第一章 17 『ペンダント②』
「ここが祭壇ですか…」
ロシェは自身をペンダント型の魔道具だと名乗る異常者の指示で、祭壇と呼ばれる場所に来ていた。
目の前の大きな台座には「黒の龍」と「白の龍」のような模型が市松模様柄の石の上に配置され、まるでチェスを彷彿とさせるように配置されていた。
5段ほどの階段を上ると、左右対称に宝具を飾る台があり、左には龍の宿場と同じような形の魔導具が封印されていて、右側には何も無かった。
『ここは第2層【灼熱の霧】の隠し階層です。条件を満たさない限り、このエリアには侵入出来ないようになっているので、邪魔は入りません。心配しないでください。』
「このフロアへの侵入条件とはなんですか…?」
少し前から気になっていた。あの精神が壊れてしまった男はともかく、なぜ近くにいたヒュー達がこの階層に居ないのか不思議でならないのだ。そもそも彼らが生きてるか分からないけど…。
『この隠し階層に入るルールは1つだけです。それは特別な能力を持つ種族であること。…………………ちなみにさっきの男は、貴方が落とされてきた時に、ちょうど貴方がいる空洞の裏側の近くで戦っていたらしく、巻き込まれてここへ来たようです。なので気にしないでください…。』
…関係ない人がここに来るなんて割と欠陥仕様では?確かあの時は少なくとも近くに、リンやランスが居たはずなのに、彼らではなくわざわざ関係ない人を巻き込んでしまうあたり、どうやら私の運は相当悪いようだ。
てか特別な力って何???私、本当に何も持ってないよ?
しかし、そんなことを言っても話は進まないので、黙って話を聞く。
『ここは他の隠し階層と違い、入る為の条件がある分、魔物や罠のような仕掛けが内部に存在しないという特徴があります。理由は、この場所がダンジョンの核を担うからです。』
「ダンジョンの核…?」
『この場所は本来、双龍の砦の生態系を2つの魔道具によって永遠に維持する為に作られた部屋でした。魔道具が封印されている右側の台座にあるのは、龍の寵愛と呼ばれる物、何も封印されてない魔道具に入るのは私、龍の宿場です。その2つが同時に作用することで龍や魔物の鎮静化を行い、暴走を止めることが出来るのです。』
「でもあなたの能力は、恐らくですが龍の呼び寄せだけですよね?特殊な術式については分かりませんでしたが…。」
『…そこまで分かっているのですね。その能力に加えて私はもう1つの能力があります。それは「王の風格」という能力です。デメリットは、効果対象は竜の種族のみである事と、1度に使用する消費魔力がとても多い事です。魔力が異常なくらいある人間でも中々補えないと言われるような量の魔力を消費しますが、その代わりに、起動さえ出来れば誰でも龍族の王になれる。つまり龍に関係する一族は誰もその者には逆らえなくなるのです。龍の呼び寄せとこの能力を組み合わせれば簡単に国を落とすことも可能になりますよ。』
ほうほう…。つまりあの襲撃事件の時に龍達が平伏していたのは、この魔道具のせいだったのか。魔力を勝手に使われていた事も全然気付かなかったし…ってあれ?
ロジェは気付いてはいけない事に気付いてしまった。
つまりあの襲撃のあった日、私の魔力が突然空っぽになったのも、襲撃事件に巻き込まれたのも、変な伝説を作ってしまったのも、全てこの魔道具のせいじゃん!!!
『なので我々の…ってなになに!ちょっ!やめて!それやられたら私が壊れちゃう!!魔力を抜いて私を壊そうとしないで!!!!』
「うるさいうるさいうるさい!あんたのせいで私は平和な日常が全て奪われたのよ!!絶対許さないんだから!!!この!この!この!」
ロジェがペンダントに残っている魔力を吸い取り、耐久力を下げる。ペンダントはそんな事を許さないので、電撃を流したりして抵抗するが、怒りのロジェには全く効かなかった。
「うわああああああん!私の平和だった日常はもう2度と帰ってこないんだあぁぁぁぁぁ…。ちくしょう!ちくしょう!ちくしょうおおおおおおお!!!」
そう言いながらロジェは、魔道具片手に握り、しばらくの間、床に向かって拳をたたきつけていた。
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「さぁ。早く話を再開しましょう。こんな所で遊んでいる暇はありません。」
『え?あ、あの!なんかすみませんでした…。』
「いえいえ。あなたが謝ることではありません。私は死んでもあなたの事だけは絶対に許しませんが、今は時間がありません。さぁ、つ づ き を ど う ぞ ?」
あれからロジェは、数十分程幼児退行していたのだが、突然何事も無かったかのような顔をして落ち着きを取り戻し、今に至る。
ロジェは現在全力で感情を抑えているが、口調までは怒りが抑えきれて居ないので、怒っている事がバレバレである。
『…………では改めまして。龍の宿場は龍の寵愛と言う宝具と共にこの空間に封印されていたのです。2つの封印されし魔道具がこの場所に揃った時、初めてダンジョンに生息する全ての生態系を安全に維持する事が可能になります。』
「…でもそれって変じゃないですか?封印されているはずのあなたが外の空間へと持ち出されるはずが無いのに。」
封印とはそう簡単に解けるものではないし、それが施されている限り魔道具が勝手に動き出すなどありえないのだ。
勝手に話しかけてくる魔道具は有り得るかもしれないが、自我を持って動く魔道具はこの世に存在しない。
『その通りです。外部からの影響を受けない限り私は動けませんでした。ですが、数十年前この封印を強制的に解き、私を盗み出した者がいたのです。その者の名前はエリー・アーロン。彼は、数十年前このダンジョンを1人で完全攻略した相当優秀な魔導師です。』
エリー・アーロン…どこかで聞いたことある気がする。確かこの階層で精神が壊れてしまった男がそんな感じの名前を言いながら謝罪していた気がする。
…たまたまかな?そんな名前は知らなかったことにしよう。
『彼は、このダンジョンを完全攻略した帰りにこの空間へと招かれ、魔道具にかかっていた特殊な封印を強制的に解除しました。その後は自分にとって都合の良いように内部の生態系や環境を作り変えています。そのおかげで内部では、龍が暴走して生態系が完全に崩壊し、彼は龍の宿場の効果を使用して龍を操り、魔物を改造するなどやりたい放題。私が一刻も早くここに封印されない限り、このダンジョンはいつ爆発してもおかしくない火薬庫であり続けるでしょう。』
「なるほど。あなたにもそういう事情があったんですね…。先程感情だけであなたを壊そうとしてしまいすみませんでした。…だからと言ってあなたのやった事を許す気はありませんが…ね。」
話を聞いていると、事情も考えず感情だけで動いてしまった自分が恥ずかしくなる。そういう所は反省しなければダメかもしれない。
『そこで、貴方に1つお願いがあります。貴方の魔力を使って私を再度封印して頂けませんか?』
……………はい?
「えっと…今なんと言いました?」
『? 龍の宿場の封印を頼んだのですが、もしかして駄目でしたか…?』
意味がわからなかった。封印とは外部の人間が簡単に出来ることでは無い。専門の人間が生み出した術式によって、魔道具の動作や効果を完全に封じ込めるからこそ意味があるのだ。素人の行う封印術式など初心者でも解除できる見掛け倒しになることがほとんどだ。
…もしかしてだけど、こんな感じで適当に封印を任せてるから、そのエリーとやらに盗まれたのでは?なんかこれに同情して損した気がする…。
「別に嫌という訳ではありませんが、もう少しあなたは封印の重要性を見直すべきだと思います…。」
『では、封印の方お願いします!私を祭壇の窪みに嵌めてから魔力を込めるだけで封印は完了するので、お願いしますね!』
封印する時はちゃんとした術式を使うとかしてちゃんと封印をしてください…。
こう何度も何度も封印を解かれても厄介なので、ロジェが昔読んだ書物に乗っていた封印の術式を思い出しながら、見様見真似で術式使を使うことした。
ちなみに試したことはないので、成功率は0%に限りなく近いだろう。いくら変な魔法を極めてきたロジェでも、見様見真似で封印術式が出来るほど簡単では無いのだ。
『あ、言い忘れたのですが、私が封印されるとダンジョン内部の魔物達の情報がリセットされるので、中は相当危険な状態になります。私の力で、貴方達5人の事は入り口へ転移させますが、外に出たらすぐにその場を離れてくださいね!』
何それ怖い…。魔物がリセットされるって何事?
まあでも今何処にいるのか分からないヒュー達を拾ってくれるなら文句は無い。外に出たら中で起こった事をロッキーさんに報告すれば全てが解決するし、私はようやく帝都から解放されるのである。
「では、早く終わらせてしまいましょう。何か言い残した事とかってありますか?」
短い付き合いだったが、恐らく彼らは封印されたら今みたいに喋る事は無くなるのだ。勝手に実績を作った事だけは許さないが、ある程度付き合いを持った以上、遺言を聞かずに封印するなど可哀想である。ロジェの中で少し情が湧いてしまった。
『そうですね…。強いて言うなら、ペンダントとしてずっと装着されていたので分かりますが、貴方の体は魔力が多く、体温も高いので、とても暖かくて居心地が良かったですよ。感謝しかありません!』
「!?急に変なこと言うなあああああああぁぁぁ!!!!」
その言葉を聞いてロジェは急に恥ずかしくなり、つい思いっきり魔力を込めてしまった。
目普通の魔道具ならば壊れてしまう程の魔力を一気に投入したので、凄い音を立てて光りながら魔道具が封印され、地面が揺れ始めた。龍の宿場が襲撃事件の時以上の激しい点滅を始める。
そしてロジェはすぐさま光に包まれ、叫びながら隠し階層から転移した。
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『こちら第2層。1層目から大量の数の忍者ゴーレムが雪崩込んできます!我々の研究を使って生み出された魔物を使っても進軍を食い止めることが出来ません!オマケに何やら未確認の侵入者もこのエリアで暴れている模様です!至急増援頼みます!』
『こちら第3層!何者かの手により階層全体が燃えております!先程から起きている地面の揺れと炎上により、これ以上他の階層へと行くのは危険かと思われます!』
『こちら第4層!龍の宿場を使用して手懐けていた龍達が我々に向かって敵対し、暴走を始めました!我々が作ったキメラ土龍や鳥型の毒蛇も出していますが、全然太刀打ちが出来ません!エリー様!指示をお願いします!』
『こちら第1層!先日の襲撃の際に使った生き残りの龍達が外からやって来て暴走をし始めました!こちらはもう…ぎゃああああああああ!!!』
「一体中で何が起こっているのだ!ヘンリックとの通信が途切れてから内部はめちゃくちゃじゃ!」
双竜の砦の最深部に存在するネオリスの研究施設の広い空間で、連絡石を通じて入ってくる情報の数々にエリーは頭を抱えていた。
エリーは、ヘンリックが冒険者5人を小さな洞穴に追い詰めた所までは確認していたのだが、突然映像が途切れたのだ。後で確認したが、どうやら洞穴から出てきた忍者ゴーレムが暴走し、仕込んでいたカメラや映像機能付きの魔物が全部壊されたらしい。
それに加え、ヘンリックの連絡石が機能しない件や様々な階層に現れる色が少し薄い例の女の分身、魔道具で手懐けていた龍の反逆に加えて、全てを破壊しながら突き進む謎の侵入者とエリー1人て対応できる範囲を超えてしまっている。ここまでされるとお手上げだった。
頭を抱え、どうするか悩んでいると、情報を集めていた1人の弟子が報告をしに戻ってきた。
「報告致します!階層全体が揺れ始めた途端、彗星の神子の4人は全員ダンジョン入口へと転移していたのが確認出来ました。まだ1つ転移途中の影が入口に残っているのですぐに確認することは出来ませんが、例の女の可能性が高いかと。」
「あの女の姿がまだ確認出来ないだと!?今すぐ奴の姿を探しだせ!転移先にも注意しながら他の階層も汲まなく探すのだ!奴は放置すれば今度は何をするか分からぬぞ!」
攻撃方法は不明で、行動や思考に一貫性がなく、我々の予想の常に斜め上を行き続け、隙あらば挑発行為を繰り返す謎の女。それがこの短時間の間観察し続けて分かった例の女の生態だった。
奴の姿までは確認出来ないが、ヘンリックの連絡石が死んでいる事を考えると、恐らくあいつはあの女と一騎打ちを行い、敗れたのだろう。
でなければ、エリーの魔法を弟子の中でマスターし、エリーの実力を超える1歩手前まで辿り着けたあの男が連絡石を自ら壊す訳がない。そう思っていた。
「…マスター。階層の混乱はどうしましょうか?」
少なくとも、あの女の存在が確認出来ていない以上、何が起きてもおかしくはない。
内部に存在するマナが多いことや魔物の質が高く、冒険者を迂闊にやってこないという条件を満たしているこのダンジョンを捨てることは惜しいが、命には代えられない。魔物の改造に関しては、時間がかかるが他のダンジョンで一からやり直せば良い。
「………全員今すぐ撤退させろ。ここを捨てるのは惜しいが、奴が何してくるか分からん以上、これ以上ここに居るのは危険だ。直ぐにここを出る。あの者に気を付けながら行動せよ!」
「ハッ!」
エリーの指示を聞き、すぐさま弟子が早足で施設を出ていく。エリーは部屋にあった巨大なオブシェクトをジッと見つめ、色々と感傷に浸りながらこの場所について思い出す。
思い返せばこの場所では色々な事があった。ある日このダンジョンを攻略した帰りに、たまたま貴重な魔道具を発見したし、龍を中心とした改造種の強化魔物を試行錯誤しながら何体も作った。他の研究支部に馬鹿にされながらも常に見返す為に努力を重ね、ここまで1つの研究施設として大きくなってきたのだ。
この場所は、エリーの始まりにして苦楽を共にした思い出深い場所なのだからそう簡単に捨てられるものではない。
そしてエリーは数分間悩みながら、この思い出の詰まった場所を捨てる覚悟を決め、逃走準備をするため動き出す。
すると突然、エリーの目の前のオブジェクトが光りだして空間が割れ、光に包まれながら空間から何かが落ちてきた。
「あいたっ!突然穴が空いて空間から振り落とされるなんて聞いてないわよ…覚えておきなさいあの魔道具めぇ…。」
「!? 一体何者だ!」
まるで攻撃される事を警戒していないかのように、空間から落ちてきた女がその場に立ち上がる。
「いたたたたた…ここどこぉ?」
「なっ…貴様は…!」
空間から落ちてきた者を覆っていた光が鎮まり、エリーの目の前に堂々と姿を現す。その正体はこのダンジョンの内部をここまでの大混乱に陥れ、現在エリーが最も警戒していたアホ毛の女、ロジェだった。




