに正体がバレるのも問題かもしれない。
震えながら怖がる一般人の演技をするスペアは、目の前の女の警戒度ランクをBからSまで一気にあげた。
「……嘘を言ってるようにしか見えねえのがまた怪しいな。これも演技って可能性もあるが、本当に信じていいんだな?僕だって式場の主役を攻撃したくないし、何より僕の大好きなあの子を困らせたくない。様子見はするが、今は見逃して大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫ですから!僕は人を殺したくなる程憎んだ人間なんて今まで1人もいませんし、第一そんな事する動機がないでしょ?だからこんな暴力的なことはやめてください!」
「………」
目の前の女がまるで肉食動物が獲物を査定するかのような目をしてじっくりと観察してくる。スペアは組織の中で誰よりも感情や気配を隠すことに自信があるが、少しでも気を抜けばきっと見抜かれてしまうだろう。
「…………まだ怪しいしやっぱてめぇは様子見させて貰う。不穏な動きした瞬間首が無くなると思っとけよ!」
「ありがとうございます!はぁ、怖かったぁ…。本当に殺されるかと思いました…」
弱い一般人を演じるのは慣れているが、ここまで勘が鋭い相手だとどこまで演技していいのか分からなくなる。過剰すぎず自然過ぎずのギリギリを攻めていく。
すると、奥からガーベラとロジェが会議室へと戻ろうとしていた。これはこの窮地を乗り切る唯一のチャンスだ!上手く使えば式場に入るまでこの女の監視からは逃れられるだろう!
「おーいガーベラとロジェさん!ちょっと助けてください。あーるんさんが突然おかしなこと言い始めて…」
「え?『ライト』じゃない。それにあーるんさんもこんな所で何してるの?」
「………もしかしてまたうちのあーるんが何か変なことしてましたか?」
スペア――ことライトは震えながら2人を呼ぶと、目の前の女は派手な舌打ちをしながら「てめぇ、次はないと思っとけよ。」と軽く耳打ちをしてきた。
恐らく彼女の言葉に嘘は無いし、裏切りがバレた瞬間死ぬ事になるだろう。いくらそれなりに剣術に自信があるとはいえ、あのシャドーが警戒している女だ。この段階での衝突だけは避けなくてならない。
そんな言葉を気にすることなく目の前の女は何事も無かったかのように優しくて可愛い声を出し始めた。
「あー怖がらせちゃったならなんかごめんね?私は別にそんなビビらせるつもりはなくて確かめたい事があっただけなんだけどぉ、言い方が悪かったかな?」
悪い所ではない。この女は明らかに殺すつもりで尋問していたではないか。二重人格なのか?
そんな発言を気にすること無く、もう1人の警戒するべき女が口を開いた。
「もう!『まだ』暴れちゃダメって言ってるでしょ?依頼前に問題起こしたら私が色々困っちゃうでしょうが!」
「ごめんごめん。でも僕は殴ったりはしてないよ?ただ2人で話ししてただけなの!ロジェちゃんの動きの邪魔にはならないはずだから許してくれない?」
「ダメよ。今回ばかりは絶対許さないんだから!」
――まだ暴れてはダメとは?もしかしてこの女は僕の正体を既に気付いているのか?
この時、ライトは目の前の女の警戒心度ランクをCからSSにまで上げた。正体がバレているのならば即座に消さなくてはならない。




