77話 死霊魔術
金の君はレイモンがいる部屋に色々なものを持ってきた。
香炉やインク瓶、魔術の専門書、薬草かハーブのような植物……
明らかに何らかの儀式を行いそうな道具ばかりだ。
金の君は慣れた手つきで準備を進める中、不安でそわそわしているレイモンに説明を始めた。
「これから私が扱うのは、”死霊魔術”と呼ばれる魔術です。
どこかでお聞きになられたことは?」
「……ないです」
魔術の基礎は、軍学校で一通り習ってはいる。
それにナタンからも、雑談を交えながらある程度の知識を教えてもらったことがある。
でも、死霊魔術なんて聞いたことがない。
名前からして死者の霊関連なのはわかるが、具体的にどんなものなのか想像もつかない。
「死霊魔術は、この世に彷徨う死者の魂を扱う魔術全般を指します。
死者との交流もできますし、場合によっては物に魂を憑かせたりすることも可能です。
……それなりの対価を払えばの話ではありますが」
「だから危険が伴うんですね?」
金の君は少しの沈黙の後、「いいえ」と小さく否定した。
レイモンが予想外の反応にきょとんとしていると、その間に彼女は小さな判子のようなものを手に取った。
そこには、複雑な魔方陣のようなものが刻まれている。
「これから行うのは、”死者との対話”です。
あなたがいた戦場で戦死した者を呼び、あなたの魂と引き合わせます。
この対話自体には大した対価を必要としません。
ただ……」
金の君は作業を止めて、再び黙り込んでしまった。
よく見ると彼女は、少し悲しそうな顔をしている。
いや、心配といった方が正しいかもしれない。
彼女が口を開いたのは、少し時間がたった後だった。
「……死者と対面するには、あなたを一度仮死状態にさせなければいけません。
生者は本来死者と関わることができない以上、死に少しでも近づかないといけないので。
それに呼ぶ魂は選ぶことができません。
もしかすると敵側の魂でしたり、生者を憎む者の可能性もあります。
最悪、あの世に引きずり込まれることもあるかもしれないのです」
「つまり死ぬかもしれない、ということですか?」
「…………できる限り善処いたしますが」
一瞬だけ、怖くなった。
そこまでのリスクを冒して、仲間の安否を確認するべきなのか?
そう考えると、今でもやめたいといった方がいい気がした。
でも、これ以上は心が限界だった。
このままでは、生きた屍のようになってしまう気がしてならない。
高い確率で心が死ぬ方を選ぶか、一定の可能性で肉体が死ぬのを選ぶか……
そう思うと、一気に迷いが消えた。
金の君は判子にインクつけ、それをレイモンの額に押した。
そして香炉を炊き始め、薬草で作られた黒い薬を差し出した。
「これを飲むと一時的に仮死状態となります。
その後、魔方陣を起動させて魔術を発動いたします。
今ならまだやめることはできますが、いかがいたしますか?」
「……」
レイモンは自分の覚悟をもう一度確認した。
何度も後悔はないことを確認した後、差し出された薬を受け取った。
そして一気にそれを飲み込んだ。
「ーーおえっ!? まず…………っ?」
直後、急に眠気に襲われた。
最初は我慢できるほどだったが、次第に強くなり思考も鈍くなっていく。
体もどんどん冷たくなっていき、なんだか気持ちよくなってきた。
レイモンは抵抗することもなく、そのまま意識を手放そうとした。
「大丈夫…………そのまま…………して……
……対に、あなたを…………ますから…………」
レイモンは金の君の言葉を子守歌にして、深い眠りについた。
***
気が付くと、レイモンは真っ黒な空間に放り出されていた。
天井も床もない、何もない場所で彼は横たわっていた。
頭に少し靄がかかったような感じがして居心地が悪い。
(ここ……どこだ?
確か薬を飲んでそのまま寝ちゃって……
ってことは、死後の世界?)
レイモンが自分でも驚くほど冷静だった。
自分が仮死状態だというのに、全く怖くない。
レイモンはそのまま、起き上がってみることにした。
(体が、軽すぎる……
背中の痛みもない。
本当に今の僕は、魂だけの状態なんだ……)
重力を感じないのに、足が地面についている感覚がする。
それがすごく違和感で、自分が立っているのか浮いているのか分からなくなるほどだ。
でもそれは慣れないといけないと本能的に感じ、体に刻まれた感覚で何とか立ってみた。
周囲を見渡してみると、本当に何もない場所だった。
人も物も、光すらない。
なのに、自分の体はよく見える。
自分が知っている常識が通用しない、不可思議な場所ということだけは理解できた。
(死者と対面させるって言っていたけど、相手はどこにいるんだ?)
レイモンは何の当てもなく、ただ前へとゆっくり歩み始めた。
どれくらい歩いたころだろうか?
前方に、何か白いものが見えてきた。
いったい何なのかと近づきながら目を凝らしてみると、それは人影のようだった。
(もしかして、あれが死者の魂?)
いったい誰なのだろう?
遠すぎて、まだ誰なのか判別ができない。
そもそもチュテレール側の人なのかも怪しい。
そんなことを考えていると、金の君の忠告が頭の中をよぎった。
(『あの世に引きずり込まれることもあるかもしれない』か……)
でもここまで来てしまった以上、ためらっても意味がない。
レイモンは恐る恐る、音をたてないように相手に近づき始めた。
……服はチュテレール軍の軍服だ。
デザインからして、佐官以上の指揮官の男のようだ。
ひとまず、敵国の人間ではないことにレイモンはほっとした。
そしてそのまま、歩を速めてさらに近づく。
しかし、途中で足を止めてしまった。
相手の男は、こちらに背を向けた状態で立っている。
でも見慣れた茶色の髪、背格好……
それを認識した瞬間、レイモンは彼が誰であるのかを察してしまったのだ。
「…………少佐?」
レイモンが声を震わせながら名前をつぶやくと、相手はゆっくりと振り返った。
――間違いない。
いつもの気さくで無邪気な笑顔を振りまいてくれる、第14部隊のトップ。
ジャン・ヴェベール少佐だった。




