70話 撤退
「――」
調査チームのリーダーとナタンは絶句していた。
2人は戦地から少し離れた森の中にいたため、PLUTOの光線を浴びることはなかった。
だが、その場所からは戦場がよく見える。
黒い光の餌食となった兵士は、誰もがピクリとも動かない。
それを見た仲間は錯乱したり、怒りに任せて暴走している。
その光景はまさに阿鼻叫喚だった。
戸惑っているのは、ナタンも同じだ。
禁忌の魔術の一種とはいえ、こんなものは見たことが無い。
既に吐き気は収まっていたが、気分はより一層悪くなっていた。
(これが……戦争の、敗北……?)
そう考えずにはいられなかった。
「みんな、は……生きている、のか……?」
リーダーは何も答えなかった。
ヴェロニックを始め、調査しに行った仲間が戻ってくる気配はない。
それにあの地獄と化した戦地には数えきれない仲間がいる。
レイモン、ジャッド、ヴェベール、アデル、セレスト……
誰が死んでいても……おかしくはない。
突然、近くで銃声が響き渡った。
「っ!!」
リーダーは声を押し殺しながら蹲った。
ナタンが慌てて彼に近寄ると、必死に抑えている右膝から血が流れている。
弾は貫通していない。
咄嗟にナタンは応急処置として止血を試みた。
だが数人の気配が、こちらに近づいている。
「グレゴワール君、逃げなさい」
「え……そんなことをしたら、あなたは――」
リーダーは明らかに歩ける状態じゃない。
もし彼だけ置いて行ってしまえば、確実に殺される。
かといって彼を担いで逃げても、追いつかれるのが関の山だ。
だからといって、見殺しにはできない。
「最悪の事態が起きた以上、ここからは生き残ることだけを考えるんだ。
けがを負った仲間など、構っている余裕はないぞ?
分かったらとっとと逃げなさい」
「……っ」
ナタンは強く拒絶した。
彼は無理やりリーダーに肩を貸そうとした。
しかしリーダーはそれを察するや否や、彼を突き飛ばす。
「やっぱり、優しすぎるお前には無理か……
だったらせめて、一番大事な仲間を助けに行きなさい。
オレはここで兵士としての責務を全うする、だからお前はやるべきことを果たせ……!」
ナタンは唇を強く噛み、血を滲ませた。
彼の頭には、大事な同期や上司の顔が浮かんでいた。
彼らはナタンにとって命よりも大事な存在ではある。
リーダーは目線で、強く彼に去るように訴え続けた。
「…………すみません!」
ナタンは俯いたまま立ち上がり、その場を立ち去った。
(はは……何を謝っているんだ、グエゴワール君は……
次世代の若い子を助けるのは、年長者の努めに決まっているのに)
リーダーはそれを優しく見送った後、敵の気配がする先を睨む。
そして武器を持ち、命を捧げる覚悟をした。
***
PLUTOの惨状を目の前で見させられたジャッドは、完全に放心状態だった。
かろうじてオランドと一緒に石が積み重なる小さな竪穴に避難はできた。
だがそこで仲間が光に飲まれ、綺麗な状態のままバタバタと倒れる光景を見てしまった。
そのせいで彼女は、何も考えられない上に何も感じられなかった。
オランドはそんなジャッドを見て、彼女の肩を強く揺さぶった。
「しっかりしてください! ジャッド様!!」
ジャッドはそれでも上の空だった。
しまいには気が動転しすぎて、その場で崩れそうになる程だ。
だがジャッドは少しずつ正気を取り戻し始めた。
オランドの手が、ずっと震えているのを感じたからだ。
その上に、服越しなのに手汗がひどいのが分かる。
彼の顔も、真っ白で汗だくだ。
絶望しているのが自分だけでない。
遥かに経験を多く積み、いつも飄々としている彼でも怯えている。
それだけで、ジャッドを慰めるのには十分だった。
チュテレールの指揮系統は無茶苦茶だ。
事前に想定外のことが起きたら生存を優先しろという指示は出していた。
そのおかげか、正常な判断ができている兵士は撤退を始めている。
しかし多くの兵士は、冷静さを欠いている。
発狂したり、抜け殻になっている者も少なくない。
そんな中、勝利を確信したグエッラが敵の殲滅に移っているのだ。
まさに、一方的な殺戮がこの場所で行われていたのだ。
ジャッドがそれを完全に理解する寸前に、オランドは彼女の目を手で覆った。
「……見ちゃだめです。
ここから生きて帰ることだけを考えてください。
特にあなたの場合、ここで死ぬのはみんなが許さない」
オランドはそう言いながら周囲の状況を分析した。
グエッラは勢いを増している上に、数が多い。
このまま無策で逃げれば、ジャッドが死ぬ可能性はおよそ半分……
王家を逃がすのにはリスクが高すぎる。
なら、どんなに危険でも彼女の生存率が一番高くなる方法を取らないと。
オランドはジャッドを引っ張り、近くの馬に乗せた。
「ボクが敵の注意を引くんで、その隙に逃げてください」
「……え?」
ジャッドは信じられない様子で、オランドを見た。
しかし彼はジャッドに背中を向けたまま、愛馬の背にまたがった。
「極力周囲は見ないでください。
何なら目を瞑ってもいい。
ただこの地を離れることだけを考えて」
「そんな……ダメ……」
拒絶するジャッドを無視して、オランドは彼女の馬の尻を叩いた。
すると馬は驚き、彼女を乗せたまま全速力で逃げ始める。
「ま、待って――少将!!」
ジャッドの悲痛な叫びが聞こえるも、オランドは振り返ることはなかった。
「…………ごふっ!」
ジャッドが離れたと同時に、オランドは我慢していた咳を漏らした。
反射的に口を抑えた手には、血がべっとりと付いている。
さらに脇腹を抑えるもう片方の手からは、ずっと赤い液体がどくどくと流れていた。
「はは……やっぱり、策略家が前に出ると……碌な目に合わないね…………」
実は敵陣に矢を打ち込んだ際、流れ弾に当たっていたのだ。
でも敵味方問わず誰にも悟られないよう、ずっと無理をしていた。
彼の震えと汗は恐怖ではなく、怪我を必死に我慢していたせいだった。
「策略家は……仲間を死地に送る、殺人鬼……
だったら、まっとうに死ぬことなんて……できるはずない……
特にボクの場合は……確実にこうなるって……分かっていたし……
あーあ……もっと遊んでおくべきだったなぁ……」
オランドの脳裏には、昔に見たある光景が浮かんでいた。
雪が降りしきる中、自分の目の前には血だらけで力尽きかけた上司。
対してオランドは、サバイバルナイフを握っていた。
あの時から彼は、自分が幸せな結末を送れないことは覚悟していた。
「でも、死ぬまでの道筋は……自分で決められる……
ならボクは……ボクなりの正義を、最後まで貫いてやる……!
ごめんねぇ……ラブちゃん……
ボクが不甲斐ないばかりに……こんな危険な目にさらしちゃって……
それでも……最後まで、付き合ってくれる……?」
オランドは愛馬の鬣をそっと撫でた。
愛馬はすぐに、肯定するように鼻息を漏らした。
その賢さに対して、彼は思わず笑みを溢した。
オランドは痛みに耐えながら、弓を構えた。
そして矢に雷魔術を付与し、少し離れた敵に対して放つ。
間もないうちに周囲に雷鳴がとどろき、閃光と共に敵は炭となった。
「――やあやあ初めまして!
ボクはオランド、チュテレールの少将さ!
ボクはこの戦場で、君達のだいっじな指揮官を一人殺しているんだぁ!
このにっくき仇を見逃そうだなんて、まさか思っていないよね!!」
オランドは無理やり不敵な笑みを作り、敵を最大限に煽った。
少しあからさまだったが、彼の目論見通り敵はオランドに注目し始める。
オランドはそれを見て、あまり慣れていない接近戦の準備を始めた。
<<補足>>
オランドが見た昔の光景は、ヴェベールのサブストーリー「人の心を捨てた父から教わったこと」で振れています。
ページ上部のシリーズのリンクから当作品に飛ぶことができます。
オランドが一体どんな覚悟で死地に向かったのか詳しく知りたい方は、是非ご一読ください。




