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89話 戻ってきた現実

 レイモンも星空を1人でしばらく眺めた後、火を消して寝袋に入った。

 翌日目を覚ますと、セレストが先に起きて乾パンを咥えながら荷造りをしてくれていた。

 

 レイモンが少し寝ぼけながら「おはよう」と言うと、彼は有無を言わさず口に乾パンをねじ込ませてきた。

 そしてそのまま、さっきまで使っていたテントを片付け始める。

 昨日に続きあまりにも手際が良すぎて、レイモンが食べ終わった頃には全部終わっていた。



 その後も全く会話がないまま、2人で街に向かって歩いた。

 この時も昨日と同じく、セレストが先頭を歩き背中で話しかけるなと威圧されていた。

 だが今は拒絶というより、1人で考える時間がほしいからのような気がする。

 ただの勘ではあるが、少なくとも雰囲気が少し違った。

 そのためか、昨日よりも重苦しくはなかった。




 しばらくすると、突然周りの木々がなくなった。

 辺りは草原が広がり、遠くには小さな町と汽車の線路らしきものが見える。

 さっきまでの幻想的な雰囲気は何処かに消え去ってしまい、現実的な無機質感が何となく肌で感じられる。


「あれがミュリエルが言っていた町かな?

 やっと森を抜けたんだね」


 レイモンはセレストにも聞こえるような独り言を呟いた。

 もちろん彼からは返答は返ってこず、ひたすらに町へと足を進めている。

 ここまで無言だと、逆に寂しくなってしまいそうだ。



 何事もなく、そのまま2人は町にたどり着いた。

 セレストはそのまま休むことなく、汽車の駅へと向かっていった。

 そして改札にいる駅員に話しかけ、ここが何処だとか第14部隊の基地にはどうやって行けばいいのかを聞き始める。

 彼はそのまま2人分の切符を買い、置いてきぼりになりかけているレイモンに片方渡した。


(えっ、後5分くらいしかないじゃん。

 ここまで帰ってこれた余韻に浸れる時間くらいくれよ)


 そう思い時刻表を見てみると、次の汽車が来るのは6時間後だった。

 流石にそんなにあると逆に苦痛だ。

 レイモンは文句言いたい気持ちを無理やり押し込め、セレストの背中を負いながら汽車に乗った。



 2人は背中合わせでボックス席に座った。

 発車した後レイモンは車内の販売員からもち麦の塩むすびの詰め合わせを1人前買った。

 そうして奥から手前に流れるのどかな風景を眺めながら、食べ慣れた味を堪能していた。

 

 後ろにいるセレストも同じように昼食を取っている様子だが、物音が全然しない。

 無論、言葉を交わそうともしない。

 ただ手前から奥に流れる景色を見て、考え事をしているようだった。

 だからレイモンも食べ終わった後、無言で車窓の風景を横目に物思いに耽っていた。



 

 思い返してみると、本当に色々なことがあった。

 

 軍学校の卒業試験で起きた事件、第14部隊への所属、イニーツィオの戦い、そしてテアトロの戦い……

 何度も死にそうになったり、心が折れそうになったことだろう。

 その度仲間に支えられてここまで来て、あの地獄から何とか生還できた。


 

 そんな中で、自分の中で譲れないものができた。

 それは、自分の価値観だ。

 

 戦争とは、他人との価値観のぶつけ合いだ。

 自分が正しいと思ったことを貫き通し、勝った方が正しいと決められる。

 だからこそ自分の決意や覚悟を捻じ曲げては駄目だし、自信を持って前に出ないといけない。


 セレストに殺されかけたあの時、レイモンは彼と正面からぶつかり合うと宣言した。

 彼の目的の為なら弱者をも切り捨てるという価値観は到底受け入れられない。

 だからこそ、彼が非人道的なことをしようとしたら止めないといけないのだ。


(昨日の夜に言っていたこと……

 もしかしてセレストは、これから何かしでかす気じゃないよな?

 もし、そうだったら――)


 レイモンは無意識にセレストの名前を口に出していた。

 セレストの方から僅かに服が擦れる音が聞こえた時、自分が声を掛けていたことに初めて気づいた。

 しかしレイモンはすぐ落ち着きを取り戻し、彼に話を振る。


「前言ったこと覚えてる?

 僕は僕の価値観を貫き通す、って」


「…………あぁ」


 セレストは今日初めてレイモンに向かって声を発した。

 レイモンはそんなことは一切気にせず、自分の覚悟を言語化した。


「もしお前がまたろくでもないことをしようとしたら、絶対に止めるからな。

 たとえ……お前に刃を向けることになったとしても」


「…………はっ」


 セレストは鼻で笑った。

 それは小馬鹿にする感じではなく、呆れているようだった。

 かすかに窓に反射するセレストの姿を見ると、肘をついて俯いていた。

 それ以上、2人は会話することはなかった。




 1時間くらいした頃だろう。

 車窓に見慣れた景色が映るようになった。

 そんな既視感は徐々に強くなり、やがて懐かしさも覚えてきた。


 やがて、車掌が次の到着駅のアナウンスのために歩き始めた。

 告げられた駅名は、第14部隊の基地がある場所。

 目的地だった。


 レイモンとセレストは荷物をまとめた。

 そして乗り口で汽車が止まるのを待った後、ドアを開けて下車した。

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