第二章 17 『影の支配者②』
「おいクロ!意識はあるか!意識があるなら何かリアクションをしてくれよ!」
モモは、現在地獄のような叫びが聞こえる屋敷からクロをなんとか助けだし、アジトの中で必死に話しかけていた。現在隣には治癒魔法が使える者がクロに治癒魔法を使って治療をしている。
「一応治癒魔法はかけたが、すぐには目を覚まさん。ここまでボロボロなのに何故か生命力だけは異常に高かった。こうやっていくら話しかけても反応しないのは、恐らくこいつの心がやられているからだ。こちらからは何も出来ない以上、暫くはこうして様子見するしかない。安心せぇ。息はちゃんとしておるし、生命力が高すぎるからこいつは簡単には死なん。儂に出来ることは以上だ。」
「そんな…嘘だろクロ!あとで一緒にマスターに話を聞きに行くって約束したじゃねえか!おい!しっかりしてくれよ!」
しかしクロは一向に反応しない。彼は呼吸だけをする生きた屍のようだった。その姿を見る度自分の指示が甘いせいでこうなってしまった事を悔やむ。
「ちくしょう。お前がこうなるならもっと僕が周りに警戒して脱出ルートを指示するんだった…あの時イレギュラーな文字さえ飛んでなければこんなことに…。」
あの時ルート案内をしていたモモは、あの順番で通り抜けるのが1番マシだと判断していた。実際に警備とぶつかることは1度もなかったしそれが正解のはずだった。
正直外から高速で飛んでくる謎の文字との衝突など誰にも予想出来ない事故である。運が悪かったのだ。
ちなみに『導きの祝儀』の納品に関してはモモが既に完了させ、上層部から来ていた『ロジェ』と呼ばれる人間の情報提供も終わらせてある。…何故マスターが自分自身の情報を我々に求めて来るのかは全く分からなかったが。
――――まさかだとは思うが、これらの出来事全てはマスターの課してくる『試練』という奴なのか?
完璧なルート構築をしたにも関わらず、突然クロに襲いかかる文字。何も考えていなさそうなマスターが提案した最高幹部クラスの相手との模擬戦、そしてあの屋敷で起きていた狂気の出来事。
あそこにあった出来事全てが『試練』と考えればここまで理解不能な出来事ばかりが起きるのも自然と納得出来てしまった。
しかもモモはあの時クロを助ける為に屋敷に向かっていたので、マスターが屋敷付近の空からあの地獄のような現場を観察していた事も知っているのだ。
突然マスターの真後ろで黒い光が爆発し、それを起点に屋敷があの惨状になったのだから、ここまでの事全てをあのマスターが仕組んでやったとしか思えない。
「マスター……貴方は一体何を考えているのですか。我々は今まで何年も貴方の為だけに身を捧げてきたと言うのに、この仕打ちは少し酷すぎますよ…。」
モモはその場から立ち上がり、自分が今まで最も信用していた『マスター』へメッセージの連絡を入れる。
その時のモモの目は怒りに取り憑かれている妖魔のような目をしていたと、後に仲間達の間で噂されるのであった。
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「…ったく。この暗い空間はどこだ?まさかこれってあの腹立つ男の仕業か?」
一瞬にして意識を奪われたあーるんが周りを見渡す。先程まで影のボスと戦っていたはずなのだが、気付くと何も無い黒の空間に飛ばされていたのだ。
「ってことはあの黒い光に連れ去られたとみて良いんだよな…。一々めんどくせー搦手使いやがって。」
文句を言いながら普段以上に気配や足音を無くした歩き方をしたり、周囲の気配察知に全力を尽くして警戒しながら探索する。
常にそういった事をしないとロジェが何に巻き込まれるのか分からないので、普段から気配を消したり周りを警戒しながら彼女と行動しているが、今回は敵の罠にかかったという事で普段以上にそれを意識して行う。
だが、周りからは特に何も出てくる気配はなかった。それどころか生命体の気配すらない。
「ってことは今は別次元に居ると見て良さそうだな。なんか分かれば良いんだ――」
『この場へ導かれし者よ。今まで犯した罪を数えよ。』
「なんだてめぇ!姿を見せろ!」
突然声が聞こえてきて警戒度をMAXまであげる。どうやらこの空間に敵がいたようだ。すぐさま戦えるよう身構える。
『この場へ導かれし者よ。今まで犯した罪を数えよ。』
「犯した罪?そんなの知るわけねえだろ。てかなんで顔も知らない奴にそんな事を教えなきゃならねぇんだ?そもそも罪について教えて貰ってねーから分かんねぇよ。」
『なるほど。では私の姿を見せてやろう。』
その言葉と同時に1つの影があーるんの目の前に姿を現した。
「う、嘘だ…一体なぜ目の前に…僕が?」
目の前に現れたのは、自分と大きさが同じで、顔のパーツや服装まで全てが同じ姿をした全身真っ黒な自分だった。感じる気配すらも自分と同じだったので気持ち悪さが勝つ。明らかに不気味だ。
『我が名はリトルメア。貴様の要望通り私は姿を見せた。そして導かれた者よ。改めて聞こう。貴様の犯した罪は分かるか?』
突然の出来事に一瞬驚いて脳の回転が止まるが、即座に立ち直り再び脳みそを動かす。一度深呼吸をして口を開いた。
「……何を言っていんだ?僕と同じ姿してるのも意味不明だし、罪っていうのが何を指してるのかわからねーよ。質問する前にそれを質問するべきじゃないか?」
『………そうか。そんな事も分からないなんて非常に残念だ。では仕方があるまい。実際に体験してもらうしかないな。リトルメアの力を思い知れ!』
「はぁ…?何言ってるかわかんねぇけど、交渉決裂って事だなッ"!」
即座にリトルメアと名乗る目の前にいる偽物に一度蹴りを入れようとするが、相手は攻撃が当たった瞬間水のように形が崩れ、そのまま姿が消えた。
「―――ッ!? なんだこれ。全く感触がない。」
そして別の場所に現れた偽物が指を慣らすと、突然本物のあーるんの体全身に耐えられない程の痛みが走る。特に痛むのは、脳天や喉元、心臓のある胸の位置など、あーるんが魔物の狩りなどでよく狙う急所とされている致命傷になる部分である。
「――― あぁぁ"あぁ"ぁ!痛い痛い痛い痛い"!!」
何をしたのか偽物に問おうとしてもあまりの痛さに脳も働かなければ、舌も上手く動かない。まるでそれは死よりも辛い拷問にあっている気分だった。脳内が完全に痛みで支配され終わる事のない痛みに悲鳴を抑える事が出来ない。
『貴様はそこで罪を精算仕切るまで酷い目に会うが良い。私はその悲鳴を堪能するとしよう。』
そうして謎の空間に現れた彼女の偽物、リトルメアは闇に溶けてあーるんの放つ『悲鳴』を餌に食事を始めた。リトルメアの好物は『悲鳴』なのだ。
『吸血鬼とはまた珍しい。これは相当楽しめそうだ...』
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「一体ここで何が起きている…?」
アルロは、少し遅れて自身の屋敷に辿り着く。その現場では警備の者やあーるんが全員その場に崩れて発狂している。
この場の異質さは、術の被害を受けていないアルロですら同じ術を受けたと錯覚するほどである。
「黒い光が屋敷の近くで光った瞬間何か嫌な予感はしたが…まさかここまでとはな。これが『影』のやり方なのか?」
アルロが周りの倒れている者の様子を見るが、特に手助け出来そうな事はなかった。痛みを訴える割に体には何も傷がない所を見て、これは何かしらの精神攻撃を受けて酷い幻覚を見ているのだと判断する。
「あーるん様!気を確かに持ってください!貴方は何も攻撃を食らっていません!」
「――ッ"!あ"ぁあぁぁ"あー!!!痛い痛い痛い痛い"!痛てぇよぉ"!」
声をかけて少しでも幻覚から解放しようとするが、彼女達の悲鳴は更に悪化していった。どうやら話しかけても意識に入らないくらい酷い攻撃を受けているようだ。
「痛みをここまで激しく訴えるという事はまさか『何かしらの痛み』を幻覚として再現しているのか…?でなければここまで人は壊れない。せめて幻覚の意識を少しでも逸らすことが出来れば…」
何も出来ない自分がとても悔しくなるが、ロジェが自分を優先して逃がしてくれた事に感謝する。ここで自分も同じように攻撃を受けていれば、ここから解放された後には生きた屍のように心が壊れてしまっていた可能性があったからだ。作戦前に指揮する者が全員倒れてしまえば事前に組んだ作戦など意味をなさなくなってしまう。
―――もしかして彼女はこの事が起きる事を見越して、優先して逃がしてくれたのだろうか?
そんな甘い考えも出てくるが、そんな訳が無いとすぐさま思考を切替える。
周りを見ると大量のポーションが入った鞄が1つ落ちていた。ポーションの容器に《無心》と殴り書きで書かれていた小さな紙を張りつけた物が大量に入っている。隣にあった置き手紙を読むと、どうやらこれを用意したのはロジェだったらしい。
『この手紙を見つけてくれた方へ。
このポーションは、一時的に脳内や精神状態を無にする魔法を掛けた高性能の回復ポーションです。
私はこの魔法を使った原因を排除してきます。一応この場を立ち去る前に全員にこのポーションを使いましたが、この魔法は時間経過で魔法が切れてしまうので、定期的にこのポーションを被害者の方に飲ませて彼らの心が壊れないようにしてください。
ロジェより。』
「ロジェ様…一体貴方はいつこの場所でこのような悲劇が起きることを知ったのですか…?」
あまりにも都合良くこの現象への対策が出来た事や誰よりも優先して彼女が自分を逃がしていた事への違和感を感じ、一瞬内通者かもしれないと一瞬疑うが、内通者ならそんな事する訳が無い。そう自分の中で結論を出した。
では何故そんな事が出来たのかという疑問が残るが、とりあえずアルロはすぐさま動き出して発狂する被害者全員にこのポーションを使い始めた。彼女が自分達の敵では無い事を信じて...
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「…………………一体なんの話だ?」
シャドーは、ドロシアが組織の任務に関わるような大事な話でくだらない冗談を言う人間ではない事をよく知っている。シャドーが1番信頼している相手というのはドロシアであり、彼女は想像以上の成果を上げる天才なのだ。
影の鼓動が裏社会の組織としてここまで上り詰めてこれたのも、8割近くは彼女のおかげである。
なのに何故彼女がそんな笑い事にすらならない事を言っている…?
「え?シャドー様は受け取っていないんですか?確かに私の目を盗んで下位部隊と接触していることに違和感を抱きましたが…」
彼女の目をよく観察する。茶髪で眼鏡の奥から見えるその黒い目には全く嘘の色は見えなかった。確実に彼女は今『本当』の事を喋っている。
「………確かに今回こちらから突拍子のない要望は出したが、用意出来ていないと言うのならばともかく、吾輩に渡したと答えるのはあまりにも不自然だ。現在担当した部隊では何が起きている?」
「はい。今回担当したのは『ダークピーチ』と呼ばれる下位部隊の中で最も実績を持つ優秀な部隊です。今回のイベントが終われば彼らは上位部隊へ昇格予定だと聞いてます。」
「高級マウスの候補だったのか。まだ吾輩は『腕試し』すら出していないのだが、奴らに不穏な動きはあったか?」
「いえ。むしろ普段以上に気合を入れて活動しており、シャドー様が起こした混乱に乗じて『導きの祝儀』も無事に回収したとの情報があります。」
「なるほど…奴らはフォール・ナイトメアを潜り抜けられる実力者…か。」
あの魔法は空間に入った者全員に発動する魔法だ。しかもあの時シャドーは、空中にいたアホ毛の女に向かって追加で魔法を発動させた為、相当な雑魚か精神面が異常な狂人でもない限りは魔法の効果範囲に含まれており、暫くその場から動けなくなるはずである。
――どうやら相当腕のある構成員のようだな。
「シャドー様。今回使う予定の『祝福の花嫁』が行方不明ですがどうしましょうか?今回やらかした部隊の方をこちらで潰す事も出来ますが。」
影の鼓動は裏切り行為を許さない。
これは組織の中にある数少ない共通のルールである。裏切った場合はシャドー自らが奴らの命を奪い、一族諸共抹殺するのがルールだ。部隊の責任者が裏切れば連帯責任でそのチーム全員が同じ被害を受ける事になる。
「……まだその判断は早い。確かに裏切る為に動いている可能性はあるが、単に魔道具の調達が間に合っていない可能性もある。今は様子を見ろ。奴らには死んでも必ず魔道具だけは納品しろとだけ伝えておけ。あとドロシア、そのマウスの動きを絶対に見逃すな。」
「分かりました。ではそのように指示を―」
『――そこまでよ、大悪党』
その言葉と同時にドロシアを目掛けて高速で7文字の言葉が実態化して飛んでくる。
相手からの攻撃を察したシャドーは、即座にドロシアを自分の元へ引き寄せて自分の背中へと隠した。
「ドロシア、お前は一旦アジトに戻ってろ。何か凄いのがこっちに来る。」
「わ、わかりました。シャドー様も無事戻る事を願っております。…私がこんなこと言わなくても大丈夫だとは思いますが。」
「お前が吾輩を心配するなど何百年も早い。吾輩は最強だと常に言っているだろう。必ず戻る。」
「それもそうですね。では私は茶でも入れてお待ちしております。でも無理だけはしないよう気をつけてくださいね。シャドー様!」
そう言ってシャドーは指を鳴らすと、ドロシアの前にゲートが開かれ、笑顔を浮かべていた彼女が避難する。これは部隊のリーダーが持っている『混沌の次元』と同じ効果を持つシャドーのオリジナル転移魔法である。
とある技術で魔法を簡略化しているとはいえ、転移魔法は成功させるには難易度も高く、使用する消費魔力もまた絶大なので、1日に何度も連続して使う訳にはいかないが、今回は緊急事態なので仕方がない。
「…………一体誰がここにいる。」
シャドーは魔力回復薬を数本飲みながら周りを全力で警戒するが、相手の気配を上手く掴むことが出来ない。すると、先程遠く飛んで行った7文字が自分の元へ高速で帰ってくる。文字を解読すると「はっくしょん!」と書かれていた。これを作った奴はふざけているのだろうか?
即座にシャドーは土魔法で巨大な泥状の蜘蛛の巣を作り上げ、高速で向かってくる文字を跳ね返した。
そして文字を跳ね返すと、その文字の奥の方から1人の刺客がシャドーの前に姿を現した。
「おっと。これを仕掛けてきたのは貴様だったか。あの屋敷では世話になったな。貴様が提案した模擬戦のお陰でこちらも良い収穫があった。とある魔道具を手に入れられなかったのは残念だが、今はどうでもいい。もし良ければなんだが、貴様ら2人とも吾輩の組織に――」
その言葉を言い終える前に火と雷を纏った大量の弓矢が何十本も高速でシャドーの真横を通り抜けていく。普通に被弾すればいくらシャドーでも致命傷になっていただろう。
「………せっかく吾輩が下に出ているというのにその態度か。貴様と屋敷であった時はまともな人間だと思っていたが、どうやら実際は違うようだな。」
そして目の前の女は物凄く低い声で返事をした。
『そんな交渉、私が乗るわけないでしょ。ふざけないで!』
そう言いながら彼女が、周りの温度を変化させ、凍らせた剣の斬撃を幾つも飛ばしてくるが、即座にシャドーは何層も厚くした石の壁を生成して身を固める。
彼女から感じる魔力は相変わらず異常だった。あの模擬で戦った薄いピンク髪の女も戦闘的な意味で強かったが、目の前にいる女は彼女とは違った意味での相当強い気配を纏っている。
彼女を最初見たときは魔力が異常な点を除けば一般人か何かだと思ったが、どうやら今の彼女は『怒り』も相まって普段以上強化されているらしい。彼女から感じる気配のような物が最初見た時と明らかに違う。
『私、今すっごーく怒っているんです。私が最も大切にしている大事な大事な1人の仲間にあんな酷い幻覚を見せるだなんて……世界の全員があなたを許そうとも私だけは絶対に許さないんだから!』
目の前に現れたピンク色の箒に乗った特徴的なアホ毛を持つロジェが、綺麗な赤い瞳を普段よりも一段と強く光らせながら手に握った警棒をシャドーに差し向け、そう宣戦布告をするのであった。




