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75話 とても温かい場所

 ――ほのかに漂う、落ち着くような花の香り。

 レイモンが最初に気づいたのはそれだった。

 

 どこか懐かしいようで、嗅いだことのない不思議な感じがする。

 まるで記憶にない故郷に帰ったかのような。

 まだぼやけている意識をゆっくりと手繰り寄せながら、レイモンは瞼をそっと開けた。




 最初に目に入ったのは、見慣れない天井だ。

 ただの木の板でできているのに、なんだか妙に奇麗に感じる。

 なんとなく横を向いてみると、周りには鉢植えに植えられた花が咲いている。

 まるで春を思わせるように色とりどりと咲き乱れていて、すごく美しい。

 たぶん香りのもとは、これだろう。



 ただぼうっとそのまま眺めていると、自分がベッドに寝ていることに気づいた。

 あまりにもふかふかで気持ちよく、逆に眠くなってしまうほどだ。

 だが寝る前にやるべきとこがあると感じ、必死に睡魔と格闘した。

 そしてまだ靄がかった記憶を何とか掘り起こし、自分がどうしてここにいるのかをレイモンは考えた。


(あれ、えっと……確か僕って……

 戦争中、川に落とされて……必死に泳いでセレストを引き上げて……

 そっから……力尽きて……)


 そこで一気に頭が目覚めた。



 レイモンが最後に見たのは、意識のないセレストと金髪の女性。

 意識が朦朧としていたから幻覚だったのかもしれないが、その女性に助けられたのは確かだ。

 でないと今自分が見知らぬ家にいる理由が説明できない。


「セレストは――うっ!?」


 反射的に起き上がろうとした時、背中に激痛が走った。

 よく見ると自分の体に包帯が巻かれていて、背中には湿った何かの感触がある。

 多分、薬草の成分をしみこませたタオルだろう。


(そうだった……

 高いところから落ちたせいで、背中打ったんだった……)


 でもそれよりもセレストの方が心配だ。

 彼はもろに斬撃を食らったせいで、重傷を負っているはず。

 今彼はどうしているのか?

 それが気になって無理やり上半身に力を入れ続けた。




 その時、部屋のドアがギィっと音を立てて開いた。

 そして、見知らぬ女性が入ってきた。


「目が覚めたんですね」


 女性は優しく包み込むような声でレイモンに声をかけた。

 


 ミディアムヘアのさらさらとした金髪に、宝石のような黄緑色の瞳。

 顔立ちはすごく整っていて、喪服のようなデザインの白い服を纏っている。

 あまりにも美しすぎて、現実の女性なのか分からなくなるほどだ。

 レイモンは思わず、彼女を凝視してしまった。


「ご安心ください、仲間の方は隣の部屋で休まれています。

 私は医者ではありませんのであくまでも憶測になりますが、あなたの背骨に損傷があるかもしれません。

 幸い軽微のようですが、あまり動かれると一生体が動けなくなる可能性があります。

 しばらく安静にしていてください」


 女性はレイモンをそっと寝かしつけると、ベットの隅に腰を下ろした。

 そして持ってきた湯たんぽを隣に置くと、呆気に取られているレイモンの額に手を添えた。

 そして彼の様子を確認するように、顔を近づける。

 あまりにも近すぎて、彼女の息がかかってしまうほどだ。

 レイモンは思わず肩を跳ねらせ、顔を真っ赤にした。


「……まだ体が冷たいですね。

 ちょうど温かいスープを煮込んでおりますので、後でお持ちしますね。

 足元のお布団を少し下げてもよろしいでしょうか?」


「へっ? あ、はい!

 助けてくれてありがとうございますっ!」


 彼女はかすかに微笑むと、そっとレイモンの足元の掛布団をめくった。

 どうやらレイモンの体を湯たんぽで温めていたようだ。

 女性はそれらを持ってきた新しいものに変えると、そっと布団を元に戻してくれた。

 レイモンはただ、緊張でただ自分の鼓動を聞いていることしかできなかった。




 その後女性は一旦部屋を出た後、お盆を持って来てさっきの場所に座った。

 さっき言っていたスープを持ってきてくれたのだ。

 コンソメ味の素朴なものだったが、ショウガが入っているらしくすごく体が温まる。

 しかも具材はホロホロになるまで煮込んであったため、すごく食べやすかった。


 ……最も、起き上がれないせいで彼女に食事を手伝ってもらう羽目になったが。


「どうかされましたか? 少々顔が火照っているようですが……」


「い、いえ! 何でもないです!」


 レイモンの不器用な反応に、女性は首を傾げた。

 しかしすぐ皿からスプーンでスープを掬い、少し息を吹きかけて冷ました。

 それをそのままレイモンの口元に運び、そっと口に流し入れる。


(――女性にこんなことをされて照れる男なんていないでしょ!?

 この人って天然なの!?)


 レイモンは出かかった言葉と一緒に、少し甘くてしょっぱいスープを飲み込んだ。



 レイモンは女性に悟られないように、静かに深呼吸をした。

 そしてぐちゃぐちゃになった頭の中を整理し、気を紛らわすように質問を投げかけた。


「そ、そういえばここはどこなんですか?」


「チュテレール王国の外れの山です」


 女性はスープを運ぶ手を止めずに、淡々と答えた。

 再びそれが口元に持ってこられた時、レイモンはまた動揺してしまった。

 だが気にも留めずに、彼女は続ける。


「ここには私以外、誰もおりません。

 私は色々とありまして、世俗から身を置いていますので。

 申し上げにくいのですが、近くの村まで歩くと数日かかります」


 彼女が言うには、戦地だったテアトロからはかなり離れているらしい。

 気を失っていたのはわずか一日足らずのようだが、現地に戻るのは無理だろう。

 ただでも背骨を負傷している可能性があるのだから、短くて1か月はここから動けない。

 下手に動いたら、彼女の言う通り一生動けない体になってしまう。


「じゃあ仲間に無事を伝えるのも……」


「残念ながら、厳しいでしょう」


 女性は丁寧な言葉遣いとは裏腹に、きっぱりと否定した。


 記憶では、グエッラの新兵器が使われて軍が壊滅していたはずだ。

 同期のみんなやヴェベールなどの指揮官の安否も気になる。

 みんな、無事だろうか……?



 皿が空になると、女性はお盆をもって立ち上がった。

 すると彼女はおもむろに、少しだけ挨拶をするように頭を下げた。


「自己紹介をしておりませんでしたね。

 私は、知人から”金の君”と呼ばれている者です」


「え……?」


 すごく仰々しい名前だ。

 明らかに本名ではない。

 レイモンが眉を寄せると、金の君は申し訳ないように目を逸らした。


「本当の名前を名乗れず、申し訳ございません。

 世俗を離れる際に、名前を捨ててしまったのです。

 今の私には、あなた方のような名前は意味を成しません」


「そう、ですか……」


 なんかしっくりこないが、悪気がないのはなんとなく分かった。

 多分彼女の何らかのこだわりなのだろう。

 そう自分に言い聞かせ、レイモンは無理やり納得した。


「あ! えっと僕はレイモン・パイエット。

 チュテレールの兵士です」


「そうですか。

 それでは体に障りますので少しお休みください、レイモンさん。

 何か必要なことがございましたら、何なりとお呼びくださいね」


 そう言って彼女は膝を軽く曲げてお辞儀をした。

 そしてくるっと後ろを向き、部屋を後にしようとする。


「――そうだ! セレスト……仲間の容体はどうですか!?

 彼、大怪我をしていたはずなんですけど!」


「……怪我、ですか?」


 金の君は不可思議そうに首を傾げた。

 しかしすぐに何か思い至ったようで、「あぁ」と言いながら少しだけ微笑んだ。

 その様子にレイモンは少し引っ掛かりを覚えたが、あまり気に留めなかった。


「彼は無事です、傷も私が治療しておきましたので。

 そのうち目も覚ますと思います、ご安心ください」


 そう言って彼女は静かに部屋を去った。

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