第三章 23 『帰宅①』
「結局あの戦い以降は魔物が一匹も出ませんでしたね。最初のハードな戦いも悪くありませんでしたけど、何もないというのはとっても悲しいです...」
「ま、まぁそんな事もあるわよ。そんな気を落とす事じゃないわ。だから元気出しなさいよメル! 」
ロジェ達四人は四季彩の森の奥地にある神社を模した場所での神頼みを終え、ダンジョンの外に出てきた。
何もないのはそれはそれで良い事なのだが、最初の三十分はあれだけの数の魔物に襲われてたので少し物足りないのだろう。日が落ち始める頃なのにメロールはどこか不満げだった。そんなに落ち込まれているとロッキーさんに会わせる顔が無くなってしまう。元から合わせる顔なんて持ち合わせてないけど、悪い顔で返したら色々と不都合が多すぎる。
「そうですよ皇女様。僕達も流石にオーククイーンの登場はビックリしましたけど、ロジェさんのお陰で何とかなりましたし、何事も平和な事が一番です。マナもそれなりに吸収出来たし今日の所はそれで良いじゃないですか」
「で、でも...せっかくダンジョンに入ったのに戦利品が効果が分からないフライパンだけじゃダンジョンに行った感じが全くしません。これじゃあ私はただダンジョンに調理器具を貰いに行っただけじゃないですか! 」
そういってメロールが手で持っていたフライパンを見せてくる。相変わらずどこからどう見ても普通のフライパンだった。どんな効果があるのか全く予想が出来ないだけに少しの怖さがある。
「元気を出してください皇女様。あのダンジョンはかなりの人気スポットですし、そもそも推奨レベルの低いダンジョンに魔道具が出現する事なんて滅多にありません。私はベージュと共にあそこに何度も行った事がありますが、あそこで魔道具を獲得出来る事自体かなり珍しい事なんですよ」
そう言ってセレーナがメロールの頭を撫でながら慰めている。撫でられているメロールはなんだか嬉しそうだし、どうやら彼女は子供の扱いが私よりも遥かに上手いようだ。凄腕の魔導師とやらを見た時もその絶妙な距離感で接して欲しいです...
「そうなんですか!? 私、一人でダンジョンになんて行った事がないから知らなかったのですけど、それが常識だとしたらまた一つ良い学びを得る事が出来ました! 勝手にダンジョンに行った事は怒られるかもしれませんが、それを伝える時はお姉様もちゃんと巻き沿いにしますし、それが本当ならお父様にも自慢できるかもしれません! 」
うんうん。元気を出してくれたなら何よりよ。私からはとやかく言うつも――え、ちょっと待って? 今聞き間違いじゃなかったら私を巻き沿いにするって聞こえたんだけど、もしかして私、今から皇帝に会わなきゃダメなの? 絶対やだよ。ロッキーさんですらあんなビビってるのに、皇帝なんかに目をつけられたら私の身が持たない。それだけは死んでも御免だわ!
「.....さ、先にメロールに言っておくけど、そういう自慢は一人でした方が良いわよ。今回頑張ってたのはメル一人だけなんだから何もやってない私が同席する必要はないわ。ダンジョンに連れて行った理由が欲しいなら、私が後日ロッキーさんを通じてあなたのお父様に伝えて貰うから、行かなくても大丈夫でしょ? 」
「そんな事ありません! 私はお姉様のおかげである程度は強くなれましたし、お姉様の魔法のおかげで私の命も助かったので、十分同席する価値はあります! というか絶対にさせますから! こんなにも条件が揃っていますし、私の自慢の護衛を紹介する絶好の機会を逃がしませんよ! 」
ええ...やだよ。今日の私は適当にスイーツをメルと食べて、その後はじっくり魔法の練習でもしようと考えてたのに、その平和な計画を潰されただけでなく皇帝に会わなきゃいけないとかどんな罰ゲームよ。意地でもやりたくない。
「僕が言うのもなんですが、皇帝陛下と会う機会なんて滅多にありませんから、是非ともここは乗っておきましょうよロジェさん! 何か良い繋がりが出来るかもしれませんし、断る理由なんてありませんからね」
「それに、皇帝様も最近この国の新聞を騒がせ続けているロジェさんの事は気にしてると思うので、行っちゃいましょう! 私は実際に会った事はありませんが、マスターと《水冥》が皇帝様は威厳があるけど、気さくで面白い方だとよく話してますので、きっとロジェさんの使える変わった魔法を見たら絶対に気に入ってくれると思いますよ! それだけはこの私、セレーナ・クリスタが保証しましょう! 」
――別に私は繋がりを作りたい訳でもないし、気に入られたい訳でもない。私は、目立たず、こっそり過ごしたいの!!! 仮に皇帝に魔女だなんてバレたらそれこそ詰みなんだから絶対に会いたくないのよ!!!
はぁ。メルをどう落ち着かせようかな....せめて会う機会を先延ばし出来れば理想なんだけどなぁ。日付さえ指定しといてくれたらグレイかあーるんを道連れに出来るってのにッ!
「お姉様、もちろん来てくれますよね? 私は早くお父様にお姉様の事を紹介したくてしたくてずっとうずうずしてるのです!! 」
本当になんでこの子は私に懐いてるんでしょうか。私がした事なんてスイーツ一緒に食べて、圧倒的強者と戦わせた上にカエルに変身させて、ダンジョンに向かわせて三十分間ずっと戦わせただけじゃん。酷い事しかしてないよ? こんな事がバレたら私は即座に打首だよ?
困ったなぁ。私達の仮住居に泊まらせるにしても、皇女様を勝手に連れ出したまま日を跨いだら後日ロッキーさんに何言われるか分かんないし..私一人だけじゃ手が足りない。どうしよう!
「...? お姉様、ずっと険しい顔してますが、どうしましたか? 調子が悪くなったりしてるんじゃ...」
あなたです...私が険しい顔になってる原因の十割はあなたですよ皇女様。そんな純粋そうな顔をしながら見ても私は恨みますからね!
――こうなったら仕方がない。私の必殺技を見せてやろう!
「.....メロール。あなたのお父様に会う前に一度私の家に来ない? 手ぶらで王城に行くわけにはいかないし、そこに行くなら私も色々と渡す物を準備してから行きたいの」
そう、私の必殺技である『厄介事の押し付け』だ。普段の事ならまだしも、皇帝に会うとなれば私一人で何とか出来る問題じゃない。ここはグレイやあーるんに丸投―――知恵を借りにいくしかないわ!
△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼
楽しみだなあ♪ ついにお姉様の事をお父様に紹介出来るぞー!
メロール達は、一旦魔物の血のついた服から着替えるために《夜炎を経由して着替えや預けていた荷物の回収を済ませ、短い期間だけどお世話になったベージュ達に礼をして別れた。
そして現在、二人はロジェの自宅へと向かっている。
お姉様は『渡す物を準備したい』と自分から言ったのだからきっと何か凄い物を取りに行くのだろう。あれだけの凄い実績を持ってるのに、どこまでも謙虚なお姉様の手土産なんて何なのか全く想像がつかない。
旅人と聞いているのできっと古代龍の鱗で作った武器やこの世に存在する事がほぼ不可能とされてる貴重な魔道具など中々お目にかかれない代物に違いない。
でもお姉様は抜けた所があるから少し心配だし、手土産を取りに行く以外何をするかだけでも聞いておこう。きっと荷物を取りに帰る以外にもやる事はあるだろうし...
「あの、お姉様。一体自宅に戻って何をするのですか? 私は全く想像出来なくて...」
「うーん...それは見てからのお楽しみってとこかしら。まぁ命の危険なんて多分ないから心配する必要はないわ! きっとメロールもびっくりする.....かもしれないわね。うんうん」
命の危険はない...? 本当に何をするつもりなんですかお姉様。いくらダンジョンである程度強化されたとはいえ、カエルの時のような命に関わる事をするのだけはやめてくださいね。あんな事されたら心臓が幾つあっても持ちません...
「.....もしかしてまた私をカエルにして虐めるんですか? それとも今度はオタマジャクシですか? どちらにも私は二度となりたくないです...」
せめて変身するならウサギやリスみたいなかわいらしい動物にしてほしい。カエルもオタマジャクシも全然可愛くないし、何より人前でゲロゲロと汚い声で言うのは二度と御免です。あんな恥ずかしい姿を知り合いに見せたらもう外とか歩けないもん....
「心配しなくてもそんな事しないわよ。さぁ、家についたし上がってって。家には大した物はないし、変な奴らが変な事してるかもしれないけど....きっと楽しめるわ! 」
ほんとですか? 信じてもいいんですかお姉様...カエルの時や《霜刻の凍鳥》と戦ってる時みたいに信じた瞬間、裏切るのだけはやめてくださいよ?
――色々と心配事はあけどとりあえず、忘れないうちに今日無茶振りしたお礼だけでも言っておかないと、失礼に値するわ。
「お家に入る前に私から一つだけ言いたい事があります。お姉様、今日一日私の我儘に付き合ってくれてありがとうございました。突然カエルにされたり、戦闘になっても全くフォローしてくれなかった時はビックリしましたけど、そのおかげで私の知らない世界を沢山見れて幸せでした! 今日起きた出来事は一生忘れません! 次こそは一緒にパフェのお店に行きましょう! 」
「...き、急に別れの挨拶みたいな事言ってどうしたの? そんな次の日に死にそうな発言してたら本当に死ぬわよ。世間ではそういう発言を死亡フラグって言うんだから」
「その、しぼーふらぐ? と言うのは分からないですけど、私はそんな別れの意味を込めて言ってないですよ? ここでちゃんとお礼を言っておかなきゃなんか言うタイミングを逃しそうだから忘れないように言っておこうと思っただけです」
なんでお姉様は顔を赤くしてるのか分からないけど、しぼーふらぐなんて言葉はなんだか縁起の悪い気がする言葉ですね。不吉な事が起きなきゃいいんですけど...
そんなことを考えていると、お姉様が家に入るドアを開けた瞬間、すごい勢いで何かが飛び出してきた。あれは――羽の生えたうさぎ?
「ダメ! 今ドアを開けちゃアレが外に出ちゃ――ってあいだっ! ん-...ってロジェちゃん!? あーごめんね? 僕は悪気はなくて...」
「いだたたた.....大丈夫大丈夫。今度は一体何やってんのよあーるん。普段そんな勢いよく外に出るなんて事しないでしょ? 」
このピンク色の髪をした女の人は確か前にお姉様と一緒にいた人だよね...あーるんさんってこの人なのか。覚えとかなきゃ!
「そうだそうだ。さっきのウサギ早く捕まえないと――ごめんねロジェちゃん、すぐ捕まえてくるからちょっと待ってて! 」
そう言ってあーるんが目にも止まらぬ早さで飛び出していき、羽の生えたウサギを手元に持ってる網で捕まる為に動き出した。彼女の移動速度も異常だが、それを持ってしても相手から逃げ切ってるうさぎが異常過ぎる。正直私は何を見せられてるのか全く分からないです...
「さてはこれ作ったのはグレイね...あの人ったら一体何作ってんのかしら。もうっ! ちょっとグレイ、 さっさと研究室から出てきて説明しなさい! 」
そう言いながらロジェが家の近くにあった倉庫に向かって何度もノックしながら声を上げる。そして暫くすると庭に置いてあった物置らしき倉庫から着流しの男が出てきた。
「.....ったく。帰って来て早々人の研究室のドアを叩くなんてなんだ? こっちはポーションの生成で忙しいってのに今度は何に怒ってんだよ...ってあれ? このガキって――」
「あんたね、また変な動物作って家の中で放し飼いしてたでしょ! 別に掃除してるならいいけど、後片付けが大変なんだからやめなさいよね! 」
「あー。あのうさぎか? あれは拾い物だぞ。昼間に廃街地区で遊んでた時に手に入れた魔物に俺がちょっと手を加えて、とにかく動きを早くした改良版の魔物だ。あのうさぎはあーるんの修行道具になったし、そもそも最低限の手懐けはしてっから部屋の中は全く汚してねえぞ」
え? 今、『廃街地区』って言いましたか? あそこって多種多様な犯罪者の集まる帝都の中で唯一危険な場所なんですよ? 遊び感覚で行く場所じゃありません...お姉様の仲間って皆こんな感じなのかな。
「なら別にいいんだけど、アレは本当に危険な魔物とかじゃないでしょうね? うちにはキルメっていう可愛らしいペットがいるからもうこれ以上動物は飼わないわよ。餌とか何食べるか分かんないし...」
すると、うさぎの長い耳を掴んで捕獲しているあーるんが一瞬でロジェの後ろに現れる。
「それに関しては僕が保証するから大丈夫! というかアレはグレイちゃんが悪いんじゃなくて、飼育用のカゴからこのウサギが逃げちゃったから僕が悪いの。だからそんな怒らないであげてよロジェちゃん! 」
「はぁ、今回はそっちだったかぁ。あーるんも気を付けなさいよ? 後でちゃんと散らかした部屋は片付けておくこと。良いわね? 」
「はーい...ちなみに、こいつは僕が責任をもって動きや観察力を鍛える為の魔物にするから安心していいよ! 確かこれって餌を食わなくても死なないんだよね? グレイちゃん」
餌を食わなくても生きていけるってそれはうさぎじゃありません...キメラやゴーレムのような錬成物の類ですよ。あーるんさん。
「それでロジェちゃん、なんであの時の賞金稼ぎのガキなんて家に連れてきたの? 僕は別に止める気ないけど、ロジェちゃんが自分から誰かを家に招待するなんて珍しいね」
......! これはチャンスだ。二人はお姉様から私の事を聞いてるかもしれないけど、ここで距離を近付けておけば彼らもお姉様みたいに面白い話を沢山聞かせてくれるかもしれないし、何よりお姉様のお友達なら繋がりを持っていて損はしないはずだ。
二人に嫌われたらお姉様と今日みたいにい出掛けられないかもだから、それだけは気を付けなきゃだけど...
「お初にお目にかかります。私はメロール・フォード・イリステリアと申します。お姉様から聞いてるかもしれませんが私とお姉様は互いに護衛する協力関係にあるので、これ以降も貴方達と会う事はあるかもしれません。敵対するつもりはありませんので、私の事は皇女だとか気にせず平等に接してくれると助かります」
「皇女ってお前な......一体何したらそんな関係を持つことになんだよ」
「それは私も聞きたいわよ。なんかよく分かんないけど、私とキルメがこの子にめちゃくちゃ気に入られちゃってさぁ。私的には甘味巡り出来る友達としか思ってないし、悪い子じゃないからそう警戒しないであげてよグレイ。一応皇女だから私達が何かやらかしてもある程度なら揉み消してくれるわよ」
お姉様。私の力を使ってまで消さなきゃダメな事をしてるんですか...? 多少の事ならお父様に頼めば出来ますが、大きな物は私でも無理ですよ..
「へぇー。この子がこの国の一番偉いガキかぁ。僕はそういう隠れてちょっと悪い事してる子、嫌いどころかむしろ気に入っちゃった! というかロジェちゃんだけお姉様って呼ばれてるのなんかズルいから僕達もそう呼んでほしいな。僕達はロジェちゃんのお姉様みたいなものだしね! 」
「分かりました! そんなので良ければ私は幾らでもお呼びしますよ、あーるんお姉様! 」
――お姉様のお姉様とは...?
グレイと名乗る男の人は警戒の眼で私を見てる気がするけど、あーるんと名乗る女の人はそんな感じが全くしなかったし、優しく頭を撫でてくるくらいだからお姉様呼びされて心の底から喜んでるように見える。ロシェお姉様が私の戦い方があーるんお姉様そっくりだと言ってたので、お願いしたら鍛えてくれたりするのかな...?
「まぁ、そういう事なら別に構わねえけど...メロールだっけ? ロジェの護衛なんて死ぬほど大変だとは思うが頑張れよ。俺はグレイだ。こうしてちゃんと話すのはあの戦争の時以来だし、何か欲しい物があったらなんでも作ってやるから気軽に頼んでくれ。うちの馬鹿を護衛してもらってるせめてものお礼だ」
「分かりましたグレイお兄様! 今は特にありませんが、欲しいものがあったらすぐに相談しますね! 」
「お兄様呼びは...別に要らねえけどまぁ好きにしてくれ。俺に関しては呼び捨てでも構わねえぞ」
ロシェお姉様は、たまに厳しい仕打ちを私にしてくるが基本的に優しいし、どんな強力な敵でも一つの魔法で無効化出来るほど強いのだ。だから二人もきっとロジェお姉様と同じように優しいだろうし、私に対して酷い事はしてこない.....はず。そうだ! せっかくだし二人もお父様に合わせておいてもいいかもしれない!
「それでなんだがメロール。お前の血を少し分けてくれないか? 」
「え? 私の...ですか? 」
「そうだ。国の皇帝関係者の血液は年代を重ねる度に凄い力を秘めてるってよく聞くから、それを使って俺もちょっと実験してみたいんだ。それに、少し分けてくれたら皇女様の身代わりだって作れ――っていってぇ! なにすんだロジェ! 後ろから急にハリセンで頭を叩くんじゃねえ! 」
「まったく。油断したらすぐこれなんだから...血なんて勝手に採ったら今度こそロッキーさんに何言われるか分からないんだからやめなさいよ! そ、そんなに血が欲しいなら私のをあげるってあれだけ言ってんの――」
「いや、お前のは要らないかな。調べ尽くしてるから大体の事は分かってるし、そもそも使い道がねえからワクワクしないんだよ」
「なっ....!? こ、この超絶優秀でハイパーかわいい見た目をしている私の血に使い道がない....ですって? そんなの信じられない。嘘でしょ...? 」
そう言って頬を赤らめていたロジェお姉様は膝から崩れ落ちた。私は知らなかったのだけれど、実はお姉様って相当な自信家な性格のようだ。普段は謙虚に立ち回っているお姉様のまた知らない一面を知れたし、本当に今日はここに遊びに来て良かった...
「ぐぬぬ...メロール、この錬成馬鹿の言ってた話は忘れてていいからね。い、言っとくけどこうやって警告してるのは、メルへの当てつけとかじゃないから! 変に勘違いしないでよ!! 」
「は、はい! 」
――ところでグレイお兄様、私の血を使って何をするつもりだったんですか...? 身代わりに関しては正直欲しいですけど、やっぱりお兄様だけは最初のイメージと変わらず少し怖いです....




