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90話 生きててよかった

 レイモンは、懐かしい町の光景に魅入られていた。


(僕が入隊した時、そのまんまだ。

 まぁ、入隊してから1年も経ってないから当たり前か)


 そんな中、セレストは相変わらずさっさと行ってしまった。

 ここまでくれば道は分かるし急いでも仕方がないので、後を追えばいいかと一瞬考えた。

 でも一緒に基地に入らないのは、なんだかスッキリしない。

 結局これ以上物思いに耽るのは止めにして、レイモンは足早にセレストを追いかけた。

 


 基地も前みたいに、とても立派な面持ちだった。

 だが人が少ないのか、どこ活気がないような感じがする。

 2人はそのまま、入り口の守衛に身分証を見せた。

 その時、レイモンはさり気なく疑問をぶつけてみた。


「あの、今部隊は何人居るんですか?」


「……? 知らないのか? 32名だ」


「え……」


 元々300人以上はいたはずだ。

 なのにその10分の1しかいないなんて。

 ミュリエルの家にいた時に少しだけ軍の様子を垣間見たが、ここまで被害が大きいとは思わなかった。


「もしかして、あそこから生還してきたばかりか?

 それは喜ばまじいことだが、残念だ。

 第14部隊は、近い内にどこかに吸収される。

 ……リーダーも失ったしな」


 守衛はそれだけ言うと、自分の仕事に戻ってしまった。

 レイモンは絶句したまま、その場で固まることしかできなかった。

 だがセレストが肘で小突いたことで、体の自由が効くようになった。


「やることがあんだろ?」


「……うん」


 レイモンは手紙が入っている胸ポケットに触れた。

 こんな状況だからこそ、この手紙を皆に届けないと。

 彼は邪念を払拭するように頭を左右に振った後、セレストと一緒に基地の敷地を跨いだ。




 ……静かだ。

 時計を見た限り訓練の時間のはずなのに、人の気配はしない。

 前ならどこからか掛け声が聞こえてきたはず。

 そんな声はおろか、皆がどこで何をしているのかさえ分からなかった。


 ひとまずレイモンとセレストは、自分の部屋に戻ることにした。

 野営用の道具を持ち歩いているせいで、少し疲れが溜まっている。

 荷物を置いた後皆を探したほうがいいだろうと、言葉数は少ないながらも2人で意見が合致した。



 宿舎に向かっている最中、誰かが建物の影に隠れているのが見えた。

 その人は体育座りで俯き、訓練をサボって一人で何やら考え込んでいる様子。

 相手の近くを通りかかった際、その人物がナタンであることにレイモンは気付いた。


「えっ、ナタン?」


「……ん? へっ!?」


 振り向いた瞬間、ナタンは幽霊を見たように固まってしまった。

 そこには行方不明になったはずのレイモンとセレストがいたのだから、当然なのかもしれない。

 

 しばらく彼はまじまじと2人を見つめた後、急に立ち上がった。

 そして幻覚かどうか確かめるように、レイモンの顔をペタペタと触り始めた。


「うっ、ナファン……さふぁりふぎぃ」


 かなり必死に触れてくるせいで、少し痛かった。

 すると今度はセレストの方に行き、同じように顔を感触で確認する。

 セレストはその間凄く煩わしそうで、途中でナタンの手を掴んで睨みつけていた。

 そこでようやくナタンは落ち着き、少し距離を取ってくれた。


 

 ナタンの右目は、黒い眼帯で隠れていた。

 ヴェベールの記憶を見たときに目を怪我しているのは知っていたが、完全には治らなかったようだ。

 左目は無事なため盲目になったわけではないけど、すごく痛々しい。

 

 彼もレイモンと同じく、あの戦場で修羅場を何とか生き残った。

 そう、実感させられた。


「――っ!」


 ナタンは泣き出しそうな顔をした途端、両手を広げて2人を抱きしめた。

 思わずびっくりしてレイモンは反射的に手をナタンの肩に伸ばそうとしていた。

 でも彼の体が震えているのに気付いて、その手は止まった。


「生きてて、良かった……

 本当に……良かった……」


 ナタンはレイモンの耳元で何度も同じことを呟いていた。

 その声は消えそうで脆く、どこか温かい感じがする。

 途方に暮れているセレストをよそに、レイモンはナタンの背中を擦ってあげた。






 その後、ナタンは宿舎までついて来た。

 彼はさっきまでの暗い雰囲気とは打って変わって、いつも以上に明るい感じになっていた。

 しかも話したいことが山ほどあったみたいで、彼の口の動きが止まることはなかった。


「いやぁ、本当にビックリしたよ!

 今までどこで何してたんだよ!? レイモン!」


「それがさ、ナタン。

 戦いの最中崖の下の川に落とされて、遠くまで流されたんだ」


「えっ、嘘!? どうやって抜け出したの!?」


「死に物狂い……としか言いようがないかな。

 セレストも重傷負ってたし、とにかく必死に泳いだよ。

 その後親切な人に助けられて、看病までしてくれたんだ」


「そうだったんだ……君たちも大変だったんだね」


「そっちもだよ。

 まさかナタンがそんな傷を負ってたなんて……」


「ああ、これ?

 ジャットさんを守りきった勲章みたいなものだよ!

 大したことないさ、あはは!」


「それに、聞いたよ。

 ……少佐が亡くなったって」


「……」


 そこでナタンの口が急に重たくなった。

 彼のはしゃぎ様は本心であるのは分かっている。

 でもやはり、大切な仲間の生還だけでは癒えない心の傷があるようだった。

 部下を大切に思い皆から慕われていたヴェベールともう会えないのだから、当然なのだろう。


「あのさ……皆に渡さないといけないものがあるんだ」


 レイモンは胸ポケットから手紙をそっと取り出そうとした。

 その時、遠くから視線を感じた。

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