第二章 08 『影に潜む者②』
――一体この女は何を言っているのだろうか?
クロは目の前の玉座に座った特徴的なアホ毛を持つ女を見てそんな疑問を抱えていた。マスターと会うことが出来るのは、上位部隊の中でも片手程の人間しか居ないので、クロには目の前の女が本物なのかどうかは分からない。
だが、彼女から感じる魔力の気配は、聞いていた情報通り明らかに異常だし、戦えば恐らく白の指輪をつけた上位部隊よりも圧倒的強いだろう。そう納得させる程の魔力の気配を感じた。オマケに玉座に運ぶ際に確認したが、目の前の女が装備している目立つ黒いダイヤのついた指輪も作り物ではない純正の指輪だった。
だが、この女がマスター(仮)だとして、我々下位部隊の事を『サンドホークの愛護団体』などと呼ぶだろうか?
クロ達は、サンドホークは上位部隊からの指示があったので個体の強化訓練をしたり管理をしていただけであり、別にクロ達はそこまでサンドホークに思い入れがあるわけでもない。むしろこの3日間サンドホークにはかなり手を焼いており嫌いの領域に達しようとしている。
だが、影の鼓動はマスターの発言に絶対に逆らうことは出来ない。
マスターがカラスが白だと言えばクロ達は白だと答えなければならないし、マスターが影の鼓動がサンドホーク愛護団体だと言えばその名前を名乗ることを強要される。
だからマスターにサンドホークの愛護活動をしろと言われたら全力で務めなければならないのだ。
組織の頂点に存在するマスターは神である以上、上位部隊だろうが誰だろうが、人員を一瞬にして消し炭に出来るマスターに逆らう訳にはいかない。
言葉を慎重に選びながら、クロが口を開いた。
「あ、あの!マスター。1つ質問があります。我々シャド…サンドホーク愛護団体が現在保護しているサンドホークはどうするつもりなのでしょうか?マスターの指示以上の個体になるよう育成し、管理の方を行ってきました。もし方針を変えるのであれば飼育方法を変えなければなりません。指示をして下さりませんか?」
そう聞いた目の前の女は顎に手を当てて悩んでいた。恐らく自分達にどう伝えるべきなのか考えているのだろう。
しばらくすると返事が返ってきた。
「うーん…?そうですね。よく分かってませんが、飼育方法は今まで通り行いましょう。サンドホークの知識が素人程度しかない私が指示できる事は何もありません。あ!でも、やるのであればあくまでも生態系を破壊しない程度の範囲で納めてくださいね?というかなぜ私に意見を求めるんですか?私よりも知識があるあなた達なら意見を出さなくても上手く出来ると思うんですけど。」
遠回しに「指示がなくても出来るだろ。」と皮肉を言われている気がするが、とりあえず飼育方法は変える必要はないらしい。
しかし、1つの問題点が出てくる。
「しかしマスター。生態系を破壊しない程度というのであれば、当初の指示にあった鋼鉄より硬い個体やサイボーグ型の個体はどうするのですか?彼らは1匹だけで、生態系どころか小さな町や国なら簡単に破壊できるほどの力を秘めています。そのような個体は今マスターが出した命令に背いてしまいますがどうしましょう?」
その言葉を聞いて、まるで何も知らないような顔をしながら目の前の女は両手を当てて音を出し、迷いなくこう言った。
「よし、そのような個体は今すぐ処分するか弱体化させましょう。国や街を崩壊させることが可能な個体だなんて基本碌な物じゃありません。というかなんでそんなの作ってるんですか!そんな指示なんて出した覚えがないし、弱体化出来ないのならば今すぐ処分です!私は平和を望みます!」
『ハッ!』
周りの同士達がその言葉を聞き、目まぐるしく動き始める。クロはマスターの言葉を聞いて確信した。
目の前の女はマスターであると。
クロもマスターの情報について調べたが、その特徴の一つに『突然下位部隊を地獄に叩き落とし、試練のような無茶ぶりを与えて上位部隊に入れるかを試している』という話があった。
聞いた時はどういう事なのか意味がわからなかったが、今この身をもってどういう意味なのかようやくわかった。きっとこのような理不尽な要望に耐えられなければ、上位部隊には入れないのだと。
そもそも今回作ったサンドホークはどれもマスターからの無茶苦茶な指示を受けて品種改良した魔物だ。巨大な魔物を一発で捕獲できるレーザービームを出す個体や火を吐く個体など用途が全く分からない意味不明な要望だったが、下位部隊の人間総出で大量の資金と睡眠時間を削り、ようやく要望のあった個体全てが完成したのだ。
その努力を知っていながら即座に処分を言い渡せる悪魔など居ない。これは上位部隊にクロとモモの率いる部隊が上位部隊に行けるのか試されている。そう考えたのだ。しばらくすれば上位部隊からも到着の連絡が遅れたとの報告が来るだろう。
隣のモモを見ると、同じような解釈をしたのだろう。指を曲げて自信ありげにサインを送ってくる。サインの内容は「間違いない」だった。
そしてモモは迷いなく口を開いた。
「ではマスター。他に何か指示などはありますか?何かありましたら即座に実行してみせます。」
「うーん…。よく分かりませんが、とりあえず綺麗な花を沢山生産しましょう!式場で使用する際に綺麗な花はいくつあっても困りませんし、サンドホークの良い餌も作れます!花は癒しになりますし、花を作って損する人など居ないので、とりあえずやってみましょうか!」
「は、花をですか…?」
「えぇそうよ?この空間には華が足りてないから部屋の空気もどんよりしてるし、何か良い感じに明るいワンポイント的な物が必要よ!私以外に誰がここに来ているかは分からないけど、来た人に良い印象を与えられるわ!」
花の生産…?確かにサンドホークは植物の種を好む動物だし、花を使った兵器なら式場の中に仕掛けやすくなるが、花を使った兵器なんて作ったことがないので、どう改良するべきか分からない。それに、我々のアジトの改造?一体何を考えているんだ?
「か、かしこまりました…すぐさま我々の下位部隊で生産体制を整えます。」
「それと私はこれから式場に関する必要な情報収集をしなくてはいけなくて…それにあの仕事は人手が足りるかどうか分からないし―――」
「――お待ちくださいマスター!そういった情報収集は我々下位部隊の仕事です!マスター自ら行かなくてもそのような下準備であれば、我々にお任せ下さい!代わりに我々がマスターの望む以上の成果を上げてみせましょう。」
その言葉を聞き、マスターが焦っているような素振りをしながらこう答えた。
「いやいや。そのような訳にはいきません!これは私の仕事ですし、実際に現場を見ないと分からないこともありますので貴方達に任せる訳にはいきません!これだけは譲るものですか!てかいい加減この玉座から解放してください!」
遠回しに「無能に情報収集を任せる程間抜けではない無い」とはっきり言われてしまったが、クロ自体はこの行動にあまり驚きはなかった。
何故ならマスターは『用心深い』と聞いたことがあるからだ。自ら得た情報と下位部隊から入ってくる情報を照らし合わせて確実な情報を元に指示を出す。それでこの組織は成長してきたのだ。予告状イベントの際はマスターがこれまでも必ず自ら現場に潜入し、作戦を練っているという話は聞いた事がある。
「…わかりました。では玉座から解放しながら先程手に入れた情報を共有しておきます。もうマスターであれば知っているかと思いますが、現在帝都から相当実力のある者がこの街に来ているとの情報を手に入れました。我々が道中に仕掛けたサンドホークが破壊されていた事から相当実力がある者と思われますし、もし現場で潜入する場合は、くれぐれもかち合うことの無いように気を付けてください。」
「………………………………………うん?」
△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼
「ちきしょうやられた!まさかあの助けを求めてきた事自体が罠だなんて…」
あーるんは全速力で移動しながらロジェを探している。数分前までサンドホークの襲撃があったと聞いた東通りに行ったが、特に何も起きていなかった。
変わったことがあったとすれば、街中の端の方で巨大サンドホークの幻を生成している投影型魔道具が置いてあったり、小さな建物の中に銅像の近くにいたと思われる警備の人や観光客が縄で縛られたいた事くらいだ。捕まった人達は全員あーるんが生命力を分け与えて治療してきたが、これは確実に時間稼ぎのつもりで誰かが仕掛けた罠という事だけは分かる。
「このままだとまずい…。何するつもりか知らないけど、これ仕掛けた奴の狙いは間違いなく僕とロジェちゃんを分断することだし、このままだと彼女が危ないかもしれない。直ぐに加勢しに行かないと!」
ロジェは1人で攻略不可能と言われていた難事件を簡単に解決してしまうような凄い魔女だが、同時に彼女は『悪意』という物に疎い。
彼女はずっと偶然だと否定するが、未来予知と言えるレベルの的中率を誇る未来を見通す力や異常なまでの巻き込まれ体質を持っており、そして何よりその純粋で真っ直ぐな思考回路は、時に化学変化を起こしてとんでもない事になる。
だが彼女は悪意と言う物を知らなすぎる為、相手に殺意や攻撃を向けられるまで目の前の人間や魔物を『自分の敵』だと思わないところがある。
要するに今の彼女は、いつ敵に利用されて捨て駒にされるか分からない状態なのだ。この時間稼ぎを仕掛けたのがもし『影』の仕業ならば、攻撃する事が出来ない呪いを持つロジェが作戦の要注意人物としてこっそり殺されていても不思議では無い。
彼女の持つ圧倒的に高い魔力量と様々な魔法、そして未来予知レベルの先を見通す力は味方だととても便利だが、相手に回ると厄介極まりないのだ。なにか大事になる前に彼女よりもまだまともな思考回路を持ってるあーるんが最悪の事態を止めに行くしかない。
「チッ。やっぱここには居ないか。もしかしたら僕と別れた場所にまだ残ってる事に掛けたけど無駄足かぁ。あの時見たおっさんと女は何処に行きやがったんだ!」
あーるんがロジェと別れる際に見た、怪我していた黒髪の警備員と助けを求めてきた桃髪の女の気配がこの場所で完全に消えている。恐らく彼らがこれを仕組んだ実行犯なのだろう。この場でロジェの匂いも消えているので、ここで何かがあったに違いない。
「気配も匂いも完全に消されたらこっちは追えねえっつーの。でもこれが影の仕業なら私だけだと勝てないかもなぁ…。こういう隠密系の組織はグレイちゃんが違法薬物使うから得意なんだけど今は居ないし、私一人で何とかしないと。」
なにかヒントがないか周りを探していると、道の端っこに小さな黒い玉が落ちていた。拾ってみるとなにか奇妙な力を感じる。
「これは……もしかして術式の気配?しかも割と最近の物っぽいかも。もしかしてロジェちゃんはこの中に―――」
その時、あーるんに向かって殺意の篭った短剣が放たれる。当然のようにあーるんは不意打ちに対応し、後ろを見ずに飛んできた短剣の刃の部分を指で挟んで受け止める。
「.....誰?この程度の攻撃で僕を殺せると思ってんの?一体何の余興のつもり?」
後ろを振り向くが、視界には誰もいなかった。何かがいる気配はするのだが、暗いせいで姿や数を把握することが出来ない。ただでさえ彼女の事が不安なのに、舐めた態度を取って始末しようとした敵の参戦により、あーるんの中で怒りが限界を迎えた。
「………どこの誰だか知らねぇけどぉ、てめぇらさぁ…どこに"、あのこを"、連れていきやがった"んだッ"!おい"、教えろよッ"!」
そしてあーるんは目が水色から赤色に変化し、目立つ赤色の羽を背中から生やして『破壊の悪魔』の人格を目覚めさせ、周りに擬態して姿を確認できない集団に向かって拳を振るい始めた。
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「只今王座の仕掛けを解除しました。マスター相手に手荒な真似をしてしまい申し訳ございません。何せ我々はマスターの顔を知らなかったもので…」
とびきりの笑顔でロジェは返事をした。
「えぇ。全然構いませんよ!知らなかったら仕方ないですもんね!」
ようやく玉座から開放されたわ〜!眠ってた時からずっと変な体制で座ってたから体のあちこちが痛いけど、解放されたならこっちのものよ!なんで味方してくれるかは知らないけど、多分悪い人じゃないしこういう不思議な関係を持ってて損しないわ!
話を聞いていたけど、どうやら彼らは色々な方法でサンドホークを愛でている変態集団らしい。改造された個体まで愛でる愛護団体ってどうなの…?
正直マスターとか作戦とか部隊とか何一つ分からないけど、恐らく影とは関係ないだろう。こんな厨二病を彷彿とさせるふざけた仮面を被っている集団が大きな街を占拠するような盗賊団とは思えない。彼らがそんな事を出来るものならこの目で1度見てみたいものだ。
「それでマスター。我々は例の作戦を3.4日後に行います。それまでには必ず指定の魔道具を回収してきますので、決行日までに1度このアジトに顔を出して頂けると助かります。」
あれ、たまたまかな?作戦とか魔道具の事については何も分からないけど、大体3日後には私も貴族の結婚式を守らなければならない。
もしかしたらこの人も私と同じように雇われた関係者なのだろうか?だとしたらアルロさんってどんな所まで関係を持ってるの…?私はそんな話聞いてないけどさっきこの人達が、帝都から実力ある人が追加で送られてくるってこの人達が言ってたし、やっぱり私達と同じく関係者?
「―分かりました。よく分かりませんがそれまでには顔を出すことを約束しましょう。私達は同業者ですし、また会うかもしれませんね。その時はよろしくお願いしますね。愛護団体の皆様!」
「……当日は我々も作戦中はこの街にいるので、サンドホーク愛護団体も会うかもしれません。」
やっぱりこの人達は式場の関係者なのかな?私の戦闘力は0に近いし、私の代わりに影と戦ってくれないかなぁ…。見た目はめちゃくちゃ強そうだしか弱い女の子の私と役割変わってくれない?
「あ!そうだ!私の仲間をここに連れてきても大丈夫ですか?せっかくの同業者ですし、顔合わせして損しないと思うんですけど…」
(多分)同業者の彼らとあーるんを先に顔合わせしておけば、彼女が目の前の仮面集団に手を出す事はまずないだろう。取り返しのつかない事になるくらいならば先に合わせておいた方がいい。そう思ったのだ。
「マスターの仲間の方ですか…?我々は別に構いませんが、する必要はないと思いますよ?当日のことを気遣っての発言だと言うことは分かりますが、我々は階級関係なく部隊同士で直接会って定期的に情報共有をしておりますので、作戦には支障は出ないかと思われます。」
…え?あーるんと愛護団体の人達って面識あったの?あの子いつの間にこの辺な集団と関係を持ってたのかしら。後で聞いておかなくちゃダメね。
「あ、あー!そうだったのね。変な事聞いてしまってごめんなさい。それでなんだけど、そろそろ私をこの空間の外に出してもらってもいいかしら?私はまだやることがあって時間が無いんです!」
誰に眠らされたのか分からないが、気絶する前は桃髪の女の人に助けを求められていたのだ。怪我人はかなり血を流しているとの事だったので、一刻も早く駆け付けなければ取り返しのつかない事になるかもしれない。ロジェはこんな場所で遊んでいるわけにはいかないのだ。
「分かりました。ではマスター。完全にアイテムを揃えた訳ではありませんが、こちらがマスターの指定していた『祝福の鬼嫁』という名の仮面型魔道具になります。是非ともお受け取りください。」
―――なにそれ要らない…。名前からして絶対問題起きるじゃんそれ。返したい…。
しかし、ロジェが魔道具を返そうとした瞬間に仮面の女性が指を鳴らし、またロジェは意識を失った。




