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74話 殺せ

 ジャッドは双眼鏡を覗いたまま固まっていた。

 彼女が無意識に放った言葉から察するに、アデルが生きて帰ってきた様子。

 だがそれはただの生還ではないようだ。


「どうしたの? ヴァルキュリャさん。

 アデルはどんな様子なんだ?」


「――」


 ナタンの問いかけにジャッドは反応しなかった。

 あまりにも衝撃的過ぎて、少しも動けないらしい。

 彼女の体は強張っていて、震えてすらいなかった。

 その場にいた者たちは、アデルがこちらに来るのをただひたすら待つしかなかった。




 やがて、ナタンが目視できるほどにまでアデルが近づいてきた。

 その彼の姿を確認した瞬間、彼もジャッドと同様に言葉を失った。



 彼は全身赤黒くなっていた。

 それは傷によるものではない。

 全て、乾燥した返り血のようだった。


 一体アデルが何を見て、何を経験したのか想像に難くなかった。

 すべては彼が両手で担いでいる、一人の兵士の亡骸が物語っている。

 その死人の名前は――


「ヴェ、ベール……少佐…………」


 ナタンは消えそうな声で、そう呟いた。



 アデルはゆっくりとこちらに近づいた。

 そして周囲の視線を気にすることなく、兵士達の間を抜けていく。

 彼らは静かに、アデルに道を譲っていた。

 そして泣くことも声を上げることなく、ただ下を向いて胸に手を当てる。

 そうして皆死者に敬意を表していた。



 ヴェベールの体はとても綺麗だった。

 それだけで、あの兵器の攻撃に巻き込まれたのを理解した。

 アデルはその後、敵に指一本触れさせまいと死守したのだろう。


 一体アデルは、何人の敵兵を切り伏せたのだろうか?

 恐らく、本人にも分からないだろう。

 彼はただ真顔で、目を見開きながらジャッド達の方に近づいていく。

 対してヴェベールの死に顔は、とても安らかなものだった。




 アデルはジャッドの前にたどり着いた。

 そうしてしばらく、無言で見つめあった。

 しかしやがて、アデルは亡骸をそっと丁寧に地面に置く。

 そしてヴェベールの両手を胸に添え、安らかな眠りを与えるように体勢を整えてあげた。


「アデル……その――」


「体洗ってくる」


 ジャッドが言葉をかける前に、アデルはそそくさとその場を離れてしまった。

 その時、彼の肩がジャッドの肩にぶつかった。

 衝撃でジャッドは少し仰け反ったが、アデルは気づいていない。

 そのまま近くの池へと速足で向かって行った。


 ナタンが見かねてアデルを追いかけようとしたが、ジャッドに引き留められた。

 振り返ると、彼女はただ首を小さく横に振る。

 「今は一人にしてあげて」と、そう言いたいらしい。

 ナタンはただ、俯くしかなかった。




 残されたのは、ヴェベールの亡骸だけ。

 ジャッド達と周りの兵士は、ただ彼を見つめるしかなかった。

 もちろんその中には、第14部隊の生存者が全員居合わせていた。

 彼らはその場で、黙礼する以外にできることはなかった。




***




 池に着いたアデルは、無造作に脱いだ軍服を放り投げた。

 そして下着も全部脱ぎ捨て、ゆっくりと池の中に入る。

 真冬のせいで水はかなり冷たかったが、アデルは一切気にしなかった。


 そのまま彼は、全身についた血を必死に落とし始めた。

 完全にもう乾いて張り付いているせいで、かなり大変だった。

 特に髪の毛は既に塊のようになってしまい、池に何度も潜っては息継ぎを繰り返さないといけない始末。

 そうしてやっと全部落ちても、匂いはなかなか取れなかった。



 その間も、ヴェベールの死に顔と無邪気な顔が交互に浮かび上がった。

 その度に頭痛と胸の激痛に苛まれ、思わず蹲る。

 直後頭を強く振って体を洗うのを再開するも、再び痛みに襲われた。


「ぐ……ぅっ…………」


 とうとう耐えられなくなり、胸を掴みながら頭を抱えた。

 これ以上は、無理だ。

 何とか……何とかこれを抑え込まないと。

 さもないと、自分が壊れる。


「殺せ殺せ殺せ殺せ……」


 敵を殺せ。

 仇を殺せ。

 自我を殺せ。

 心を……殺せ。


 アデルはしばらく、1つの単語をただ繰り返していた。

 すると少しずつ、痛みが引いていった。

 同時にトラウマになりそうなヴェベールの顔も脳裏にちらつかなくなる。




 こうしてアデルは、心の傷を乗り越えた。

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