73話 生き残り
「…………ん」
ジャッドが目覚めたのは、ナタンとヴェロニックが合流してから1日後だった。
あれから間もなくナタン達はチュテレール本陣との合流に成功した。
そして、エーベル総司令官の指示のもと医療テントに運ばれた。
その際ジャッドに手厚い措置が施され、残りの二人も麻酔なしの治療を受けた。
かなりの苦痛を伴ったが、何とかナタンとヴェロニックは命に別状はない。
彼らはすべてが済んだあと、目覚めぬ王女にずっと付きっきりだった。
ジャッドがうっすら目を開けると、ナタンがすぐに反応した。
「良かった、起きたんだね!」
「うっ……ここは、チュテレールのテント……?
本陣に合流できたのね?
良かった……ごめんなさいナタン、あなたにはかなり迷惑を――」
彼女がナタンの顔を見た瞬間、言いかけた言葉が全部飛んでしまった。
彼はいつもの気さくな笑顔だ。
だが右目が包帯で巻かれており、少しだけ血が滲んでいる。
隣にいるヴェロニックに関しては、左手がない。
ジャッドは無意識に起き上がろうとした。
でもその際猛烈な頭痛に襲われ、思わず顔を歪ませながら頭を抱えた。
「……軽い脳震盪を起こしてた。
寝てないと駄目」
ヴェロニックに賛同するように、ナタンはジャッドの肩を掴んだ。
そして促されるようにジャッドはベッドに横になり、強い罪悪感に押しつぶされそうになる。
「……それ、治るの?」
「……」
ナタンは静かに首を横に振った。
テントの外からは何も聞こえない。
むしろ、すごく嫌な空気が漂っている気がする。
まるで布一枚超えた先で葬式が行われているような、そんな感じだ。
「……戦いは、終わったの?」
「何とかね」
ジャッドの質問に、ナタンはため息混じりに答えた。
「被害は?」
「……軍の7割が壊滅してる。
そのうち3割は突撃と撤退時にやられて、残りの4割は……」
そこまで言うとヴェロニックは言い淀んでしまった。
だが、その先に言おうとしたことはなんとなくわかる。
4割は――新兵器の攻撃によるものだろう。
しかも一瞬で。
あの攻撃は夢だったのではないかと今でも疑いたくなる。
でも確実なのは、チュテレールが圧倒的な惨敗を喫したことだ。
ここまでの被害であれば、軍の再編もせざるを得ない。
それ以前に、しばらくまともに戦えないまでもある。
「第14部隊は……その……特に被害が大きいよ。
生き残ったのは30人くらい……
約9割が、帰還していない。
特に調査チームの生存者は……僕とヴェロニックだけだよ」
「――」
考えてみればおかしなことではない。
何せ第14部隊は最前線で戦っていたのだ。
むしろここまで生き残ったことに希望を見出すべきかもしれない。
そう、無理やり考えることにした。
「ヴェベール少佐は……どうしているの?」
「……」
ナタンはしばらく沈黙した。
その代わりに、ヴェロニックが重たい口調で教えてくれた。
「…………行方不明。
アデル、セレスト……レイモンも一緒」
彼女の話では、4人とも拠点に戻ってきていないらしい。
それに生き残った人達に聞き込みをしても、新兵器PLUTOが撃たれた後の目撃情報が上がってこなかった。
唯一見つかったのは、ヴェロニックが逃げるときにたまたま拾った金色の刀だけだった。
「それって、セレストの……」
ジャッドの呟きに、ヴェロニックは頷いた。
「敵陣の真ん中で見つけた。
でも、彼の姿はどこにもなかった。
正直、生死は分からない」
ジャッドとナタンは俯くしかなかった。
はっきり言って、あの状況なら皆死んでいてもおかしくない。
でも絶対に生きているという根拠のない確信があった。
いや、強い願望という方が近い。
とにかく、最悪な状況の中彼らの無事を祈るしかなかった。
因みに、オランドは見つかったらしい。
兵士達が拠点で休んでいる最中に、彼を乗せた愛馬が突然満身創痍で現れたそうだ。
だがオランドはボロボロで、意識がなくぐったりとしていた。
彼は咄嗟に仲間に馬から降ろされ、治療を受けた。
その甲斐あってか、今だに目覚めはしないが命はかろうじて繋いでいるとのこと。
その代わり、彼の愛馬は主人が運ばれた直後に倒れて事切れたようだ。
「そう……なのね…………」
彼が生きていることに安堵したのは確かだ。
でもそこまで身を張って逃がしてくれたことに、ジャッドは胸を締め付けられた。
まさか、王女という立場がここまで足かせになるとは思ってもいなかった。
ジャッドは自分の地位を呪う以外にどうしようもなかった。
しばらくして、ジャッドの体調は少し回復した。
他人の力を借りれば、ゆっくりと歩けるほどに。
怪我をした仲間の手を借りるのは気が引けたが、どうしてもテントの外に行きたかったのだ。
生き残った者として、今の状況を目に焼き付けないといけないと思ったからだ。
「……そこまで言うなら、引き留めないよ。
僕に寄りかかって、ジャッドさん」
そう言ってナタンは肩を差し出し、ジャッドを外に連れ出した。
外は、やはり静かだった。
兵士達はいる。
でも、何も話していない。
黙々と仕事をしているか、どこかを眺めている。
皆、例外なく俯いていた。
しかも暗い顔で。
これは葬式という例えでは足りない。
まるで……死者の集会だ。
「……」
ジャッドは何も言えなかった。
傍にいたナタンとヴェロニックも同じだ。
五感で、この戦いがいかに悲惨だったのかが伝わる。
それだけでもう、彼らの気持ちを沈めるには十分すぎた。
ふと、遠くにいた兵士達が騒ぎ出した。
何事かと気になり、ジャッド達はその集団に近づく。
そしてジャッドは近くにいた人に声を掛けた。
「どうかしたの?」
「ジ、ジャ――ヴァルキュリャ様!
それが、遠くから一人の兵が近づいているとの話でして」
「えっ!? 敵が来たの!?」
「いえ、服装からしてチュテレール兵のようです。
ですが、その……様子が変でして……」
その兵士はジャッドに双眼鏡を手渡した。
彼女は生唾を飲みながら、恐る恐る指し示された方向に向けた。
そして双眼鏡を覗き込むと、そこにあったのは信じられない光景だった。
「アデ……ル……?」




