第一章 10 『双竜の砦』
龍襲撃事件から3日後、完全にダメージが回復した彗星の神子とロジェは依頼をこなす為に現在☆8ダンジョン【双竜の砦】の入口付近にいた。
「ここがダンジョンの入口。ここは思ってた以上に見た目が凄いのね…。」
ロジェは【双竜の砦】の外観を見て色々と驚いていた。
階段を登った先にあるダンジョン入口は、龍の口を思わせるような縦長の入口に、牙を模したかのような鋭い氷柱がいくつも垂れていたし、周りを見れば扇形になるように大きな岩が大量に連なって高く配置されており、まるで龍の両翼を表現するかのような形をしている。オマケに龍の目の部分と思われる箇所には、いくつか岩が赤く光っていた。龍の再現度がすごい。
そういえば高難易度ダンジョンの外観は、内部のボスモンスターやダンジョンの名前に応じた姿や形に変化している事が多いと、小さな頃に教えてもらった気がする。
あの頃はそんな訳がないと思っていたが、どうやらその話は本当だったらしい。
初めて見る不思議な形をしたダンジョンに感動していると、ロジェがある物を見つけた。
「あれ…?この辺りに沢山ある傷跡ってなんですか?」
その言葉を聞いて、ヒュー達がこっちまでやってくる。
ロジェが見つけたのは、約1mくらいの大きさで掘られた穴のような傷跡だった。よく見ると傷跡は新しい部類だ。
周りを見渡せば、人が壁を殴って開けたような大きな丸型の穴や、龍が爪を立てて引っ掻いたような傷など、様々な種類の傷跡が壁を埋めつくすようにして大量に存在していた。
ダンジョンに傷がある事自体は、特に珍しい事ではない。魔物との戦闘で出来たものもあれば、雷などの自然現象で出来てしまった物もあるからだ。
しかし壁を埋めつくほどの数になると話が変わる。
まとまった傷跡が多いという事は、この近辺もしくは内部で何か大きな異変が起こり、現在血の気が上がっている危険な魔物が中に溢れている可能性が高いということになる。血の気が多い魔物で埋め尽くされている場合、ダンジョンの攻略難易度が1つくらい簡単に上がるだろう。
「うーん…。魔物の知識や特徴には基本自信がある僕でもこれは見たことがない特徴ばかりだな…。これをやったのは変異種か何かの気がするが詳しいことは分からないな。」
傷跡を見ながら冷静な分析を続けるヒューにガッツが聞いた。
「つまりどういうことなんだ?これは普通の魔物が付けた傷じゃないなら誰がやったって言うんだよ。」
「例えばここにある丸型の大きな穴。普通の人間なら絶対に開けられないような大きさの穴だけど、穴をよく見ると4つ程の中手骨の跡が残ってるんだ。つまりこれは、人間が壁を殴った時に空いてしまった穴ということになる。一応マナを吸収して強化された人間が作った可能性も無くはないと思うけど、マナによる筋力の強化や身体能力の強化には限界がある。だからその線は限りなく低いと思うんだ。」
「なるほど…。だったら今この中で変異種とやらが溢れまくっていてもおかしくねえって訳か。原因の排除とまでは行かないが、中をある程度見たら1度情報を持ち帰って、ロッキーさんとよく相談しねぇとダメだな。やべーのが手を出してるってんなら俺達だけでどうにか出来る話じゃない。」
ヒューとランスがそれぞれ納得し軽く結論を出していると、ガッツが何か険しい顔をしていた。
「あれ?どうしたんだ?ガッツ。お前が考え事だなんてらしくないけど。」
「いや、この休息期間として設けた3日間で妙な噂を聞いたんだ。もしかしたらその話とこのダンジョンで起きていることが何か関係あるんじゃねえかと思っただけだ。」
「妙な噂…?私はそんな話は一度も聞かなかったけど、ガッツは何か変な噂でも聞いていたのです?」
「信じるのも馬鹿みたいな話だが、最近帝都の外で変な見た目をした魔物がウロウロしているって話なんだ。中には人の体をしているのにレッドオークと合体している魔物や、炎を纏ったフロストウイングにミノタウロスみたいな姿をしたワイバーンと毒蛇もいたらしい。信じられないだろ?」
…あれ?その話どこかで聞き覚えがあるんだけど?
というかそれは聞き覚えしかなかった。龍の襲撃前に寄った魔道具屋にいる店主さんから聞いた情報もあるし、その場を切り抜ける為だけについてしまった私の嘘まで混ざっている。
なんでみんな少し考えたらすぐに分かるような嘘なのにすぐ信じるの?
「ひいぃぃい…!そそそそんな変わった変異種の魔物がこの中にいるなんてあまりにも怖すぎなのですぅ…。」
リンが今にも泣きそうな顔をしていた。恐らくとてつもなく気持ち悪い魔物の姿でも想像しているのだろう。
とりあえず100%とまでは言えないが、その噂が高確率で嘘である事を知っているロジェは言った。
「はあぁ…。そんな噂が本当なわけないじゃないですか。大体そんな魔物がここから出てきたとしても所詮は失敗作なんです。人間としても魔物としても中途半端な存在が暴れるだけですし、どうせ大した実力はありません。なのにそんなのを怖がるなんて冒険者失格だと思いますよ。」
「!? ロ、ロジェさんはここで何が起きているのかわかってるのですか…?」
いやいやそんなの分かるわけないでしょ。てかそんなの分かってたら貴方達全員に情報を共有してるし、わざわざ隠したりしないわよ!!!
だけど、そんな事を正直に言っても彼らは中へと進んでくれないと思うので、1秒でも早く帝都の厄介事と依頼から解放されたいロジェは、いつも通り適当なことを言うことにした。
「具体的なことは分かりませんが、私は中で何か手を加えている者がいると思います。彼らには準備不足なので現状は強くはありませんが、いずれ研究した成果を使って帝都を襲撃してくるかもしれません。今ならまだ間に合います。私達には時間がないのです!さぁ!早く中へと入りましょう!さぁさぁ早く!」
「!? ちょちょちょ!ロジェさん!? 待ってくださいよー!!!!」
ノリで話したが、これ以上喋っても余計なことを言いそうなので無理やり話を切って私は中へと入っていった。めちゃくちゃ過ぎる行動に彗星の神子達が急いで後を追ってくる。
早くこの依頼から解放されたいからって、あまりにも適当なこと言い過ぎたかしら…?
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小型カメラを内蔵した改造型サンドホークをこのダンジョンの入口近くに配置し、中に入ろうとしている5人の侵入者達の動きを監視していたエリーとその弟子達が怒っていた。
「クソっ…!あの女め!我々の作った研究成果を勝手に失敗作扱いするだけでなく、我々を準備が足りていない雑魚扱いしてくるとは…我々を舐めるのもいい加減にしろ!」
「我々の研究物だけでなく、一部の人間にしか伝わっていない帝都の襲撃計画まで奴は知っているのか!?一体どこまで我々の情報が漏れている!」
「しかし、何かおかしくありませんか?ここまでの情報を奴は持っているのに帝国に報告せず、彼女自身が自らここに来ています。普通であれば彗星の神子や帝国側に何かしら情報共有を行うのにそれをしていない所を見る限り、奴は何も知らずに適当なことを言っているだけなのではないですか?」
「そんなわけがあるか!奴はまだ表に出していない研究途中だった黒蛇や飛龍の個体の存在を知っているし、一部の人間しか知らない襲撃計画の事も知っているのだぞ!もし仮に奴が何も知らなかったとしてもこのまま放置すれば、いずれ組織の大きな敵となる可能性が高い。それに、奴が本当に知らなかったとしてもここまで言い当てる方が不自然だろうが!!!」
弟子達が例の女について文句を言いながら言い合いを始めた。その言い合いに痺れを切らしたエリーが言う。
「もう良い。落ち着けお前達。我々はこの3日間奴らを倒すことだけを考えて対策をしてきたのだ。あんな挑発行為に乗っておったらキリがない。今更恐れることなど何も無いはずじゃ。」
「しかしマスター。もしあの者が我々が施した対策のことを知ってる可能性があります。奴がこの情報まで手に入れているとしたら、間違えなく用意した対策を超えて来るかと。」
一応あれからあの女に尾行している事がバレている可能性を考慮し、虫や動物の体内にカメラを仕込んで遠くから観察することを徹底しているが、3日程観察しても大きな動きは1つもなかった。
1度だけだが、通行人が大量に居るはずの大通りで、わざわざ我々の構成員にあの女が自ら話しかけて「この辺りで魔物に関する書物や文献などを沢山纏めている優秀な機関を知りませんか?」などと我々の事を知っていながら馬鹿にしてくるような行動もあった。まるで自分が尾行されている事に気が付いていないかのように…。
「それに関しては問題ない。私が直々に監視していたが、奴に大きな動きはなかった。情報を仕入れている可能性は低いじゃろう。」
その言葉を聞き、弟子達の表情が明るくなり笑みを浮かべている。
「だがしかし、油断するべきでない。今回は奴に加えて、帝都でトップクラスの実力を持つ彗星の神子まで居るのだ。油断すれば即負けに繋がると考えよ。」
「ではマスター。今回の作戦はどうしましょう。」
少し沈黙をし、エリーが口を開く。
「…まずは、こちらから奴らに仕掛ける。このダンジョンの1層目は【静寂の湖】のはずだ。例のゴーレムと魔法陣をすぐに用意せよ。水があるあの場所ならば奴らは無限に強化されるはずだ。まずは奴らを出して様子を見る。実践での情報を集めなくては対策も上手くはいかん。」
「分かりました。すぐさま準備致します。」
「あと、1層目に仕掛けを配置する際に誰かこの中から1人現場に向かって魔物と共に奴らの始末を行え。あの5人を消せるのであれば、最悪魔物に関しては殺しても構わん。」
「…なぜそのような手を取るのですか?例の仕掛けであれば、大体の冒険者が初見ではそう簡単に攻略出来ないように出来ているはずです。」
「お前達の用意した戦力を疑っている訳では無い。やってくる戦力が未知数でかつ過剰戦力なのだ。用意しておいて損はしないだろう。命令は以上だ。油断はせずに奴らの相手をしろ。」
『ハッ!全てはマスターの仰せのままに。』
そう言って弟子達が研究所の一室から出ていく。エリーは、ダンジョンの内部に入ろうとしている5人の冒険者を見て言った。
「我々に出来る準備はさせてもらった。帝国の誇る最強の冒険者と得体の知れぬ実力者よ。その実力をこの目で見せて貰おうでは無いか。」




