第二章 21 『悪夢からの解放』
「あ、シャドー様。ようやく戻ってきたんですね。」
「少し戻るのが遅くなってしまった。吾輩が負けるはずなどないが少々追手が厄介でな。それより今は例の件だ。」
「いつでも動けるようにこちらで色々用意してお待ちしておりました。帰ってきたばかりですが、指示の方をお願いしますね。」
シャドーは自らのアジトに戻ってドロシアと合流した。本来ならばあのままアホ毛の女相手に全力を出して戦うつもりだったのだが、途中で不穏な連絡が入ってきたので仕方なく身代わりを残してこちらへ来たのだ。
行動の最終的な決定権はシャドーにある以上、真面目すぎるドロシアは勝手な行動をしない。なのでこのまま決定を放置すれば取り返しのつかない事になる可能性がある以上、あの時は撤退以外の選択肢がなかった。
「それで、上位マウスの半分が高位精霊による足止めを食らってるとは一体何事だ?この街に向かっているのか?」
「はい。先程連絡が来たのですが、こちらへ向かっていた上位部隊の一部が『火精』と遭遇し、足止めを食らっているそうです。本来ならば帝都の近くにあるサウジストに高位精霊なんかが現れるわけないのですが…。話によると興奮状態になった火精がサウジストに直接向かっており、この近辺まで既に来てるとの報告が。」
高位精霊は契約者が呼び出さない限りこんな街の近くには現れない。契約者に呼ばれていない時は自由に放浪しているが、精霊という種族は強さ関係なく基本的に人気のない場所を好むのだ。
なので使用が制限されるような強力な魔物寄せや強力な魔物や精霊クラスの大物を呼び寄せる事が出来る魔道具が使われていない限りは、こんな小さな街なんかにやってくるわけが無い。
「確かにあの女と戦っている時はやたら興奮した魔物がこの戦場に集まっていると思っていたが、まさか奴は何か仕掛けていたのか?もしかしてあの時は吾輩の足止めを行い、興奮した精霊を直接ぶつける事が狙いか…?」
火精関係なく高位精霊の被害にあった街は基本的に壊滅することになる。そんな事になれば『幸福の花束』どころか予告状を行う前に全てが崩壊してしまうのだ。
この街が崩壊すれば使用出来なくなる特殊な魔道具がある以上、予告状が終わった後にこの街を利用する事を考えれば街の崩壊は絶対に止めなければならない。
奴との戦闘中に明らかに多くの魔物がこちらへ集まってきた事と、興奮した火精がこちらへ向かっている事は何かしら関係があるとは思うが、繋がりが見えそうで全く見えてこない。
――だがもし仮にあの女が精霊操って吾輩に直接ぶつけてきたとすれば?
そう考えれば、あの女が戦っている最中に直接シャドーに攻撃しなかった事にも納得がいくのだ。自分が戦って相手を弱体化させるよりも、強化された高位精霊をぶつけて体力を削ってから本人が殴り込みに来るほうが倒す事を考えれば効率もいいし、賢いのである。
だが帝都から吾輩を止める依頼を受けてこの街に来ているとしてもその手段はやりすぎだ。
その事がバレれば死罪は免れないし、この予想が本当だとすれば、奴の考え方は死にたがりの馬鹿だとしか思えない。いくら組織を潰すのが難しいからといって高位精霊を街中にわざとぶつけるなどやっていい事ではない。
「どうしましょうか?シャドー様。我々も戦場に加勢すれば高位精霊の撃退くらいは簡単かと。この街を守らなければここを占拠する意味がなくなってしまいます。」
作戦決行まで残り1.2日程度だ。上位部隊が減れば作戦失敗の可能性も上がるし、奴らが機能しなければ数が多い下位部隊を上手く回し辛くなるだろう。
ただでさえ難易度の高い内容なのに失敗すれば、裏社会の中での立ち位置が瞬く間に落ちる事になってしまう。今回の作戦は裏社会の中でトップを取る為に組織の実力を示す為の見せしめでもあるのだ。失敗は絶対に許されない。
「………この街に眠る3つの魔道具を最大現に活用するには、この街の維持が必須だ。わざわざこの国の為だけに高位精霊を撃退するのは癪だが、今は止めに行こうではないか。あと吾輩が外に出ている間、屋敷にいたあの女の動きを全力で見張れ。何か動きがあれば連絡しろ!」
「分かりました。ではこちらもシャドー様が援護に入ると現場の者に連絡しておきます。下位部隊の方はどうしましょうか?」
「一般マウスには引き続き魔道具の回収と、情報収集に集中しろと命じておけ!あと、ついでに『腕試し』を課す。」
「え?今から腕試しですか!?もう猶予はあと少ししか残っていませんよ?」
「やらなければ奴らに負けかねない。死んでも実行させろ。『現場に潜入している下位部隊全員に命ずる。今まで作ったサンドホーク達の物理攻撃への耐性を最大限に強化しながら既にいる個体の数を倍に増やせ。出来なければ帝都から来た実力者に勝てない。』と一言一句漏らさずに伝えろ!分かったな吾輩に忠誠を誓いし右腕よ!」
「…分かりました。今回はやたら優しめの『腕試し』ですが、そう指示しておきます。あと私はドロ――」
いつものドロシアの返事に反応することなく、シャドーは急いで現場へと向かっていった。
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ロジェの体に感覚というものが現実に戻ってくる。恐らく気絶した時の意識が現実へと戻ってきたのだろう。
そしてまたもや顔から気持ちの良い感覚を感じた。先程は顔も知らないような上裸のおじさんが膝枕をしているとか言う最悪の目覚めを体験したが、一体目の前はどうなっているのだろうか?
確かに『知らない男が膝枕をしている』という点を除けばあの枕は最高の感触をしていたし、あの高さから落下したはずなのに体に痛みが全くないので文句は言わないが、今も尚同じ展開になっていたら…だなんて考えればロジェの体に寒気が走る。
恐る恐る目を開けて誰に膝枕をしてもらっているのか確認すると、目の前にはあーるんの顔があった。
「――良かった。今度はまともな人だった。」
「お!やっと目覚めた…良かったよぉロジェちゃあああああん!」
膝枕している体制から即座にロジェのことを押し潰す勢いで覆いかぶさってくる。どうやら相当心配をかけていたらしい。いくら感情に身を任せたとはいえ一人で勝手に無茶な事してごめんね...。
「はいはい。分かった分かった。よしよ―っ!?痛っ!?」
このままだと呼吸がやり辛いので倒れかかってくるあーるんを退かすついでに、頭でも撫でてあげようと腕を動かすがロジェの体にかなりの痛みが走った。恐らくまだ体には呪いの効果が残っているのだろう。周りを見ればもう完全に日が昇っていたので呪いも終わっていると思っていたが、まだダメだったらしい。
「ダメだよ?まだロジェちゃんには呪いが残ってるんだから無理しないで。代わりに僕がなんでもやってあげるから!また僕がいない時に無茶ばかりして…」
どうやら私が相手を攻撃した事で呪いが発動している事はバレていたらしい。…これ、敵との戦いじゃなくてあの変なおじさんを殴ったから発動したなんで言わない方がいいよね?あのおじさんが殺される可能性もあるし――いやでもアレは変質者だから殺されても問題はないか。完全に危ない人だし。
「それにしても…なんであなたまで私の事を膝枕なんてしてるの?てっきりいつもみたいにベットに寝かされてると思ってたのに。」
実際膝枕の感触はとても心地が良かった。私は彼女に泣いたりして甘えることはあっても、膝枕と言った行動に移すような事はあまりないので分からないが、彼女の膝の上もかなり居心地が良い。あのおじさんの感覚を覚えていなければとても良い気分になっていただろう。
――これから誰かに膝枕される度に脳内にあの男の顔が出てきそうで気持ち悪い...。最悪だよぉ…。
「んーーー。特に理由は無いんだけど、なんかおじモンだけがロジェちゃんを膝枕するなんてズルいじゃん?だからたまには僕もしたくなってやっちゃった!もしかしてダメだった…?」
あーるんは優しいので、私が倒れた時にはある程度治療してからすぐに救護室やベットのある場所に連れて行ってくれてるのがお約束なのだが、どうやら今回はおじモン相手に相当焼き餅を妬いていたらしい。普段は止まらない暴走列車なのに突然可愛い所を見せてくるからこの子はホントに良い癒しだ。可愛い。
――てかあの膝枕してきたおじさんっておじモンの1人だったのか。やっぱり彼らは不審者集団なのでは?残りの148人も同じ感じなら正直怖いんだけど…。
「それでね!僕、ロジェちゃんの魔法のおかげで今すっごく体の調子がいいの!何度もあのポーションを飲んだら少しずつ耐性が付いてきて『無』にならなくても強化効果を受けれるようになれたよ!直接魔法を受けたらまた『無』になっちゃうかもだけど、いつかまたポーション越しに魔法を使ってくれない?」
?????
あの魔法って簡単に耐性がつくものじゃ無いんだけど…。ま、まぁ別に使い道がない魔法だから構わないけど、なんで魔法に詳しい私よりも正しい使い道をあなたは見つけてるのかな?
「そ、そう…なら良かったけどあーるん、あなた精神攻撃を受けてたけど大丈夫なの…?」
「あー。あれ?確かに最初の方は苦戦してたけど、少しずつ慣れてきてある程度なら動けるくらいになったよ!途中で完全に解放されたから、耐性が完璧に付けれてなくて同じ事されたら少しだけ怯むかもしれないけどぉ、次は絶対遅れを取らないから安心してね!」
そういえばこの子は昔からこんな感じだった。恐らく何かしらの才能があるのだろう。彼女自身の精神力が異常な事だったり負けず嫌いな部分ももちろんあるだろうが、この子とグレイは昔から何をやっても何故か強くなるのである。
例えば水中で潜る事を数回繰り返すだけで何故か10分くらい水中にいても平気な体になるし、薬草採取をするだけで視力と洞察力が自然と上がっていくのだ。意味不明すぎる。
私のような普段から意味不明な出来事や運が悪いと言わざるを得ない出来事ばかりに巻き込まれても一向に成長しない『悪魔に好かれている女』とは真逆で、彼女達は何をしても強くなる『神に好かれている女』だった。正直とても羨ましいし、人生がとにかくハードモードな私にその幸運と才能を分けてほしい。
「なんであの魔法に耐性が付いてるのかよくわかんないけど元気そうなら良かったわ。私、戦ってる間すっごく心配だったもの。感情に身を任せて乗り込んだのに敵は取り逃しちゃったけど…」
「あれはまぁ仕方ないよ。多分僕が耐性つければ負けないと思うけど、精神攻撃って正直1番厄介な相手だし…」
戦闘において精神攻撃の強さは異常だ。物理的なダメージであれは治癒魔法やポーションでどうにでもなるが、精神攻撃は心のケアまで行わなくてはいけないのだ。それ壊してしまえばその場から立ち直れなくなって戦闘不能になるのが殆どなので、ある意味最強とされている。
「とりあえず戻ったらあの敵の対策考えないとダメね…」
「そういえばだけどさー。朝方この街の近くで強力な火の精霊が呼び寄せられてたらしいんだけど、ロジェちゃんなんか知らない?もしかしてその『空想の具現化』を使ってなんか悪いことした?全身黒色のフードを深く被った正体不明の男によって全て解決したらしいんだけど僕もよく分かんなくて…」
「………………え?火の精霊?」
「うん。僕もその時は倒れてたからよく分かんないんだけどぉ、なんか火精が興奮状態だったらしく被害も凄かったらしいの。最後は結局顔も見たことが無い魔法を使って解決した一人の黒服の男を街の人達が全力で探してるみたい。」
あーるんの名付けた『空想の具現化』とやらのネーミングセンスは一旦置いておいて、精霊が現れたって何…?普通はこんな街中に出ないはずなのにどうして…?
精霊の襲撃といい、興奮状態になっている事といい、ロジェには1つその事件の原因に心当たりがあった。
それは今ロジェが身につけている『空想の具現化』だ。この指輪の効果は詳しくは知らないが、使用すると想像した物を実体化させる代わりに近くにいる魔物などを興奮させた状態で自分の元へ呼び寄せる効果がある。
つまりあの時ロジェはこの魔道具による召喚を大量に行っていた為、許容限界を超えた使用の代償として精霊クラスの相手が呼ばれてもおかしくないのである。
まさかね…と思いながらロジェが指につけているダイヤを見ると、黒いはずのダイヤに何故か赤みを増していた。それを見てロジェは確信する。
――――――うん。これ絶対『空想の具現化』の効果で引き寄せられた精霊だわ。何から何まで迷惑かけてホントごめんなさい…。
精霊が何故この街の近くにいたかは分からないが、ほぼ確実に原因がこの魔道具にありそうなので、その結論を出してからロジェは今も使えるのかよく分からない『空想の具現化』の使用を禁止することにした。
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