92話 最後の命令
荷物を置いた後、レイモンは皆が集まっているホールへと向かった。
そこにはすでに20人近くの隊員がいて、中にはセレストとナタンの姿もあった。
ナタンはレイモンが来たのに気づくと、すぐに歩み寄ってくれた。
「……どうだった? アデルは」
「心配ないよ、ちゃんと届けたから」
レイモンの優しい返事を聞いて、ナタンは少し複雑な笑みを溢した。
後は部隊宛のヴェベールのメッセージが皆の心に届けば問題ない。
ざわつく周囲の中、レイモンは少しリラックスして時間が経つのを待った。
ジャッドが部屋に入った時には、もう全員揃っていた。
守衛から聞いてはいたものの、やはりこうしてみると隊員が激減したのが分かる。
テアトロの戦いの前は窮屈に感じるほどだったのに、今では部屋が広すぎてすごく寂しい。
加えて空気は重たいので、逆に息苦しいような気がした。
ジャッドは少し背筋を伸ばして、皆の前に座って目で人数を確認した。
その中にはアデルだけいなかったが、レイモンから事情を聴いて納得した表情を見せた。
「なら、もう始めちゃっても構わないわね」
ジャッドはもう一度皆を一瞥すると、真面目な顔で手紙を前に出した。
その瞬間、静寂がその場を支配した。
「実は、少佐が第14部隊の隊員全員に宛てた手紙を受け取ったの。
経緯は省くけど、彼が残した遺言だということは保障するわ。
私は王家だけどこの部隊を率いるような人物じゃない。
……でも私が少佐の代理で皆にこれを読むのを、許してくれないかしら?」
一瞬隊員達は顔を見合わせたが、誰も文句は言わなかった。
もちろん、レイモン達同期も大賛成だった。
ジャッドは全員一致で承諾したと判断し、ゆっくりと封筒を開けた。
中に入っていたのは、2枚の紙。
両方とも繊細で長い文章が書かれており、インクの匂いが残っている。
ジャッドは少し呼吸と気持ちを整えた後、声を張ってゆっくりと読み始めた。
最初少佐らしい冗談から始まり、皆一斉に呆れかえっていた。
だが読み進められていくうちに、どんどん顔色が変わっていく。
やがて隊員の中から、泣き出す人が出てきた。
それを皮切りに、次第に必死に声を押し殺す人が増えていく。
ジャッドも声が震え始め、涙が零れ落ちないようにするので精一杯だった。
後半に入ると、ほとんどの人が涙なしには聞いていられなかった。
レイモンは辛うじて目頭を熱くするだけで何とかなったが、隣のナタンは完全に泣きじゃくっている。
ヴェロニックは急に立ち上がり、ゆっくりと部屋の外に出てしまった。
だが扉が閉まる際、一瞬だけ彼女がお面を外すのが見えた。
どうやら泣き顔を見られたくなかったらしい。
セレストはジャッドが読み終わるまで、壁に寄りかかっていた。
彼は一切涙を見せなかったが、ずっと腕を組みながら俯いている。
たぶん彼なりに悲しんでいるのだろう。
読み終わった頃には、もう既に皆の声で溢れかえっていた。
隣にいる人と一緒に悲しみを分かち合う人もいれば、大人とは思えないほど大声を出している人もいる。
一言でいえば、”嗚咽の海”といったところだろう。
ジャッドは全身の力が抜け、手紙を握ったまま手を膝の上に落とした。
そして自分が読み聞かせた内容をもう一度目で読み返し、彼女自身も悲しみの中に浸り始めた。
――――
親愛なる第14部隊の諸君
この手紙を読んでくれている人達は、一体どれほどいるのだろう?
もしかしてジャッド様が皆を呼んで読み聞かせしているといった感じかな?
だったら多分アデル以外全員いるんだろうね。
どう? 当たった? 凄いでしょ?
まぁ冗談はさておき、この手紙が皆に届くことを想定して書かせてもらおう。
オレの父は、とても冷徹な軍人だった。
戦果のためなら躊躇なく仲間の命を差し出すことをする、周囲から恐れられる存在だった。
確かにそれで祖国に多大な貢献をしてきたが、オレが15の時に戦死した。
しかも、仲間に裏切られて。
どうしてそんな悲惨な結末を辿ったと思う?
それは、「人の心を捨てたから」だ。
父は国のためを思って感情を押し殺し、効率だけを重視する”兵器”になっていたんだ。
当然といえば当然の報いだよね。
だって仲間は”人間”なんだから、不平不満が溜まるのは当然だ。
全員が父のように無機質になれるわけがない。
だからオレは、人情を凄く大事にしてきた。
父のようにならないために、部下には誠意をもって接して大事にしてきたつもりだ。
オレ自身もそんな日々がすごく楽しかったし、充実していた。
でもそれは、諸刃の剣でもある。
感情を大事にすると、どうしても心の傷が深くなってしまうから。
実際今、オレや仲間を失って心がぽっかり空いているんじゃないか?
中にはもうどうでもよくなって、何にもやる気が起きないって人達もいるんだろうね。
でも、これだけは約束してほしい。
絶対に、”兵器”にはなるな。
兵器になったところで、幸せにはなれない。
ただ心の痛みから逃げてるだけだ。
君達には生き残った同胞がいる。
皆で一緒に泣き、感情を吐き出し、痛みを分かち合ってほしい。
大人だからとか男だからとか、そんなのは一切考えないでさ。
そして、どうかオレが大切にしてきた部隊の空気や人情を守ってほしい。
出来たらこの戦乱の世を生き延びて、しわくちゃになってからオレのところに来てほしいかな。
これはオレの最後の命令でもあり、願いでもある。
君達を置いて先に逝ってしまうのは本当に申し訳ない。
でも、これくらいの我儘は聞いてくれると嬉しい。
――全員の幸運を祈っている。
チュテレール王国軍 第14部隊少佐
ジャン・ヴェベール




