第二章 19 『魔女vs影武者②』
「アルロさんその抑えてる手を離してください!僕も現場に行かないとあの子が…」
「ダメですあーるん様。あなたは一時的に精神が解放されているだけでいつ魔法が切れるか分かりません。その可能性がある以上、私は現場には送ることが出来ない。私はロジェ様に貴方達の管理を任されますので。」
アルロの屋敷付近であーるん1人だけがこの場で暴れていた。最初の頃は魔法の効果であーるんも大人しくしていたのだが、置手紙の存在が目に入ってしまいロジェが戦いに出たと聞いて居ても居られなくなってしまったのだ。
魔法の副作用よりも彼女を戦場に向かわせてしまったという自身の責任感が勝ってしまった為、あーるんは屍にはならなかった。
「今ならめちゃくちゃ動けるしあの子の助太刀だって出来る。あいつはあの子1人だけじゃ心配なの!だから行かせてください!」
あーるんは、ロジェに『攻撃できない呪い』がある事を知っている。だからこそやばい事に巻き込まれても彼女が戦わなくても良いにする為、あーるんは今まで強くなる努力を重ねてここまで来たのだ。
今回はロジェが1人で戦いに行ったのでいつも通り何か策を用意してあるのは分かるが、いつ発動するか分からない呪いを持つ子を1人で組織のボスがいる戦場に送るのは危険すぎる。
せめて誰かが助太刀にいかないと取り返しのつかない致命傷を負うかもしれない。その心配だけがあーるんの脳内で埋め尽くされていた。
「戦場に傷を負った者を送る訳にはいきません。いくらあーるん様の頼みでも私はそれを認めない。今は彼女を信じて待ちましょう。きっと大丈夫です。」
どうやったのかは知らないが、現に彼女はこの非常に強力な謎の精神攻撃をほぼ無傷で乗り越えているのだ。今までだってそうだが、彼女の戦闘技術や純粋な強さは付き合いが長いあーるんにだって全く理解出来ていない。
彼女には攻撃できない呪いがあるのに、表向きにはなっていないが、神出鬼没で有名な犯罪組織の居場所をいつの間にか特定して一人でそのまま軽く壊滅させて帰ってきた事もあったし、高難度ダンジョンに存在するようなボスクラスの強い魔物と遭遇すれば、相手に致命傷を与えずにそのまま手駒に出来てしまうような実力を彼女は何故か持っている。
こういった彼女の実績だけ見れば誰よりも強い『最強』の魔女なのだ。彼女は属性魔法が使えないし、攻撃が出来ない呪いがあるので戦闘面は『最弱』の魔女のはずなのに、いつも想像以上の功績を残してくるから本当に謎の多い不思議な魔女である。
あーるんがどう頑張っても彼女の戦闘技術に追いつく事は出来ないだろうし、世界中を探しても誰も彼女よりも強い人間なんて存在しないだろう。存在しても『勇者』と呼ばれるような世界的な英雄クラスの人間のうちの1人か2人くらいだ。
そんな事を考えていると、突然空中で何かが大爆発したような音が聞こえた。
周りは日が落ちているためよく見えないが、その音を聞いてあーるんはとても嫌な予感がする。もしかしたらあの子が負けたかもしれないのだ。
「今の音聞いたでしょ?絶対今2人が戦ってるもん!確かにロジェちゃんは世界一強いけど、あいつが精神攻撃とかの搦手が得意な以上やっぱり心配なの!今ならまだあいつの立ち回りだってわかってるかは少しで――ぅ!?」
再びあーるんの中で激痛が走り出す。魔法の効果が切れたのだ。痛みで暫くはそれ以外何も考えられなくなる。
すぐさまアルロがポーションで解決しようとするが、かれこれ5回程繰り返しているので彼女自身に魔法の耐性が付き始めているので魔法の効果が効くまでに少し時間がかかっていた。
「――あ"ぁあぁぁ"あー!!!痛い……けど、負けてられ……痛い痛い!」
「大丈夫ですかあーるん様!気を確かに持ってください!その状態ではロジェ様に助太刀する事など出来ません。今はここでゆっくり休みましょう。」
「――ッ。こ……、こんなところで――休むわけ…には……いか――」
あーるんにも痛みの耐性が出来始めているので少しは思考回路が戻ってきているが、普段と同じ動きが出来る程まで耐性が出来ている訳では無い。
そしてあーるんは限界を迎えた為、その場で白目を向き、ついに意識を失った。
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魔法と魔法が衝突し、大爆発が起きたサウジストの街中上空。2人の戦士の戦いは激しさを一段と増している。
相手からの遠距離攻撃を上手く捌きながら分身を作り出し、攻撃の指示や魔法の使用を行っているロジェの脳内は焼き切れそうな情報の量で埋まり、パンク寸前だった。
オマケに先程から指輪の副作用でこの戦場にやってくる翼を持った飛行系の魔物達も捌かなければならない為、ロジェには余裕が全くない。
今は近くに来る魔物を作った檻の中に捕らえてひたすらシャドーに向かって飛ばしているが、指輪のせいで魔物がやってくるのが終わらない永久機関が完成しているのでこの誤魔化しがいつまで続くか分からない。
死んだ方がマシだと思える地獄のような展開が次から次へとやってくるので、正直今すぐにでも逃げ出したいが、全ては精神攻撃に囚われてしまった親友を助け出すという気持ちだけでこの現場を乗りきっている。
彼女も今の自分以上に辛い死に目に会って苦戦している以上、ロジェがこの程度の出来事で簡単に折れるわけにはいかないのだ。
「シャドー・レクイエム」
シャドーが即座に大量の黒い音符のような物を出現させ、全て本物のロジェに向かって飛ばしてくる。恐らく屋敷で食らった物と同じ類の物だろう。同じ手に掛かるほどロジェは間抜けではない。
一応認識阻害ローブで姿を隠しているのだが、正確な位置は何故かバレているようなので、全力で飛ぶ方向を変更して回避する。
「!? なにこれ追尾式の魔法?」
攻撃は避けたはずなのに、音波はロジェの逃げた方向へ近付いてくる。すぐさま本物のロジェが同じ形をした白い音符を脳内に想像し、実体化させて相殺させた。
「はぁ…何とか間に合った。」
「その程度で苦戦するとは吾輩には勝てんぞ。」
「……いちいちうっさいわね。こっちはあなたの攻撃だけでなく魔物も捌かなきゃいけないから大変なのよ。そんな搦手ばかり使ってないで私みたいに攻めてきたらどうかしら!」
ロジェ(偽物)が脳内で水型の小型龍を想像し、この場に3匹召喚した。これは双龍の砦で見たやべーモンスターである。
「!? 魔物の召喚魔法か。貴様も対して攻めてきていないのによく言うな!」
シャドーが魔物に足を取られている間に一旦脳内をリセットする。そうするのは1度リセットしなければ思考がおかしくなりそうだからだ。
ロジェは常に念波を飛ばして偽物に指示をしているが、それが上手くいかない事だってある。伝えるのが遅すぎると分身の手元から想像していた物と違う物が出現するし、タイミングが早すぎても相手の攻撃に対応出来ずに偽物が1人やられていく。絶妙なタイミングで指示しなければならないのだ。
ロジェは偽物に指示し、少し時間を開けてから忍者ゴーレムを数匹出現させてシャドーに襲わせる。
「………本当に様々な種類の魔物を扱えるようだな。あのピンク髪の女とは違った意味で吾輩のライバルに相応しい女だ。魔法を使える魔物使いとは初めて見たぞ!」
「そんなに褒めたって何も出ないわよ。束縛の鎖!」
ロジェは即座に魔法を唱え、警棒からシャドーに向かって魔法を放った。
束縛の鎖とは、大気中のマナを変換し、ターゲットとして決めた相手を確実に束縛する拘束魔法である。拘束されている間はその場で身動きが取れなくなる。
デメリットとしては、5分経過すると自動で拘束が解かれてしまう欠陥仕様があることである。
「まだまだこれからよ!」
ロジェはさかさず指輪を起動させ、電流で柵を作った自然由来の檻を生み出してシャドーと召喚した魔物や呼び寄せられている魔物の捕獲に成功した。この檻は触れる場所全てに電気が流れており、いくらシャドーでもそう簡単には脱出できないはずだ。
「――チッ。拘束魔法に加えて土魔法と雷魔法を組み合わせた生成魔法とは小賢しい。まだ吾輩は本気を出す訳にもいかないのに。」
「どう?降参するなら今のうちよ。屋敷の人達を解放するってなら、中で捕まってる魔物の解放はこれ以上しないであげる。どうする?」
「…………」
「黙ってないでなんか言ったらどうなの?黙ってるつもりならこっちだって考えがあるわよ。」
ロジェは威嚇代わりに警棒をシャドーに向かって構えを取る。ちなみに魔物の分身達もそれぞれ檻の中に居るので合図1つ送ればシャドーの元に解き放たれる手筈になっている。
「貴様に問おう。こんな状況でも相手に情けをかけるなんて死にたいのか?本気で殺したいのならすぐに魔物を解放すべきだ。」
「……私は平和主義者よ。だから無闇矢鱈に命なんて取る気は無いし、あの魔法は使用者本人にしか解けないんだからこうするのは仕方ないでしょ。仮にあなたを殺して治らなかったらそれこそ大問題よ。」
「それが甘いと言ってることに気付かないのか?貴様の能天気っぷりには流石の吾輩も常々呆れるレベルだぞ。」
「……どうやら私の交渉に応じる気はないみたいね。せっかく痛めつけないであげようと思ってたのに。」
そう言ってロジェは指を鳴らし、自分が檻に捉えていた忍者ゴーレムや水型飛龍、そして興奮状態で檻を壊そうとしていた飛行系の魔物を一気に解放した。その全てが魔物寄せの効果が発動しているシャドーに襲いかかる。
「その程度の会話が交渉だと?笑わせるな!貴様の交渉は子供のやるごっこ遊びと同程度だ。そんなお粗末な交渉では、交渉の『こ』の字も踏めてないではないか!」
そう言いながらシャドーは拘束されている状態で全ての魔物の相手をしていた。これは明らかに異常だ。
普通であれば魔導師は手足が拘束されれば、まとめて襲いかかってくる強力な魔物には手も足も出ないはずなのだ。1〜2体ならば相手出来るとしても何十匹も同時に対応は明らかに異常だ。
オマケに今解放している魔物達は、あーるんがシャドーに浴びせていたグレイ特性の『魔物寄せ(違法薬物)』の効果が発動しているので、普段以上に興奮し、魔物が強化されているはずである。
なのにシャドーが魔物の相手出来ているのかを考えていると、相手の手元には1つの細い黒色の糸が動いていた。土魔法で糸は生成できないはずなので何か他の方法で相手をしている可能性を考えると、1つの可能性に気付いた。
「もしかしてあなた、『虚術』の魔法を使ってるんじゃないの?」
『虚術』とは、無機物などの生命の意思がない物や影などの実体のない物を攻撃手段として変換して使ったり、相手の精神に干渉して相手を錯覚させる事が出来る特殊な術とされている。魔法と違って大気中のマナや術者の魔力を利用して攻撃する訳でなく、生物や建物などの物理的な物を利用して攻撃するという特徴のある魔法である。
そして幻覚で見せた攻撃は再現した攻撃の通りに力を発揮してしまうという特徴があるので、非常に危険であり、現代では禁術として扱われている魔法だ。
現代において、虚術の魔法を使うには2種類の方法がある。
①自身の魔力を大量に消費して、大気中に存在するマナを強制的に『念魔』と呼ばれる特殊な魔力に変換し、魔法の力を使うとても効率の悪い方法。
②自身の内部に眠る『念魔』と呼ばれる魔力を消費して力を借りる正当な方法。
この魔法は禁術として扱われているので、1人の馬鹿を除いてこの世には念魔の魔力を持つものは存在しないのだ。つまり虚術と呼ばれる術を使うには効率の悪い方法を取るしかない。どこでその魔法を知ったのかは知らないが、歴史に消された魔法を使えるとなればかなり厄介だ。
「ほう。貴様もこの虚術を知っていたか!現代において禁じられた魔法技術を取得しているのは吾輩だけであり、この術を使える者は他に居ない。それを使いこなす吾輩は最高にかっこいいでは無いか!」
「……それだけはないわ。あなたよりもその能力を使いこなしている凄い人を私は知っているもの!」
そう。何を隠そうこの世界に1人だけ念魔の魔力を持つ者がロジェの身内にいるのである。グレイはこの魔法の使い方を間違えて使っているが、彼の使う虚術の魔法を昔から見慣れているからこそロジェはこの意味不明な状況に気付くことが出来たのだ。
「ならばこちらからも動くとしよう。どちらが虚術の魔法に詳しいか見せてもらおうじゃないか!」
そう言ってシャドーが檻を破壊し、魂のような青い炎をいくつかこちらに向かって飛ばしてくる。青い炎を放つ前にそこそこ大きい岩を生成しているのが見えたので、恐らくこれは岩を火炎魔法に近い炎に変換して飛ばしているのだろう。
すぐさまロジェは警棒に『スイスール』をかけ、飛んでくる青い炎を1箇所に集める。
だが、シャドーは突然巨大な青い炎を出現させ、即座に放ってきた。その大きさは、先日見たキングスライムを遥かに超える大きさをしている。
「!? ここまで巨大な物は私のスイスールで相殺出来ない。まずい!」
本物のロジェは即座に集めていた青い炎を解放し、指輪を起動させて巨大な水のハンマーを出現させた。それと同時に力の指輪と呼ばれる握力増加の魔道具を幾つも実体化させ、青い炎の塊を打ち返そうとする。
虚術と水の相殺により最初は相打ちになるが、少しずつ押され始めた。
「…ぐぬぬ。幾ら元が岩の塊だとしても明らかに重いわね。何かがおかしい…」
この重さは明らかに異常だった。力の指輪は1つ付ければ本人の握力を50倍する魔道具だ。それを10個も身につけているのだから、現在のロジェの握力は500倍になっている。そこにハンマーの遠心力を加えれば大体の物は打ち返せるのだが、この一撃は明らかに重すぎるのだ。
――――そう、まるで誰かが力を加えているかのように…
「……まさか。相手は自分の分身を使って追加で岩を増やして―」
「おやおや。やっと気付いたか。本物は貴様が檻で吾輩を閉じ込めた辺りからこの場から逃亡しているのである!吾輩の出来る時間稼ぎもここまでのようだな。」
そのまさかだった。シャドーはロジェが分身を使って攻撃させた手段と同じく自身のコピーを虚術で生み出し、力を追加で加え続けているのだ。あれだけ担架を切っていたのに本物が逃げ出していた事への強い怒りも、騙しに気付けなかった愚かな自分への怒りも全てを力に変換してハンマーを動かした。
「私を、舐めるなぁぁぁああああ!」
その怒りでなんとかシャドーの作った巨大な青い炎を偽物に向かって打ち返した。その時、黒い指輪の副作用でロジェのいる場所に向かって集まってきた飛行系の魔物達や分身で増えていた5体の相手の偽物が炎に直撃し、消滅していく。
それと同時に唯一生き残った偽物のシャドーは、1つの魔法を発動させた。
「絶望の滅び唄」
その魔法が発動した瞬間、ロジェの視界に入る目の前の世界全体の色が反転する。ロジェの体内で不協和音のような不快な音が強く響き、呂律が回らなくなってくる。
「くっ…あなた一体私に何しだの?そじて、本物はどごべ言ったのが教えなざい!」
「吾輩にそれを教える▲▽りない。なんたって吾輩も▲▽そろ退▲するのだからな。貴様は△かに強かったが、警戒▲ と言うも▲が▽く▲りていない。」
呂律だけでなくロジェの聴力も少しづつ弱っていく。ロジェが一番警戒していた精神攻撃をいつの間にか掛けられていたようだ。少しずつ脳の回転が遅くなり、何もかもが弱っていく。
「だが、せっ▲▽の▽い機会だ。▲▽▲に▽輩の本物の▲▽所につ▲▽ 、▽えて▲ろう。」
脳が元々限界に近かったロジェは人一倍弱るのも早かった。この状態で箒で飛んでいられるのも奇跡だったが、ついに限界を迎えて少しずつ高度が落ちていく。このまま落ちれば致命傷は免れないだろう。
「吾▲は、▲ャ▲ー。この世界を▲配し、サウ▲▽トを完全な吾が▲に落▽▲予▲の影の▽ス だ!それが▲▽る時、吾▲はこ▽世界の▲になる!▲日は楽▽―――」
ロジェは全ての内容を聞く途中で意識を完全に失い、箒と共に地面へと落下していくのであった。彼女の耳が最後に捉えたのは、脳内を駆け巡る不協和音とその場で高笑いをあげる1人の『影武者』の笑い声だった。
――次こそは絶対に勝つ。この仇だけは私が取ってやるんだから。




