第二章 07 『影に潜む者①』
「チッ。まさか依頼の帰りに僕達がしかけたサンドホークが襲いかかってくるなんて思ってなかったぜ。一体とうなってんだ?魔物寄せの気配は無いのに興奮状態になってたし、僕らに対してなんか仕掛けたやつが居るなら許せねえよ。」
「きっと誰かが街の近くで使った魔物寄せにでも反応したんだろう。別に気にすることじゃないさ。あのサンドホークの捕獲には少し手間が掛かったが、より強い状態になって帰ってきたんだしむしろアドだ。それに今回の予告状をクリアすれば俺達もついに上位部隊として迎えられるんだし、慎重に1つずつこなすぞ!」
日が落ち始めて周りが暗くなってきた夕暮れ時、サウジストの建物の屋根にとある2人組がいた。目つきは悪いが、後ろで長い髪を束ねているスタイルのいい桃髪の女『モモ』と黒髪で屈強な体つきをした男『クロ』が話している。
彼らは紛れもなく影の鼓動の下位部隊であり、今回の下位部隊全体の統率を任されている極めて重要な立ち位置に存在する。
この組織には上位部隊と下位部隊が存在しており、常に作戦に参加し、戦闘分野などで大活躍するのが上位部隊。
商人を襲ったり、襲う予定の街の情報収集や必要なアイテムの調達など予告状イベントを成功させる為の下準備を担当するのが下位部隊だ。
「マスターの依頼にあった『祝福の鬼嫁』と呼ばれる魔道具は俺達の手元にあるんだ。オマケにこの街の無能共は、魔道具自体がすり替わってる事に気付いてねーし、今回の依頼も楽勝そうだなクロ。」
「まだ歯を見せて笑うなよ?こういう依頼は油断した時にとんでもない事が起きるんだ。いつも俺がモモに言ってることだろ?」
「………まぁ確かにな。それに依頼にあった『ハルトマン像に眠る魔道具』も何者かの手によって既に回収されてやがったし油断は出来ねえ。せっかく姿を上手く隠して銅像を爆破させたってのに報酬なしとかやり損だったわ。」
影の構成員は上位・下位関係なく全員が潜伏のプロだ。強者特有のマナの気配を常に消して行動できるし、潜入しようと思えば帝都の王城ですら1人の関係者として簡単に侵入出来るほどの擬態能力を持つ。そんな彼らが大胆な行動に出ないのには理由がある。
―――影の組織は全員が慎重で、勝てない相手には戦わない。
勝てないと判断すれば即座に撤退を選択し、勝てると踏んだ相手には完膚無きまでに襲う。そうして確実に必要なアイテムや人員などを彼らは常に揃え続けてきた。
裏社会の人間から臆病者や卑怯者と揶揄されながらも彼らの立場は、その慎重さによって培った作戦成功率100%という実績を持っている為、組織の裏社会の位置はとても高い位置に存在する。影の鼓動には誰一人として無能はいないのだ。
「銅像から回収された魔道具についてはある程度目星はついている。あとは俺達が上手いこと回収すればそれでOKだろう。くれぐれも慎重に頼むぞ。モモ。」
「わかってるっつーの――ってちょっと待て、おいクロ。あそこにいるあの黒い髪の女、僕達のマスターじゃねえのか?」
モモが急いで指を指す。その方向には赤いローブの上に黒いロングコートを羽織り、指にやたら目立つブラックダイヤの指輪をつけている黒髪の女がいた。隣には見たことがない仮面を腰に着けている桃髪の女も一緒に歩いている。
「そんなわけが無いだろ!まだ上位部隊からはマスターが到着したと連絡は来ていない!何かの見間違えだ!」
この組織でマスターに直接会えるのは上位部隊の中でも限られた数人程だ。噂によると片手を数える程も居ないようなので性別すらも公表されていない。
その為、影の連絡手段は主に書面だ。長い間組織にいるクロも理屈は未だに分からないが、上位部隊からなにか作戦に変更がある度に書面が手元に届くようになっている。
「じゃああの女はなんだって言うんだ!事前に聞いている今回のマスターの潜入時の服装や情報は、異常なくらい用心深い性格で、全身を黒いロングコートで身を包み、マスターの所有する魔力が遠目で見ても分かるレベルで異常だって話だったろ!それにマスターの代名詞である漆黒の指輪が付けてるのが何よりの証拠じゃねえか!しかもだぞ。隣にいる女と比べてマスターだけ物理的に存在感が薄くなってる!あれだってきっと魔法の類で潜伏しているんだぞ!あいつから感じる魔力も異常だし、これでマスターじゃないと疑う方が狂ってるだろ!」
影の階級証明は少し変わっている。
上位部隊のリーダーには、それぞれ連絡用の指輪型宝具を身につけており、青→黄→赤→白の順で階級が高いことを示す証明になる。そして黒色の指輪は、影のマスター以外は装着してはいけないというルールがあるのだ。黒色の指輪は影にとって頂点を示す物とされている。
「確かに条件には当てはまってるし、モモの言い分は分かるぞ?でも上位部隊から到着したとの連絡が来てないのはおかしくないか?」
「クロは見た目に合わず慎重すぎんだよ!じゃあクロ。てめぇはあのリーダーかもしれない女を放置するってのか?そんな事が上位部隊にバレてみろ!ルールに逆らったという理由で即座に打首だ!それに、仮に偽物だとしてもアジトの人間全員でボコればなんとかなるだろ。下部部隊とはいえ今回の予告状は今までの中で最大規模だ。数も戦力も普段の5倍以上はある。簡単には負けたりしねーよ。」
「……」
クロとモモの付き合いは実はかなり長い。これでも5年以上共に行動している仲間だ。
互いに弱点をわかっているからこそ、常に前を走り続けるモモに対してクロが普段以上に慎重に物事を考えているのだ。
彼の慎重さに助けられた経験が沢山あるからこそモモは作戦を強引に実行しようとしない。何をするにしても必ず彼の意見を聞いてから行動するのだ。
「分かった。とりあえずあの黒髪の女だけをアジトへ招待する。隣にいる桃色の女が邪魔だが、上手いこと離れさせて片方だけアジトに連れていくぞ。偽物だった場合、あの女を絶対に逃がすなよ?」
「――あぁ。分かってるぜ相棒。」
△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼
ロジェ達は、爆発が起きたハルトマン像に向かって歩いて移動していた。正直今すぐにでも宛てがわれた宿に行きたかったのだが、ロジェ達が穴を開けたせいで銅像が爆発した可能性があるので、現場の確認を断ることが出来なかったのだ。
「にしてもさぁ。服がボロボロだって理由で服変えろって言ってきたくせに、こんな動きにくい物しか用意出来ないなんてちょっと残念だよねぇ。この服軽すぎて絶妙に動きにくいー!」
「……別にあなたは普段とそこまで変わらないじゃない。」
今のあーるんは、ショートパンツに大事な部分だけを隠している服を着用し、全体的に黒を基調とした如何にも盗賊職を連想させる衣装をしていた。正直言うと普段の衣装よりも少し胸あたりの露出が増えたくらいで特に変わるものは無い。
年中認識阻害の付いたローブしか着ない私からすればこの衣装は、色以外何が違うのか全く分からなかった。
「見た目は確かにいつも通りかもしれないけど、着てる側は意外と変わるんだよ?服が軽過ぎると全力で走ったりした時に速度に耐えられなくて破れそうになるし、破れなかったとしても空飛んでる時のバランス調整がムズくなるんだよね〜。やっぱり慣れてる服が楽?って感じ!」
なるほど…普通の服が破れるくらいまで速く動くのはどうかと思うけど、彼女にもそんな事情があるのか。今度彼女に服をプレゼントする時はそういう所も考慮してあげなきゃだわ。
「てかロジェちゃんはその服暑くないの?ローブの上からコートなんて来てたらすごく辛そうだけど…」
「うん。普通に暑いよ?けどこのローブを預ける訳にもいかないし、汚れた服のままいけば現場の確認なんてしたら人が集まってきてやり辛くなるんだから仕方ないでしょ?我慢よ我慢。」
一方でロジェは、いつも通りフードを深く被り、認識阻害ローブの上から用意された黒いロングコートを無理やり羽織る形で移動している。
建物を破壊し続けた結果、ローブがかなりボロボロになっていたのでそれも脱いで着替えろと言われたのだが、認識阻害の効果を持つアイテムの存在をバラす訳にはいかなかったので、仕方なくこういう手段を取っている。
ちなみに余談だが、あーるんも黒ベースのロングコートを上から羽織る予定だったのだか、これを着たら動きにくいという理由で駄々を捏ねた為、彼女だけ別にこの街で流通している盗賊職用の衣装を用意して貰っているし、ロジェもこの国特有の白のロングコートを着ることになっていたが、未だに人目が怖いという理由で、日が落ちればあまり目立たなくなる黒のロングコートに変えてもらっている。…なんか私達が我儘言ってごめんなさい。
「ならさっさと依頼を終わらせなきゃだね!僕達に爆発させた罪を擦り付けたやつは徹底的に落とし前付けさせなくちゃ。」
「うんうん。でも見つけてもちゃんと手加減してよ?話も聞かなきゃだし、命まで取るのはダメだからね?」
「はーい!まっかせといて!」
そんな感じの会話をしていると、銅像前に到着した。昼間はかなり人が居たのだが、警備の人間に整理されたのか現在銅像前に人は全くいなかった。
「――誰もいないのかしら…あれだけ昼間に人が居たのになんか変ねこの辺り。」
「警備の人間すら誰も居ないとなると何かがおかしい…ロジェちゃん、気をつけて。」
ちょっと前に爆破騒ぎがあったのに 警備すらも居ないとなると明らかに異質だ。騒ぎを起こした人間が近くで待ち構えている可能性すらもある。ロジェは頬を叩いて気を引き締め直す。
「あそこに誰か倒れてるわね。なにか情報を引き出せるかもしれないし、とにかく辛そうにしてるから助けてあげなきゃ。」
「あ待ってロジェちゃん!まだ敵の可能性が――」
ロジェは止めてくるあーるんをスルーして端の方に倒れていた警備の人間を助けるべく走り出す。自分の薬品鞄の中から回復ポーションを1つ取り出し、彼にぶん投げて強制的に生き返らせて話を聞く。
「大丈夫ですか?この辺りで一体何が…?」
目の前の男は黒髪の屈強な体つきをしていた。ここまで強そうな見た目をしている男がやられたのだから、恐らく相当な何かがあったのだろう。彼の息が吹き返してきたのを確認して慎重に状況を聞き出す。
「……ち、治療してくれたこと、深く感謝する。さっきここに巨大なサンドホークが突然召喚されたんだ!誰の仕業かは分からねーが、恐らくこの像を破壊した奴らだろう。他の警備の奴がこの東通りでサンドホークを抑えているが、いつやられるかわかんねぇ。命を助けてくれた恩人にこんな事を頼むのは申し訳ないと思ってるが、良ければ警備の奴に加勢してやってくれねえか?奴らだけじゃ心配なんだ。」
えぇ…またサンドホークが出てくるの?ここに来るまでの道中といい、この国ってサンドホークにでも支配されてるわけ?私が知らないだけでサウジストってサンドホークの国なのかな…
「チッ。またあのハリネズミかよ。ここに来るまでもそうだったけど、たかがサンドホーク如きを気に入ってるやつが多すぎて気持ちわりぃっての。」
「色々言いたいことはあるけど、とりあえずそういう事なら私達も加勢しにいきましょ。ここに来るまでの個体と同じなら簡単に何とかできるはずよ!」
「……そうだね。とりあえずロジェちゃんも僕と一緒に加勢して――」
「そこのローブの方!私の夫を助けてください!」
その時、ロジェの肩が突然誰かに掴まれ、後ろから話しかけられる。後ろを振り向くと、涙を流している長い桃髪の女が立っていた。なにか攻撃に巻き込まれたのだろうか?
「先程貴方がそこの警備の人を一瞬で治療している所を私は見ました!貴方ならきっと今血を垂れ流してその場から動けなくなっている私の夫も助けられると思います!なので助けていただけませんか?他の誰も助けてくれず、もう貴方に頼るしかないんです。私を庇うために彼が…彼が…」
――――私がやった事ってポーションをぶん投げて直撃させただけなんだけど…
どうやらサンドホークの攻撃に巻き込まれてしまった運のない人だったらしい。目の前て号泣する人を見て見捨てようとはならないので、色々な人を助けて笑顔に出来る魔女になりたいと思っているロジェは、迷うことなくその怪我人を助けに行くことにした。
「……分かりました。とりあえずその現場に案内してください。私が治療します!ってことであーるん。ちょっと合流が遅れちゃうけど大丈夫?」
「.....そういうことなら分かった!僕が止めても多分ロジェちゃんは頑固だから意味ないと思うし行ってきて。僕は騒ぎの起きてる東通りに行くけど、そっちにも敵が居るかもしれないから気をつけながら慎重に行ってきてよ!」
そう言い残してあーるんが羽を生やし飛んでいった。すぐさまロジェも自分に出来ることを全うするため箒を時空鞄から取り出そうとする。
「さてと、じゃあ案内してく―」
「混沌の次元」
その時、近くから声が聞こえた。まるで先程まで泣いていた目の前の女の声と同じような――――
△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼
「―――――あれ?ここはどこ?」
見覚えのない天井。座った覚えのない玉座。薄暗い黒色の空間。
ロジェが目を覚ますと、全て見覚えのない空間にいた。その場から立ち上がろうとするが、何か魔法的な仕掛けが玉座に施されており、その場から動くことが出来ない。気絶する前の記憶が少しないが、どうやら知らない場所に連れてこられて、誰かに捕らえられてしまったらしい。
「私…いつ捕まったのかしら。とりあえずお腹もすいてきたし美味しいご飯でも食べたい…」
その場で暴れるがどうやっても動けないことを悟ったので、諦めてくだらない事を考えていると目の前に2つの影が現れる。
「――っ!?あなた達、一体何者!私にこんなことをして何するつもりなの!今すぐ答えて!」
すると2つの影が明るい場所へと姿を現す。見た目は男と女のようだが、顔には何やら厨二病を彷彿とさせる痛い仮面を被っている。
周りを見渡せば、いつの間にか大量の人影があった。よく見ると太った男や小さな子供、明らかな場違いの老人など沢山の人がその痛い仮面を被って跪いている。オマケに周りには大量のサンドホークが檻に入れられているので非常に不気味である。
…………一体この人達、誰?
「お待ちしておりました。マスター。我々は貴方に忠誠を誓いし者。マスターの言葉が我が言葉と捉え、行動致します。」
…………………誰?
「予定よりもかなり早い到着で我々も少し驚きましたが、作戦には問題ありません。マスターの指示にあった通り強化版サンドホークも既に用意出来ておりますし、下位部隊は全員指示通り動く準備が出来てます。サンドホークに関しては予定よりも大幅に強化出来ました。作戦当日はマスターの予想を上回る動きが出来るかと。何か追加の指示があればなんなりと申し付けください。」
――――うん、彼らがさっきから何を言ってるのかさっぱり分からない。サンドホーク?下位部隊?マスター?私には何一つ分からない。
もしかしてだけど、私達が道中で出会ったあの変なサンドホークの子供の飼い主だったりする?
確かあのサンドホークはあーるんが誰かに細工されてたって言ってたし、もしかすればこの人達が保護している個体が逃げ出したのかもしれない。あの子達を生きて逃がした事への恩返しでもしてくれるのだろうか?
てか私までその変な集団に巻き込まないでください…。私たちはあなた達と違ってサンドホークに愛なんて無いし、愛でたいとか思わないんだから!!!
考えれば考えるほど意味不明な状況に頭を抱えたくなるので、一旦深呼吸をする。そしてようやく重い重い口を開いた。
「皆さんよく聞いてください。私はサンドホークの愛護団体の者ではありません。確かにあの時みたサンドホークは素晴らしい個体でしたが、あなた達のようにあれを愛でる程私はサンドホークに興味があるわけじゃない。とりあえずこの玉座から解放しなさい!」




