第一章 14 『静寂の湖④』
何者かの攻撃により、空洞の天井が崩れ始めどんどん岩や崩れた瓦礫などが1箇所に集まってくる。
宝箱の近くにあったボタンを押して、この空洞に用意していた仕掛けを起動しに来た男、ヘンリックは困惑していた。
「馬鹿な…。この魔法に対抗するためだけにこの空洞を崩落させて仲間を金縛りから解放するとは考えがイカレすぎている!奴は何を考えてるのだ!」
ヘンリックが指に装備している指輪型の魔道具を使って行ったのは、想像の再現だ。
文献などで調べた【恐怖の魔女】を幻として再現し、実際にこの空洞の近くで大声で叫ばせている。
いくら強敵との戦闘経験がある彗星の神子だとしても、世界を破壊させたとされている【恐怖の魔女】のプレッシャーとなれば耐えることは出来ない。しばらくの間は恐怖で怯み、金縛りのような感覚を感じるはずだ。完全再現とまではいかないが、ある程度は時間稼ぎくらいにはなるだろう。
スライム型の小型龍だけでは、奴らの始末に失敗したが、想像以上に起動されない宝箱の仕掛けをヘンリックは無理やりにでも起動させ、その場で冒険者達を仕留めるつもりだった。
しかし1人の行動によって状況が完全に変わってしまった。
地盤の揺れや天井の崩落により、彗星の神子達の意識が幻の出す声から目の前で起きている空洞の崩落に移ってしまったのだ。
この魔道具は意識されなければ、正常に機能しなくなる。そうすれば彗星の神子に掛けた金縛りが解けて逃げられてしまうのだ。
「だが良い。宝箱に用意したあのゴーレム達が起動出来ないのは悔しいが、奴らは空洞の地面を破壊でもしない限りこの空洞からは出られない。出口は1つしかないからな。奴らが出て来たところを私がこの手で始末するだけだ。」
あの起動ボタンはこういう仕組みになっている。
①赤ボタンを押せば、目の前にいる生物をターゲットとして認識、そこから攻撃。
②青ボタンを押せば、全ての破壊するため暴走。
ボタンの行方はどうなったか少し不安だが、あの女と共に瓦礫に巻き込まれたのだ。恐らくボタンも壊れているだろう。
ヘンリックは姿隠しの魔法を維持したまま1人出口に向かい、彗星の神子と例の女がこの空洞から出てきた瞬間始末するため、攻撃魔法の詠唱を始めた。
きっと彗星の神子達ならこんな崩落など幾らでも乗り越えられるだろう。だが空洞に通じる出口は1つしかない以上、これは奴らを消すには最高のタイミングだ。ヘンリックは、師匠のエリーの1番弟子である以上、こんな場面での初歩的な失敗は許されない。
すると、突然空洞の横から穴が突然開き、彗星の神子ではない『何か』が大量に外に出てきて、暴れ始めるのであった。
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『ヒュー。本当ここにロシェさんが居るのですか?私はロジェさん程の実力者が、こんな所で石の下敷きになるなんて思えないんですけど。氷土壁を空洞全体に貼って状態を維持するのだってかなり大変だし、出来るだけ早く見つかるといいけど…』
『間違いなくここにいるはずだよ。さっきロシェさんが何か魔法を使ってる所を見たんだ。何を考えてるかは分からないけど、彼女の魔法のおかげで僕らは金縛りから解放されたんだし、早く助けてあげないと!』
(なにか聞こえる…。この声は…あの疫病神とリンかしら?)
現在ロジェは、自分の腕を中心に岩や宝箱などで壁に埋まって身動きが取れなくなっている。辛うじて動かせるのは指先と顔の向きくらいだ。
私の元へ飛んできた宝箱は途中で開いてしまい、私の体はそこから出てきた3体ほどの覆面を被った忍者のような中型ゴーレムの下敷きになっている。そのせいで今目を開けるとマスクを被ったゴーレムの顔が目の前に出てくるので見たくない。なんかこのゴーレムは水っぽいし、色々と最悪であった。
(魔力で現在なんとか生き延びてるけど、いつまでもこうしてる訳にはいかないのよ!早くヒュー達が見つけてくれないかな…。)
今のロジェは目を瞑り、息を吸うことしかしていない。生きる上で最低限の行動のみを行うことで、魔力や生命力の消費を抑えて少しでも生き延びる為だ。ヒュー達に居場所を伝えるためのアクションを起こすのだって出来れば1度だけにしたい。
とりあえず近くに何かないか探すため、ロジェは指先を動かす。顔の周りには沢山の岩があるため、小さな隙間から覗いても何があるのかよく見えないが、指先から感じる感覚で何とか探す。すると、何か四角い箱のような感触を右手から感じた。
(これは…。あの時守ったスイッチかしら?)
このスイッチを誰かに押されないようにする為、ロジェは壁を崩壊させたのだ。
何が起こるか分からないが、見えない誰かがこれを起動させようとしていた事を考えると、きっと碌なものじゃない。これが押されてなくて少し安心する。
(とりあえず今近くにあるのは、よく分からない謎のスイッチと、起動方法が分からないゴーレムだけか…。もうなんか色々詰んでない?)
私は生まれつき運は良くないし、昔から適当に言った事が本当になる現象に何度か出会った事はあるが、ここまでの緊急事態になったことは初めてだ。
ここまでの事態にならなかったのは、周りに頼もしすぎる親友たちが常にロジェの近くに居たからである。だが、今回は彼らが居ないので1人で何とかするしかない。
とりあえず現在の状況を何とかする為の策を練る。
今回は腕を封じられているため、いつものようにポーションに「アクトピクチャ」を使ってゴリ押しするのは出来ない。とならば、魔法で何とかするしかない。ヒュー達の助けをこのまま大人しく待っていてもいいが、助けが来るのがいつになるか分からない以上、こちらからなにか動いた方がいいだろう。
なにか使える魔法がないか考える…。何か無いか何かないか…
『私がもう1人ここにいれば、こんな岩の山なんて脱出出来るのでは?』
分身魔法を使って、自分の分身を作り脱出すれば、全てが解決するのだ。最悪ここから脱出出来なくても、積み上がってる岩の高さが高くなればきっとヒュー達も気付いてくれるだろう。
そう考え、ロジェは指先を自分の影がある方向に向けて、魔法を唱えた。
(スパンスパンダー!)
スパンスパンダーとは。効果を解除するまで、好きな数だけ自分の影からのっぺらぼうのような自分の分身を生み出すシンプルな魔法である。
簡単に言えば、自分の影を実体化しているのである。
デメリットは、生み出す分身の数の限界が50匹な事と、自分の後ろに出てくる影が使った分だけ薄くなる事である。
(よーしこれでここから脱出…ってあれ?)
自分の分身が近くにやってこない…何故?
急いで周りを見る。すると、2つの自分の分身が私と同じように横で倒れていた。顔を動かしても常に分身達と視線が合うことから、恐らく動きがシンクロしている。そこでロジェはある欠陥仕様を思い出した。
(そうだった!この魔法は使用者の置かれている状態まで完全に再現するから、この場所で使っても彼女達は動けないんだわ!!!)
つまり分身のロジェは、本体と同じ状態に置かれているので、分身は岩に潰されていないはずなのに、分身の体は動かないし、どんなにロジェが指示しても分身達は同じように身動きが取れないのだ。
(んもぉぉぉ!なんでこういつもいつも細かいところが足りないのよ!!もっとマシな魔法覚えなさいよ昔の私!!!)
しかし、ロジェはそこで諦めなかった。このまま分身を増やせば、岩全体の体積が上がって地層が一部盛り上がる可能性があるのだ。他の脱出方法を考えるよりもマシだと思い魔法を使い続ける。
(もうこうなったらやけよ!このまま分身を増やしまくってこの岩の山の高さを丸ごと変えてやるわ!!!)
やけになりながら、ロジェは自分の分身を増やしまくる。分身が5体、10体と増えていき、20体に差し掛かった所であることに気付いた。
(あれ?なんか周りにいるゴーレムの数も増えてない?そういえばなんかさっきからちょっと体が重たいような…)
一旦周りにいるゴーレムの数を数える。すると、30匹近く周りにいた。
(あれいつの間にこんなに増えていたの!?冗談じゃないわよ!このゴーレムはなんか水っぽくて気持ち悪いんだから増やさないで!!!)
なぜこんなに増えたのか原因を考えると、すぐに分かった。
増やしたロジェの分身が魔法を発動した時に、指の方向が少しズレてゴーレムに魔法が当たっているのだ。増えすぎたゴーレムが何匹かが岩に引っかかっていたので、少しでも動かせば今にも雪崩落ちてくるだろう。
(このまま増やしすぎたらそのうちゴーレムに押しつぶされちゃう!早く何とかしないと…。)
すると突然、頭上の岩が盛り上がり、光が入ってくる。聞き覚えのある声が近くから聞こえてきた。
「あ!いたいた!ロジェさん無事だったのです!」
「おー!無事だったか。俺ら割と心配してたんだ。今そこから出してやっからじっとしててくれよ?」
「あちょっと今岩動かしたら――」
そう言ってランスが周りの岩を退けてくる。すると、岩の隙間に頭が引っかかっていたゴーレムがロシェの顔に向かって床に落ちてきた。
「ドブャ。」
「あー、すまんすまん。なんか岩に引っかかってたのか。気付かなくてすま…って大量に転がってるそれなんだ?」
顔に向かって腕は伸ばせないが、顔面に着いてしまったゴーレムを退かすために必死に指を動かす。とりあえず動かせば、分身達が何かの奇跡で退けてくれるかもしれない。その場で手をじたばた動かしていると、何かが聞こえてきた。
『ピンポーン』
その音と同時に、ロシェの指先に何か柔らかい感触が伝わってくる。まるで無意識のうちにボタンを押したかのみたいな…。
「あーーーー!!!!私!!!やっちゃったああああああああああああ!!!!」
そう叫んだ瞬間、周りにいた個体と、顔に乗っていた水っぽい個体のゴーレムがボタンの指示通り「破壊」を目的に暴れ始める。30匹以上のロボが暴れだし、衝撃に耐えきれなかった空洞の床が抜けてしまうのだった。
下の階層に向かって落ちていくロジェの姿は、ゴーレムにボコボコにされて、見るに堪えないめちゃくちゃな姿をしていたと後に語り継がれる事になるだろう。そして空洞内部にいた5人は、静寂の湖階層から別の階層へ向かって落ちていくのであった。
生命力...HPのこと。体力の事。
(祝)この作品の総合PV数がいつの間にか500を超えていました!まだ投稿して間もないですが、これからも頑張っていくので、良ければ応援の方よろしくお願いします!
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