第二章 14 『影に潜む者④』
「よしクロ。こっちは準備出来たぞ!その変装衣装に取り付けた細工も接続完了だ。いつでも問題ないぞ。」
「ってことは後は俺だけって事か。何度やっても未だに最初やった時と同じくらい緊張するぞこの仕事は。」
現場クロとモモは、『導きの祝儀』を回収する為に、アルロの屋敷の様子を伺っていた。
魔道具が保管されている場所までの経路と中にいる警備の数の把握は既に終わらせている。そして侵入する際に変装する相手も決めており、既にクロは変装が終了していた。
今回クロが変装のモデルに選んだのは、この屋敷を何度も出入りしている薄い緑の髪をした男だ。現在その男は現在外出しているのは確認済なので、本物が屋敷に戻ってくるまでにさっさと盗み出さなければならない。
「――ところでモモ、マスターからのあの依頼、お前はどう思う?怪しいと思うか?」
マスターからの新しい依頼。それは先程式場で頼まれた『影の鼓動の壊滅』だ。自分達の所属する盗賊団の壊滅を自ら命令するなど余りにも意味不明すぎるが、恐らくマスター1人では対応しきれない内通者がいるだとかの事情があるのだろう。そういう事情からクロ達に振ったのだ。
そんな事をすれば、いくらマスターからの指示であろうとも、クロ達は反逆者として扱われて即座に消されてしまう。マスターは神である以上断る選択肢は無いのだが、あの何も考えていなさそうなマスターは本物なのか、クロの中で分からなくなっていた。
だからこそ、この依頼は1度冷静になってから受けるのかを慎重に吟味しなければならない。
「あー。あの組織の壊滅依頼か。マスターが言ってくる以上断るつもりはねぇが、僕もその依頼を聞いた時はビックリしたぜ。僕達の率いる部隊ならその程度出来るって思われてるってことじゃねえか?。」
確かにあの時マスターは『あなた達がこなせないような無理難題を与えるつもりはありません。』と言った。その言葉をそのまま解釈するのであれば、上位部隊程度なら今のクロ達の所有する戦力で壊滅できるという意味になる。
「それはそうかもしれないが…なんかこう――変じゃないか?ここまで巨大な盗賊団として成長させてきたマスターが、自分の組織を俺達に壊滅させろだなんて指示を出すとは考えられないんだ。マスターの指示な以上はこの命令を受けはするが、やる前に1度考えるべきだ。じゃないと俺達の首まで取られちまう。」
「それはそうだが、じゃあ僕達が今日まで相手していたあのマスターは偽物だって言うのかよ!聞いた特徴も完全に一致していたし、くっそ苦労して作ったサンドホークの無茶ぶりにも答えたんだぞ!オマケに奴隷用だと思われる首輪まで付けられてんのに、今更疑う気かよ!」
「……1度マスターに直接聞いてみるべきかもな。下手したらその場で俺達は消されてしまうかもしれないが、命を賭けてでも確認すべき内容だ。どうせ組織を潰すなら命を捨てる事なんて惜しくもないだろ?モモ、お前はどうする?俺の相棒である以上お前の意見も聞かない訳にはいかないからな。」
「……。」
モモが深くその場で考えている。恐らくその意見に乗るか考えているのだろう。モモは、そんな訳が無いと思った発言でも大体正解に近い事を言い当てるくらい勘が鋭い。だからこそクロはモモの言った言葉を適当には扱わない。彼女の無茶苦茶な意見を正しい軌道に乗せるのがクロの仕事だ。
「分かった。僕もその案に乗ろうじゃねえか。クロは長年共に過した仲間なんだし、そもそも最初にマスターだと言い始めたのは僕だ。だから僕がそれに乗らない訳にはいかない。この魔道具を回収して納品したらすぐにでも聞きに行くぞクロ!」
「おう!魔道具のすり替えに関しては任せとけ!」
そう言ってクロ達は屋敷の中へと侵入し、魔道具の回収を始めた。
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「我々サウジストの歴史は軽く触れただけでもこれだけの量になります!いやー!まさかセージ様がこの国の歴史に興味がある方だとは思ってもいませんでした。」
「そういった街の歴史やその場所に眠る鉱石や魔石に関してはとても気になりますからね。私の職業的にも魔石などは良く取り扱いますから、わざわざアルロ卿に魔石や歴史についてここまで詳しい話を聞けるなんてとても貴重な機会ですよ。」
現在シャドーとドロシアは、直接アルロとの接触を行っていた。シャドーは正直街の歴史など全く興味は無いが、アルロの口から情報を割らなければ今回の予告状で使用する『幸福の花束』が手に入らないので、仕方なく相手をしていた。
『幸福の花束』は、サウジストのどこかに封印されている特別な魔道具だ。この魔道具に関して知っているのは国を納める領主か貴族のみが情報を知っており、それ以外には存在すら伝えられていない隠された魔道具である。たまたま襲った国で拾った『サウジスト-マル秘情報』と書かれている書物が無ければ、シャドーはこの魔道具の存在を知ることも無かっただろう。
だからこそ魔道具に掛けられた封印の解き方を粗方調べ終えているシャドーが、こうして自ら足を運んでいるのだ。
そんなこんなで興味のない話に付き合わされること約2時間、信頼をある程度勝ち取れているか試すためにシャドーが勝率の高い賭けに出る。
「それでアルロ卿、近日中にアルロ卿の娘さんがこの街で挙式を上げると聞きました。式までに私も1度直接会って祝福の方をしたいのですが、時間が合う時にでも彼女に会わせて頂いてもよろしいですか?」
それは挙式の主役との接触だった。シャドーが出した予告状がある以上、このタイミングで挙式の主役と接触出来る相手は限られているはずなので会う事の許可が貰えるのであれば、信頼を勝ち取っている証明になる。
「えぇ。今回影の鼓動の撃退を任せる者には最大限譲歩すると決めておりますので、その程度なら構いませんよ。ですが、もちろん会う前には魔封じの指輪も装着して頂きますし、武器や薬品などの持ち込みは禁止です。一応会う前には手荷物検査などもさせて頂きますがそれでも構いませんね?」
「はい。会わせて頂けるのであれば構いませんよ。元々そんな事するつもりはありませんので。」
「わかりました。では彼女が戻ってきた際にまた連絡致します。ところで先程から気になっていたのですが、そちらにいる白いローブの方はどなたですか?」
「申し遅れました。私はミーニャと申します。彼の職場の同僚で先程合流したんです。少し急用が入って到着が遅くなってしまい申し訳ありません。」
「いえいえ。構いませんよ。今回の影の対策はこちらもかなり気合いが入っていますから、協力者と言うのであれば私からは止めません。本当に信頼出来る方であれば…ですがね。」
この反応を見て、シャドーはこの変装のモデルになった人間はある程度信頼されていると確信する。ここまでの信頼度があるならば影への対策とやらについて聞いても問題ないかもしれない。
「あとアルロ卿、今回の影の襲撃についてなのですが作戦について少し教えて頂いてもよろしいですか?先程作戦について聞こうと思っていたのですが、知っている方が帝都に戻ってしまい、詳しく聞かされていなくて…」
部下からの報告を待ってもいいが、可能ならば自分で調べるのがシャドーのやり方である。
シャドーは基本的に自分の目で見た物を何よりも優先して信じるし、耳から入ってきた情報は常に嘘だと疑う所からスタートする用心深い性格だった。いくら自分の構成員が優秀でも裏切られる可能性が少しでもある以上、自ら現場に潜入して確実な情報を手に入れ、その情報と構成員の情報を照らし合わせて常に鮮度の高い情報を元に作戦を練ってきた。
そのおかげで裏社会の地の底からトップまでここまで成り上がってきたのだ。この立ち回りはシャドーが死なない限り一生変わらないだろう。
「あぁ。ロッキー様と丁度入れ替わりになってしまったのですね。貴方も中々に運がない御方だ。いいでしょう。私が知っている事であれば全て教えます。」
「ありがとうございます。それでは作戦の――」
『警告!警告!侵入者を探知しました!侵入者は現在地下1階保管庫にて魔道具を盗もうとした模様。至急応援を要請します!繰り返す。』
突然屋敷の部屋が赤くなり、警報が響き渡った。
あまりにもタイミングの悪い警報に思わずシャドーは舌打ちをする。警報のおかげでまだ気付かれていないが、そういった目立つ行動は避けなければならない。シャドーは深呼吸をして自身を落ち着かせる。深呼吸をしている途中で隣にいたドロシアが耳元へと近づいて質問してきた。
「もしかしたら我々の下位部隊がミスをしたかもしれません。この屋敷には『導きの祝儀』が持ち込まれているとの情報もありますので侵入している可能性があります。どうしましょうかシャドー様。」
「この程度のアクシデントに慌てることは無い。もし我々の一般マウスがやったのであれば、そいつを特定しておけ。後で吾輩から処分を下す。我々に関係ない賊ならば放置だ。」
「分かりました。こちらで潜入した人間について特定しておきます。」
シャドーの指示を聞き、ドロシアが元の定位置に戻る。すると、アルロが話しかけてきた。
「こんな時期に侵入者とは…。セージ様。我々と共に保管庫へ行き侵入者を止めるお手伝いをしてもらいたい。貴方は元々凄腕の冒険者と聞いている。力を貸してくれませんか?」
「えぇ。もちろん構いませんよ。私に協力出来ることならば何でも致しましょう。」
思わぬ形で信頼を得るチャンスを拾ってしまった。これで仮に襲撃者を捕えられれば幸福の花束を手に入れやすくなるだろう。シャドーは迷わずにアルロと共に地下にある保管庫へと向かった。
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時は警報が鳴る少し前まで遡る。
「おいモモ、もうすぐ例の部屋に着くぞ。部屋のロックだが解除出来そうか?」
『あと10秒あれば行ける。もう少しだけ待ってくれ。』
クロとモモはこういった盗みの作業に置いては完全に役割を分担している。どうやってやってるのかは知らないが、モモはこういった罠やギミックの解除に長けた構成員だ。
潜入はクロ、罠の解除や脱出ルートの確保はモモが行うという理想的な役割分担で長年2人は活動してきたのである。
『よし、ロックは解除した。このタイプは再度解除するのに時間が掛かるから1発で決めてくれ。猶予は15分と言ったところだ。調べた情報だと、この部屋のガラスケース棚の3段目に『導きの祝儀』に関するボタンがあるからそれを押せば出てくるはずだ。頼んだぞ。』
「おう!少々厳しい内容だがしっかりやってやるよ!」
そう言ってクロが部屋のドアを開く。すると中は、過去の文明で存在していたとされる『赤外線レーダー』と呼ばれる警備ギミックが敷き詰められており、試しに羽根ペンを投げると、レーダーに触れた瞬間ペンが熱で溶けてしまった。どうやらかなり警戒されているらしい。
「中に仕掛けの解除に使うと思われる導線の縺れた箱が1つあった。今から映すから指示をくれ!」
そう言ってクロが導線を映した。箱を開けるとそこには「赤」 「青」 「緑」 「黒」の4つが雁字搦めに縺れており、1つずつ太い導線が出てきている。恐らく正解を引けばレーザーは解除されるはずだ。
『あー。そういうタイプかぁ…。部屋の中の様子とか映せるか?何かヒントがあるかもしれねーから映せる範囲で映してくれ。』
そう言ってクロが部屋の周りを見渡す。部屋の中を見渡すが、本棚に大量の本が敷き詰められており、周りにはショーケースの中に魔道具が入っている。恐らく『導きの祝儀』と同じようにボタンを押せば中身が出現する特殊な仕掛けになっているのだろう。
「なんか分かりそうか?これ以上動くと、熱光線に当たってしまうんだが…」
『OK!少し悩んだが、正解は分かったぞ!』
「ほんとか!?どれ切ればいいんだ?」
『恐らくだが、正解は「青」だ。理由としては2つある。1つは、この部屋の本棚にそれぞれの色をした本があるのに青色の本だけが見当たらない事。2つ目は、青の導線だけ明らかに年季が違うからだ。もちろん罠って可能性もあるが、この街の貴族は勘が鋭くて頭が回る厄介な軍師タイプだが、単純で忘れっぽい性格をしている。だから1つくらい分かりやすいヒントを残していると見ていいはずだ。』
「なるほどな。じゃあ青を切るぞ!」
何度やっても導線を切る瞬間は緊張が止まらない。導線を切った瞬間、部屋にあったレーザーが全て解除されて部屋の内部にあった目立つギミックは無くなった。
「どうやら正解だったらしい。さすがモモだな!」
『そう褒めんなって!でも気をつけろよ?まだなんか爆弾があるかもしれねーからな。博物館にあった『祝福の花嫁』とは訳が違うんだ。』
『祝福の花嫁』は、博物館の職員として潜入し、手入れのフリをして入れ替えれば即座に完了するような簡単な仕事だったが、今回は貴族の屋敷である。何が施されていても不思議では無い。
慎重にクロは部屋を進み、『導きの祝儀』を出現させるボタンを押し、目当ての魔道具を確認する。
「よし。これだな。あとはすり替えるだけだが…モモ、あと猶予は何分残ってる?」
『大体6分だ。あとはすり替えるだけだし焦らなくて大丈夫だぞ。見回りは近くにいない。』
「了解だ!」
そう言って普段通りクロが慎重に魔道具の置かれている台座を確認する。パッと見はただの丸型の台座であり、特に仕掛けは施されているようには見えなかった。だがいつも以上に慎重に台座に触れた瞬間、屋敷全体に向かって警報が鳴った。
『警告!警告!侵入者を探知しました!侵入者は現在地下1階保管庫にて魔道具を盗もうとした模様。至急!応援を要請します!繰り返す。』
「チッ。内部に認証術式を仕込んでやがったか。まさかここまで盗難対策してるとは!」
魔道具が飾られている台座の内側に認証術式が仕込まれていたのだ。恐らく事前に登録していない人間が触れば発動する仕掛けになっているのだろう。
台座の内部にこういったギミックを仕掛ければ、基本的にどれだけ実力のある者でも気付くことは出来ないので、最強の防犯対策とされている。
『マジかよ。この街の貴族は意外と無能な所があるからここまでの事はしないと思ってたぜ。とりあえずクロ、今すぐ魔道具を入れ替えてからその部屋を出て左側の通路から逃げろ!右の通路から大量の警備が向かってやがる!』
「マジかよ…とりあえず分かった。脱出経路の指示は任せたぞ!」
そう言ってクロは即座に魔道具をすり替え、監視の目を潜り抜けてながら何とか屋敷の出口にたどり着く。屋敷のドアを開けて外に出た途端、クロの顔面にとてつもなく硬い『何か』が顔面に当たり、その場に倒れた。
すると遠くから女性の人が箒で高速で飛んでくるのが見える。
『すみませーん!先程こちらに巨大な擬音文字が飛んできませんでしたか?当たったら大怪我してしまうかもしれないので治療を――ってあれ?あなたは……』
よく見ると自分の元にやってきたのは、先程式場で別れたマスターだった。その後遅れて式場で見た小さな悪魔が誰かを背負ってやって来る。マスターが何故この屋敷にいるのか気になるが、クロの視界にはマスターよりも気になる存在がいた。
なぜマスターは、変装の元になった薄い緑の髪の男と行動しているんだ…?
あまりにも理解出来ない状況にクロが軽く混乱状態に陥る。すると後ろから声が聞こえた。
「ロジェ様!そいつを今すぐ捕まえてください!奴はこの屋敷で盗みを働いている賊です!時期的にも影の可能性が……あれ?セージ様が3人?」
「ようやく見つけましたよ。この屋敷に侵入した賊め!観念して…………………なんだと...?何かがおかしい。何故私と同じ姿の者が?」
倒れているクロの後ろからも声がするので、クロは後ろを振り返ると、そこにも自分と同じ姿をした緑の髪の男がいる。
――どうしてこうなった…?
屋敷の出入口付近にて、3人のセージが突如として現れるという前代未聞の大事件が起こった。




