83話 禁忌の魔術とは?
金の君は右手を開いた扉に添えて、正面の部屋の隅で腰を抜かすレイモンを見ていた。
その顔には落胆と悲哀、困惑といった色々な感情が入り混じっているように見える。
「レイモンさん」
「……は、はい」
金の君はコツンコツンとゆっくり近づいた。
まるで幽霊のようなその足取りは、レイモンの心臓を更に刺激してくる。
なのに恐怖はあまりなく、体の震えも一切ない。
ただ緊張しているだけに近かった。
「立てますか?」
「……はい、多分」
レイモンは壁を頼りに立ち上がろうとした。
だが足が笑ってしまい、少しお尻を浮かすのが精一杯だった。
そんな彼を見て金の君は優しく手を差し伸べると、レイモンは少し間を置いてその手を取った。
そうしてレイモンは何とか立ち上がった。
「見てしまった以上、ちゃんとお話しないといけませんね。
せっかくですし、外に出ませんか?
この時期は星がとてもきれいなんです」
「……そう、ですね」
金の君はレイモンの手を優しく握ったまま、地下室の外へ案内した。
出る前に何となく振り返ると、さっきとは違い棺の中はどこか幻想的で寂しく見えた。
ずっと寄り添いたくなってしまうような、そんな寂しさが。
***
2人は一緒に家の外に出た。
冬の真っ只中だというのに、雪が降っているどころか1枚羽織るだけで十分なほど暖かい。
その代わり周りは真っ暗だが、月明かりが強くて夜目であたりはある程度見渡せた。
(森の中だからかすごく心が和む……
ここに住んでるの、なんかちょっと羨ましい)
レイモンが景色に気を取られている間、金の君はどこからか長いハシゴを持ってきた。
彼が気がついたときには、手伝う間もなく玄関の横にハシゴがかけられていた。
「こちらへどうぞ。
足元にお気をつけください」
それだけいうと彼女は、少し足早にハシゴを登っていった。
やがて家の屋根の上に到着すると、少し身を乗り出してレイモンの様子を伺った。
「お手伝いが必要ですか?
もし厳しいようでしたら、私がおんぶして――」
「だ、大丈夫です!
流石に1人でできますので!」
金の君は不可思議に首を傾げた。
そんなことをされたら、背中を痛める前に恥ずかしさで失神しかねない。
レイモンは慎重にゆっくりと、少し気乗りしないながらも彼女のいる場所まで登った。
やっと屋根の上にたどり着いたレイモンは、自然と空を眺めていた。
「うわぁ……綺麗だ……」
空は想像以上に星に満ち溢れていた。
空気が澄んでいるのか、基地では見られない天の川がくっきりと見える。
星の海という言葉があるが、この光景にその言葉が最も相応しいだろう。
それくらいに、見事な星空だった。
「今宵は霽月……夕方まで雨が降っておりましたら、空気がとても澄んでおります。
そのうえ雲1つない快晴で、何にも邪魔させずにこの空を堪能できます。
ここにきてもう何年になるかわかりませんが、私でもここまで奇麗な星空は滅多に見られませんよ?」
いつの間にか金の君は、レイモンの横で寝そべっていた。
白い綺麗な服が汚れるのも一切厭わずに。
それほどこの景色が素晴らしくて、感動しているらしい。
レイモンもそれを見て、彼女と一緒に横になってみた。
そしてしばらく、会話を交わさずに夜空に身を委ねた。
穏やかな沈黙を先に破ったのは、金の君だった。
「……以前、私が世俗を離れたとお話したのを覚えていらっしゃいますか?」
「え、あ、はい」
自己紹介の時に、確かそんなことを言っていた気がする。
その後に彼女がここに来た経緯など昔の話を聞いてみたことがあった。
しかし全部はぐらされてしまい、結局分からずじまいだったのだ。
「私が世俗を離れ、過去のことをお話しできないのは……
お話ししたくとも、それが叶わないからです」
レイモンは思わず横を向いた。
彼女は星を眺めたまま、とても悲しそうな顔をしていた。
届くことのない遠い故郷に思いを馳せるように。
レイモンが黙っていると、金の君は話を続けた。
「私は……何も覚えていないのです。
ここに来る以前、すべてのことを」
「え――」
言葉が、見つからなかった。
「自分がどこで生まれ、どこで育ったのか。
そして、どうしてここにたどり着いたのか……
自分のことなのに、一切分からないのです。
唯一覚えているのは、魔術の知識だけ……
後は、状況的に私が”禁忌の魔術”に手を出したことだけです」
「禁忌の、魔術……」
名前だけは聞いたことがある。
確かナタンがどこかで言っていたはず。
何らかの事情で使用が禁止されている魔術だ。
でもレイモンはそれ以上知らなかった。
「一般的な魔術は術者の血が必要となりますが、禁忌の魔術はそれだけでは済みません。
中には大量の人の命を糧とするもの、理性を破壊してしまうもの……
この世の理を外れた魔術であるほど、それに伴う対価は大きくなります。
あまりにも危険すぎるので、禁忌の魔術は危険視され使用を禁止されているのです」
金の君の目は星空が反射して輝いているのに、顔はどこか悲しげだった。
そのギャップがかえって、レイモンの胸を締め付けてきた。
だが金の君は構わず、話を止めようとはしなかった。
「死霊魔術は禁忌の魔術の一種です。
代償は術者の記憶……
高度なものであればある程、必要とする記憶の量が多くなります」
「そ、それってつまり……」
金の君は目を逸らさず、ゆっくりと頷いた。
「はい、あなたのご想像は正しいと思います。
私は高度な死霊魔術……おそらく、あの棺の男性を蘇らせようとしたのでしょう。
その代償として、全ての記憶を失いました」
「――」
レイモンは星を見る余裕をなくし、金の君をまじまじと眺めていた。
そんな彼女は、どこか虚空を見つめているような印象を受けた。




