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78話 同期達が負った傷

 ヴェベールにどう接すればいいのか分からなかった。

 彼はいつものように笑顔を振りまいてくれるが、何も話さない。

 それに体は淡い白い光に包まれていて、死霊魔術の事を知らずとも彼が生者ではないのは分かる。

 その事実が、レイモンにとってあまりにもショックだった。


「本当に……少佐、なんですか?」


「……」


 やはりヴェベールは何も言わない。

 死者との対話と金の君は言っていたから、てっきり会話ができるのかと思っていた。

 だが違うようだ。

 理由は不明だが、言葉を交わすことは出来ないらしい。

 でないとあの冗談が大好きなヴェベールが話さないことに説明がつかない。


(もしかして、僕の言葉も通じないのか?

 だとしたら、どうやって聞けばいいんだ……

 少佐に話したいことも山のようにあるのに……)


 レイモンは俯いてしまった。


 ……これが、ヴェベールとの最後。

 なのに、思うように話したりすることができない。

 それが一番辛かった。

 仲間の無事を確認するという当初の目的を忘れてしまうほど。

 それでも我慢できなくて、レイモンは胸の内を漏らした。


「……何で先に行っちゃうんですか?

 あなたがいないと部隊はどうなっちゃうんですか?

 どうして、少佐みたいに強い人が……弱い僕じゃなくて……」


「……」


 当然のように何も返ってこなかった。

 でも、顔を見なくても彼の心が困惑と悲しみが複雑に入り混じっているのがわかった。

 ヴェベールも、レイモンに言いたいことがあるのかもしれない。

 そう思うと、余計に胸が締め付けられた。




 気がつくと、足元に向いていたレイモンの視界にヴェベールの足が入ってきた。

 反射的に顔を上げると、そこには優しいいつもの笑顔。

 ヴェベールはそのまま、レイモンの腕を掴んだ。


「えっ、ちょっ、少佐――」


 ヴェベールはどこかに連れて行こうと彼を引っ張り始めた。

 彼の手は驚くほど冷たく、なのに心がポカポカする。

 レイモンが突然のことで呆気に取られていると、急に視界が白い光に包まれた。






 気がつくと、レイモンはヴェベールと一緒に見慣れた場所に立っていた。


「ここは……チュテレール軍の拠点?」


 周囲には、テントがいくつも張られている。

 兵士達は忙しそうに荷物を持って、色々な場所を行き来していた。

 どうやらテアトロからの撤収作業を行っているらしい。

 

「――うわっ!?」


 突然、背中を向けた兵士が目の前に現れた。

 しかし相手はレイモンの事に気にも止めず、そのまま前方に立ち去っていく。


 どうやらその兵士はレイモンの体をすり抜けたらしい。

 しかも彼の存在に一切気が付かずだ。

 

「そっか……僕はいま幽霊になっているんだ」


 せっかく皆のいる場所に来れたのに、自分の存在に気付いてくれないなんて。

 すごく寂しかったが、皆の無事を確認できれば御の字だとなんとか自分に言い聞かせた。

 そうしていると、ヴェベールが再びレイモンの腕を引っ張り出した。


「えっ、どこに行くんですか!?」


 ヴェベールは一切振り返ることなく、レイモンを奥のテントの裏まで連れて行った。

 そんな彼の様子は、まるで遊びに出掛けている子供のようにどこか楽しそうにも見えた。

 

 ……そうだ、ヴェベールはそういう人だった。

 例え自分が死んで落ち込んでいたとしても、なるべく明るく振る舞って隠してしまう。

 そうやって部下や仲間を元気づけたり、暗い空気を一気に吹き飛ばしてしまうのだ。

 レイモンは彼の配慮に答えるように、ぎこちない笑顔を無理やり作った。




 連れてこられた場所には、レイモンがよく知る青年が隅に体育座りで蹲っていた。

 その人物からはいつもの明るさは一切なく、何度もため息を漏らしていた。


「……ナタン?」


 レイモンがそう呟くと、ヴェベールは彼から手を離した。

 ナタンは頭に包帯を巻き、右目がすっぽりと隠れている。

 レイモンは彼は生き延びたが、それが運によるものだということをなんとなく察した。


 無意識にレイモンはナタンに歩み寄ろうとした。

 その時、背後から聞き覚えのある声が飛んできた。


「ナタン、やっと見つけたわ。

 こんなところにいたのね」


 レイモンが足を止めて振り向くと、そこにはジャッドとヴェロニックがいた。

 なのに、全然安堵できない。

 ジャッドは大したけがはないようだが、明らかに元気がない。

 ヴェロニックに至っては、左腕がなく袖が虚しくだらんと垂れている。

 それだけで、レイモンを絶句させるには十分すぎた。


「……なんだ君達か。

 てっきり上官に見つかって怒られるかと思ったよ、あはは……」


 ナタンはわざとらしいから笑いを見せた。

 直後またため息を漏らして、下を向いてしまった。



 ジャッドはレイモンの体をすり抜けて、ナタンの隣に立った。

 そしてその場に腰を下ろし、彼と同じポーズで蹲る。

 ヴェロニックもそれ続いて、ジャッドの隣にゆっくりと座った。


「……らしくない、サボりなんて。

 いつも率先して作業しているのに」


 ヴェロニックがナタンの方を向くと、彼は顔を曲げている膝の中に隠してしまった。

 しばらくナタンは黙り込んでいたかと思うと、消えそうな声でぼそぼそと話し始める。


「…………僕さ、兵士をやめようと思う」


 突然の告白に、ジャッドとヴェロニックは目を見開いた。

 レイモンも思わず、声が出そうになった。

 それでもナタンは弱弱しく続ける。


「……元々僕が兵士になったのって、家の借金を返すためなんだ。

 本当は父さんの家業を継いで、魔導書の職人になりたい。

 それを我慢して、ここまで来たんだ」


 ナタンは少しだけ顔を上げた。

 その目には、明らかに疲労がたまっていて周りが少し黒くなっている。


「でもさ……僕、兵士としての才能がなかったんだ。

 皆が頑張っている時に一人で反吐吐いて、最後は上司を置いて逃げて……

 はぁ……よく考えれば、軍人以外でも十分稼げる仕事はあるのにさ。

 なんで僕兵士なんかになろうって思ったんだろう?」


「ナタン……」


 こんなに弱り切ったナタンを見たのは初めてだ。

 いつも弱音なんか吐かない彼が、こうもネガティブなことを言うなんて。

 部隊に戻れた時、どんな言葉を掛けてあげるべきだろう?

 レイモンは自然にそう考えてしまった。


「……私も似たようなことを考えていたわ」


「……え?」


 ナタンはジャッドの方を振り向いた。


「今回の戦いで、王族が戦争に参加することの重大さを初めて実感したわ。

 助けを求める仲間に手を差し伸べたいのに、それが許されない。

 私が死ぬということは、国として大きな損失になる。

 だからどんなに足枷になったとしても、私は生き残らないといけない。

 ……そこまでして、私に戦う理由なんてあるのかしら?」


 ジャッドは静かに、涙をこぼし始めた。

 それを見たナタンはしばらく驚いていたが、やがてまた俯いてしまった。

 ヴェロニックは何も話さないものの、何か思うところがあるようで明らかに落ち込んでいた。

 

 

 生き残るって本来はとても恵まれたことのはずだ。

 特に、今回のような厳しい戦いにおいては。

 なのに、誰も幸せそうに見えない。

 その事実を、レイモンはなかなか受け入れられずに首を横に振り続けることしかできなかった。




 そんな時、遠くから足音がこちらに近づいてきた。


「……情けない奴らめ。

 そんな()()()()()でくよくよしてどうする?」


 また聞いたことがある声だ。

 レイモンは藁にもすがる思いで、声の主の方に顔を向けた。

 しかしすぐに、それを後悔してしまった。




 そこにいたのは、変わり果てたアデルだった。

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