第一章 13 『静寂の湖③』
石化ポーションを使ってスライムを行動不能にし、石になったスライムを完全に破壊したことで、静寂の湖には一時の平和な時間が流れていた。
ヒュー達は周りの様子を見ると飛び出してしまったので、現在ロジェが作った少し脆い氷土壁の中でロシェとリンが休憩している。
「はぁ…。まさかこんな短時間で様々な種類の魔法を使うなんて思ってもいなかったのです。」
ロシェが自分の魔力をリンに分け与えているが、どうやら彼女は相当無茶をしていたらしい。
魔力にはまだ余裕があるが、連続した魔法の使用により、彼女の魔力は戦闘前よりも大きく減っていたし、彼女の顔色もかなり悪かった。魔法の使いすぎで顔色が悪くなるのは、魔導師にはよくある現象だ。
「リンはよく頑張っていましたよ。このスライムの襲撃に耐えきれたのはあなたのおかげです。」
「はぁ…あれだけ長い間氷土壁や2属性魔法を何度も連続で使うことなんて中々無いですからね…。てか、氷土壁は消費魔力が激しいはずなのに、なんでロシェさんはそんなに余裕なんですか?」
簡単な話である。ロシェの魔力量は、人の中でも魔力が多いとされているリンの10倍以上あるからだ。種族の中でもトップクラスの魔力量を誇るロシェにとって、あの程度の魔法を維持するのは簡単な事なのだ。
「…私は生まれつき魔力が多いので。」
「そんな理由じゃ私は誤魔化せないですよ!!見様見真似で私のオリジナル魔法を再現出来た事といい、体から感じる過剰な魔力量といい、ロジェさんは色々とおかしな点が多すぎます!何かが変なのです!」
あれオリジナル魔法だったのか…確かに術式とか組み合わせる属性とか色々変わってるとは思ってたけど、観察して即座に再現するのはちょっとやりすぎたかな…。
ロジェは昔から、術式をある程度観察すればどんな魔法でも使えてしまうのだ。見様見真似で魔法を再現出来る者は、基本的に存在しない。
真似した魔法を完全に覚えて、この先その魔法を使いこなすかは別として、見様見真似で魔法の再現が出来るのはロジェの隠れた才能である。(ちなみにロジェは記憶力があまり強くないので、見た術式も相当気に入らない限り基本忘れるのであまり生かしきれていない。)
「………リンの動きを見ながらそれっぽい動きをしたらたまたま成功しました。偶然の産物です。」
「そんなわけがないでしょ!もうっ!そもそもあの魔法は、私が何ヶ月もかけて生み出した複雑な術式を組んでいる魔法なのです!いくら知識がある人でも簡単には真似出来ません!もしかしてですけど、特殊な種族じゃないのですか?」
「い、いやいや…私はどう見ても人間よ?ただ魔力量が周りよりもちょっと多いだけの一般人だから。」
「…ホントですか?なんか冷や汗かいてるし、怪しいのです。」
凄い勢いでリンに詰め寄られる。これ以上リンに私が人間ではないと誤魔化し切るのは少し無理かもしれない。
どうこの場を切り抜けるか考えていると、ヒューが戻ってきた。疫病神にしては珍しくタイミングが良くて少し感動する。
「おーい2人とも!ちょっと来てくれ。面白い物を見つけたんだ!」
「見たくありません。」「行きたくないのです。」
ロシェとリンが同行を即拒否する。
今までの流れを見ていればわかる。ヒューが話をしに来ている時点で絶対録な事じゃないのだ!そんな明らかにやばそうな事に巻き込まれたくない!!!
「ヒュー…。一応聞いておきますけど、今度はどんな問題を起こすつもりなんですか?さっきヒューが魔法陣を踏んでスライムを呼び出した事を忘れたわけじゃないですよね?」
「2人は僕のことなんだと思ってるんだ…てか、さっきのあれは事故だって言ったろ?…まぁそれはあとで良いとして、僕達3人が歩いてダンジョンの様子を見てたんだが、奥でランスが宝箱を見つけたんだ。まだ開けてないが、とりあえず2人とも来てくれないか?」
宝箱か…。中に何が入っているかは分からないけど、場合によっては役に立つ戦利品や貴重な魔道具が入っているかもしれない。
調べた情報によると、双竜の砦が攻略されたのは何年も前でそれ以降潜ってる人間はほぼ居ないはずだから、時間が経った事により新規の宝箱が出現してもおかしくはない。もちろんミミックなどの罠の可能性だってある。
「分かりました。とりあえず見るだけ見てみましょう。その宝箱が厄介そうならすぐ燃やして処分するので文句は言わないでくださいね?」
「ロシェさんって思ってる以上に脳筋で物騒なのです…。」
「リン?今なんか言いました?」
「!? い、いえいえ!私は何も言ってないのです!気にしないでください。」
リンがやけに下手な苦笑いをしているが、とりあえず宝箱を見てみるだけ見てみよう。私は燃やす魔法を使うことが出来ないけど、宝箱がやばそうならその場で即壊して次に行けばいいのだ。
△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼
歩くこと数分。ロシェ達は宝箱がある一本道の小さな空洞に到着した。
その場所には、大きな赤い宝箱が1つ置いてあった。箱の大きさからして、人が3人くらい入っても余裕があるだろう。宝箱の隣には「赤いボタン」と「青いボタン」が着いている箱が置かれている。
うーん…。これはまた判断に困るタイプの宝箱ね。宝箱が小さいものならここまで判断に困らなかったんだけどなぁ…
人が入れるくらいの大きな宝箱という事は、開けた瞬間に中に詰め込まれていた爆弾が爆発して、ダンジョンの地形ごと崩壊してきてもおかしくないし、中で待機している人間が襲ってきてもおかしくはない。運が悪い私がこの場にいるのだ。何度も言うが本当に何が起きてもおかしくはない。
けれど、もし安全な宝箱ならば装備品や戦利品が大量に入っている証拠であり、2層目以降の攻略で役に立つかもしれない。非常に悩むところだ。
ロジェだけの判断で壊す訳にはいかないので、質問してみる。
「とりあえず皆さんは、この宝箱をどうするつもりですか?」
「今、この宝箱に罠が仕掛けられてねえか確認しているが、ハズレっぽい反応はねえな。むしろ清々しいまでに反応が無さすぎて宝箱が怪しいと見てるが…。」
ランスはこう見えてダンジョンに仕掛けられているような罠やギミックに関する知識が豊富らしい。彼が今宝箱を叩いたり、箱の系統を観察しながら慎重に確認している。
「じゃあ簡単ですね。今すぐこの宝箱を燃やして先へと進みましょう。」
「!? おいおい!まだ判断は早いぞ。せめてもう少し考えてからその判断をしようぜ!」
「そ、そうなのです!まだこれが危険な物と決まった訳じゃないのですよ!」
ガッツとリンが大急ぎで止めてくる。やはり冒険者だから中身が気になるのだろう。仮にこの宝箱が本物だったら燃やすのは大損になるのだ。その気持ちは分かる。
けれど、ギミックとかのそっち系の知識があるランスが疑うならもう確定で危険物でしょ!これ以上調べる必要ないから!!絶対に!!!
すると、空気の読めないヒューが宝箱に近づいて言った。
「もしかしてなんだけどさぁ、。これって隣にあるこの小さな箱にあるボタンを押せば、すんなり中身が開くタイプの物なんじゃないか?」
確かに宝箱の隣に2つのボタンが着いている小さな箱はあった。だが、あまりにも露骨に押してくれ!と言わんばかりに置いているので怪しすぎるのである。
そのためこの場にいる全員が見て見ぬ振りをしているボタンだった。
「あの…それ本気で言ってますか?」
「? いやいや。本気もなにもこの宝箱にはこれが絶対関係してると思うよ。ランスがここまで調べて分からないって事はもうボタンが何かしてると見るしかないだろ?」
本当にこの男は何を考えているのだろうか?ここまであからさまに怪しいボタンを押そうとする冒険者なんて基本居ないよ?冒険者は基本的に危機管理能力がしっかりしているはずなんだけど、なんでそんな物をあなたは押そうとするの?死にたいの?
「確かにそれはそうだが、ヒュー。これは明らかに怪しすぎんだろ。まだボタンは調べてはないが、これを押してさっきみたいな厄介事に巻き込まれるくらいなら最初から押さない方がマシだ。」
ランスの言葉にガッツとリンが激しく頷いている。ヒュー以外は全員危機管理能力がしっかりあるらしい。
「それはそうだけど、このままじゃ埒が明かないだろ?2択だから50%で正解すれば宝箱が開くんだしどっちなのか決めないか?」
ジト目を向けながらリンが言う。
「もしかしてだけどヒュー。何が起こるか分からないからってちょっとワクワクしてませんか?こんなあからさまなボタンを押そうとするなんて自殺行為なのです…」
本当にそうならば厄介なリーダーである。このパーティーはどうして厄介な事ばかりする彼がリーダーなんだろうか?普通にガッツとかランスがリーダーやればいいのに…。てかボタンを押したくてワクワクしてるって何?子供か!!!
そんな事を考えていると、一瞬また魔力の乱れが見えた。魔法を誰かが使用した際に起きる現象である。
「!?」
即座にロジェが周りを全力で見渡し警戒する。気の所為かもしれないが、それが本当だったら私達以外の誰かが再び攻撃しようとしている証である。
ロシェの突然の動きに隣にいたリンが驚いたのか質問してくる。
「あれ?ロシェさん一体どうしたのです?急に周りを見渡してますけど何かありました?」
「…ここに私達以外の誰かがいる。さっき一瞬魔力が乱れてた。」
その言葉を聞き、即座に全員が戦闘態勢を全員が整える。すると、突然この場所へと来た道から大きな叫び声が聞こえてきた。
聞こえてくるその声は、まるで目の前でかなり大物の龍が雄叫びを上げているような感覚だ。あまりのプレッシャーに全員の身動きが取れなくなる。
「!? な、なんだこれは…!ただの魔物が出せるような物じゃないぞ!」
「クッソ…。あのクソでけぇスライムの次は何が起こるってんだ。このダンジョンは一体どうなってんだよ!」
ロシェが気力を振り絞り、周りを確認する。自分以外のメンバーは全員その場から動けないようだった。ふと宝箱の方を見ると、近くにあったボタンが空中に浮いている。恐らく姿隠しの魔法でも使って誰かがボタンで何かしようとしているのだろう。(恐らく)碌な事にならないあのボタンだけは絶対に押させてはいけないので、何とかして止めなければならない。
「まずい。このままだとなにかヤバそうボタンが勝手に押されちゃう。それだけは避けないと!えーっと…えーっと…高磁石!」
焦りながらロジェがとりあえず思いついた魔法を自分に向かって発動させる。すると、ボタンが高速で回転を始め、ロシェの手元へと飛んできた。
高磁石とは。ありとあらゆる無機物を、強制的に魔法の対象者の手元へ引き寄せる事が出来る魔法だ。
欠点は、魔法の対象が無機物全てなので、近くにある物全てがその場へと引き寄せられてしまうことである。生み出した理由も使い道も全く理解できない大欠陥魔法だった。
魔法が発動した為、予想通りロシェの手元に向かって宝箱や周りにあった石や小さな岩など全てが飛んでくる。
「ちょちょちょ!この魔法使ったら他の物まで飛んで来ちゃうの忘れてたああああああああぁぁぁ!!!!」
そのままロシェは小さな空洞の端でボタンや岩や宝箱などに埋もれて、しばらくの間その場から動けなくなるのであった。そして、ロジェ達のいる空洞内部は、魔法の影響で崩壊し始め、中にいる5人はこのダンジョンで過去最大級のピンチを迎えた。




