第二章 09 『目覚め』
見知らぬ天井。朝日が差し込む部屋。地面から伝わるふかふかの感触。
ロジェは目を覚ますと、またしても見知らぬ場所にいた。さっきまでいた謎の暗い空間と明確に違うのは、部屋が明るいこと、よく分からない玉座に座らされていないこと、そして誰かが隣で手を握り続けてくれていた事だ。
隣を見ると、座ったたまま私の手を握り続けて寝ているあーるんがいた。よく見ると顔や体に傷が幾つかあったし、あちこち破れて服がボロボロになっている。恐らく私の居ない所でかなり無茶な事をしていたのだろう。自分の事を優先せずに私の手を握り続けてくれるなんて本当に彼女は優しい子だ。
とりあえずその場から起き上がる為に、彼女を起こさないように慎重に握る手を移動させて体を起こす。動かした時の体は疲れを全く感じないような軽さだった。恐らくこれもあーるんが私に生命力を分け与えてくれていたおかげだろう。
「まったく。私を気遣う前に自分の事を心配しなさいよね。けど、本当にありがとねあーるん。」
そう言いながら彼女の頭を軽く撫でる。すると寝ているあーるんの頬が赤くなり、少し笑みが零れる。…もしかして起きてるんじゃないでしょうね?
そうして寝かされていたベットから立ち上がり、部屋の中を確認する。どうやら私が眠らされている間にあーるんが宛てがわれた宿まで連れてきてくれたようだ。近くにあった机には、宿の宿泊証明書がある。
「にしても、また記憶が少し無いのよね…。サンドホーク愛護団体の人は私に何したのかしら?」
ロジェはあーるんにとりあえず治癒魔法をかけながらとあることを考えていた。
それは、眠らされる前の記憶のことである。
眠る直前の内容がどうやっても思い出せないのだ。謎の空間から帰る直前に魔道具を渡されたのだが、魔道具の名前が思い出せないし、最初に部屋に運ばれた時だって何故眠らされていたのか分からない。
もしかしてあの組織に変な薬でも飲まされて記憶操作されてるんじゃ…。
彼らは悪い人じゃな――――いや、あんな変な仮面を被った変人集団だし、もしかしたら普通に悪い人かもしれないわね…
見た目はともかく、活動内容は普通だった。ロボ型のサンドホークやレーザーを出せる個体はどこで捕まえたのかは知らないがどこか裏社会の組織に潜りこんで捕まえてきたのだろう。そんな個体まで愛でるなんてすごい根気だ。
「この3日の間、サンドホーク愛護団体と式場で会うこともあるだろうし、その時聞いてみるしかないわね。」
そんな結論を出した時、部屋をノックされたので、ロジェがドアを開けると、一人の男が入ってきた。
「姉ちゃん部屋に入るよ――――っておぉ!嬢ちゃんも目覚めたのか!元気そうで少しは安心だな。」
「おはようございますお兄さん。本日はどのような要件でわざわざこんな離れた宿まで来たんですか?」
部屋に来たのは、私達の監視役に選ばれていたセージだった。
ちなみに余談だが、ロジェ達のいる宿は東通りに存在するが、セージが普段いる場所は西通りなので、距離的にかなり離れている。ほぼ反対側に存在するのだ。何か大事件が起きない限りこっちまで来ないと思っていたのだが、何かあったのだろうか?
「実は昨晩、そこで寝てる姉ちゃんが敵の襲撃を受けたと聞いて、この宿まで走ってきたんだ。だけどその時は「ロジェちゃんが眠ってるから今すぐ出て行け。じゃなきゃ殺す」って言われて追い返されたけど、こうして嬢ちゃんが無事に目覚めたなら何よりさ。」
…わざわざ反対側に存在する所まで来てくれたのに、うちの子がごめんなさい。
「なるほどそうだったんですね。なんかうちの子が失礼なことしてしまいすみませんでした。」
「いやいや。別に大丈夫だよ。それで嬢ちゃん、昨日の事は何か覚えてるかい?」
「はい。実は…」
ロジェは昨日あった出来事を喋り始めた。サンドホーク愛護団体の事は特にこの事件とは関係なさそうなので喋らないでおく。そもそも彼らが関係者ならこの事も知ってるだろうしね。
「なるほど…。頼まれたから中央通りに向かったら事件が発生してたんだね。で、そこで助けを求められてから記憶が無いと。」
「はい。その時は桃髪の女性の方に助けを求められた所までは覚えてるんですが、その後の事があまり記憶に残っていなくて…その人を見つければ分かると思うんですけど、この街の人の数からして無理そうですよね。」
「うーん。その時見た警備の人と桃髪の女性の人を絞り出すのは無理だろうね。僕も昨日は観光がてら街の中を歩いていたけど、観光地って事に加えて貴族の式場まであるから人が増えてる以上厳しいんじゃないかなぁ。」
やはり絞り込むのは無理なのね。あの時助けを求めてきた女性が結局何者なのかは分からないけど、影の関係者なのかな?だとしたらやだなぁ…
「それでお兄さん。あーるんの事なんですけど…」
「姉ちゃんの事かい?まだ詳しい事は何も聞けてないけど、どうやら激しい戦いだったらしい。話によると1人で15人の相手していたようだ。最終的に彼女が上手いこと敵を巻いて、嬢ちゃんを背負いながらこの宿まで逃げてきたらしいけど、相変わらず君達の戦闘技能は凄いね。」
そうだったのか…。私が眠らされている間に大変だったわね。申し訳ない事したし、あとで彼女の事労ってあげなきゃ。
「――――長いこと頭のおかしな魔境に住んで鍛えられてますからね。特に彼女は血の気も多いので近接戦なら村の中でもかなり上位の強さを誇りますし、簡単には負けたりしません。」
「そうだね。君達の村の近くには☆9の白亜の樹林があるし、そう簡単に負けるわけないか。」
「…まさかとは思いますけど、私達の事を誰かに話したりってしてないですよね?」
「もちろん話してないよ。話すと君達との約束を破ることになるし、こっちも金になる素材を手に入れられなくなると困るから裏切る気なんて今はないさ!安心していいよ。」
「……怖いので冗談だとしても『今は』っていうのはやめて貰えます?」
2人の間に交わした約束とは、『村の事やロジェ達の素性を黙っておく代わりに、高級な魔物の素材定期的に帝都に持ってくる』ことだ。
身分を隠したいロジェ達からすれば高額の魔物を全て買い取ってくれる人間が必要だったので、高額になる魔物の素材が欲しい彼とは互いに利害が一致しているのだ。
ロジェ達が帝都に来て最初に出会った時に交わされた約束でもある。
「まぁとにかく安心してくれ。僕の方から裏切るような事はしないさ。そんなことしたら本気出した姉ちゃんに一瞬で首をはねられちまう。まだ僕にはやるべき事もあるし、簡単には死にたくないからね」
「ならいいですけ――」
「うんん〜?今、僕の事呼んだぁ?」
「ってあーるん!?あなたいつから起きてたの?」
突然後ろからあーるんが話しかけてきた。いつ起きていたのかは分からないが、突然の出来事に驚きが隠せない。
「うんー?僕?僕ずっと起きてたよぉ?セージちゃんが部屋に入ってきた辺りからずーっと。」
彼女の近くで治癒魔法掛けてたのに、話に夢中で全然気付かなかった。この子なんでか分かんないけど、ずっと気配消してるから分かりにくいのよねぇ…。なんでずっと気配消してるのかしら?
「まさか嬢ちゃん、ずっと彼女の近くに居たのに動いている事に気付いてなかったのかい?普通に動いてたのに。」
「セージちゃんさぁ。うちのロジェちゃんが気付かないわけないでしょ?もしかして、舐めてる?」
あーるんが相変わらず喧嘩を売っている。恐らく喧嘩をしようとしているのだろう。
てか私、普通に気付いてませんでした…。なんかごめんなさい。
「まぁまぁ2人とも。今ここで暴れるのは禁止よ。とりあえずあーるんは怪我も酷いんだから今は休むこと!良いわね?」
「はーい。」
そう言って、無理やりあーるんを席に座らせて報告会が始まった。
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「なんかごめんね?僕が力不足なせいで奴らの動きを止められなくて…」
「全然謝ることじゃないし、むしろ私が謝らなくちゃいけないわ。私が騙されたせいであなたが酷い目にあったんだもの。あなたはよく頑張ったわ。」
「で、でも…」
ロジェは現在、セージへの報告を終えて宿で式場に向かう準備をしていた。彼女から話を聞いていたが、相手は相当な実力者のようだ。何より隠密性能が高いと言うのがとても厄介である。
あーるんはロジェと別れた後、騙されたことに気付いて直ぐに元々いた場所に戻ってきたらしい。そしてその場所に落ちていた怪しい黒い玉を拾った直後、短剣が何本も飛んできて、黒装束の敵との交戦が始まった。
戦いが始まったのは日没後という事もあり、周りがかなり暗く、高い隠密性と噛み合って相手の気配が全く掴めなかったらしい。
あーるんがダメージを受けながらも、何とか6人ほどに致命傷を負わせた所で、草むらに倒れて放置されているロジェを発見したので、即座に回収して空から宿に向かって逃げたらしい。
その時に襲ってきている(と思われる)ゴーレムがいくつかの短剣や土魔法で作ったと思われる鋭い槍や弓をあーるんに向かって飛ばしてきたらしい。
全弾は当たっていないが少し攻撃が当たってしまい、彼女の羽や体はボロボロだった。ロジェにも流れ弾のよう攻撃が幾つか当たっていたようだが、基本あーるんが庇ってくれたので弓矢が少し掠った程度の傷らしいのでそこまで落ち込むほど気にするような物ではない。
「そもそもこういう隠密系の相手はあーるんの苦手分野でしょ?それにあなたは建物で拘束されてた人達を助けたんだし、あーるんのやった事は間違いなく良い事なんだから誇るべきよ。」
セージに一応確認したのだが、建物に捕らわれていた人達はあーるんの手によって全員無事に解放されたらしい。何人かは怪我していたらしいのだが、あーるんが怪我人全員に手持ちの生命力を分け与えて完全に回復させたそうだ。被害にあった人達は現在アルロさんの元で話をしているらしい。
「てか話によると、なんか相手は人間っぽくなかったんでしょ?ゴーレムっぽいなにかだって言ってたけど。」
「うん。なんか人間というより誰かに操られてる人間もどきって感じがしたんだよね。戦法も割とワンパターンだし、戦い方が人間っぽくなかったの。恐らくあの黒い玉に誰かが細工してたと思う。その玉は最初服の内ポケットにしまってたんだけど、いつの間にかどこかの草むらに落としちゃって…」
あーるん曰く、戦っていた時の感触は『召喚されたゴーレムのような何か』だったらしい。そういうモンスターは土魔法や水魔法をある程度まで取得した者が魔法を応用すれば誰でも簡単に作れるのだが、生成技術を持つ召喚モンスターとなれば話が変わる。
自身の魔力をモンスターに分け与えてあげないと彼らは魔法が使えないのだ。
ゴーレムなどの生成物が魔法を使うには『念魔』と呼ばれる特殊な魔力を使って作らなければ基本的に不可能だし、念魔を使った魔法技術を受け継いだ者は基本的に絶滅しているはずなので、今の時代に使える者は基本居ないはずだ。ある1人の馬鹿を除いて……だけど。
「……でも大丈夫!今回戦って奴らの動きは何となく分かったし、もうロジェちゃんに酷い目を合わせることは絶対しないから安心していいよ!僕が全部守るから!」
彼女は眩しい笑顔を見せながら強がっているが、付き合いの長いロジェには分かる。きっと今回の事で落ち込んでいるのだろう。めちゃくちゃ頑張ってたしむしろMVPなので喜んで欲しいが、昔から彼女は3人の中で誰よりも責任感が強く、精神面が弱いので仕方がない。
「ありがとう。その言葉を聞くと安心するしこれからも頼りにしてるわよ。とりあえず早く準備して式場に行かないと。今日から更に忙しくなるわよ。」
ロジェが言うとあーるんもテキパキと身支度をし始めた。元気になっていることを願って、準備が終わったロジェが窓から映る景色を見る。
そこから見る景色は、大きな建物で半分近く埋め尽くされており、奥に聳え立つ緑1色の大きな山と綺麗な雲ひとつない青空が見える。その景色はとても綺麗だった。そんな景色を見て癒されていると、何か気配を感じたので、ふと地面を見る。
するとそこには痛い仮面を被った2人組の人間が、宿の壁に磁石ような物を張り付けて4階と思われる壁付近まで登ってきていた。…ここ一応宿の5階なんだけど、愛護団体の人達何してるの?
すると、桃色の髪をした女の仮面の人が小声で話しかけてくる。
「マスター。こちらを渡し忘れておりました。この魔道具を起動してメッセージを送って頂ければ我々はすぐに駆けつけますし、要望通り行動に移します。何かあればこれで連絡ください。」
そう言ってベル型の小さなチップを渡される。何故そこまでしてくれるのかは分からないけど、彼らはロジェに対して協力してくれるらしい。…てかあなた達関係者ならここまでして渡さなくても簡単に会えるのにこんな所で何してるの?
「ありがとうございます。でもこんな事しなくても愛護団体の―――」
「ロジェちゃん?そんなとこで1人で喋ってるけどなんかあったの?」
すると、ロジェが誰かと話している姿が気になったのかあーるんが近付いて話しかけてきた。よく見るとあーるんが何か高速で石のような物を外に向かって投げている。突然の出来事に思わずロジェも変な声が出てしまった。
「!? び、びっくりしたわよ…。ところで今何投げたの?」
「え?これ?これは特殊な素材で出来てるグレイちゃん特製の火の魔石だよ。今思いっきりこれを投げたの!それもマナを吸収してる相手に当たっただけでどっかーん!って小さな大爆発を起こすやつ!なんか変な奴の気配がしたし、こんな宿に直接襲いに来ないと思うけど、また影の奴らだったら嫌だしぃ?もしかしてダメだった?」
……そんなの良いわけがないでしょ。さっきまでこっちに来ようとしてた人達は大丈夫かしら?




