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62話 戦場のお守り

 開戦前夜、レイモンは全く眠れなかった。

 恐らく皆そうなのだろう。

 朝が来てベッドから起きると、全員の目にクマができていた。

 

 にも関わらず、かなり空気がピリついていた。

 おかげで寝不足のはずなのに、睡魔に襲われることはない。

 代わりに今まで感じたことのない緊張感と悪寒が、レイモンの体を駆け巡っていた。



 結局諜報部の尽力も虚しく、敵の兵器に関する情報はなにも得られなかった。

 そのため攻撃範囲や威力はもちろん、魔術兵器なのかすら分かっていない。

 軍の上層部はどんな事態でも対応できるような戦略を既に練っている。

 

 しかしそれは、あくまで被害を最小限にするための最善手段。

 第14部隊が務める突入部隊の活躍が、チュテレール軍全体の命運を握っているのだ。



 それだけではない。

 レイモンはさらに、セレストの暴走を止めるという大役も担っている。

 彼は和傘を捨てた以上、理性と狂気の狭間で戦うつもりだろう。

 幸いにもセレストの精神は強いらしく、これまで取り返しのつかないところまではいっていない。


 それも時間の問題だろう。

 いつか彼は本当に戻ることのできないところまでいってしまう。

 そんな気がしてならない。

 だからこそ、以前立てた誓いを守らなければならなかった。


 そんなことを、レイモンは身支度しながら考えていた。




 剣を腰に収めたとき、何者かがテントに入ってきた。

 レイモンか居る場所は共同テントだったため最初は気にしなかったが、足音が自分の後ろで止まった。

 誰か用があるのかと振り返ると、なんとヴェベールが立っていた。


「あ……少佐……」


「やぁ、おはよう!

 元気ないね?

 やっぱり心配? 色々と」


 いつもの明るい笑顔を見せるヴェベールとは裏腹に、レイモンは力なく頷いた。


 以前彼は、戦争に慣れなくていいと言ってくれた。

 だが今は戦争というより、責務を全うできるかと言う不安のほうが大きい。

 まだろくに刀を扱えない自分に、果たして仲間の務まるのかとつい考えてしまう。


 

 ふと、ヴェベールがレイモンの左手首に目がいった。


「ん? そのブレスレットは?」


「あぁ、これですか?

 この前入院していた時に、両親からプレゼントされたんです。

 ここに僕の名前が入っているんです。

 少し恥ずかしいですけど……」


 そう言って彼は、細い金属のブレスレットをヴェベールに見せた。

 それには小さなタグが付けられており、表に”Raymond Payet”と刻まれている。

 裏には、彼の両親の名前があった。


「僕がかなり無理していると思ったらしくて。

 少しでも心の支えになればって、お守り代わりに特注で注文してくれたんです。

 まぁ、これをつけて戦うの初めてなんですけどね……あはは……」


 レイモンは苦笑いを溢しながら、頭を掻いた。

 だがヴェベールは、愛想笑いを浮かべながら真剣な眼差しを向けていた。

 

「――両親から愛されているんだね。

 だったら尚更、ここでくよくよしてたらダメなんじゃないか?」


「えっ?」


 ヴェベールは子供を励ますように、レイモンの頭を少し雑に撫でた。


「そのブレスレットはさ、遠くから今でも応援しているというメッセージでもあるんだぞ?

 ということは、おまえは一人じゃないということだ。

 実際、おまえ達のチームは何百人もいる。

 だったら他の兵士にも頼ってもいいんじゃないか?

 セレストの問題は、チーム全体の問題なんだからさ」


「……」


 ――君は一人じゃない。

 以前、ナタンからも言われた言葉だ。

 どうやら一人で無意識に背負い込んでしまうのが、自分の欠点のようだ。

 これからは、どんなことでもなるべく他の人に相談するように意識しよう。

 そうレイモンは心に決めた。




 そんな中、レイモンはあることに気付いた。


「あれ? 今日は刀、持っていないんですね?」


「ん? ああ……」


 ヴェベールは指摘された自分の腰をまじまじと眺めた。



 彼は召喚魔術の使い手だから、本来刀を持ち歩く必要なんてない。

 しかしヴェベールは、必ずと言っていいほど一本の刀を腰からぶら下げていた。

 それはかなり名刀のようで、豪華な装飾が施されているものだ。


 なのに、その刀を抜いたところを一切見たことがない。

 だからこそ、今持っていないことに強い違和感を持ったのだ。


「あれはな、戦死した父から譲り受けた大切なものなんだ。

 でもさほら、オレって刀をしょっちゅう折るじゃん?

 だから使う気が起きなくて……

 普段はただの飾りとして持ち歩いているけど、今回は邪魔になりそうだからね。

 ま、本当に必要になったら召喚すればいいだけの話さ」


 そう言ってヴェベールは自分自身に呆れたようにやれやれと首を振った。

 しかし突然レイモンに寄ったかと思うと、意地悪な声で小さく耳打ちした。


「……実はあの刀、アデルが小さい頃『俺に寄越せ!』ってせがんできてねぇ。

 あまりにもしつこいから、オレより強くなったらあげるって約束しているんだ。

 その前に壊しちゃったら、アデルがブチ切れて面倒なことになりかねないでしょ?」


「あ……はは……そう、ですね……」


 アデルが大暴れしているところが容易に想像できてしまい、思わず顔が引きつってしまった。

 


 でも彼にとってその刀は、お守りなのだろう。

 そんな大事なものを、戦場で易々と壊す気にならないのは当然だ。

 でもそれを置いてくるというのは、ヴェベールにとって心の支えを1つ失うのも同然のはず。

 

(そうか……少佐も不安なんだな……)


 そう思うと、レイモンの重荷が少し軽くなったような気がした。



 やがてヴェベールは無邪気な笑顔を見せたかと思うと、急に魔術を発動させた。


「あ、そうそう。

 一番大事な用事を忘れてた。

 はいこれ、あげるよ」


 ヴェベールは一本の刀を召喚した後、レイモンに投げ渡した。

 それはとてもシンプルなデザインで、量産されたもののようだった。


「アデルから刀教わったんだろ?

 まだ慣れていないとは思うけど、予備で持っておいて損はしないでしょ。

 万が一剣を失くしたら、それを使うといい。

 きっと役に立つはずだ」


「……いいんですか?」


 ヴェベールは親指を上げた。

 確かにまだレイモンの刀の腕は実戦で戦えるほどではない。

 アデルから「刀は使うな」と忠告されていたほどだ。

 でも最終手段としてなら別だろう。

 レイモンは刀を固く握りしめると、深々とヴェベールに頭を下げた。


「おいおい、やめてくれ!

 オレがそういう堅苦しいの嫌いなの知っているだろ?

 ……でもまぁ、本当に感謝しているんなら生き残ってくれ。

 それで帰ったら、みんなで宴会を開こう」


「――はい!」


 レイモンが力強く返事をすると、ヴェベールは安堵のため息を漏らした。

 彼がテントを出た後、レイモンは刀を背負うように身に付けた。

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