66話 魔力の波動
グエッラ軍メイン拠点の真横の森の中に、3人のチュテレール兵が身を潜めていた。
一人は第14部隊の中でもベテランで、ヴェベールと長い付き合いの男。
彼は調査チームのリーダーであり、数人のメンバーに敵の兵器に関する情報収集の命令を出していた。
隣には伝達役の兵士がおり、一緒に仲間たちの帰りを静かに待っている。
そんな中ナタンは、真っ白な顔で木の根元に蹲っていた。
「んうっ……!? オロロロ――」
とうとう酷い吐き気に耐えられなくなった彼は、その場で嘔吐してしまった。
朝はいつものように笑顔を振りまくことができるほど元気だった。
だが開戦してから徐々に体調が悪くなっていたのだ。
嫌な汗が滝のように吹き出し、体を震わせるその姿は明らかに大丈夫ではない。
「ぐ、グレゴワール君……本当に拠点に戻らなくていいのか?
今すぐ寝たほうがいいように見えるぞ……?」
心配するリーダーに対して、ナタンは首を激しく横に振った。
しかしその衝動で余計に気持ち悪くなってしまうだけだった。
ナタンがここまで苦しんでいるのには理由があった。
先程から、異常な魔力の流れを感じるのだ。
それは敵の拠点から漂ってきており、徐々に強くなってきている。
その気持ち悪さは尋常ではなく、馬車で酔った状態で激しく揺さぶられている時以上だ。
他の人達はそうでもないみたいだが、魔術を極めているナタンにとっては致命的だった。
だがナタンがここを離れるわけにはいかない。
このチームで魔術に詳しいのは、彼だけだから。
もし兵器に魔術が使わているのなら、ナタン以外に識別できる人間はいない。
リーダーはどんな言葉を彼にかければいいのか分からなかった。
やがて調査に行っていた兵士の一人、ヴェロニックが突然3人の中心に現れた。
「……戻った」
「うおっ!?
……なんだロラン君か。
何か収穫はあったか?」
リーダーがそう言うと、ヴェロニックは少しの間黙り込んでお面をつけた顔を下に向けた。
「……ダメ。
そもそも軍の中枢に近づけなかった。
分かったのは空に向かって発射するタイプってことだけ」
ヴェロニックは任務中、少し遠い場所から敵の新兵器を観察した。
彼女はその見た目と、途中で黒い光の塊が上の突起付近で形成される様子を見た。
その後突然なぜかその光の玉は消えてしまったが、空を狙っていたのは間違いない。
だが悔しいことに、防御と監視が厳しくそれ以上兵器に近寄ることはできなかった。
リーダーは腕を組んで唸り始めた。
「ふむ……だとしたらやはり屋根のある場所に避難するのが有効なわけか。
それだけでも大した収穫だ。
ご苦労だった、ロラン君」
ヴェロニックは自分の限界に少し不満気味だった。
しかし彼の敬意を飲み、そっぽを向く。
すると突然、ナタンが息絶え絶えに口を開いた。
「ハァ、ハァ……それだけじゃ、ありません……
この滅茶苦茶な魔力の波動……多分”禁忌の魔術”の類が使われているかも……
だとしたら……常軌を逸した攻撃が、放たれる可能性が……うぷっ!」
話の途中でナタンは勢いよく後ろを向き、地面に胃液をぶちまけた。
恐る恐るヴェロニックが彼の背中を擦ると、少し落ち着つくも全く良くなる気配はない。
リーダーはその間に伝達兵に、2人の話を軍に伝えるよう指示を出した。
「ロラン君、悪いがもう少し調べられるか?
グレゴワール君は私が面倒を見る」
ヴェロニックは一瞬戸惑った。
だがナタンが消えそうな声で「行って」と呟くと、渋々心配そうに姿を消した。
リーダーは必死に口を抑える後輩の近くに寄り、水筒を差し出して口を濯ぐよう促した。
***
オランドはその間も、矢を放ち続けていた。
チュテレールの兵士達の勢いは凄まじく、グエッラを追い詰めている。
彼はその様子を見て、敵兵が密集しているところや防御の固いところをわざと狙って攻撃していた。
おかげで敵は混乱し、指揮官と思われる人物は終始気難しい顔をしていた。
(でーもやっぱり、まだ足りないよなぁ……)
ここの状況だけ見れば、こちらが有利なように見える。
しかし、流暢に相手が崩れるのを待つ余裕はない。
できるだけ早く、この防御網を崩さなければ。
(よし、じゃあ早速本番と行きますかねぇ)
オランドは鏑矢と呼ばれる特殊な矢を手に取った。
そして今までと同じように雷魔術を付与した後、空高くに打ち上げた。
ピィィィィィィ――
矢は高い音を鳴らしながら、敵陣へと落ちていった。
その瞬間、オランドの部隊の動きが大きく変わった。
後方にいた兵士達が、急に前へ出始めたのだ。
「え? は? ちょっ――!?」
グエッラ側は何が起こっているのかわからない様子。
銃の射程範囲外にいるオランドでも、彼らの戸惑う声がよく聞こえていた。
そんな中、馬に乗った一人のチュテレールの兵士が前へ躍り出た。
彼は目の前の敵を片した後、刀を大きく振りかざし後ろを向いた。
「――第14部隊、進めぇぇぇ!!!」
ヴェベールがその場にいる兵士全員に聞こえるほどの、大きな声を張り上げた。
すると呼応するように部隊から雄叫びが聞こえ、一斉に彼の部下がグエッラの防御網を押し始める。
その中先頭には、楽しそうに刀を振るうアデルの姿がある。
彼は部隊の勢いを意図せずも上げながら、持ち前の熱血ぶりでぐいぐいと敵を押し込んでいた。
アンギレーリはそれを見て、焦りを隠せなかった。
(くそっ、まさか自分を囮にするとは……!)
オランドがここにたどり着いた時点で、既に第14部隊は後方に待機していた。
その状態で彼はわざと目立つ攻撃をした挙句、全力で防御網を突破しようとしていた。
だがそれだけでは弱いことは想定済みだった様子。
だからこそ本命である部隊を少し遅れて前に出させ、撹乱に成功していたのだ。
このままでは、すぐに突破されてもおかしくない。
そんなことを考えていると、相手はさらにおかしな動きを見せた。
彼らは一点に集中して畳み掛けたかと思うと、内側に入り込みながら少しずつ広がっている。
グエッラの軍を半円状に押している感じだ。
それは徐々に膨らんでいき、こちらの防御の薄い部分が小さく生じてきていた。
(まさか、両側に押し込んで穴を開けるつもりか!?
まずい……このままでは突破される!)
アンギレーリは大慌てで部下に指示を出した。
「ひるむなぁぁ!! あと少しの辛抱だ!
防御の壁を厚くし、敵を――」
その時、彼の眉間に銃弾が撃ち込まれた。




