第二章 24 『影の暗躍者』
「ごめんなさい。変なお願いをしちゃったわね。もうこっち見ても大丈夫よ。」
「は、はい。」
そう言われたのでモモはマスターの方を見る。するとその手には『祝福の鬼嫁』があった。正直なぜ仮面を取り出す場面をモモに見せなかったのかは分からないが、きっとマスターなりの考えがあるのだろう。
「てかあなた達、この仮面を何処で回収したの?今外でこれが偽物に変わってたって大騒ぎになってたけど…」
「え?そりゃあもちろん魔道具博物館からですけど…何かダメな点など有りました?私達はマスターの指示通り、偽物にすり替えたのですが――」
「ダメに決まってるじゃない!なんでそんな事したのかは分からないけど、偽物なんかと入れ替えたら大騒ぎになるでしょうが!今回はもう騒ぎになってるから何も言わないけど、もう二度と同じような事しちゃダメだからね?」
―――もしかして、偽物に入れ替えずに堂々と盗み出せというアドバイスだろうか?そんな事すれば騒ぎを起こして動きにくくなると思うんだが…
「しかしマスター、そんな事をすれば街は大騒ぎになって作戦自体がやり辛くなってしまいませんか?基本的に我々は『隠密行動』が基本でしたので目立つようなことは避けるべきかと。」
「? やり辛くなるわけが無いじゃない。派手に動かないなんてそれこそ相手の思う壷よ!どの作戦の事か知らないけど目立った行動をする事で、相手に「うっわここも警戒されてんのかよ…」って認識を埋め込んで、相手に深読みをさせて失敗させる方向に持ってかなきゃ成功しないでしょ?」
―――目立てば目立つ程、相手に深読みさせる事が出来るとはどういうことだろうか?モモはそんな手段を取ったことがないから分からないが、そうすれば案外楽に潜入や盗難が成功するのか…?相変わらず考えていることが分からない…。
モモはあまり言葉の意図を理解できていなかったが、『敢えて目立つ行動をする事で、相手の読みを混乱させれば作戦が成功しやすい。』という形で理解することにした。何せ相手は影の鼓動を裏社会のトップにまで導いた者だ。こんな如何にもなアドバイスに嘘はないだろう。
「わ、わかりました。これからの作戦では気をつけます。それとマスター。一つ質問があるのですが良いですか?」
「えぇ。別に構わないわ。どうしたの?」
「我々はこの後マスターの指示通り、『影の鼓動』の壊滅を行います。その前に確認しておきたいのですが、『本当に』よろしいのですね?今回の作戦は、組織の出世に関わる大規模な作戦ですし、これからの立ち位置にもかなり影響しますが。」
マスターは先日、影の鼓動を壊滅させろと我々に直接命令してきたのだ。未だに命令の意図が分からないが、その言葉を素直に捉えるのならば作戦の成功よりも下位部隊だけで組織を壊滅させる事を優先しろということになる。
今回の作戦は、影の鼓動が裏社会の天下を取る為の大事な作戦と聞いていたのだが、本当に良いのだろうか?
その言葉を聞いて目の前のマスターがまるで何も考えていなさそうな顔をしながら迷わず答えた。
「あー…別に構わないわ!そもそも私もこの組織を潰す為に動いているんだもの。だから遠慮なくやっちゃっていいわ!私達は同業者なんだし一緒に頑張りましょ!」
どうやらこのマスターは本当に自分の立ち上げた組織を潰す予定らしい。マスター自ら組織の壊滅に参加するなんて相変わらずどこまでも思考の読めない人だ。
「わ、分かりました。では我々も準備に取り掛かります。最後に1つ。その…組織を潰した後、我々は一体どうすれば良いのでしょうか?マスターにも何か考えがあるのですよね?」
影の鼓動は大きな組織だ。1度この大きな組織を裏切れば生きて帰れると思わないが、もし仮に生き延びた場合は無所属の犯罪者になってしまうのだ。マスターが再び導いてくれるのであれば問題ないが、そうでなかった場合は話が大きく変わるだろう。
目の前のマスターは、「こいつは何を言ってるんた?」みたいな顔をしながら答えた。
「? 組織が無くなれば今まで通りサンドホークを研究すればいいのではないですか?あなた達はサンドホーク愛護団体の方ですし、あなた達には相当な腕がある。だからこれからはあんな危険な魔物を集めるのではなく、世界平和の為の個体を量産し、盗みなどはやめて引き続き綺麗な花を生産しながらサンドホークを使った安全な方法で世界を取れば良いのです!」
―――最弱の魔物で有名なサンドホークで世界を取るのは意味がわからないが、目の前で自信たっぷりに話すその姿はとても神々しく見えた。
恐らくこれが、影の鼓動をトップにまで導いた行動力と計算され尽くされた頭脳、そしてカリスマ性と言う物なのだろう。目の前のマスターはどこからどう見ても自信に溢れている成功者のようなオーラを纏っていた。
「……分かりました。我々サンドホーク愛護団体は貴方についていきます。」
「あ…うんうん。でもあなた達は立派な保護団体なんだからちゃんと考えて動かないとダメだから――ってそうだ!あなた達に良い物あげるわ!」
そう言って目の前のマスターは、ダイヤのついた黒い指輪を指から外してモモに直接渡してきた。
影の鼓動にとって黒い指輪の継承を行うという事は、組織のリーダーが完全に代替わりする事を意味する。
「え!?マスター…本当に良いのですか?我々はまだ下位部隊の端くれですし、マスターの力を全く理解していないような我々では地位を受け継いでも失敗で終わってしまいます!我々では経験も何もかもが足りていないのですが――」
「? いやいやいや。あなた達は私なんかよりもずっとよく頑張ってるわ。これは私の仲間があなた達に手を出したお詫びでもあるし、影の鼓動の撲滅の協力までお願いするんだから何かないと不平等でしょ?これはほんの気持ち。だから受け取ってくれる?」
――マスター…クロへのお詫び程度で組織の責任者の座を明け渡すのは、我々だけでも少し荷が重すぎます…。これもマスターの課す『試練』と言うやつなのですか…?
しかし、マスターが渡そうとしている物を下位部隊の人間が断る訳にもいかないので、モモは恐る恐る受け取った。受け取った時の自分の腕が酷く震えていた事はこの先一生忘れることは出来ないだろう。
「分かりました。我々では少し荷が重いですが、マスターの後をしっかりと継げるよう組織を纏めあげます。マスターの意思は我々が引き継ぎますので、活躍の方期待していてください!」
「うんうんそうだねぇ…。私も影ながらあなた達の事を応援してるわよ。それじゃあ私は早く戻らなきゃだからここから解放してくれる?」
マスターが解放の命令を出したので、モモは『混沌の次元』を起動させ、マスターをアジトから解放した。
それと同時に、クロの中にあったトラウマが魔法の効果によって完全に克服されていたのだが、マスターの見送りが終わるまでその事実に誰も気付かなかった。
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ロジェは長い眠りから目を覚ましたので、機嫌よく会議室の方へと戻ろうとしていた。トイレに行くまでは最悪の気分だったが、今は面倒事が2つも消えたので最高の気分である。まだ『祝福の鬼嫁』をどうするかという大きな問題が残っているが、もう依頼を達成した気分だった。
ロジェはサンドホーク愛護団体との会話を思い出す。思い出せるのは指輪を渡した辺りくらいまでのことだけだったが、それだけでも十分である。
――仮面を返すことは出来なかったけど、式場の時に冗談のつもりで言った『影の鼓動』の壊滅を本当にしてくれるらしいし、使ったら何が呼び寄せられるか分からない危険な魔道具、『空想の具現化』も押し付ける事が出来たし、最高だわ!
これはもう私が結婚式当日にやる事は無くなるんじゃないかしら!あの場で危険な魔道具まで押し付ける事を思いつくなんて、私って天才かな?
正直ロジェも彼らだけでは影の壊滅をできるとは思っていないが、相手の戦力を少しでも減らしてくれるのであれば絶対に止めはしない。何人いるかも分からない組織なんて戦力を削れば削るほど勝率が上がるからだ。死にたがりの人間を止める義理はない。
なぜ組織の壊滅をする為に隠密行動が必要なのかは考えても分からなかったが、同じ依頼を受ける同業者として無駄な動きはやめさせたし、割と良いアドバイスが出来たのではないだろうか?
いくら愛護団体の進む未来は自分とは関係ないとはいえ、綺麗な花を作りながらサンドホークで世界を取るとかは流石に適当言いすぎたが、アドバイスもしておいたので彼等ならきっと私の予想以上の事をしてくれるだろう。とにかく今のロジェに出来ることが無くなったので、面倒事は彼らに任せてスイーツが有名なこの街の観光でもしながら式場を守ればいい。そう思ったのだ。
ロジェは鼻歌を歌いながら機嫌よく歩いていると、何故か会議室の近くを歩いていたあーるんと会った。私に気付いた彼女はいつも通り抱きついてくる。
「あー!ロジェちゃんおかえりー!帰ってくるのが遅かったからまた変なことしてるのかと思って心配したよぉ。なんか部屋を出る前は死にそうな顔してたはずなのに今は顔色良くなってるし、さっきまで何してたの?」
今の私は機嫌が最高にいいので、鼻歌でも歌いながら機嫌が良さそうに答えた。
「ふんふん。面倒事が一気になくなってスッキリしたの!あとで一緒にスイーツ巡りでもやろうねあーるん♡」
「………トイレ行っただけなのに、本当に何があったの?ロジェちゃん…。」
あまりにも違うロジェのテンションの落差に何故かドン引きされるが、全く気にならなかった。なんだって今は機嫌がいいからね♪今なら影の鼓動のボスが私を直接襲撃してきても許すし、目の前のあーるんに心臓を刺されても笑って許せる気がする。多分!
「………まぁ、ロジェちゃんに何があったか分かんないけど、要するにいつものアレでしょ?未来予知的なあれが見えて既に問題を解決してきたってやつ!あと、スイーツは僕苦手だからそれはパスね。」
何度も言うけど未来予知って何の事?アルロさんもそうだけど、私の事をなんだと思ってるのかしらこの人達は。未来予知なんてどうやっても出来ないわよ!まったくもうっ!
「ま、まぁそんなところよ。あと昔から何度も言ってるけど未来予知じゃなくて全部たまたまだから!私にはそんな能力ありません!」
「ほんとぉ〜?昔っから何度も先の未来で起こる出来事や事件を全部言い当ててるのにぃ?ちなみに今どんな未来が見えてる?」
そう言いながらあーるんが白い目を向けてくる。…もう面倒だからそういう事にしようかしら。全部たまたまなんだけどなぁ。
「…………この街全てを巻き込んだ災害クラスの大きな衝突と、生き残りをかけた大きな戦いが起きる。とかかしら。」
どうせ影の鼓動はこの街を占拠しに来るのだ。だとしたら街の警備の人間との衝突は起きるし、相手の動かす手数と攻撃方法次第では街が無くなるかもしれない。相手はこの街で盗まれたとされる『導きの祝儀』と呼ばれる魔道具だって使ってくることだろう。…まぁ何故か本物の『祝福の鬼嫁』は私の手元にあるんだけど。
別に嘘を言っている訳では無いし自分が言った通りの規模になるか知らないけど、これは起きることがほぼ確定している必須事項だ。だから未来予知でもなんでもない。こんなのを未来予知と言えるのならば誰でも出来る事になる。
「大きな戦いかぁ…そりゃあ僕も楽しみになってきたぁ!要するにいっぱい人の息の根を止めていいんでしょ?絶対楽しいじゃんそれぇ!」
――この子は一体何を言っているのだろうか?ダメだよいくら犯罪者でも殺したら後でめちゃくちゃ怒られてしまう。
「…人は殺すのは絶対ダメだから。いつもみたいに生け捕りにしないと怒られるからちゃんとやってね?」
「はいはーい!ロジェちゃんは人の命を奪う事をとにかく嫌ってるもんね?ロジェちゃんの頼みで聞けそうな事は基本聞くから安心していいよ!」
――そもそも命を奪う行為を好んでる人は居ないと思うよ…。
そう言って2人は機嫌よく会議室へと戻って行った。外から何か悲鳴のようなものが一瞬聞こえた気がするが、ご機嫌なロジェ達はそれに反応することはなかった。
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とある者は、アルロの屋敷の端の方でシャドーと話していた。
「おいおい、まさかシャドー本人にこっちに来るとは思ってなかったぞ。てか体がボロボロだけど何があったんだ?」
「吾輩も想定外の出来事がいくつか起きてな。少し時間は掛かったが、『スペア』が心配するような事は起きていない。」
「あの完璧人間で有名なお前がそんな事になるなんて珍しいもんだ。明日は槍でも降るんじゃないのか?」
「吾輩の晴れ舞台に悪天候など許さん。それにさっき精霊も撃退したしこれ以上天候が変わる事なぞない!」
現在単独で街に潜入している『スペア』と呼ばれる者は、シャドーを支える左腕として影の鼓動に君臨する組織の設立メンバーの1人だ。シャドーの右腕にはドロシアという優秀な情報屋がいるが、スペアの担当する仕事を言うのであれば長期間の間、作戦の最重要人物の懐に潜り込む『潜入部隊』と言うのが正しいだろう。
シャドーが、用心深いので個人の判断で追加の部隊も派遣するし、自ら街に潜るのはいつもの事なので自分は一見やることがないように見えるかもしれないが、この者が担う役割は『内部からの情報操作』と『鮮度の高すぎる情報の収集』というかなり作戦の中でも大事な部分を担当しているのだ。
そしてスペアはドロシアと違ってちゃんと戦闘技能を持つ剣士なので、作戦の癌になる相手を自ら取り除く時もあれば、自分の手で重要人物を人質を回収する時もある。
「それで?今回はこんな場所まで何しに来たんだ?もう作戦まで時間ないんだからわざわざ雑談しに来た訳じゃないだろ。」
「あぁ。今回スペアに聞きたいことが2つあるんだ。この前のフォール・ナイトメアを受けた被害者に延命措置をした奴と、この屋敷に頻繁に出入りしているこの街の外から来た女2人について知りたい。」
「うーん…僕はその2人にまだ会ったことがないから分からないな。存在は知ってるけどあの人達と中々都合が合わなくて接触できてないから、何も分かっていないんだ。でも今日奴らがこの屋敷で会議に参加してるって聞いたから、今日中には接触して情報を集めておく。だからこっちの事は任せてくれ。」
「――そうか…今回吾輩が指定した潜伏先的にもしかしたらあるかと思ったが、まだ接触していないのならば仕方ないな。」
「でも安心してくれよシャドー。僕はあの攻撃の延命措置をした奴なら知ってる。それはシャドー情報を求めている女、ロジェって奴だ。これはあの貴族の娘から聞いた話だし、間違いない。シャドーが逃げる時に使うお馴染みの禁じ手なのに攻撃が全く効かない奴が居たって聞いたから僕もビックリしたよ。」
「やはりそうだったか…。あの女にも何かあるとは思っていたが、やはりあいつは1番警戒する必要があるかもな。」
「それで?僕は何をすればいいんだ?このまま潜伏し続けるだけでいいなら今まで通りやるが…。」
「引き続き情報収集は頼んだぞスペア。あと今回は頼む気はなかったが、最終的にお前にも作戦に参加してもらう可能性があるから準備だけしておいてくれ。」
「了解。じゃあ当日までに『祝福の鬼嫁』を僕に届けてくれよ?じゃないと作戦が決行できないんだからさ!あと、試練だけはやめろよ?情報を何か隠してるなら今のうちに全部白状しろ。」
「――はぁ…。何度も言うが俺は全部教えてるって言ってるだろ。当日起こる事は全部事故だし吾輩も知らない偶然の産物だ。それに今までも何とかしてきたんだし、何が起きてもお前なら何とかできるだろ?」
そう言ってシャドーは転移魔法でこの場から撤退し、スペアは屋敷の中へと戻るため動き出した。
――ったく。試練もいい加減にしろってな。
その時、たまたま近くにいた屋敷にいる女性の使用人と目が合った。相手の目が明らかに動揺している目であり、このまま生かせばきっと今見た情報を漏らすだろう。
念の為会話を試みて、生かすか消すかを判断する。
「おや?そんな怖い顔して僕を見つめるなんて何かあったかい?そこのお嬢さん。」
「……い、いま。貴方はそこで何をしていたんですか?」
「僕は何もしてないさ。何かあったかい?」
「だ、だって貴方は今、影の鼓動のトップだと思う人と『作戦』についての会話をしていたじゃないですか…嘘つかないでください!」
――ほう。どうやら全て知ってしまったみたいだな。まだまだこの子は若いから余計なことを言わなきゃ生き残れたというのに勿体ない。
「………どうやら君は全てを知ってしまったようだね。君はまだまだ若いのにとても残念だ。」
その言葉を話した瞬間、スペアの目の色が変わった。潜入している時の目ではなく、影の鼓動の一員として裏社会に生きている悪人の目である。
「!? だ、誰かを―――ぅ!?」
その瞬間若い1人の女性の首元にスペアが手元に仕込んでいた刃物を掠らせ、死なない程度に傷を負わせて声を出せないようにする。その時に彼女の血が少しスペアの服に着いてしまった。
そんな事を気にせずスペアは、迷わず手元から強力な睡眠用の注射を取り出して直接注射し、女性を睡眠状態にした。注射されて眠った女性は、何が起きたのかも分からないまま綺麗な寝顔を浮かべている。
「…ふぅ。こいつの処遇はとりあえず部隊に任せるか。本当なら首を切り落として目撃者を消したい所だが、そんな勝手な事したらシャドーに後でキレられちまう。怒りたいのは僕の方だけどな!」
そうしてスペアは、部隊に連絡して眠らせた使用人の管理を任せることにした。




