第一章 16 『ペンダント①』
全ての出来事か終わったことを確認して、階段の通路の近くで氷土壁を使って擬態していたロジェが、白目を向いて気絶している男の様子を見に行く。
「周りから見ている分には何も分かんなかったけど、一体このポーションで何が起きたの…?」
ロジェは手元にある<恐怖>と書かれたポーションを見つめていた。
あの時、煙幕を炊くと同時に床に向かって恐怖ポーションをばら撒いてから、すぐ後ろにある階段の通路に逃げ込んだ。
そして氷土壁を使って周りの氷の結晶に擬態して様子を見ていたのが、何が起きているか全く分からなかった。分かったのは、何故か精神崩壊する目の前の男の姿だけである。
「さっき静寂の湖で珍しいスライムの群れを見たから、この方はそれを研究している方なのかと思ってたけど違うのかしら。じゃあなぜこの人はここに…?」
なぜこの男が怒りながら私のことを攻撃してきたのかは、よく分からなかったのだが、殺されそうになったので私は恐怖ポーションを使って反撃したのだ。正当防衛である。
「てか自分にダメージがないと使えないって聞いてたから今使ったけど、精神がぶっ壊れるなんて聞いてないわよ!帰ったらグレイに問い詰めなくちゃ。まったくっ!あの人はなんて物作ってるのかしら!」
恐怖ポーションとは、自身の受けたダメージを基準に、相手の怖がる出来事や経験を幻覚としてその場に再現する物らしい。基準となるダメージが大きければ大きいほど過剰な演出になるので、一生その場から立ち上がれなくなる者もいるとかいないとか。
「それと、今はこれよね。なんかこの空間に落ちてからずっとペンダントが光ってて不思議なのよ…。ここに何かあるのかしら?」
床が抜けてこの階層に落ちてきてから、ロジェの身につけているペンダントは何故か光っていた。前の龍襲撃事件の時と違って点滅するように激しく光っている訳ではなく、芯のある細い光がずっと光り続けているので、恐らくこの場所には何かあるのだろう。
試しに目の前の通路の方向にペンダントを向けてみる。すると、光の太さが変わった。
「!? このペンダント、もしかしてだけど通路の先にある何かに反応している…?」
誰にでも見れば分かるくらいに光の太さが変わったのだ。恐らくこの光を辿っていけば、この魔導具に関する何かが分かるだろう。
とりあえず1番反応があった隠し通路の道を通るために階段へと向かったその時、とある事を思い出した。
…そういえば、ヒュー達、全然見当たらないけど大丈夫なのかしら?
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「こんな文字見た事ない…本当に不思議な空間ね。」
ヒュー達を心配しながら通路を進んでいくこと数分。ロジェは一方通行で薄暗い洞窟のような空間にいた。
この洞窟の壁には、龍の爪の後や足跡、沢山の図形を使用した記号文字がぎっしりと記載されていた。ロジェは昔からこう言う不思議な空間が大好きなので、見たこともない絵や文字に興味津々だった。
「しかし、こんな文字見た事ないわね…。一体ここはどこなのかしら?」
足元には踏むと光る足場と、溺れる程深くはないが、それなりに深さのある川のような物がある。試しに水に触れてみると、指先の怪我が一瞬にして治っていた。恐らくこれは回復系の力を持つ聖水である。
「聖水がなぜこんな狭い空間にあるの!?この治癒効果からして、恐らくかなり上質な物なのに。」
聖水は貴重で高級品だ。治癒効果が高ければ高いほど高値で取引されるし、高度な聖水を使えば命の再生以外は、何でも治癒出来ると言われている。ダンジョン攻略をしている途中でとんでもない代物を見つけてしまった。
とりあえずロジェは全身傷だらけなので、服を脱ぎ全裸になって川の水に浸かった。魔法の力で岩を吸い寄せた時に受けたダメージや謎の男との戦闘で負った傷がどんどん治っていく。
壁に書かれていた龍と人類の戦争が書かれている壁画に魅力されていると、突然声が聞こえてきた。
『我が秘宝を持つ者よ。奥の祭壇へと向かい返還せよ。』
突然聞こえてきた声に驚き、思わず床に置いていた手を滑らせて顔も含めて水の中に落ちる。顔を真っ赤にして周りを警戒しつつ、裸体を見られないように深く水の中に浸かりながら、服のある方向へと移動する。
え、何?この空間って私以外に誰かいたの!?だとしたら私の裸見られたって事だし、恥ずかしすぎてもう死にそうだよ…。
『我が名は龍の宿場。我が秘宝を持つ者よ。奥の祭壇へと向かい返還せよ。』
てかそもそも脳内に直接話しかけないでよ!!!誰がいるのかも分からないしそもそも龍の宿場ってなによ!何かの魔道具か!
『我はペンダント型の魔道具だ。我が秘宝を持つ者よ。奥の祭壇へと』
あなたはそれしか言えないんですか!!!分かった!分かったからその定型文辞めてよ!怖いから!!!!!
『…了解した。』
お、おぉ…?実は素直なタイプなのね…。人の心を読むのは酷いけど魔道具なのにしっかりしてるじゃない。
「ってそんなわけないでしょ!魔道具が話すわけが無いじゃない!つくならもっとマシな嘘をつきなさいよこの変態!!!!」
『私は正確に貴方の姿が見えていないので大丈夫です。ご心配なく。』
「そういう問題じゃないです!!!…もうっ!これで人間だったら後で息の根止めてやるんだから覚悟しておきなさいよ!」
もうキリがないと諦めて、こいつが人間だった場合は即消すという決断をし、ロジェは自身を魔導具と名乗る声に対して言った。
「…分かりました。ここで私は治療を終えたらペンダント型の魔道具は返却します。元々これは貰い物ですし、私には使いこなせないので。ですがその前に2つ質問させてください。」
『私に答えられる物であれば、なんでも答えましょう。』
「この特殊な術式は何のために埋め込まれてるのですか?」
『それは祭壇に行けば全てわかります。分かったら奥の祭壇へと向かい、返還してください。』
それは答えてくれないんだ…。なんでも答えるって言ったのに答えてくれないのは酷いじゃん!!!
「…あともう1つ質問があります。その祭壇とやらには命の危険がありますか?可能性があるのならば、向かうのはお断りしたいのですが…。」
『…』
少しの間、魔道具が沈黙している。暫くすると返答が帰ってきた。
『祭壇にはそんな危険などありません。仮に失敗すれば、このダンジョン全てが崩壊しますが、貴方程の魔力量ならばそんな事は有り得ないはずです。さぁ早く奥の祭壇へと向かって返還してください!』
…持っていくだけなのに失敗したらダンジョンが崩壊するって何?なんかすごいこと言われてる気がしたんだけど。
ロジェはとりあえず傷が癒えてから服を着て、ペンダントの言う祭壇とやらに向かうことにした。
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彗星の神子達は第3層【誘惑の大地】に落ちていた。
この階層では、痺れ粉や睡眠効果のある花粉を撒き散らす花や、甘い匂いを出す木の実や果実の姿をした魔物が多く存在している。
植物達が全員自我を持っており、奴らに見つかれば木々達が移動して同じ場所へと誘導し、永遠とゴールのない迷路から解放しないと噂されている。
そのゴールのない迷路の中に、彗星の神子の4人はいた。
「にしてもこんな厄介なギミックだらけの階層に落ちるとは思ってなかったぞ。本当にここにロジェさんは居るのか?」
「はい。何が起きたかは分かりませんが、変なマスクをした奴の攻撃によって床が抜けたので、隠し階層でも途中にない限りは私達と一緒にこの場所へ落ちてきているはずなのです。」
「だったら尚更早く見つけねえとまずいな。俺達は魔法もかけたし、元からある程度こういう妨害に耐性があるから何とかなっているが、彼女は耐性がきっと無い。早く助けねぇと取り返しのつかない事になるぞ。」
彗星の神子は、念の為全員にリンが状態異常に対する耐性を上げているため、特に問題ないが、ロジェはそんなバフを受けていないのだ。早く見つけなければ取り返しのつかない事になるかもしれない。
そんなことをランスが考えていると、ヒューが話しかけてきた。
「なぁみんな。思った事があるんだけどさ…」
「ヒュー?次余計な事したら私はもう二度と口を聞きませんからね。めちゃくちゃな要望出すのはいい加減にしてください!」
「いやいや。無茶な事は言ってないぞ?俺がこうすれば何とかなるんじゃないかな〜って思った事を提案してるだけで…。」
「はぁぁぁぁ!?さっきも自分が何したか分かって言ってるのですか!クリーム型のカエルは水で流せば溶けて居なくなるって言ったから、指示通り水魔法で大雨を降らしたのに、むしろ成長して数が1匹から5匹に増えたじゃないですか!こんなんばっかりしてるから私は怒ってるんです!!!」
実際この階層に落ちてから、リンの仕事量は異常だった。耐性魔法の付与に、この階層に落ちた時に木々に襲われた時も広範囲の攻撃魔法も放った。そこからヒューの無茶ぶりを8つもこなしている。
それで何か解決しているならば問題ないのだが、こういうギミックや見た事のない魔物の事での提案においてはヒューは基本役に立たない。運良いとたまにギミック解除出来るのだが、結構な確率で状況を悪化させているので、リンがヒューから頼まれる度に不機嫌になっているのだ。
「悪かったって!別にわざとじゃないんだわさとじゃ。それでお願いなんだけど、この辺の木をいっその事全部燃やしちゃえばロジェさんも出てくるんじゃないかって話なんだよ。」
この階層に落ちてきた時、木や花達が彗星の神子達を枝を伸ばして捕獲しようとしたり、風の斬撃を飛ばしてきたりと攻撃してきていたが、こちらも反撃していると攻撃しなくなったのだ。燃やすと脅せば何か効果があるかもしれない。
リンがジト目を向けながら言ってくる。
「あのヒュー。そんなことしたらロジェさんも巻き添え食らって死ぬと思うんですけど…。それに、さっき私達があれだけ攻撃したのに、木達が未だに迷路から解放してくれない時点で意味ない気がするし、その辺はどうするつもりなのですか?」
「その辺はほら…リンがいつもみたいに上手くやってくれるじゃん?」
「!? 私は!ヒューの玩具じゃない!!!便利屋扱いするなー!!!!!」
「まぁまぁ。とりあえずやってみようぜ?なんかあったら俺が責任取ってやっから盛大にやってこい!」
「もう!ランスまで悪ノリに乗らないのっ!」
そう言いながら、文句を言いながらそそくさと歩いていきリンが術の詠唱を始める。彼女の身から溢れる魔力が術式に反応し、足元に赤い魔法陣を作り出す。
そして、彼女は少し悪い笑みを浮かべながら魔法を放った。
「烈火焼却!」
その魔法を放つと、すごい勢いで火の玉が空へと打ち上がり、まるで花火のように空中で爆発した。
その迫力に、階層にいた植物も魔物も皆感動してその場から動けなかった。感動している植物や魔物に対して容赦なく火の粉が落下し、敵だけが見事に燃えていく。
「やるじゃないかリン!やっぱりリンに頼って正解だったよ!」
「…本当にそう思ってるなら、リーダーは私に無茶振りしないでください。」
花火に感動するヒューに対して、リンの顔が死んでいる。恐らく相当怒っているだろう。リンが戦闘時以外でヒューをリーダーと呼ぶ時は大体怒っている時だ。昔から仲の良い幼馴染だった4人にはすぐ分かる。
すると、リンはヒュー以外の全員にすぐさま魔力障壁を貼った。
「ん?あのリンさん?これは一体どういう…」
「リーダーが無茶振りばかりするので、私もたまにはリーダーに向かって無茶振りします。リーダーが死にかけるまで私は障壁を貼ってあげないので、自力で何とかしてくださいっ!ほら、火の粉が降ってくるので気をつけてくださいね。」
「うそだろっ!?おい!おいいいいいいい!」
リンは清々しいくらいの笑顔をしていた。恐らく相当イライラしていたのだろう。仕返しが出来て彼女はとても幸せそうだった。
ヒューが自力で水魔法の簡単な障壁を貼るが、すぐさま障壁が貫通され火の粉が降ってくる。ヒューは初級魔法しか使えない事をリンは知っているので、良い感じに威力を調整し、ヒューが苦戦する程度に調整しているのだ。
「!? 待て待て待て。すぐさま貫通されるのは聞いてねぇぞ!」
「おい待てリン!これはちょっとやりすぎじゃねぇか?こうやってリンが怒って仕返しをするのは恒例行事だし、何故かヒューの魔力量もこれで伸びてるのは知ってるから止めないが、今回のは下手したら本当に死ぬぞ。」
「ふん。私はリーダーがいい感じに苦戦するギリギリでしか魔法を使ってないのです。だから知りません!死にかけるまでは私は助けないもん!」
「…大丈夫か?火の粉が多すぎるけど、ここの階層全部が燃えたりしないだろうな?」
「……………え?私の魔法は階層全体が燃えるほどの威力に設定してないし、さっきから同時並行で鎮火してるから大丈夫なはず…」
リンが設定した魔法の火力は、周りにいる植物が燃えすぎない程度の火力にしてある。オマケにリンは既に水魔法で元々燃えていた植物に関しては鎮火しているのだ。常に階層が大火事にならないよう設定してあるはずだった。
だから本来そんな事は有り得ないのだが…
「おおおおおおおい!リン!階層の奥が炎上してるぞおおおおおおおおお!」
必死に障壁を貼りながらヒューが叫んできた。声の必死さからして恐らく本当なのだろう。
「うそぉ!?私の魔法にミスがあるはずなんて………」
そう言いながらリンが深く考え込む。すると、ヒューに障壁を貼りながら顔を真っ青にして言う。
「………………ごめんなさい。魔法の火力設定、下げるどころか間違えて上げるよう設定したあるかもなのです…」
「なんだって!? じゃあ今すぐ脱出しないと――」
そして彗星の神子達4人の近くで大爆発が発生し、第3層は火の海に包まれ始めたので、4人は鎮火しながらこの階層からの脱出を開始した。




