81話 不思議な扉
金の君に助けられてから約1週間後、レイモンはやっと自力で立てるようになった。
まだ完全には治っていないので、動くたびに痛みが伴い大変だった。
でもベッドの中でずっと過ごしているよりはましだった。
それに歩くのは少々つらいができなくもない。
レイモンは、寝たきりの時に決めたことを行動に移すことにした。
「あの、助けていただいたお礼に何かお手伝いしましょうか?」
「……え?」
花の世話をしていた金の君は困惑していた。
そのまま彼女は唸りながら考え込んでしまい、逆になんだか申し訳なくなってしまった。
「ええと、その……お二人をお助けしたのは、私がしたくてやったことです。
あのまま放っておくわけにもいきませんでしたし、お礼なんて必要ありませんよ?」
「でも見ず知らずの僕達にここまで献身的になってくれると、なんだか申し訳なくて……
どんな些細な事でも構いません。
何か困っていることはありませんか?」
レイモンは半ばお願いする形で、金の君をまっすぐ見つめた。
ずっと動いていなかったせいで、レイモンの筋力がかなり落ちてしまっていた。
本当は今すぐトレーニングを再開したいが、まだそんなに激しいことはできない。
そのため家事などで体を動かし、僅かでも体力を戻したいというのもあった。
なるべく早く部隊に戻って、ヴェベールの手紙を皆に渡すために。
そのことを伝えると、金の君は少しだけ表情が緩んだ。
「そういうことでしたら……わかりました。
でしたら採取した薬草の仕分けをお願いしてもよろしいでしょうか?
見た目だけで判断していただいて構いませんので」
「……! はい、わかりました!」
レイモンは子供のように目を輝かせた。
金の君は一旦水やりを止め、レイモンの歩くペースに合わせて薬草が置いてある場所へ案内した。
その時彼女は、ふと思い出したように歩きながらレイモンの方を向いた。
「ところで、レイモンさん。
例のお手紙は読まれなくても良いのですか?」
「ん? ああ、えっと……」
あの時ヴェベールに託された手紙は、開封せずにずっと胸ポケットにしまっていた。
本当は何が書いてあるのか見たかったが、今開けては駄目だとなんとなく思ったからだ。
アデル宛の手紙は、絶対に手を出してはいけないだろう。
今の彼を救えるのは、この手紙だけなのだから。
封筒の中にあるのは2人だけの特別な何かであるのは確実で、それを覗き見るのは野暮というものだ。
部隊宛の手紙は別に見てもいいかもしれない。
でも、やっぱりみんなと一緒に見るべきな気がした。
これはレイモン個人に送られたものではないのだから。
仲間と一緒に読んで、その場で気持ちを分かち合うべきだろう。
それに――
「……僕はもう、貰うべきものは貰いましたから」
分かれるときに送り出してくれた感触と、最後の言葉。
それだけでレイモンには十分すぎた。
ただでも死んだヴェベールに会えた事自体、これ以上ない特権なのだから。
レイモンは涙ぐみながらも、嬉しそうに胸に手を当てた。
それを見た金の君は口角を緩ませ、手紙に関して触れることはしなくなった。
その日以降、レイモンは毎日彼女の頼みごとを聞くようになった。
最初の頃は腰を使わない作業ばかりだったが、日に日に掃除や整理整頓もお願いされるようになった。
一度大量にある花の水やりを代わろうかと思ったことがある。
しかしそれが金の君の趣味らしく、何かこだわりがあるようで一切譲ってくれなかった。
そのせいで、仕事を肩代わりしているのに金の君の方が忙しくしていた。
因みにセレストは、未だに昏睡状態だった。
歩けるようになった時真っ先に彼の見舞いに行ったが、特におかしなことはなかった。
傷は一切なく、胸につけられた傷はもう跡形もない状態だった。
まるでもとから無傷であったかのように。
でも彼は死人のように眠り続けていた。
金の君の推測では、精神的ダメージが大きすぎたのではないかとのことだ。
前にもそんなことがあったので、彼女の読みは正しいだろう。
(あと一歩で阻止できそうだったからなぁ……
一番あの兵器を危惧していたし、あの光景を見て僕よりもショックを受けたはず……
アデルみたいにならないといいけど)
レイモンはヴェベールの手紙をしまった胸ポケットに手を当てた。
彼が寝ている部屋は、レイモンが過ごしている部屋と大して差はない。
ここにも色とりどりの花が置かれ、まるで花園のように綺麗だ。
その光景はあまりにも幻想的で、どこか現実味がなかった。
ただ1つ、ポツンとある古い扉を除いて。
「……」
年季が入り過ぎて黒ずんだその扉は、禍々しいオーラを放っていた。
周囲の優しい雰囲気に一切馴染んでいないから、尚更だ。
以前気になって、奥に何があるのか金の君に聞いてみたことがあった。
その時、彼女は少々言葉を詰まらせていた。
「あそこですか?
そうですね……私の工房、と言えばいいのでしょうか。
色々と散らかっておりますし、触ると危険なものもあります。
あの部屋には立ち入らないようにお願いします」
「はぁ……」
一体なんの工房かも聞いてみたが、話を濁されてしまった。
結局彼女がその時話してくれた以上のことは、全く分からなかった。
(でもやっぱり気になる……
鍵もついてないし、ちょっとだけ覗くくらいならいいよな?)
色々考えているうちに、彼はいつの間にか扉の前に立っていた。
ここまで来てしまうと、もう自力で好奇心を押さえ込むことは難しい。
レイモンは意を決して、ドアノブに手を掛けた。
そしてゆっくりと音を立てないように、扉を引いた。




