第二章 16 『影の支配者①』
―――目の前にいる薄いピンク髪の女は一体何者だ…?
シャドーは、現在潜入を完璧を行う為にアホ毛の女に提案された模擬戦を仕方なくやっていたのだが、戦闘中はずっとその疑問が脳内にあった。
目の前の女は明らかに戦闘慣れをしている機動力に特化した戦闘員だ。
目で追えない速度で放たれる連撃は簡単に人間が再現出来る物ではない。ここまでの戦闘技術があるならば、裏社会に行けばトップにまで上がる事が出来るだろう。
なんたって今の彼女は明らかに『手加減』しているのだから…。
―――それはそれとして、そろそろこの茶番劇に付き合うのも飽きてきたな…吾輩にはまだやるべきことがある。
この変装がどこの誰かも知らない輩と被ってしまった以上、この場に留まるメリットはないだろう。シャドーは元よりアルロから『幸福の花束』の情報を手に入れる為に潜入していたのだ。変装している人間の存在がバレてしまった以上早急に撤退すべきである。
目の前にいる女の攻撃を脆に受けてぶっ飛ばされたあの三流野郎と違い、シャドーは完璧に潜入をこなす為に、わざと目の前の女の攻撃に遅れて対応している。
本気の彼女がどれくらい強いかは分からないが、少なくとも手加減状態であればシャドーはこのような舐めプをする余裕がある。
―――この場から脱出するとなれば、どのような牽制を行うべきだ…?あまり魔力を消費せず、派手でかっこいい魔法を放ちたいところだが…。
シャドーは予告状イベントにて、盛大に動く中心人物だ。常に大量の魔力回復薬を持ち歩いているが、中心となる者が当日魔力が足りないとなれば話にならないので、何が起こるか分からない以上無駄な魔力消費は抑えなければならない。持ち込む魔力回復薬の調達にも限界がある以上、気をつけるべきだ。
―――ならあの魔法を使うべきだな。あれならば比較的に魔力を消費せず、派手でかっこいいを両立出来る!
現在本物と思われる薄い緑の髪の男と共にシャドーは木に縛り付けられていた。
恐らくあのアホ毛の女が戻ってきたら違う方法で本物かの検証が行われるのだろう。何してくるか分からない以上、それまでにこの件とは決着をつけなければならない。
あの女は魔力が異常な事を除けば語ることの無い一般人みたいな感じだが、魔力が異常に高いと言うことは様々な属性魔法を組み合わせた強力な2属性魔法を使う可能性が非常に高い。
情報も無しに戦えば何してくるか分からない以上、2:1の構図は絶対に避けなければならない。
隣にいる緑髪の男に気付かれぬよう慎重に魔力を練り、誰にも聞こえない程の声でシャドーはこう唱えた。
「フォール・ナイトメア」
シャドーは魔法を発動させ、黒い光を纏った小さな球体が屋敷の上空へと放たれた。これは『念魔』の魔力を駆使した特殊な魔法で、時間経過で発動するオリジナルの広範囲魔法である。黒い光の影響で夕暮れ時だった屋敷上空が一瞬にして夜に変わる。
「!? おいてめぇ!今何しやがった!」
その術の存在に気づいたのか、桃髪の女がシャドーの喉元に向かって拳を飛ばしてくる。喉元を狙うのは確実に相手の息の根を止める時に使う手段だ。
だが、シャドーは指を使わずに彼女の拳を食い止めた。硬貨約4枚の距離で拳が止まり、これ以上先には進まない。
「!? なんだこれ…僕の拳がこれ以上前に進まねぇ。」
原理は簡単である。シャドーは土魔法を応用し、周りの暗さに適応した黒い岩を相手の顔の前に出現させているのだ。オマケに今回作り出した岩には石化の効果があるので、根元から岩を破壊しない限り彼女の拳は簡単に動かせないように固めている。
「チェックメイトだ。我が闇に世界が染まりし時、貴様らを終わりなき絶望へと誘う事だろう。」
その発言と共にシャドーは自身の変装を解いた。右目に着けた眼帯に完全な黒装飾の姿をした男が目の前に現れる。
「はぁ?何言ってるか全然わかんねぇ。ようやく変装を解いたみてぇだけだが、僕はあの子に3人の管理を任されている以上、この場から1人でも逃がす訳にはいかねぇんだよッ"!」
そう言って右足から彼女が蹴りを放ち、彼女の右手を固定させていた黒色の岩が破壊される。どうやら仕掛けはバレていたようだ。
「ほう…良い観察力だ。この短時間で吾輩のトリックを見破るとは流石だな。」
「へへっ。伊達に長い事地獄を見てっから、これくらいの小細工なら朝飯前だよ!」
すぐさま彼女は自分の左手を始点とした高速の回し蹴りを放ってくる。どうやら彼女は、少しだけ本気を出したようでシャドーも舐めプをする余裕がなくなってくるが、時間稼ぎ程度ならギリギリ出来る。ひたすら足を受け止め続けた。
「中々やるようだな。だが甘いッ!」
そう言って目の前の女の足に向かってシャドーは手元に潜ませた短剣を当て、そこから強力な電撃を相手に浴びせる。どんなに実力を持った者でも耐性を強化しない限り、直接雷撃を喰らえば防具を貫通して痺れ、一瞬隙が生まれるのだ。
生まれた隙に生じてシャドーは、手持ちの短剣で相手に確実なダメージを――
「おいてめぇ、僕がそんな雑魚みてぇな電撃に怯むと思ってんのか?」
「…………ほう。我がライバルに相応しい相手だな。一度本気を出して戦ってみたいものだ。」
彼女は雷撃程度に全く怯まなかったのだ。耐性強化はある程度されていると踏んで、高難度ダンジョンにいるボスに対して使うような強力な雷撃を直接投与したが、どうやら彼女の持つ耐性が強すぎて無駄だったらしい。
「僕は別に構わねぇし、てめぇも本気で来いよ。じゃないと死ぬよ?」
「だが今は貴様らに付き合ってる時間はない。まだ我が右目が完全に開眼していないからな。にしても貴様、何故そこまで強いのに本気を出さない。」
「今てめぇを殺すのも気絶させるのも僕の大好きな子に止められてっからだ。この程度の電撃で死んだり怯んでたら大好きなあの子の近くになんて居られねぇんだよッ"!」
そう言って彼女の止まない連撃が更に速度を上げて飛んでくる。この速度となれば流石にシャドーも舐めプをしている余裕など無くなってしまう。攻撃を受け止めるのをやめ、土魔法で自身の周りを何層にも厚くした岩の壁で固めて防御の態勢を取る。
そして何かを察したのか、シャドーの後ろから突然ドロシアが凍らせた雷の斬撃を目の前の女に向けて幾つも飛ばしてくる。その斬撃を避けるために目の前の女が一度後ろに引いた為、2人との間に少しの距離が出来る。
「チッ。援軍か。余計なことしやがって。」
「シャドー様。これ以上の戦闘は危険です。それにそろそろあれの発動時間ですし、ここから離れるべきかと。」
「ああ。もうそんな時間だったか。仕方が無いが、我々もこの場なら立ち去るとしよう。」
「はぁ…なんかやたら動きが手馴れの相手だと思ってたけど、やっぱりてめーは影のボスか。2:1で来るとか卑怯と思わねーのか?組織のボスなら堂々と1人で来いよ。」
「我々影の鼓動にそんな言葉は通用せん。なんせ言われ慣れているからな。我が魔力が輝く時、それは世界を支配する影の暗躍の証である!」
「………相変わらず何言ってっかわかんねぇな。」
シャドーがそう言い残した途端、シャドーは空を見上げると、空に浮かぶ人影を視界に捉えた。
「……まさかこの空間から逃げた奴がいたか。」
空を飛ぶ人影に向かってシャドーはもう一度黒い光を飛ばした。
その行動とほぼ同時に、目の前の女が大声で何かを叫びながら、今までで1番重い蹴りを何発も放ってくる。
「ロジェちゃん今すぐそこから離れて!!!やばいのがくる!」
「もう手遅れだ。全員効果範囲に入っている。」
「!? なんだと!おいてめぇ!よくも――ッ!?」
その瞬間、目の前で勢いよく吠えていた女が膝から崩れ落ち、地面に倒れ込んだ。周りにいた薄い緑の髪の男や屋敷にいた警備の人間も全員その場に倒れ込む。その光景を見てシャドーとドロシアは現場を後にする。
しばらくすると、現場に倒れていた1人が口を開いた。
「―――あ。」
誰かが声を上げた。その者の体は酷く震えなにかに脅えている。
「――――あ、あぁぁあ。」
1人が声を上げればまた1人と増えていき、どんどん声を上げるものが増えていく。1度開いてしまった口は、二度と閉じることは無い。
「―――――あ、あぁぁああぁぁぁ…」
そして感情が限界に達した時、全員の感情が爆発する。
「――――あ。あぁぁああぁぁあああ…――っ!?痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
突然屋敷の周りにいた者全員がシャドーの使った魔法により、大声で悲鳴を上げ始めるのだった。
何も知らない人間がこの場に立ち会った時、全員口を揃えてこう言うだろう。
痛みを訴えてその場で叫び続ける者達の姿は、現場と関係ない自分達すらも『悪夢』を見ていると錯覚する程の狂気の沙汰だったと。
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「シャドー様。あんな目立つ行動をしても良かったのですか?確かにあの時にいた女は強力でしたが、あそこまでやる必要はなかったはずです。」
「……いや。あそこまでしないとあの女は巻けない。ここまで確実に追ってきていたはずだ。あの時、奴の弱点であるアホ毛の女がたまたま近くにいたのは運が良かった。」
現在シャドーとドロシアは空を経由して地獄のような現場から逃走していた。
ちなみにドロシアには魔力がないのでこういった空中の移動や先程のような魔法の使用は、全てシャドーの力を借りて行っている。
「先程シャドー様に頂いた保存指を勝手に発動させておいてなんですが、作戦前なのに少し無茶しすぎですよ。まだあのような危険な相手と戦うべきではありません。何やら見知らぬポーションを足に掛けられていましたし、この先何されるか分かりません。」
「吾輩の計算に狂いはない。それにフォール・ナイトメアは『過去に自分以外の生命体に与えたダメージ全てを幻覚として再現』する範囲攻撃の魔法だ。相当な雑魚か精神力が異常な者以外はその場からは動けなくなるはずだ。まさに悪夢ではないか!」
「はぁ…。それなら問題ありませんが、一応作戦前ですし出来る限り目立つ行動は避けるべきかと思います。私が止めてもいつもの悪い病気が発動するので、無駄な事はわかってますが。」
シャドー・コメット。20代後半という若さにしてこの組織を裏社会のTOP10にまで導いた男だ。裏社会では彼の性格も相まって《影武者》の二つ名で呼ばれている。
この男はとにかく用心深く、常に最悪の手を考え、それを起こさないように行動する。そして手法は未だに分からないが、他人が持つ秘めた能力を分析し、それを最大限に引き出すのが得意な男だった。
上位部隊として入団する者や下位部隊に対して明らかに無理だと判断できる無理難題の命令を出す事と、定期的に厨二病発言をする事を除けば、この男は裏社会で最も王に相応しい男だと言える。
「それと吾輩に忠誠を近いし右腕よ。さっき戦った女とあのアホ毛の女について調べさせるよう命令を出しておけ。奴らは明らかに存在が異質だ。奴らからは少なくともこの世にいて良い種族の気配が全くしなかった。」
「異質な存在…ですか?分かりました。こちらで指示の方を出しておきます。あと何度も言いますが、私はドロシアです。ド!ロ!シ!ア!」
ドロシアはシャドーの右腕として約10年近く共に行動しているので、痛い厨二病発言の翻訳技術も自然と身につけたし、彼の使う魔法について大体の事は理解しているつもりだ。
ドロシアは自身が戦闘が出来ない分、組織の情報収集や統率、交渉などの分野をシャドーの指示以上に完璧にこなしている。
突然起きた事象の情報共有を行ったり、彼の暴走を止めたりする為、潜入作業を行う際はシャドーとドロシアは常に行動を共にしているのだ。
「恐らく奴らが帝都から派遣された実力者と見て良いだろう。あの女の攻撃を受け止めている間、あまりの感動に吾輩の中に眠る秘められし封印が解けてしまいそうで仕方がなかった!そんな相手を、予告状中に我が手で捻り潰せるなんて最高ではないか!」
「………またいつもの病気ですか?そこは素直に心が踊ったとかで良いでしょう。それと、先日シャドー様が依頼していた『ロジェ』という人間について情報が上がってきていますよ。なんでも『黒い指輪を付けていて、異常な魔力量を持っている女』だそうです。それ以外の事は分かりませんでした。」
「ほう。吾輩と同じセンスの持ち主か…。同士の発見により、更に吾輩の中に眠る秘められし力が目覚めそうだ!1度その女とやらに会ってみたい者だな。吾輩と同類の匂いがする。」
「それってどんな地獄ですか…。」
いくら厨二病に耐性がついたドロシアでも、シャドーと同じ人間2人を相手するのは地獄に等しいのだ。出来ることならば絶対に避けたい。
「それと話は変わるが、例の魔道具は届いたか?そろそろ日没だ。予定を早めたのは吾輩だが、そろそろ届いていなければおかしいだろう。あの2つは今回の作戦の要だ。」
「それが『祝福の鬼嫁』は既にマスターに渡したとの報告がありまして……私の目を盗んでいつ受け取ったんですか?」
「…………………………一体なんの話だ?」
―――え?




