6話 剣聖の息子
試験開始のドラが鳴り響くと、アデルは全速力で特別チームへ一直線に向かった。
「――はっや!!」
もし反射的にレイモンが本気で駆けださなければ、今頃彼を見失っていただろう。
それほどのスピードで仲間のことを一切考えずに、ただ突っ走っている。
「……ウチは別ルートで行く」
「え?」
ふとヴェロニックの声が聞こえたかと思うと、彼女の姿はなくなっていた。
さっきまで近くにいた気配や痕跡すら全くない。
レイモンは状況を把握するだけでも手一杯になっていた。
(いや、何も考えるな!
今はあの爆速アデルに全力でついていかないと!)
レイモンは頭を空っぽにして、豆粒サイズになろうとしているアデルの姿を必死に追いかけた。
道中、普通の学生チームの本陣があった。
遠くからアデルが迫っているのを目視するや否や、全員で臨戦態勢を取っていた。
「邪魔だ!どけぇ!!」
アデルの怒号が飛んだかと思うと、刀を構えてそのまま突進した。
「おいおい、ウソだろ!
と、止まれ!――うわぁぁぁぁ!!」
相手が戸惑う中アデルは爆速で駆け抜け、目にもとまらぬ速さでその場にいた五人全員を一瞬で吹き飛ばしてしまった。
この試験で使う武器や銃弾は、安全のため試験用の殺傷性のないものを使わないといけない。
その代わり武器が相手に触れると、特殊な黒いインクが付くようになっている。
インクが付いた学生は戦死したとみなされ、以降の戦闘はできなくなる。
餌食となった学生は全員、胴体にべっとりとインクが付着している。
僅か開始五分でこのチームは全滅した。
それも、一瞬で。
アデルは敗者に構うことなく、そのままの勢いで去っていった。
息を切らしてその場についたレイモンが見渡すと、皆災害にあったかのように絶望した顔をしていた。
「いてて……畜生!少しは手加減してくれよ!
痣ができたじゃないか!」
首領と思わしき学生は、唾を吐き捨てながら悪態をついている。
流石にレイモンも同情せざるを得なかった。
ただ後ろで見ていただけでも、血の気が引いてしまう程アデルの一撃は恐ろしかった。
「ぜぇ……ぜぇ……コレ、もらっていきますね」
「ちっ!勝手にしろ!」
レイモンは相手の鉢巻を一応回収し、そのままアデルを追った。
その後もアデルは道中邪魔なチームを蹴散らしながら、ただひたすら前を走った。
彼を追いかけるのは、毎日のグランドの周回よりもきつい。
へとへとになりながらも全速力でいかないと、姿を見失いそうだ。
加えてアデルが去った後のチームの首領から鉢巻を回収しているから、尚更大変だった。
そんな中耳元のイヤリングから、本陣の会話が聞こえてきた。
『ジャッドさん、アデルやりすぎじゃ……』
『仕方ないわ、あの状態じゃ止めるのも一苦労よ。
でも、彼が暴れた方が都合のいいこともあるわ』
『え?それってどういう?』
ナタンが不思議そうに尋ねると、ジャッドは小さくため息をついた。
『あんな狂戦士のいるチームを狙いたいと思う?』
『……ああ、そゆこと』
ナタンの納得の声の後に、セレストが続いた。
『俺なら絶対嫌だなぁ。
王女様を襲う前に、チビが猛スピードで駆けつけて返り討ちにあいそうだもんなぁ。
それだったら、他の身の丈に合うチームを落とした方が絶対に楽だわ』
『セレスト、貴様!俺のことをチビと言ったか!
後で覚えてろ!!』
突然アデルの大きな声が聞こえて、鼓膜が破れそうだった。
どうやら本陣はアデルのおかげで平和みたいだ。
……少なくとも今は。
やがて、特別チームの本拠地が見え始めた。
事前の情報によると、チームを構成するのは合わせて四人。
軍学校の体術の教師と魔術の教師、剣聖の弟子、そして引退した指揮官だ。
誰もがチュテレールの軍の中でも引けを取らないほどの実力者。
特に首領である指揮官は、現役の頃は何度も勝利に導いた誰もが知る偉大な人物だ。
「ホッホ、こちらに向かってきよる赤髪の子はドラクロワ君の子供じゃな?
可哀想に、後ろにいる子なんざ追いかけるので体力使い切っとるわい」
首領のシュヴァリエ伯爵は、突進してくるアデルとヘロヘロのレイモンを満足そうに眺めている。
「ジェラール君、レニエ君。
君達はあの子たちの首領のところに行きなさい」
「しかし伯爵殿、我々は向こうから攻撃された場合のみ攻めるルールじゃ――」
筋肉自慢のジェラールが言い終わらないうちに、アデルはシュヴァリエめがけて飛んできた。
彼の刀が振り下ろされる直前、同じ刀を持つヴェベールが間に入り全力で受け止めた。
二人の刃からは、ジリジリという音と共に火花が散っている。
「ほれ、これでもルール違反かの?」
「……はぁ、めんど」
レニエが悪態をついた後、二人の教師は走ってジャッドの方向へと向かった。
だが、ここまでは想定内だ。
「アデル、久しぶりだな!
相変わらず血気盛んで何よりだ!」
「黙れ、ヴェル兄!大人しく斬られろ!」
アデルは今日初めて攻撃を防がれたことに憤慨していた。
相手は彼の父の弟子なのだから、仕方ないだろう。
アデルが仕方なく一瞬距離を取ると、一気に再び距離を詰め数多の斬撃を一気に繰り出し始めた。
だが、ヴェベールは顔色を一切変えず全ての攻撃を捌ききっている。
「ヴェベール、そやつだけに集中するんじゃ」
「了解、もう一人の子はどうする気ですか?」
「あの顔色を見てみろ。
息を整えさせる時間くらいは与えてやらんと」
ヴェベールがアデルの相手をしながら彼の後ろを確認すると、顔を真っ白にしたレイモンがいた。
汗が滝のように出ていて、肩で息をするのもつらいといった状態だ。
流石に今の彼に戦わせるのは良心が痛んでしまいそうなほどに。
「レイモン、なんだその醜態は!
敵に情けを掛けられるとは言語道断だぞ!」
「ぜぇ……ぜぇ……う、うるしぇえ……ぜぇ……」
シュヴァリエはやれやれといった様子を見せた。
「おいおい!余裕だなぁ!
オレに攻撃一ミリも掠ってないのに、仲間に活を入れるなんて!」
「ちっ!先にその口を閉じてやる!!」
アデルが顔を真っ赤にしたその時、ヴェベールは僅かな隙をつき刃先を彼の眉間に定めた。
アデルは咄嗟に避けたが、頬に少しだけインクが付着した。
そして直後、今度はヴェベールがアデルに猛攻を仕掛け始める。
「ははっ!やっぱりすごいなお前は!
怒りで我を忘れているのかと思いきや、冷静さは欠けていない。
だけど感情のままぶつけてくるから、一撃がかなり重い!
流石先生の息子だよ!」
楽しそうにしているヴェベールに対して、アデルは手玉にとられていてかなり不機嫌だ。
レイモンは息を整えながらも、そんな常人離れした二人の戦いに見入ってしまっていた。




