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91話 届けるべきもの

 感じた視線の先を見ると、ジャッドとヴェロニックが佇んでいた。

 2人ともレイモンとセレストを視界に収めたまま、不意を突かれた顔をして固まっていた。

 先程のナタンと同じように。


 レイモンは何となく右手を上げ、視線を泳がせた。


「えっと……ただいま?」


 何も返事しない。

 凄く気まずい。

 そう思った矢先、ヴェロニックがレイモンの目の前まで歩み寄ってきた。


「あ、ヴェロ――いったっ!?」


 突然彼女は、レイモンの頭に向かって拳骨を落とした。


「……生きてるなら連絡して」


「いや、僕もそうしたかったんだけど無理だったんだ!

 人里離れた場所でしばらく過ごさなきゃ――

 いでででで! 髪引っ張らないで!」


「それ、ただの言い訳。

 本当に余裕がなかったら髪型変えない」


 ヴェロニックは容赦なく、彼の結んだ髪を鷲掴みして引っ張り続けた。

 彼女の言い分はあまりにも理不尽で、感情をそのままぶつけられているような感じだ。

 周囲の仲間はと言うと、呆れているか苦笑いをしているかで一向に助けてくれない。

 レイモンには痛みに耐える以外の選択肢はなかった。



 しばらくして、やっとジャッドが助け舟を出してくれた。


「ヴェロニック、そこまでにしてあげて。

 本当は嬉しいんでしょ? 2人が生きて帰ってくれて」


「……」


 ヴェロニックは渋々手を離してくれた。

 だがかなり不機嫌らしく、付けている狐面の奥から鋭い視線を感じる。

 セレストが彼女の無くなった左腕を見たことで、そんな怖い雰囲気はどこかに消え去った。


「ヴェロニック、腕は?」


「切った」


「は? 病院で?」


「自分で」


「……まじか」


 流石のセレストもドン引きしていた。

 彼女が言うには、今義手を専門の店で作ってもらうらしい。

 そのため生活には困らないし、兵士としても問題なく活動できるそうだ。

 とはいえ、痛々しいのには変わりないが。



 ジャッドはナタンが頑張って守ったおかげか、特に大きな怪我はしなかったようだ。

 それに言葉には出さないが、レイモンとセレストの元気な姿を見て喜んでいる。

 そのせいか、妙にそわそわして色々な方向に視線がいっている。

 

 でも、やはりどこか元気がない。

 

「そういえばレイモン、さっき何か言いかけてなかった?」


「あっ、そうだった」


 ナタンに指摘され、レイモンは再び胸ポケットに手を伸ばした。

 そして、ヴェベールの手紙を皆に見せた。


「っ!? それ、まさか……」


 ジャッドは目を見開きながら、部隊宛の手紙を手に取った。

 ナタンもヴェロニックも驚いて、まじまじと観察している。

 ジャッドは何度も封筒をひっくり返しながら誰が書いたものか念入りに確認していた。


「……筆跡、少佐ので間違いない」


 ヴェロニックがボソッと呟いた。

 ジャッドはいまだに信じられない様子で、レイモンの方を向いた。


「あなた……どこでこれを?」


「えっと、話せばすごく長くなるんだけど……

 少佐の遺言が入っていることだけは保障するよ」


 どこから説明すればいいのか分からなかった。

 ミュリエルの死霊魔術でヴェベール本人に会ったとか、一言では説明不可能だ。

 レイモンが言い淀んでいると、ジャッドは彼の肩に手を置いた。

 その顔は笑っているけど、どこか悲しそうでもあった。


「ここまで届けてくれてありがとう。

 ヴェロニック、ナタン、皆を呼びたいんだけど手伝ってくれる?

 全員で一緒に読みたいから」


 2人は即答で「もちろん」と返事を返した。

 ジャッドとヴェロニックは颯爽と走り出してしまい、一瞬で見えなくなった。


 

 ナタンも背中を向けてどこかに行こうとしたが、すぐに足を止めた。


「そういえば、そのもう1通は?」


「……アデル宛だよ」


 その瞬間、ナタンは下を向いて目を逸らした。

 だがすぐに覚悟を決めたような顔をして、レイモンの方に体を向けた。


「彼なら多分、次の訓練の準備で部屋に戻っているはずだよ。

 率直に言うけど、その……少佐を失ったせいで、心が壊れかけてる。

 身構えた方がいいよ」


「……うん」


 本当は、教えてくれてありがとうとか、分かっているって言いたかった。

 でもあの変わり果てたアデルの姿を思い出して、言葉が詰まってしまった。

 ……だからこそ、この手紙を届けなければ。


 ナタンは手を振って、隊員達を呼びに行ってしまった。

 レイモンはセレストと一緒に、黙々と自分の部屋へと向かった。

 セレストの部屋の前で2人は別れ、レイモンは重い荷物を持ってやっと部屋にたどり着いた。






 レイモンとアデルは相部屋だった。

 だからナタンの推測が正しければ、彼はこの中にいる。

 気配はあまり感じられないが、時々物音が微かに聞こえる。

 レイモンは一旦深呼吸をし、意を決してドアを開けた。


 

 アデルはこちらに背を向けて立っていた。

 どうやら服を着替え終わったところらしい。

 

 彼はドアの音を聞いて、レイモンの方を振り向いた。

 人間とは思えないほど滑らかに、ゆっくりと。


「…………生きていたのか」


 アデルは無機質な声で言った。



 以前ヴェベールが見せてくれた時よりも、アデルはひどくなっていた。

 肌には一切血の気がなく、見開いた目の下はくまで真っ黒だ。

 それに髪もぼさぼさで、少しだけ体が細くなった気がする。

 あの少し乱暴でいつも元気だった面影はどこにもない。

 反射的に直視できなくなるような、そんな状態だった。



 レイモンが呆気に取られている中、アデルは身支度を済ませてしまった。

 そしてそのまま彼の横を通り過ぎて、部屋を出ようとする。


「15分後に次の訓練が始まる。

 すぐに準備をしろ」


 アデルはそれだけ言い残して、次の訓練の場所へと歩き出した。

 レイモンははっと我に返り、咄嗟にアデルの腕を掴んで引き留めた。


「待ってくれ!」


 アデルはぬるりと振り返った。

 睨まれたわけではない。

 というより喜びも悲しみも怒りも、何も感じられない。

 無表情な顔を一切崩さずに、レイモンを見つめていた。


「お前に渡さないといけないものがある」


 レイモンは怖い気持ちを無理やり抑え込んだ。

 そして、手に持っていたヴェベールの手紙を彼に見せた。



 その時、アデルの目の色が明らかに変わった。

 と思った矢先、奪うように手紙を取ってまじまじとそれを観察し始めた。

 その必死さは、紙に穴が開いてしまうのではと疑うほどだった。

 

 アデルは声を出す暇もなく、封筒を破り中身を取り出した。

 続けてかなり乱暴に紙を広げ、書かれている内容を確認し始める。

 レイモンは少し気になって、横からそれを覗き込んだ。


「……間取り、図?」


 文字は一切ない。

 ただいくつかの図形が組み合わさったものが描かれているだけだった。

 四角い部屋にベッドと箪笥など……おそらく、どこかの部屋だろう。

 その部屋の隅には、大きくはっきりとバツ印が書かれていた。


「……――!?」


 アデルは何か思いついたらしく、レイモンを突き飛ばしてどこかに走り去ってしまった。

 その衝動でレイモンは地面に倒れこんでしまい、起き上がった時にはもう彼はいなかった。

 

 一瞬彼を追いかけようかと思った。

 でもレイモンはそんなことはしなかった。

 代わりに彼の顔には安堵に満ちた笑みがあった。


「……あとは少佐に任せるか」

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