第三章 21 『四季彩の森①』
四季彩の森。それは基本的に見晴らしの良い一本道の林道であり、奥に行けば滅びた文明にあったとされる『神社』という神頼みをする場所に倣った社がある初心者御用達のダンジョンだ。
話によれば、その場所で小銭用の硬貨を賽銭箱と呼ばれる箱に入れた上で両手を合わせて願いを言うと、その願いが叶うらしい。
そんな初心者用ダンジョンに実力が見合わなさすぎる魔導師三人と黒猫を抱きしめながら機嫌よく前を歩く一人の皇女様がいた。皇女様は《夜炎》の廃棄予定だった女性用のクラン制服に着替えており、戦う準備が万端だ。
「私、王城の者無しでダンジョンに来たのは初めてなんです! 何度かダンジョン自体には来た事がありますが、こうやって自分が中心になって魔物と戦うなんて事は初めてなので私、いつも以上に頑張ります! 」
「うんうん。でもメル。楽しそうにやるのは構わないけど、どこに魔物がいるか分からない以上ちゃんと周りも気を付けなきゃダメよ? 危険はどこにでもあるんだから!」
なんだか初々しいなぁ。この子を見てると何だか昔の無邪気な子供だったあーるんを思い出してしまう。一応何が起きても大丈夫なように追加戦力としてベージュ達を連れてきたけど、この様子なら要らなかったかもしれないわね。
ふと後ろを振り返ると、ベージュ達の顔は何故か険しいものになっていた。初心者用のダンジョンでマナ酔いなんてするわけないし、ここにはそんな二人が警戒に値するものなんてないはずだ。ここは出てきても子供サイズのオークやサンドホークしか居ないって自分達で言ってたのに...なんでだろう。
「ねぇ二人とも。さっきから何をそんな警戒してるの? あなた達の情報通りならそんなやばい魔物なんて出ないんだしもっと気楽に行きなさいよ」
すると、ベージュが真っ青な顔をしながら恐る恐る口を開いた。声的にもかなり強く怯えているように感じる。
「ロジェさん、僕達を『道化の過錬』の標的にしたのは知ってますが、この安全極まりない場所で今度は何を起こすつもりなんですか? 先程の実戦練習をする機会があるという発言がありましたし、何が起こるのか予想出来ないので少し怖くてですね...僕達は不安で仕方ないんです」
「.......ん? 」
「この場所は基本的に初心者向けの魔物しか近くに生息していない場所なんです。なので私達が技を使う程の魔物は出るわけがないですが、何かやばいのが居るなら先に教えておいてください! 文屋の話なんて信じるつもりはないですけど、何が起こるのか分からないなんて何よりも怖いし、精神的にも良くないです! 」
道化の過錬...? なんだそりゃ。名前的に考えると――面白い見た目をしたカレーか何かかな? そんなの知らないわよ私。
「ちょっと待って二人とも。その何とかのカレーって何の事? それに、実戦練習ってのは物の例えだから何も出ないに決まってるでしょうが。そんな出鱈目で金儲けしてる文屋の記事なんて信じてないで楽しみましょうよ! 」
その話を聞いて、メロールが怯える二人に代わって説明してくれた。
「あー。道化の過錬ですか。それは先日新聞屋がお姉様の活躍を記事にした際に用いた文言で、お姉様が敵味方関係なく地獄に叩き落して苦しむ姿を楽しんでいるという話が帝都の中で広まっているので、そこの二人もそれの対象にされたと誤解しているのでしょう。嘘の塊みたいな新聞屋の言葉を信じるなんてビュアな人達ですね! お姉様は確かにそんな酷い人ですけど、流石にそこまでの事はしませんもの! 」
「まったくよ。私はそんなカレーみたいな料理を振る舞った覚えはないし、第一敵味方関係なく馬鹿みたいな状況に巻き込んだ覚えなんて私にはないわ!この国の文屋も酷い事を書くものね...」
この私がいつそんな酷い事をした! そんなS気質な趣味なんてないわッ!!! メロールを返すついでにロッキーさんに会えたら文句を言っといてやろう。その前に説教受けそうだけど...
「あの、料理のカレーじゃなくて過錬ですロジェさん。あと本当にその言葉を信じていいんですか...?この近辺の生息地的にも大した敵が居ないのは分かってますが、シャドーの件も実はわざと僕達を巻き込んだりしてるのかなと思ってましたし、文屋がかなり信憑性の高い物を出してたので不安なんですけど....」
「あの時は相手が怒り狂ってたし、私がその物事を操れる力とかなんとかを持ってるとしたらそもそも相手と接触しないようにするに決まってるでしょうが。変な記事を信用しすぎよ。仮に何か起こっても私が助けてあげるから心配しなくていいわ! 出来る範囲でだけどね」
何故か全然二人の顔がマシにならないんだけど...ここって本当に簡単なダンジョンなんだよね? そんな顔されるとこっちまで心配になるからやめてほしいのよ。
「皆さん、一度冷静になってください! 今回の目的は主に私ですからベージュ様達は心配しなくても大丈夫ですよ! 道化の過錬とやらは私は信じてませんけど、ターゲットになるとしたら主に私です。なのでお二人が心配するような事はないでしょう! 」
「そーそ。メルの言う通りよ。私はそんな酷い仕打ちなんてした事ないけど、ここでは何も起きないし、怯える必要なんてないから元気出しなさい! 」
ロジェとメロールの話を聞いて暫く二人は考えこんでいたが、何か結論を出したのか明るい声を出しながらこう言った。
「僕達は道化の過錬の対象にされているかもしれない皇女様の事を思って共にここまで来ましたが、言われてみれば確かにその通りですし、僕達がこんなにも警戒する必要はありませんでしたね! すみません。ここからは切り替えます! 」
「それもそうね..よし、切り替えていくわよ! 頑張りなさいセレーナ! 」
何か良くわからなかったけど、二人なりに納得してくれたようだ。道化の過錬とやらは知らないけど、そんな噂になるような事件が起きないことを今は願うしかない。
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暫く道なりに進むこと三十分、メロールは襲い掛かってくる魔物を着々と素手で倒していた。サンドホークや子供サイズのオーク相手に最初は苦戦していたが、時間が経つにつれて確実に余裕をもって勝てるようになってきたので成長している実感を得られているのだろう。彼女はずっと笑顔で戦っていた。
「はぁ...はぁ、ダンジョンってこんなにも魔物との連戦になるんですね。初めて知りました」
「おかしいな...普段ならこんなハイペースで魔物達が入ってきた人を襲い掛かる事なんてないはずです。僕達も何度か新人の付き添いでここに来てますが、このペースで襲われるのは初めてだ」
そう、さっきから魔物が襲ってくる頻度がおかしいのである。大体ダンジョンの中腹に差し掛かる所まで来たのだが、ここまでで遭遇した魔物の数は既に百匹は余裕で超えているし、明らかに異常な頻度だった。あまりにも魔物が多いのでベージュ達が範囲魔法を使って一掃する事も屡々あるし、これは珍しいと言える。
「こういう時って誰かが魔物寄せを使ってる時か、強い魔物の巣穴を荒らしてる時以外あり得ないんですけどね。私達以外に誰かがここに来てる雰囲気もなかったし、内部で何か起きてたりするのでしょうか...? 」
――また私のせいかな?私の運が悪すぎて何か引き寄せてるとかじゃないでしょうねこれ! もしそうだとしたら二度と私はダンジョンなんて同行しないからね! もうっ!!!
「えぇ..まだ半分にも辿り着いてないのにそんな運悪い事ってあるのぉ? まぁこの戦力なら全く苦戦しないからいいけど、変な事に巻き込まれてない事を願うばかりね。てかメル、体力的に大丈夫? この頻度は結構なハイペースだし辛かったりしたらちゃんと言ってよ? 」
「は、はい...少し疲れますがこの程度なら別に大丈夫です。幸いマナのおかげで身体能力が少しずつ上がってますし、何よりここで直接情けを掛けられてたら、この程度も倒せないのかとお姉様に馬鹿にされた感じがあって耐えられません! 」
メル、あなたって私の事が嫌いなの? 馬鹿にした覚えもないし、そんな事は一度も言った事ないじゃん。そんな露骨に勘違いされるような事をしたっけ?
「というかお姉様、なんだか私とっても嫌な予感がするんですけど、本当に何も仕組んでないんですよね? この青色のオーク達は前に本で読んだことがあります。このタイプの個体は多人数の群れを作って行動するタイプだった気がするのですが...」
「青色のオークはその認識で合ってますよ皇女様。最近までこのダンジョンの近くに砦を作って生息していた青色のオークキングが居たので、今日の朝型までこのダンジョンは立ち入り禁止でしたから残党が多少残っていてもおかしくはありません。けどつい先日、《霜刻の凍鳥》の皆様が群れを討伐し、ダンジョン内部は潜っても大丈夫な状態だと聞いています。何よりオークキングを中心とした群れは全員激しく興奮していてかなり大変だったとか――一体彼らに何があったんですかね! 」
セレーナは悪気のない明るい顔を作りながら淡々と説明をしてくれるが、ロジェには少なくともその興奮しているオークキングに関しては思い当たる節がある。というかそれに関しては思い当たる節しかない。
あー、それ多分私達のせいだなぁ...セレーナの情報が合ってるなら彼らが魔物寄せの件で怒ってたのって多分このオークキングを含めた魔物の処理を押し付けられたからだろう――キルメを含めたうちの輩達が本当にすみませんでしたあああああああ!!!!
ロジェが心の中で彼らに向かって全力の土下座を決めていると、突然メロールが閃いたような顔をしながら変な事を言い出した。
「お姉様、もしかして最初からここで私を修行させる為だけに、わざと《霜刻の凍鳥》にオーク退治を押し付けてたんですか? 」
「......え? 」
「だってそうじゃなきゃおかしいじゃないですか! 私がここに行こうとするタイミングで偶然規制が解除される訳ないですし、なによりこの場所には初心者以下の私でも相手出来るような弱い個体しか存在してないんですから、何か仕組んだに決まってます! 数は少し多めですけど、もっと強力な残党がいてもおかしくないのにそれが一匹も居ないのが何よりの証拠です! 」
「いやいや...メルまで真面目な顔して何言ってんの? 私はオークの情報なんて今初めて知ったし、これは全部偶然よ。メロールの運が良いだけだし私の実績なんかじゃないわ。そんな事が出来るのは神とかそういう神話系のヤバい奴しか出来ないし、変な噂に騙されすぎでしょ」
――そう、感謝するなら私じゃなくてオークキングを討伐したロリコンさん達にお願いします...。
「そういえばサウジストから帝都までの街道もこの付近でしたよね。あの辺りは最近妙に魔物が増えてたと聞いてたけど、彼らに実績を譲る為にわざと魔物寄せを街道で使ってオークキング達を興奮させて魔物の数を減らし、それらの処理を《霜刻の凍鳥》に押し付けたと―――ロジェさん、まさかとは思いますけど、街道でそんな強力な魔物寄せを使ったなら軽く法に触れるので絶対に他の人には言っちゃダメですよ? 」
「いやいや。本当に違うの。まぁその予想は大体あってるんだけど、私が魔物寄せを使った訳じゃないし、こうなる事を狙ってやったとか勘違いしないで貰える? あれ使ったのは――そう、ここにいる黒猫のキルメが、キルメが外に向かって魔物寄せをぶっ飛ばしたのが悪いんだから! それが全部偶然悪い方向に噛み合っちゃっただけで...」
なんか三人が「嘘つくな」と言わんばかりに白い目を向けてくるが、これに関しては紛れもない事実だ。普通に考えて猫がそんな物騒な物を捨てるはずがないと思われてるのでどうせ信じて貰えないだろうが、今回一番悪いのは魔物寄せを勝手に捨てたキルメなのである。
――というか猫の危機察知能力って凄いし、もしかしてこれに気付いたキルメが全部仕組んだんじゃ...?
「夜明けの時だ。」
何かを察したのかキルメはロジェの考えを否定するかのように力強い鳴き声を上げてきた。そういえば確かあの酒場でもキルメはロリコンさん達の事を威嚇してたし、シンプルに彼らが嫌いなんだろうなこの子...。
「あれ? 今なんか揺れたような..気のせいかしら」
そんな事を考えていると、ここにいる四人全員が小さな揺れを感じ取った。気のせいだと思いたいが短時間にここまで露骨な揺れを感じたので、流石のロジェもこれは魔物の仕業だと判断する。
「い、今。何か凄い声が聞こえませんでしたか? お姉様」
「へ? なんか聞こえたっけ?」
感覚の鈍いロジェには特に何も聞こえなかったが、みんなは何かが聞こえていたらしい。そしてその瞬間だった。周りの木を大量に潰しながら巨大な何かがロジェ達の近くを移動する大きな足音が聞こえてきた。巨大な何かが動くたび地面から少し強くなった揺れを感じるので、多分それなり強い魔物だ。ボスクラスかもしれない。
「セレーナ。これ多分結構な大物かも。気配的にも揺れの大きさ的にもオークキングに匹敵するかもしれない」
「分かってる。でもオークキングはこの前討伐されたし、それクラスの魔物って居ないはずだけどそんな事ってあり得るの? まさかジェさんってコレが出る事を知ってて私達にぶつけようとしてたんじゃ...」
どうやらベージュ達は何が来てるか大体察しているらしいが、戦闘経験が全くないロジェには何が来ているのか分からないので、もはや考える事を半ば諦めて諦観モードに入っていた。こういう時は思考放棄するに限る。
そんな事をしていると、地形を大きく変えるほどの大物がロジェ達の前に姿を見せた。
「ぐるおおおおおおお!」
「こ、これはオーククイーンですか!? 確か本の情報通りだと、オークキングの群れの中に限りなく0に近い確率で存在するレア個体なんですよ! しかも何故か怒ってるし、なんで私達の元にこんなのが来るのですか!!! 」
これは...結構まずいかも。てかなんでこんなのが出てくんの? そんな話は聞いてないし、こんな強そうなのが出るとか完全に初心者詐欺じゃんこれ。




